緑の墓場の中心で
風が鳴いていた。
古びた校舎の壁を裂くように、錆びた窓枠を震わせる。瓦礫の匂いに混じって、乾いた土と湿った苔の匂いが鼻腔を刺した。
__ここが私の居場所だ。
色褪せた机も、剥がれかけた黒板も、誰も使わなくなった教科書も。まるで時間が止まったようなこの場所で、私たちは「訓練」と称して集まっていた。
「んねぇ、今日の講義サボってさぁ、肝試しでもしない?」
ヘラヘラと笑いながら、マコトが窓から身を乗り出す。
猫背気味で、ぼさぼさの前髪をヘアバンドで留めて。いつも通りの、だらしない顔。青みのある黒髪は自由奔放にぴょんぴょん跳ねている。顔のパーツは良いんだからもっとちゃんとしなさいよ、とがっかりしてしまうような姿見。
「……あんた、真面目にやる気あるの?」
私は呆れて返す。だが、彼の馬鹿さ加減に救われる自分がいるのも事実だった。
「ルチアは頑張りすぎなんだよ、息、抜こ。それにほら、肝試しなんてお前大好きだろ?」
彼、マコトはヘッドバンドを引っ張ると、首に下ろしてチョーカーのように付けた。長めの前髪がバサっと下りて、彼の片目を隠した。
「…なんでわざわざそんなことしないといけないのよ。それに、私は次の試験で絶対流星に入るんだから遊んでる暇なんてないの。」
マコトが「ちぇー、面白くないの」と笑いながら窓際に腰を下ろす。
その向こうには、曇ったガラス越しに薄く緑がかった空が見えた。
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ここは地方のプラネタリウム。
人間が生き延びるために築いた、安全圏だ。フレアと呼ばれるドーム状の透明な壁が、まるで温室のように私たちを包んでいる。
数十年前、この惑星は異形植物に覆われ、全ての動物が滅亡の淵へ追いやられた。実は古代から彼ら、異形植物は肉食獣と同じように、生態系の一部として存在していた。弱肉強食。自然の摂理。__そのはずだった。
だが、突然変異を境に彼らは牙をむいた。
世界を侵食し、動物を喰らい、そして__なぜか人間ばかりを狙い始めたのだ。最大の脅威は、異形植物がすべての動物を養分とする従属栄養生物であることだ。とある科学者は言った。植物同士が“会話”していることが証明された以上、人間を獲物と見なしたのだろう、と。
だが理由などどうでもいい。結果はひとつ。
異形植物は、私たちを狩り、捕食し、惨殺する。
以来、外の世界は狩場となり、私たちは生きるためにここに籠もるしかなかった。
プラネタリウム__それが、人間に残された最後の居場所なのだ。
マコトに聞いたことがある。
なぜ、人間はプラネタリウムに籠り、外の世界は植物が支配しているのか、と。
彼は少し考えたあとに言った。
「昔、人間は植物たちをいじめていたらしい。」
彼らの居場所を埋め立て、不必要に刈り取り、燃やし、汚した。
草花を踏みにじり、木々を倒し、藪を、茂みを、林を、森を、金貨に変えた。
そして、手に入れた金でまた新しい場所を壊した__その繰り返し。
私はその時代に生まれていなかったから、本当のことは知らない。
けれど、今こうして外に広がる緑を見れば、少しだけ分かる気がする。
きっと、彼らは怒っている。
私たち人間を、罰しようとしている。
だからこそ、今の世界には“殲緑機関”がある。
人間が外に出て生き延びるために作られた、対異形植物組織。
“緑を殲す機関”__名前からして、ちょっと物騒でしょ。
でも、あれがなかったら私たちはもう全員、植物の肥料になってたと思う。
殲緑機関には階級があって、下から順に、
新星→星雲→流星→彗星→天極。
私たちはまだ新星の訓練兵。
各自訓練して、入隊試験を突破すれば正式に殲緑機関に属することができる。
もちろん、一人で訓練なんて無理。上位の隊員や師範がそれぞれの面倒を見る。
私にとってのマコトがそうだ。彼は殲緑機関の星雲以上………らしい。街の人から聞いた。
だから頼み込んだのに……結果的に教えてくれたのは護身術だけ。
結局私は今、殲緑機関本部が運営しているオンライン講座を受けている。
画面越しの訓練なんて、手応えがなさすぎて嫌になるけど。
異形植物にもランクがある。
一番下がファーストペタル。
まだ「植物の化け物」って呼べるレベル。
でも、フィフスペタルを越えると、もう別世界。
セブンスペタルは街ひとつ飲み込むって噂。
ファーストが弱くて、セブンが最強。
そしてその上位が――リング。リングもファーストからセブンまである。
ペタルは束ねる“花冠”みたいな存在。
リングは、思考する。喋る。罠を張る。他にも何かしら特殊なことを仕掛けてくるみたい。
……そんなの、どうやって倒せばいいのかって?
知らないわよ。
でも、倒した人がいるらしい。
かつて、すべてのリングを狩ったという、名もなき天極が。
……ただの伝説、だとみんな言ってるけど。
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「…ちぇ。面白くないの。」
ルチアは急にマコトの声で現実に戻された。
風が吹き込み、彼の髪がふわりと揺れる。少しだけ、遠い目をしていた。
「流星になったって、外に出られるわけじゃない。どうせまた訓練と命令の繰り返しだ。」
「そんなの、分かってる。でも……」
私は言葉を詰まらせた。
本当は怖い。外の世界がどうなっているのかも、ルートフォークがどんな姿をしているのかも、知らない。
それでも、“誰か”がやらなきゃいけない気がしていた。
「でも、やらなきゃ。私たちの自由を奪った奴らを、倒さなきゃ。」
マコトの目が、わずかに揺れた。そして、ふっと笑う。
「へぇ、立派な動機だな。」
「バカにしてるでしょ。」
「まさか。……ただ、僕は思うんだ。外の世界は、想像してるよりずっと“きれい”かもしれないって。」
「は?なにそれ。どこが“きれい”なのよ、あんな化け物だらけの世界が。」
「さぁな。」
マコトは肩をすくめる。
「見たことがないから、そう思い込んでるだけかもしれないよね?」
その軽い言葉が、なぜか胸の奥に引っかかった。
マコトはチョーカーをグィッと引っ張って、ヘアバンドに戻しながら、廊下へ出ていこうとする。
「ま、せいぜい頑張って。“流星候補”さん?」
「……あんた、ほんっとムカつく!」
叫んだけど、彼は振り返らなかった。
「お前みたいな弱味噌ビビリが星雲、飛び級して流星入れるとかさ。非現実的だよ。」
代わりにこんな言葉が飛んできて完全に___キレた。うん。
アイツ嫌い!!!!




