二番手なんていやなんだけど?デートに妹を挟まれたらそれはもうただの散歩だよね?
メイチェ・ルウコハイドになった公爵令嬢の自分が前世の記憶──平凡な会社員だった頃の記憶を保持したまま、ファンタジーな世界に転生してはや十年。
最初は戸惑ったけど、今じゃすっかり生活に馴染んでいる。
恵まれた身分、美しい屋敷、優秀なメイドたち、高嶺の花だったブランド物のドレスももうすっかり普段着だ。人生って何が起こるかわからない。
人生のハイライトとも言うべき存在が婚約者であるライアン・アルバーグ公爵で絵に描いたような王子様の見た目。
金色の髪に吸い込まれそうなほど深い青い瞳、高身長で優雅な物腰。
政治的手腕にも優れていて、社交界の華で非の打ち所がないって、彼のためにある言葉。
こっちもそれなりに美形に生まれたけど、ライアンの横に立つと乙女ゲームのヒロインになった気分になる。
ゲームだと攻略対象が複数いるけど、現実はたった一人。でもそれがライアンなら何の不満もないし最高じゃん?と思い、結婚が決まったとき、文字通り有頂天になる。前世の自分に教えてやりたかった。
社畜として残業漬けの日々を送っていたときに「将来は公爵と結婚してセレブになるよ!」って。そしたら、きっと信じてもらえないだろうな〜。
ライアンは正式な婚約が決まってから数回、二人きりでデートを重ねた……とはいってもデートは散策とかティータイムとか、お堅いものだけど。
それでも話に真摯に耳を傾けてくれたしさりげなくエスコートしてくれる。完璧、ただただ完璧。
「メイチェ、今日は楽しかったよ。君と話していると、時間が経つのが本当にあっという間だ」
デートの終わりに言って、手を優しく握るライアンは顔が良すぎる。もう、語彙力が死ぬ。
「ライアン様もお忙しいのに時間を作ってくださってありがとうございます」
ライアンは少し困ったように笑う。
「様はよしてくれ。もうすぐ夫婦になるのだから、ライアンと呼んでくれ」
顔が良すぎる……このまま何事もなく、順調に結婚すると信じて疑わなかった。あの、小さな天使に会うまでは。
ライアンには五歳になる年の離れた妹がいて、名前はコルリアーシャ。社交界でも有名な、天使のように可愛らしい女の子らしい。
ライアンの誘いで彼の屋敷を訪れた目的はコルリアーシャとの顔合わせ。
屋敷の広々とした応接室に通され、少し緊張しながら待っていると、ライアンがコルリアーシャを連れて入ってきた。
「メイチェ、紹介しよう。最愛の妹、コルリアーシャだ」
差し出したのはふわふわの金髪にライアンと同じく大きな青い瞳を持った、お人形のような女の子。ピンク色のフリルのドレスを着て、絵本から飛び出してきたみたい。
「コルリアーシャ、こちらが君の未来のお姉さんになる、メイチェ様だ。ご挨拶を」
コルリアーシャは前に立つと少し恥ずかしそうにドレスの裾をつまんで小さくお辞儀する。
「メイチェお姉様、コルリアーシャです」
か、かわ……!
無理。心臓が痛い。これが五歳の破壊力か。前世で姪っ子を可愛がっていたけど、次元が違う。
これは全人類がメロメロになるやつだ。
「コルリアーシャちゃん、よろしくね。とっても可愛らしい」
微笑んでそう言うと、コルリアーシャはパッと顔を輝かせた。
「お兄様がメイチェお姉様はとっても優しい人だって言ってた!」
「そうだな、コルリアーシャ」
ライアンはコルリアーシャの頭を優しく撫でながら、もうデレデレだ。表情は己といるときに見せる紳士的な笑顔とは少し違う、もっと砕けた、親愛に満ちたもの。
その時は微笑ましく見ていたんだけど、優しいお兄さんだなって。微笑ましさがやがて恐怖へと変わるなんて、この時は知らなかった。
再びライアンの屋敷でのティータイムに招かれたので今度は三人ですることに。テーブルにはコルリアーシャが作ったらしい、歪な形のクッキーが並んでいた。
「コルリアーシャがメイチェのためにって、一生懸命作ってくれたんだ。さあ、どうぞ」
ライアンに促され、そのクッキーを手に取った。うん、硬い。塩味がする。砂糖と塩を間違えたのかな?
「うーん、とっても美味しいわ。コルリアーシャちゃん、ありがとう」
と、にこやかに言った。社交辞令ってやつだ。すると、隣でライアンが目を輝かせている。
「メイチェ、わかるだろう?素朴で心がこもった味わい。こんなにも素晴らしいクッキーは他にない」
いやいや、普通に不味いから。すっごく。
「ええ、本当に……心がこもっていますね」
言葉を選ぶと、ライアンは自分のクッキーを一口食べて、うっとりとした表情になった。
「世界一のクッキーだ。ああ、この愛おしい味。これを食べると、コルリアーシャが僕をどれだけ愛してくれているか、よくわかるんだ」
え、マジ?
これが?
記憶が警鐘を鳴らし始めた。待って、待って待って、この人、ちょっとヤバくないか?
その後もライアンのコルリアーシャへの溺愛は止まらない。
コルリアーシャが持ってきたスケッチブックにはぐちゃぐちゃの線で描かれた、何だかわからない絵が描かれていた。
「これはお兄様の絵!」
コルリアーシャが誇らしげに言うと、ライアンは感動に打ち震え。
「これは素晴らしい!なんて躍動感に満ちたタッチなんだ!コルリアーシャ、君は天才だ!」
いやいやいや、五歳が描いたぐちゃぐちゃの落書きだから。
ライアンは「この芸術作品は僕の書斎に飾っておこう」と言って、紙を大切そうにファイルに挟んだ。
ドン引き。引くわー。
完璧な王子様だと思っていた婚約者がたった五歳の妹の推しに成り下がっていた。推し活がガチすぎる。
これ、アイドルに貢いでるのと一緒じゃん。いや、それ以上?
ティータイムはライアンのコルリアーシャに対する「可愛い」と「天才」と「愛してる」の三語ループで終わり。笑顔を保つのに必死で心の中では「何それ」とか「沼じゃ」と、飛び交っていた。
ライアンのコルリアーシャ溺愛は想像を遥かに超えていた、決定的なことが立て続けに起こる。
週末、ライアンと二人きりでデートに出かけた行き先は王都でも有名な老舗カフェ。席にエスコートしいつものように優しい笑顔で話しかけてくれた。
「メイチェ、最近読んだ小説について話してくれないか?君の感想を聞くのが楽しみなんだ」
ああ、もう、やっぱり完璧。このまま穏やかに時間が流れるかと思いきや……。
「お兄様!」
突如、カフェの扉が開き、コルリアーシャが駆け込んできた後ろには慌てた様子の執事が立っている。
「お嬢様、お止めください!わ、私は止めたのですが……すみませんっ」
ライアンは驚くどころか、満面の笑みで立ち上がる。
「コルリアーシャ!どうしたんだ?寂しくなったのかい?」
ライアンの足に抱きつき「お兄様がいないとつまらないもん!」と泣きそうな顔で訴えれば、こちらの存在など忘れたかのようにコルリアーシャを抱き上げてあやす。
「ごめんよ、僕が悪かったね。こんなに寂しい思いをさせてしまうなんて。もう二度と、君を一人にしないからね」
いや、私もここにいるんだけど?
私は透明人間か?
ライアンは「メイチェ、ごめん。今日はコルリアーシャと一緒に過ごしてもいいかな?」と尋ねた。
聞くな。聞かなくてもわかる。コルリアーシャと過ごしたいんだろうが。
「ええ、もちろんです。コルリアーシャちゃん、寂しかったのね」
社交的な笑顔を作って答えたのにコルリアーシャは言葉を聞いて、ライアンの腕の中で勝利の笑みを浮かべた。
この子、絶対わかってやってるな。最低、最悪。
彼女が大きくなったら同じことをされるように計画しておこう。
結局、その日のデートはコルリアーシャの乱入で終わり、三人でティータイムを過ごすことになった。
コルリアーシャの隣に座り、ずっと彼女の頭を撫でていた男に吐き気がする。
他にも嫌なことが待ち受けていた。
妹コルリアーシャの五歳の誕生日パーティーでライアンはパーティーの終盤、自らピアノの前に座った。
「今日はコルリアーシャのために作った歌をプレゼントしよう」
周りの貴族たちは「なんて素敵な兄妹愛!」と拍手喝采し「まあ、そういうイベントか」と微笑ましく思う、こちら側。優雅にピアノを弾き始め、歌い出した。
「遠い昔、僕の人生に光が差したそれは小さな君という、宝石だった君が笑えば、世界は輝き君が泣けば、僕の心は砕けるああ、コルリアーシャ、僕の愛しい妹よ〜君は僕のすべて君の瞳は空よりも青く君の笑顔は太陽よりも眩しい誰よりも君を愛してる誰よりも君を守りたい僕の命の炎が尽きるまで君のそばにいると誓おう、コルリアーシャ」
嘘でしょと、ポカンと口を開けて、光景を眺めていた。周りの人は感動してハンカチで目頭を押さえているが心の中にはドン引きという二文字しか浮かばない。
この歌、どう考えても恋愛ソング。五歳の妹に捧げる歌じゃない。
君は僕のすべてとか、誰よりも君を愛してるとか、完全に推し活を超えてガチ恋!
五歳の妹にガチ恋してる婚約者って、何?どんな地獄?
周りの人は異常な兄妹愛を尊いと捉えているようだが常識人であるゆえに状況が理解できない。これは健全な兄妹愛じゃない。
もし結婚したらどうなる?
「メイチェ、コルリアーシャが一番好きなお菓子を作ってやってくれないか?」
「メイチェ、今日のディナーはコルリアーシャが食べたいって言っていたオムライスにしよう」
結婚生活はコルリアーシャの世話係として終わるんじゃないか?と、美しいドレスを着て優雅に微笑んでいたが心の中ではすでに結婚解消という四文字が頭の中を駆け巡っていた。
家に帰った後もライアンのコルリアーシャへの溺愛が頭から離れなかった。そろそろ、やつを婚約者ではなく、変態と呼ぼうかと思い始めるくらい。
完璧な王子様だと思っていた人は実は重度のシスコンだったのだ。いや、シスコンというレベルではない。
あれは妹教だ。コルリアーシャ教の教祖であり、最高の信者と、このまま結婚していいのだろうか?
愛は盲目というけれど、こんなにも現実を無視した愛があるのかな。
ライアンに惹かれている。それは事実でもコルリアーシャに注ぐ歪んだほどの愛を受け止められない。
愛する人のリストにコルリアーシャが常に一位でこちらは妻なのに二位でいいわけがない。
いや、きっとコルリアーシャと並ぶことすら許されないんじゃないかと、恐怖する。
「メイチェも可愛いけど、コルリアーシャの足元にも及ばないよ」
とか言われそうだし……ああ、ダメだ、ネガティブな想像が止まらない。
見て見ぬふりをして結婚することはできない、と決意してまずは腹を割って話そうと意気込む。
行動の異常性に気づいていないのであれば、伝えなければならない。
もし彼がこれが普通だというのであれば……。
次の日、ライアンに手紙を書いた。
「お話したいことがあります。ライアン様の屋敷に伺ってもよろしいでしょうか?」
すぐに返事をくれた。
「もちろん。いつでも君を歓迎するよ」
返事はいつも通り優雅だったが内心、冷や汗をかいていた。これから、彼をドン引きさせた理由を突きつけるのだと、応接室でライアンと向かい合う。
「メイチェ、どうしたんだ?何か悩んでいることがあるのか?」
いつものように優しい表情で見つめていた。
「ライアン様……単刀直入にお伺いします。コルリアーシャちゃんのことを、本当に愛していらっしゃいますか?」
戸惑った表情を見せた。
「もちろん、愛しているさ。最愛の妹だ」
深呼吸をして、続けた。
「その愛は家族への愛ですか?それともその、少し……行き過ぎていませんか?」
表情が一瞬にして凍りついた。
「メイチェ、どういう意味だ?」
「コルリアーシャちゃんへの愛情がまるで……恋愛感情のように見えてしまう時がある、ということです。正直に言いますと、私は……少し引きました」
引きましたの言葉を聞いて、ライアンは目を見開く。
顔から、いつもの完璧な笑顔が消え、心を抉られたかのような痛々しい表情になる。
「そんな……君にそう思われていたなんて……」
声が震えているものの、これが最後のチャンスだと思った。これでダメならこの人とはこれきり。
「コルリアーシャちゃんを大切にするのは素敵なことです。でもライアン様の行動は理解できないことばかりでした。作った塩辛いクッキーを世界一と褒めたり、恋愛ソングのような歌を捧げたり」
ライアンの心に深く刺さっているらしく、彼は何も言い返さず俯いている。怖い、なぜか。
「このまま結婚したら、私は……どうなってしまうのだろうと、不安に思いました」
言葉を切ったあと、長い沈黙が流れ、これで終わりかもしれない、と思った。
きっと、妹の愛も理解できない女だと罵り、婚約を破棄するだろうがそれでもモヤモヤを抱えたまま、嘘をついて結婚することはできない。
静寂を破ったのはライアンの声。
「メイチェ……君がそんな風に思っていたとは想像もしていなかった」
先ほどとは違い、諦めと悲しみが混じっていた。
「君を傷つけていたんだな。本当に申し訳ない」
顔を上げた目は赤くなっていた。
「君の言う通りだ。私はコルリアーシャへの愛情が少し……いや、かなり行き過ぎているかもしれない」
ゆっくりと話し始めた。
「僕がなぜこんなにもコルリアーシャを溺愛しているのか、話させてほしい。君に引かれても嫌われてもいい。ただ、君に知ってほしいんだ」
語り出すライアンは幼い頃、体が弱く、病気がちだったそうで当時の公爵家は跡継ぎである体調を第一に考え、外界から隔離した。
友人もおらず、家臣も顔色を伺ってばかりなので孤独に染まる。
唯一の話し相手は庭の鳥や、本の中に描かれた物語の登場人物だけ。
「そんな僕の元に生まれたのがコルリアーシャだった。生まれた時から体が丈夫で太陽のように明るい、小さな妹」
瞳に遠い過去の光景が映っている。
「持っていなかったもの、すべてを持っていた。健康な体、天真爛漫な心、誰にでも愛される才能」
数年前、ある出来事が起こった。コルリアーシャが熱を出した日のことだ。ライアンは自分が幼い頃に飲んで効果があったと聞いた薬草を、コルリアーシャに飲ませてしまった。
薬草は当時ライアンが患っていた病気には効果があったがコルリアーシャの病気には合わず、一時的に危篤状態に陥る。
「僕のせいで死ぬかもしれないと、心の底から恐れた」
幸いにも一命を取り留めたものの、心には深い傷が残った。
「最愛の妹を、勝手な行動で殺しかけた。自分の命よりも大切な存在を、傷つけてしまったんだ」
それ以来、ライアンは守ることに固執するようになって、小さな怪我にも大げさに心配するようになった。
くれるものはどんなものでも宝物になって、喜んでくれることなら、どんなことでもするように。
「笑っているのを見ると、僕は……あの時の罪悪感から、少しだけ解放されるんだ。だから、愛さずにはいられない。たとえそれが君から見れば歪んだ愛だとしても」
話しながら涙を流していた。
「ライアン様」
完璧な王子様がこんなにも脆い部分を抱えているなんて、知らなかった。行き過ぎた愛情はコルリアーシャへの愛だけでなく、過去の自分への罰だったのだと、行動のすべてを理解する。
「コルリアーシャが笑えば世界は輝き、泣けば心は砕ける」
あの歌はコルリアーシャが生きていることの安堵と、失うことへの恐怖を歌っていたのだ。完璧な仮面の下にはこんなにも深い傷と歪んだ愛情が隠されていたなんて。
「ライアン様……泣かないで」
そっとライアンの手に自分の手を重ねた。
「気持ち、わかります。私にも大切な存在がいます。失うかもしれないと思うと、きっと、同じような気持ちになると思います」
驚いた顔で見つめる。
「でもライアン様。コルリアーシャちゃんはあなたのことを、そんなに完璧に守ってくれるお兄様だなんて思っていない。大好きでお兄様と一緒にいることが楽しい、って思っているだけです」
笑顔を思い出せば、過剰な愛情を、疑いもせず受け入れていたのはお兄様からの普通の愛情だったからだ。
「あなたの行動を愛として受け止めている。愛は歪んでいるかもしれないけど……でも本物です」
ライアンは言葉を聞いて、再び静かに泣き始めたので何も言わず、彼の隣に座っていた。
自分の弱さを見せてくれたことが何よりも嬉しい。すべてを打ち明けた後、少しだけ変わり、以前のようにコルリアーシャのことばかりを話すことはなくなった。
二人きりのデートではコルリアーシャの話題を出すことはなく、好きなものや、考えていることを聞いてくれるようになった。
それでもコルリアーシャに会うと、態度は豹変するけど。だがもう引きはしないように心がけた。
行動は過去の傷から来るものだと知っているから、行き過ぎた愛情を、愛すべき癖として受け止めることにしたのだ。
屋敷でコルリアーシャと三人で庭の散策をし「お兄様、お花!」と叫んで道端に咲いている小さな花を指差す。
ライアンは「ああ、綺麗だね。コルリアーシャの瞳みたいに」と、またもや大げさに言う。
コルリアーシャはくすくす笑って、ライアンの手を握った様子を、微笑ましく見つめていた。もう、あの時のようにすることはなく、こんなにも一人の人間を深く愛せるライアンを、尊敬さえするようになる。
もちろん、愛情がこちらへも向けられていると知っているから、安心して見ていられるのだ。
出ないと変態が口から出る。
「メイチェ、どうか、僕とコルリアーシャを、これからも見守ってくれないか」
「もちろんです。これから、私もコルリアーシャちゃんにとって、大切な家族になりますから」
ライアンの腕を組んだら、彼は言葉に心底安心したように微笑んだ。
完璧な王子様だと思っていた婚約者は実は深い傷を抱え、小さな妹を溺愛する、少し不器用な男だった完璧ではない部分を、すべて受け入れることにした。
屋敷を訪れる目的は先日提案したコルリアーシャへの手作りブレスレットを作ること。
提案に驚きつつも「メイチェに教えてもらえるなら、ぜひ」と目を輝かせてくれた瞬間、完璧な王子様の仮面が剥がれ落ち、愛すべき妹思いの男の子に見えて少し笑ってしまった。
応接室の大きなテーブルには持ってきたカラフルなビーズとゴムテグスが並び、ライアンは生まれて初めて見る工作道具に子供のように目を丸くしている。
「メイチェ、小さな粒を……この細い糸に通すのか?」
指先が小さなビーズを摘もうとするが普段剣や書類を扱うことに慣れている手はどうにも繊細な作業が苦手らしく、ビーズを掴んだと思ったらポロリと落とし床をコロコロと転がる。
「え!あぁ、すまない。こんなにも不器用だとは思わなかった」
肩を落とすライアンにクスクスと笑う。
「大丈夫ですよ。最初は誰でもそうですから」
一つビーズを手に取り、見本を見せる。
「テグスの先端を尖らせて、そっと穴に差し込むんです。少し難しいですが慣れれば簡単です」
真剣な表情で手元をじっと見ていた。真剣さがなんだかおかしくて愛おしい。ビーズ一つ通せないなんて。
このギャップはズルい。もう一度、慎重にビーズに挑戦した彼。一本、また一本とテグスに通していき、最初はぎこちなかった動きもだんだんとスムーズになっていった。
「メイチェ、コルリアーシャはどの色のビーズが好きだろうか?」
真剣に悩んでいる姿は国家の重大な決断を下すように一つ一つのビーズの色を選んでいた。
「ピンクや水色が好きだと言っていたな。だが黄色も太陽の光のようで……似合うだろうか」
たかがブレスレットの色選びにこんなにも心を砕いている姿を見ているだけで心の中がどれほどコルリアーシャへの愛で満たされているかが伝わってきた。
「きっと、お兄様が選んだものなら、何でも喜んでくれますよ」
彼はふっと優しい笑顔になった。
「そうだな。どんな出来栄えでも僕が作ったというだけで喜んでくれるだろう」
再び、不器用ながらもビーズをテグスに通し始めた手つきはまだぎこちないが横顔は楽しさに満ちていた。
「これを着けている姿を想像すると、どんな苦労も苦にならないな」
ビーズ一つ一つに想いが込められていくのがわかり、不格好ながらもライアンの手作りのブレスレットが完成した。
少しビーズの並びがずれていたり、結び目が大きかったりしたがそれがかえって温かみを感じさせ、夕食後、ライアンは完成したブレスレットを妹にプレゼントする。
「コルリアーシャ、これは……僕が作ったんだ。君に似合うと思って」
照れながら、ブレスレットを手首に着けてあげれば、ブレスレットを見て目を丸くし満面の笑みを浮かべた。
「わあ!お兄様が作ったの!?きれい!コルリアーシャ、これ、毎日着けるね!」
何度も何度もブレスレットを眺め、嬉しそうにライアンに抱きついた。顔には見たどの表情よりも柔らかな安堵の微笑みが浮かんでいて、過去の自分を許し今この瞬間を心から喜んでいる、そんな表情だ。
胸にも温かいものが広がっていく。こんなにも人間らしくて、こんなにも不器用でこんなにも深く誰かを愛せる人だったなんて。
ビーズは二人の愛をコルリアーシャへと運び、婚約関係も深いものにしてくれる。
言葉を交わさずとも互いの心の中にある温かい光を感じ、きっと、これが求めていた幸せなのだと、笑みを綻ばせた。
⭐︎の評価をしていただければ幸いです。




