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緑の墓場の中心で

風が鳴いていた。

 古びた校舎の壁を裂くように、錆びた窓枠を震わせる。瓦礫の匂いに混じって、乾いた土と湿った苔の匂いが鼻腔を刺した。

 __ここが私の居場所だ。

色褪せた机も、剥がれかけた黒板も、誰も使わなくなった教科書も。まるで時間が止まったようなこの場所で、私たちは「訓練」と称して集まっていた。


「んねぇ、今日の講義サボってさぁ、肝試しでもしない?」


 ヘラヘラと笑いながら、マコトが窓から身を乗り出す。

猫背気味で、ぼさぼさの前髪をヘアバンドで留めて。いつも通りの、だらしない顔。青みのある黒髪は自由奔放にぴょんぴょん跳ねている。顔のパーツは良いんだからもっとちゃんとしなさいよ、とがっかりしてしまうような姿見。


「……あんた、真面目にやる気あるの?」


私は呆れて返す。だが、彼の馬鹿さ加減に救われる自分がいるのも事実だった。


「ルチアは頑張りすぎなんだよ、息、抜こ。それにほら、肝試しなんてお前大好きだろ?」


彼、マコトはヘッドバンドを引っ張ると、首に下ろしてチョーカーのように付けた。長めの前髪がバサっと下りて、彼の片目を隠した。


「…なんでわざわざそんなことしないといけないのよ。それに、私は次の試験で絶対流星に入るんだから遊んでる暇なんてないの。」


マコトが「ちぇー、面白くないの」と笑いながら窓際に腰を下ろす。

その向こうには、曇ったガラス越しに薄く緑がかった空が見えた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


ここは地方のプラネタリウム。

 人間が生き延びるために築いた、安全圏だ。フレアと呼ばれるドーム状の透明な壁が、まるで温室のように私たちを包んでいる。

数十年前、この惑星は異形植物(ルートフォーク)に覆われ、全ての動物が滅亡の淵へ追いやられた。実は古代から彼ら、異形植物(ルートフォーク)は肉食獣と同じように、生態系の一部として存在していた。弱肉強食。自然の摂理。__そのはずだった。

 だが、突然変異を境に彼らは牙をむいた。

世界を侵食し、動物を喰らい、そして__なぜか人間ばかりを狙い始めたのだ。最大の脅威は、異形植物がすべての動物を養分とする従属栄養生物であることだ。とある科学者は言った。植物同士が“会話”していることが証明された以上、人間を獲物と見なしたのだろう、と。

 だが理由などどうでもいい。結果はひとつ。

異形植物は、私たちを狩り、捕食し、惨殺する。

 以来、外の世界は狩場となり、私たちは生きるためにここに籠もるしかなかった。

プラネタリウム__それが、人間に残された最後の居場所なのだ。



マコトに聞いたことがある。

なぜ、人間はプラネタリウムに籠り、外の世界は植物が支配しているのか、と。

彼は少し考えたあとに言った。


「昔、人間は植物たちをいじめていたらしい。」


彼らの居場所を埋め立て、不必要に刈り取り、燃やし、汚した。

草花を踏みにじり、木々を倒し、藪を、茂みを、林を、森を、金貨に変えた。

そして、手に入れた金でまた新しい場所を壊した__その繰り返し。


私はその時代に生まれていなかったから、本当のことは知らない。

けれど、今こうして外に広がる緑を見れば、少しだけ分かる気がする。

きっと、彼らは怒っている。

私たち人間を、罰しようとしている。


だからこそ、今の世界には“殲緑機関”がある。

人間が外に出て生き延びるために作られた、対異形植物組織。


“緑を殲す機関”__名前からして、ちょっと物騒でしょ。

でも、あれがなかったら私たちはもう全員、植物の肥料になってたと思う。


殲緑機関には階級があって、下から順に、

新星(ノヴァ)星雲(ネビュラ)流星(メテオメテオ)彗星(コメット)天極(アマリス)


私たちはまだ新星の訓練兵。

各自訓練して、入隊試験を突破すれば正式に殲緑機関に属することができる。

もちろん、一人で訓練なんて無理。上位の隊員や師範がそれぞれの面倒を見る。

私にとってのマコトがそうだ。彼は殲緑機関の星雲以上………らしい。街の人から聞いた。

だから頼み込んだのに……結果的に教えてくれたのは護身術だけ。

結局私は今、殲緑機関本部が運営しているオンライン講座を受けている。

画面越しの訓練なんて、手応えがなさすぎて嫌になるけど。


異形植物ルートフォークにもランクがある。

一番下がファーストペタル。

まだ「植物の化け物」って呼べるレベル。

でも、フィフスペタルを越えると、もう別世界。

セブンスペタルは街ひとつ飲み込むって噂。

ファーストが弱くて、セブンが最強。


そしてその上位が――リング。リングもファーストからセブンまである。

ペタルは束ねる“花冠”みたいな存在。

リングは、思考する。喋る。罠を張る。他にも何かしら特殊なことを仕掛けてくるみたい。


……そんなの、どうやって倒せばいいのかって?

知らないわよ。

でも、倒した人がいるらしい。

かつて、すべてのリングを狩ったという、名もなき天極が。

……ただの伝説、だとみんな言ってるけど。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


「…ちぇ。面白くないの。」


 ルチアは急にマコトの声で現実に戻された。

風が吹き込み、彼の髪がふわりと揺れる。少しだけ、遠い目をしていた。


「流星になったって、外に出られるわけじゃない。どうせまた訓練と命令の繰り返しだ。」


「そんなの、分かってる。でも……」


 私は言葉を詰まらせた。

本当は怖い。外の世界がどうなっているのかも、ルートフォークがどんな姿をしているのかも、知らない。

それでも、“誰か”がやらなきゃいけない気がしていた。


「でも、やらなきゃ。私たちの自由を奪った奴らを、倒さなきゃ。」


マコトの目が、わずかに揺れた。そして、ふっと笑う。


「へぇ、立派な動機だな。」


「バカにしてるでしょ。」


「まさか。……ただ、僕は思うんだ。外の世界は、想像してるよりずっと“きれい”かもしれないって。」


「は?なにそれ。どこが“きれい”なのよ、あんな化け物だらけの世界が。」


「さぁな。」


マコトは肩をすくめる。


「見たことがないから、そう思い込んでるだけかもしれないよね?」


その軽い言葉が、なぜか胸の奥に引っかかった。

マコトはチョーカーをグィッと引っ張って、ヘアバンドに戻しながら、廊下へ出ていこうとする。


「ま、せいぜい頑張って。“流星候補”さん?」


「……あんた、ほんっとムカつく!」


叫んだけど、彼は振り返らなかった。


「お前みたいな弱味噌ビビリが星雲、飛び級して流星入れるとかさ。非現実的だよ。」


代わりにこんな言葉が飛んできて完全に___キレた。うん。


 アイツ嫌い!!!!

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