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~鴨嘴に乗って~
江戸は深川の問屋「海月屋」の若旦那、名を藤兵衛と申す。 このたび堺の商いを終え、帰路につくこととなったが、廻船に揺られるのも芸がない。 「せっかくじゃ、噂の“鴨嘴”とやらに乗ってみるか」 と、時代の風に乗ることを決めたのでござる。
鴨嘴とは、近頃評判の鋼鉄の箱。 十六両編成、堺から江戸までを一日で駆け抜けるという、まことに奇天烈な乗り物である。 その姿たるや、まるで鴨の嘴を鉄でこしらえたような先頭車両が、 風を裂いて走る様は、まさに“飛脚も裸足で逃げ出す”速さ。
藤兵衛は、堺の駅にて「イの一」の切符を手に入れた。 「イの一とは、いかにも縁起がよい」 と、鼻を鳴らしながら十六両目、すなわち先頭車両に乗り込む。 座席は五列、革張りの椅子がずらりと並び、窓の外には見慣れぬ景色が流れてゆく。
「ふむ、なかなか快適じゃのう。これなら江戸まで一眠り……」
と、まぶたを閉じかけたそのとき、 京都を過ぎたあたりで、車両の扉が開き、二人の男がどやどやと乗り込んできた。




