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東海道中珍栗毛  作者: なごやかたろう
鋼鉄箱にて海底遊覧の巻
14/25

「青の深みと、静けさの違和感」

「おいおい、こっちは入口が狭いでござるよ!」

「おぬしの腹が広いのだ、腹が!」

その声の方へ目を向けると――いた。あの二人。弥次郎兵衛と喜多八。

「……やっぱりおぬしたちかい!」

思わず心の中で突っ込む藤兵衛。どうやら上方の富くじに当選していたらしい。

「江戸の住人ではなかったのかい……」

そんな疑問も、もはや驚きではない。むしろ、この鋼鉄箱の旅が一筋縄ではいかぬことを予感させ、藤兵衛の口元には自然と笑みが浮かんだ。

とはいえ、今回は様子が違った。乗船前、船員からは安全面についての厳しい説明があり、特に潜水中の行動には細心の注意を払うよう念を押された。

そのせいか、弥次さんは珍しく神妙な面持ちで、座席にきちんと腰を下ろしている。

「……おとなしい、だと……?」

藤兵衛は思わず目を疑ったが、弥次さんは真面目な顔で「耳が詰まった気がするでござる」と呟いているだけだった。

やがて、鋼鉄箱は静かに動き出し、海面を離れてゆっくりと潜り始めた。

最初は、窓の外に陽の光が差し込み、海藻がゆらゆらと揺れていた。小魚の群れが銀の帯のように流れ、時折、亀がのんびりと泳いでいく。

深度が増すにつれ、周囲の色が少しずつ変わっていく。赤が消え、黄が薄れ、緑が青に溶けていく。

やがて、すべてが青一色に染まった。

「……まるで、空の底にいるようじゃのう」

藤兵衛がぽつりと呟くと、船員が解説を始めた。

「このあたりから下は、光の色が届かなくなります。青だけが、深くまで進むのです」

「なるほど……色が消えるのではなく、届かぬのか」

深度はニ十間に達し、「このあたりが素潜りの限界です」との説明に、乗客たちはどよめいた。

それでも、窓の外には命があった。銀色の魚が、青の中をすいすいと泳ぎ、甲羅の大きな海亀が、まるで空を飛ぶようにゆったりと進んでいく。

泡が静かに上昇し、船体の金属がきしむ音が、かすかに耳に届く。

――静かだ。

――美しい。

――そして……何も起きぬ。

藤兵衛は、ふと眉をひそめた。

「……あれ? 何事も起きないぞ?」

思わず心の中で呟く。あの二人がいて、海の底にいて、これほど静かで平穏とは――

「……これはこれで、逆に不安じゃのう」

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