第5話:悪徳ギルドの妨害
エレンの活躍は、腐敗した帝都の建設ギルドの長、アウレリウスの目にも留まった。アウレリウスは手抜き工事で私腹を肥やす、この世界の建築業界のドンだった。
「女奴隷が作った石鹸? 笑わせる。そして、公衆浴場だと? 我々の仕事場を奪うつもりか」
アウレリウスはエレンの建設商会への妨害を始めた。資材の横流し、職人の引き抜き、そして現場での恐喝。
エレンは初めて、現場以外の「政治」という汚い戦いに直面した。
「殿下! また資材が届きません! 賄賂で業者が止めている!」
「落ち着け、エレン。これが、帝都の現実だ」
クラウディウスは冷静だった。彼は法務官として、アウレリウスの不正を証拠固めしていたが、証拠はなかなか見つからない。
「彼は、帝都の集合住宅の設計にも関わっています。あのインスラはいつか必ず倒壊します!」
エレンは激昂した。インスラは貧しい庶民が住む木造アパートで、手抜きと欠陥で常に火災と倒壊の危険に晒されていた。
「建築とは、人の命を守る盾です! 彼のやっていることは殺人です!」
その夜、エレンは怒りで眠れず、書斎で図面を引いていた。そこにクラウディウスがやってきた。
「その怒りを、そのまま図面にぶつけろ。それがお前の武器だ」
クラウディウスは、アウレリウスのインスラの図面をエレンに渡し、分析を命じた。
エレンは瞬時に欠陥を見抜いた。
「建物を支える壁の厚みが不均一です。特に最下層の積載荷重計算が間違っている。そして、垂直剛性を高めるための筋交い(ブレース)がない!」
エレンはパピルスに、古代の素材でも再現可能な耐震補強の構造図を描き始めた。それは、この時代の職人が決して思いつかない、力学の極致だった。
クラウディウスは、図面を描くエレンの横顔を見つめた。汗で濡れた銀髪。ペンを持つ細い指先。そして、計算に没頭する冷徹な瞳。
「エレン。お前は、なぜそこまで庶民の命にこだわる?」
「……私の前世での仕事は、命を守ることでした。そして、私は奴隷だったからこそ、あのインスラに住む人々の恐怖がわかるのです」
エレンはそう言って、初めて過去の片鱗を明かした。
クラウディウスは、彼女の強さと優しさに、心の奥底で凍りついていた感情が溶けていくのを感じた。彼は、初めてエレンの頬に手を伸ばし、そっと触れた。
「お前が描いた図面は、帝都で最も美しいものだ。そして、お前の思想は、この帝国に必要な『誠実さ』だ」
エレンは彼の触れる手に、恐怖ではなく、安心感を覚えた。奴隷として生きた彼女にとって、初めて「人」として求められた瞬間だった。




