第7話「長すぎる神話と、俺の存在意義」
リアナさんは宣伝していた通り、驚くほどあっさりと第二の試練を突破した。
別に疑っていたわけじゃない。でも、彼女のあのドヤ顔にふさわしい、実力者であることは間違いなかった。
俺はそんな彼女に、素直に感心していた。
でも、それだけじゃなかった。
彼女は「俺を蘇生できる」とまで言い切っていたのだ。本当にそれが可能だと考えると、心臓があったら今頃バクバクしているところだろう。
……ないからこそ、逆に別の不安がむくむくと湧き上がってくる。
もちろん俺は生きたい。元の世界に戻って、母さんに無事な姿を見せられたらそれに越したことはない。
でも、仮にこの異世界で生きていくことになったとしても、幽霊よりはマシだ—
なのに、不安の方が増した。
最初の試練を経験して以来、俺の中で何かがずっと引っかかっている。
俺は、本当に「完全な俺」なのか?
思考だけの存在って、どこか中途半端だ。
心臓の鼓動。汗。息苦しさ。
そういうのがないと、感情ってこんなに薄っぺらくなるんだな。
元の俺に戻りたい。どうしても、そう思う。
それからもう一つ、別の問題もあった。
さっきの違和感ともつながるけど——俺は、本当にリアナさんの役に立っているのだろうか?
エスコート役や最初の試練では、それなりに手助けできたかもしれない。
でも、彼女は元々、一人でこの神殿に挑む覚悟で来ていたはずだ。
俺がいなくても最初の試練は突破できるスキルを持っていると、本人も言っていたじゃないか。
俺が「生き返りたい」という願望を強く持ちすぎているせいで、
この関係は完全に等価交換になっていない気がしてならない。
リアナさんは優しそうな子だけど……だからこそ、俺の罪悪感はどんどん膨らんでいく。
こんなとき、何を言うべきなんだろう。
何か行動を起こすべきなのか?
今日、初めて死んでから、分からないことだらけだ。
俺がずっと黙りこくっているのに気付いたのか、リアナさんがふいに口を開いた。
「昔々、双子の女神様がこの地に降り立ったっていうお話があるの。
名前はアルテミスとディアーナ。
その二柱が、それぞれ月を作ったんだって」
「へえ……不思議だな。俺の世界の神話にも同じ名前が出てくるけど、アルテミスとディアーナって同じ女神の、地方による呼び方の違いだったはずだぞ」
「そうなの? 本当に不思議ね。でも女神様のことだから、一つの世界だけに存在する方が逆に珍しいのかも」
「神話の女神が俺の世界にも実在してたってこと? うーん……」
幽霊になった今でも、やっぱり神話を本気で信じるのはちょっと抵抗がある。
「それでね、その二柱は近くにいた若い女性を招いて、
女神様の手伝いとしてこの神殿を建てさせたんだって。
そして蘇生の知識をその人たちに授けたの。
この神殿は昔、ヘカテーの神殿と呼ばれていたんだけど……
当時は蘇生の儀式ができるのはここだけだった。
聖域だから、巫女たちにしか場所を教えていなかったのよ。
お願いに来た人たちは別の神殿に行って申し込む形だったから、
救える命にはどうしても限りがあった。
魂を保存できるアクセサリーは金持ちの間で流行ったけど、庶民には高嶺の花だったわ」
「なるほど、モノポリーだな」
「だから、ある王様が『これはおかしい』と思って、
権力を使って大きな街に、魂と肉体さえあれば蘇生できる教会を作らせたの。
その呪文と技術が広まった結果、この神殿の巫女は次第にいなくなって……
ヘカテーの神殿としての権威は完全に失われてしまった」
「その王様、最初からこの神殿を潰すつもりだったのかもな……」
「かもしれないわね。この神殿は王様に匹敵する権力とお金があったでしょうね。
でも、身体がない場合の対処法は、
ほとんどの技術が教会の方には伝わっていないの。
普通の死に方には必要ない。スキルが高い技術だから、広めるのが無理だったでしょう。
だからこそ、ここにしかまだ眠っている技術がある!」
リアナさんの声には、はちきれんばかりのワクワク感が溢れていた。
……いや、長っ!
しかも俺の不安とは1ミリも噛み合ってないし!
ただ沈黙が耐えられなくなっただけだろ、きっと……。
まあ、俺の気持ちを擦のが難しいだろう。
そんなことを毒づきながら、目の前にまた巨大な扉が現れた。
かなり豪華に装飾されている。どうやらここから先はかなり重要な部屋らしい。
「この扉には【月の回廊】って書いてあるね」
リアナさんが読み上げると、ゆっくりと重い扉を押し始めた。
見た目よりはスムーズに開いた。
「これ、試練じゃないよね?」
「どうかしら~」
回廊はこれまでの通路とはまるで違った。
なぜかピカピカに磨き上げられていて、満月の夜のように淡く光を放っている。
トラップらしきものも見当たらず、リアナさんはほとんど俺を頼ることなく進んでいった。
やがてたどり着いたのは、広くて天井の高い、神秘的な雰囲気漂う部屋。
中央に、ぽつんと台座が置かれている。
俺はつい近づいてよく見てみようとした。
「ちょっと待って! 危ないかもしれない!」
リアナさんが慌てて叫び、俺の近くまで駆け寄ってきた。
「ここが最終局面っぽいから……これは最後の試練だと思うの。
悠真さんは私に任せて!」
そう言って、彼女は意を決したように台座に近づいた。
どこからともなく、荘厳な女性の声が響く。
「汝、このヘカデーの神殿の巫女となることを望む者よ。
第三の試練に挑むがよい。
この台座の上には、神殿の巫女の象徴たるアクセサリーが封じられている。
だが、台座は蘇生叶わず彷徨う魂の残滓、その怨念によって守護されておる。
汝、その怨念を浄化することができれば、
我は汝を、この神殿の新たな巫女として迎え入れよう。」
リアナさんが手を伸ばした瞬間——
何か見えない壁に弾かれたように、すぐに手を引っ込めた。
「キャッ! 痛っ!」
顔色が一気に悪くなるのが、後ろからでも分かった。
……今回の試練、ちょっとヤバそうだな。




