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東海道中珍栗毛  作者: なごやかたろう
動く歩道に乗るの巻
19/23

「―泡と腸詰と、やっぱりあの二人―」

声のする方へ目をやると、案の定――


「……やはり、弥次さんであったか」


麦酒の泡を鼻にまといながら、顔を真っ赤にして騒いでいるのは、まごうことなき弥次郎兵衛。

隣には、やや呆れ顔の喜多八が控えている。

しばらく様子をうかがっていると、弥次さんは異国人の女中に絡み始めた。


「おぉい、そこのお嬢さん! この腸詰、うまいぞぉ! おごってやるから、食べてみなされ!」


女中は困ったように笑みを浮かべ、身を引きつつも応じかねている様子。


「いやいや、遠慮せずに! ほれ、あ~んと!」


「……やれやれ」

藤兵衛は、額に手を当てた。


喜多さんが慌てて間に入り、女中に何やら耳打ちしている。


「すみませんね、適当にあしらってくだされば……」


女中は心得た様子で、さらりと身をかわし、奥へと引っ込んでしまった。


「あ~ん……あれ?」


弥次さんは空中に腸詰を差し出したまま、ふらりと前のめりになり――


「おっとっと!」


なんとか踏みとどまり、転倒は免れたものの、顔には見事なまでの拍子抜けが浮かんでいた。


「……あ~、つまらん」


そうぼやきながら、手を挙げて麦酒のお代わりを頼む弥次さん。


「……いい加減、呑むのをやめた方が良いと思うがのう」

藤兵衛は、心の中でそっと呟いた。


すると、喜多さんがぴしゃりと声を上げた。

「もう、これで終わりにしなさい! 次は歩く歩道を見に行くんでしょう!」

「えぇ~……まだ呑み足りぬ……」

「足りてます!」


どうやら、今回はこのあたりでお開きのようだ。

「……ふむ、何事も起きぬのもまた珍しい」

少しばかり残念に思いながらも、藤兵衛は瓦版をたたみ、博覧会の賑わいを背に歩き出した。

目指すは西門――そう、噂の“歩く歩道”があるという場所である。

春の陽が傾き始め、潮風が頬を撫でる中、藤兵衛の足取りは、どこか軽やかであった。

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