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東海道中珍栗毛  作者: なごやかたろう
動く歩道に乗るの巻
16/65

「―いの一番の博覧会―」

春の風が、深川の町をそっと撫でていく。梅の香がほのかに漂い、海月屋の帳場にも、どこかのんびりとした空気が流れていた。


「ようやく寒さも和らいできたのう……」


藤兵衛は、帳簿に筆を走らせながら、ふと外の陽気に目を細めた。そんな折、隣家の方から――


「ぐあっ!」


突如、庭先に響いたのは、隣の爺さんの声。何事かと筆を置き、慌てて駆けつけると、爺さんは庭の縁側でうずくまっていた。


「ど、どうなされたのですか!」


「う、うぅ……腰が、腰が……!」


どうやら、草むしりの最中に腰をやってしまったらしい。藤兵衛は爺さんを支え、なんとか家の中へと運び入れた。


「丁稚! すぐに医者を呼んでくれ!」


しばらくして、息を切らした医者が駆けつけ、診察の末に言った。


「ぎっくり腰じゃな。しばらく安静にしておること。湿布を出しておく」


そう言い残し、医者は風のように去っていった。

藤兵衛は、爺さんの食事や身の回りの世話の手配を済ませ、そろそろ戻ろうかと腰を上げたその時――


「おい、藤兵衛や」


「はい?」


「助けてもろうた礼に、これをやるわい」


そう言って爺さんが差し出したのは、一枚の札。見ると、そこには「横濱博覧会 入場券」と書かれていた。


「おや、これは……」


「今日から三日間だけの催しでな。わしも楽しみにしておったんじゃが、この腰ではどうにもならん。代わりに行って、どんな様子だったか、あとで話してくれんかの」


「それは……ありがたく。お任せください」


「それとな……」


爺さんは、にやりと笑って付け加えた。


「その入場券、よく見てみい」


藤兵衛が目を落とすと、そこには――


「……イの一」


「いの一番に行きたかったんだけどよぅ……ま、わしの代わりに、いの一番で楽しんできてくれや」


「……はは、これはまた……」


藤兵衛は、札を手にしながら、ふと空を見上げた。


「自分で買ったわけでもなし……まさか、あの二人は出てこないよな……?」


そう呟いたものの、胸の奥に芽生える、妙な予感。

春の陽気の中、藤兵衛の新たな珍道中が、また一歩、動き出そうとしていた。

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