第3話:水中コンクリートの奇跡
クラウディウスは、エレンの修復案を皇帝に上奏し、承認を得た。だが、現場の職人たちは女奴隷の指示を鼻で笑った。
「女の指図で、何千年も持った水道橋をいじるだと? 貴族様も狂ったか」
エレンは反論しなかった。彼女は、言葉ではなく結果で示す。
まず、エレンは現場で一番の問題児だった老練な職人、ヴァレリウスを指名した。彼は経験豊富だが、伝統的な工法に固執していた。
「ヴァレリウス。水道橋の亀裂の下に、この新型モルタルを流し込んでください」
「そんな薄いコンクリートで、この巨大なアーチが持つわけがない!」
「試してください。その代わり、このモルタルは海水を入れ、水中で練ってください」
ヴァレリウスは馬鹿げていると吐き捨てながらも、好奇心から言われた通りに作業した。
すると、数日後。
通常のコンクリートは水中でドロドロに溶けてしまうのに対し、エレンの指示で練られたモルタルは、まるで鉄のように硬化していた。火山灰と海水に含まれる成分が、エレンの理論通りに結晶を生成したのだ。
「な、なんだこれは……! 岩よりも硬い!」
ヴァレリウスは驚愕し、エレンを見る目が変わった。
エレンは冷静に指示を出す。 「このコンクリートを亀裂に流し込み、さらに、鉄骨の代わりにブロンズ(青銅)の補強材を縦に入れる。鉄だと水で錆びて膨張し、アーチを内側から破壊するからよ。ブロンズの引張強度で補強すれば、このアーチはあと三百年は持ちます」
エレンは、この世界に存在しない「鉄筋コンクリート(RC)」の概念を、古代の素材である青銅で代用する方法を見出したのだ。
水道橋は見事に修復された。工期は従来の1/5、費用は1/3に抑えられた。
クラウディウスの地位は磐石となり、彼はエレンを解放奴隷とする手続きを始めた。
その夜。書斎でクラウディウスはエレンに、奴隷の身分証と、解放奴隷としての証明書を差し出した。
「約束通りだ。お前はもう、私個人の所有物ではない。しかし、お前の才能は帝国のものだ」
クラウディウスはエレンの背中の烙印にそっと触れた。
「この傷は、いずれ過去のものとなる。だが、お前が私のそばを離れるのは認めない」
エレンは冷徹なクラウディウスの、感情を露わにした姿に驚いた。
「殿下……」
「お前の脳は、私のだ。そして、お前が描く図面は、この帝国の未来だ。私がお前のパトロンとなる。お前は私の邸宅の敷地内に、自分の工房を持て。それが、お前への対価だ」
エレンは証明書を握りしめた。完全な自由ではない。だが、道具から「人」の知性を持つ存在として認められた瞬間だった。




