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東海道中珍栗毛  作者: なごやかたろう
鋼鉄箱にて海底遊覧の巻
15/30

「そして、何も起きずに終わる旅」

深海の青に包まれた鋼鉄箱は、何事もなく、静かに海面へと浮上した。

「……ふむ」

藤兵衛は、丸窓の外に広がる光の帯を見つめながら、心の中で呟いた。

「まことに、何も起きなんだな……」

港へ戻るまでの間、弥次さんが「せっかくじゃ、あの煙突のとこから外を見てみたいでござる!」と言い出し、特賞組の面々が交代で覗き込むこととなった。

「おお、風が気持ちええのう!」

「見てみい、あの鳥、こっちを見とるぞ!」

そんな他愛ないやりとりが続き、やがて鋼鉄箱は港へと戻った。

「……解せん」

藤兵衛は、下船しながらぽつりと呟いた。あれだけの旅路、あれだけの深さ、あれだけの期待――それでも、何も起きなかった。

「……いや、そうそう面白いことばかり起きるわけでもあるまい」

そう自分に言い聞かせながらも、どこか肩透かしを食らったような気持ちを抱えつつ、帰りの船の出発までの時間を過ごすことにした。

港の茶屋では、特賞組が思い思いに飯を食べたり、土産を選んだりしていた。そんな中、藤兵衛の耳に、あの二人の会話が届く。

「なあ喜多さん、帰りはどこ行きの船だったかの?」

「竹下桟橋行きだよ、江戸に帰るんだから。おぬし、家は江戸だろうが」

「わかっておる、わかっておる。ふふふ、心配性じゃのう」

そう言いながら、弥次さんはすでに酒をちびちびとやっていた。

やがて乗船時刻が近づくと、弥次さんがふらりと立ち上がった。

「ちと厠へ。わしはあとから乗るでな、先に行っててくれい」

「……ほんとに大丈夫かいな」

不安げな顔をしながらも、喜多さんは藤兵衛たちと共に乗船した。

出発の時刻が来ても、弥次さんの姿は見えない。

「……まさか、また何かやらかしたのでは」

喜多さんがそわそわと辺りを見回す中、藤兵衛はふと、隣に停泊していた上方行きの船を見やった。

「……いや、いないな」

しかし、その隣にあったもう一隻――ルソン島行きの船が、ちょうど出航し始めた。

その甲板の端に、手を振る男の姿が見える。

「……あれは……」

藤兵衛は目を細めた。あの、妙にゆるんだ笑顔。あの、どこか頼りない手の振り方。

「……弥次さん、ではないか?」

西へ向かう船の影が、だんだんと小さくなっていく。

「……ま、いいか」

藤兵衛は、ぽつりと呟いた。

何も起きなかった旅の最後に、ようやく“らしい”一幕を見届けた気がして、心の中にふわりと笑いが咲いた。

こうして、藤兵衛の琉球潜水旅は、静かに、そしてどこか愉快に幕を閉じたのであった。

― 終 ―

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