鍵しっぽって…
折れ曲がっている。それが彼の目の前で、くぃっと揺れた。
まるで彼を呼ぶかのように、目の前で誘惑するように。
__僕と対話したいのかな、と少年は思った。
鼻先にぴたりと寄り添うその動きに気づいたのは、くしゃみをした後だった。
「ぶぁクションっ!!……はぁ……」
猫の尻尾が、すでに彼の鼻孔に入りかけていたのだ。いや、正確には触れていただけだが。
それでも少年にとっては一歩前進だった。
「ふ……ついに僕が克服できる日が……」
彼__鶴ヶ谷黎真は、目を細めながら、その折れ曲がった尻尾を指に巻きつけた。
鍵尻尾。先天的な要因と後天的な要因。コイツの場合後者だ。何者かにつけられた傷痕からくるりと回っている。僕は決して人間だとは最初から思っていない。色々な要因がある。他の奴らとの喧嘩。高い場所から落ちて受け身が下手だった。でも結局僕は思うんだ。 人間がやったのだろう。その理由は…
「ニャァオン」
猫の鳴き声で彼は我に返る。気づけば猫はシャツの中に潜り込み、勝手に温もりを楽しんでいた。
「………やめろぁ。湿疹が出る。……まだ皮膚まではどうにも出来てないんだからさ」
そう言いながら猫を引っ張り出す。深く息を吸うと、胸は苦しくなかった。
「…はぁ、楽だなぁ」
ゴーグルを外し、ビーカーを見つめる。
ロシアンブルーを研究台からそっと下ろすと、黎真は静かに告げた。
「猫アレルギー…第一段階克服っと……」
その時、一階から賑やかな声が聞こえてきた。
「母さん!!父さん!!お帰りなさい…!」
九歳の少年はそう叫ぶと、ゴーグルを蹴飛ばしながら階段を駆け降りていった。
軽やかな足音が消えた研究室に残るのは、窓を打ちつける雨音だけ。部屋の中のロシアンブルーだけがそれを黙って聞いていた。




