「―再会は茶屋の香りとともに―」
横濱へ向かう船は、春の海を穏やかに進んだ。陽射しは柔らかく、潮の香りが心地よい。
やがて船は、博覧会の東側入場門近くの波止場に到着した。すでに門の前には長蛇の列ができており、藤兵衛は眉をひそめた。
「こりゃあ、入るまでにだいぶかかりそうじゃのう……」
人混みに揉まれる前に、まずは一服と決め、近くの茶屋へと足を運んだ。
暖簾をくぐると、木の香りがほのかに漂う落ち着いた空間。藤兵衛は空いていた席に腰を下ろし、看板娘に団子と茶を頼んだ。
「少々お待ちくださいねえ」
にこやかな声に見送られ、藤兵衛はほっと息をついた。
その時、背後の席に二人組の男が腰を下ろす気配がした。
「団子と茶、二つな!」
「へい、ただいま!」
その声に、どこか聞き覚えがあるような――と思っていると、ひとりが瓦版を広げながら言った。
「おいおい、さっき買った瓦版に書いてあったぜ。西の門の外に“歩く歩道”ってのがあるらしい」
「歩く歩道? 歩道が歩くのかい? そんな馬鹿な」
若い方の男が呆れたように返す。
「……それは“動く歩道”じゃろうが」
藤兵衛は、心の中でそっと突っ込んだ。
「か~、何言ってんだい、ここは博覧会だぞ!? 歩道が歩いてもおかしくあるめぇ!」
その調子、その声――
「……ん?」
藤兵衛の耳がぴくりと動いた。
「どうだい喜多さん、歩道が歩くかすぐに行こうぜ!」
「いやいや、先に博覧会の中を見てからですよ」
「……ああ、やっぱり」
藤兵衛は、団子を一口かじりながら、ぽつりと呟いた。
「弥次さん喜多さんの二人組か。ここで遭遇するとはなぁ……」
まるで、イの一番の札が引き寄せたかのような再会。もはや偶然とは思えぬ。
弥次さんは団子を一息で平らげ、茶をぐいと飲み干すと、勢いよく立ち上がった。
「よし、行くぞ! 歩道が歩くか、確かめに!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
喜多さんが慌てて後を追う。
その様子を見送りながら、藤兵衛はそっと笑った。
「……これは、何かが起きるな」
胸の奥に、わくわくとした気配が芽吹き始めていた。




