転生特典で聖女になりました。ですが、結界しか張れない聖女なので一般人として生きます
神様が言った。
「あなたには、まだ寿命が残っていました。不運な事故に見舞われましたが、善良で善行を行うあなたには、異世界に転生して、残りの人生を送ってもらおうと思います。
まもなく、異世界にいる10歳の女の子が亡くなります。その子の魂が外れた体に、あなたの魂を入れます。その子のそれまでの記憶と、転生特典として、その世界で崇められている聖女の能力の一部を授けます。
なお、一度死んでしまった魂は、同じ世界に存在することは出来ません。ですが、他の世界でなら今の魂を存在させることが可能となります。
異世界転生を受け入れますか?」
愛莉はまだ12歳だった。中学生になったら、部活をやったり、友達と夢の国に行ったり、彼氏を作ったり…と楽しみにしていたことがたくさんあった。別人の人生を送ることに不安はあったが、神様がくれたチャンス!ご褒美じゃん?! と思って、
「はい!転生しますっ!!」
と返事した。
目が覚める直前、アイリスという10歳の女の子の記憶が脳内にもたらされた。山の麓にある村で祖父と2人で暮らしていた。父母と祖母は流行病で5歳の時に亡くなっていた。村は貧しく、みんな自給自足で暮らしていたが、アイリスの家は2人暮らしなので、アイリスは余った野菜を時折町まで売りに行っていた。
アイリスが町まで向かっている時、大きな地響きが鳴った。後ろをみたら土砂が凄い勢いで迫っていた。驚いて立ち尽くして…目の前が真っ暗闇に包まれた。
目を開けたら、
「よかった!気分はどうかな?苦しいところはない?」
と白衣のおじさんが焦ったように聞いてきた。
「大丈夫です…」と話すと、
「土砂崩れに巻き込まれたんだよ。幸い、町の近くまで流されてきてたから、すぐに救出出来たんだ。窒息しかけてたから、もうダメかと思ったよ…助かってよかった…」と大きく息を吐いた。
町の診療所の先生のようだった。
「ただ…土砂崩れで村は全滅なんだ…村で生き残ったのはアイリスさんだけとなる。八百屋の主人から、アイリスさんはお祖父さんと二人暮らしで他に頼れる身内がいないと聞いたよ。ご愁傷様だったね…
今日は、このまま診療所でゆっくりと寝て過ごして。
そして、明日からは町の孤児院で暮らすことになる。村は近寄る事すら出来ない状況だから、ひとまず村やお祖父さんのことはあまり考えずに、孤児院でもゆっくり過ごすといい」
と優しく言って、一通り診察をしてから先生は部屋を出ていった。
……アイリスは、土砂崩れで窒息で亡くなっちゃったけど、私の魂が入って生き返ったということかな……
えぇ〜……ってか、神様ひどくない…? この人生ってご褒美じゃないの? アイリス、天涯孤独じゃん? めっちゃかわいそくない? ってか、もしかして、神様名前で選んだ??
あ〜…こっからどうすればいいの……
アイリス10歳。天涯孤独。聖女の能力が一部ある。
ってか、聖女の能力って何?治癒とか?結界をはるとか? …わからん。孤児院で暮らすのはいいとして… これまでのアイリスを知ってる人は、八百屋さんくらいなわけだから、愛莉である私として生きてもひとまず大丈夫っぽい…
孤児院が過ごしやすければ問題はないかな。
あとは、聖女の力か…… 治癒かな…?
……試してみようかな……
身体をみると、土砂崩れで流された時に出来たであろう擦り傷がたくさんあった。手を翳して何となく力を込めてみる。何にも起きない…。治癒ではないと直感でわかった。おそらく、他人にしても同じだろう。
治癒ではない。では、何だ…? さっぱりわからん。ちゃんと神様に聞けばよかった…と後悔先に立たずってこれの事かと一人納得する。
聖女が神殿にいて治癒の力で人々を癒しているということは、アイリスの知識として知っていたが、それ以外のことはわからなかった。なので、聖女のことを知るのは孤児院に行ってからでいいやと、病み上がりの身体も眠気を訴えたいので、そのまま朝までぐっすり寝た。
朝ご飯を食べてベッドに座っていたら、孤児院の院長という人がやってきた。
「アイリスさん、はじめまして。孤児院の院長のシモンです。この度は本当に悲しい事でしたね。ですが、アイリスさんには元気に楽しい人生を送ってほしいとお祖父様はきっと思っていらっしゃいます。しばらくは、孤児院でゆっくり過ごしてくださいね」
優しく微笑んでくれた。この院長であれば、孤児院は悪くない場所だろうと思えた。
孤児院は、領主である子爵様が理事をしているらしく、建物は古いもののきちんと修繕され、2人部屋の家具もしっかりしたものだった。衣食住の質はそれまでの村での生活よりも、少しばかり良いものだった。同室の11歳のマリアは孤児院の前に捨てられた捨て子だったが、明るく元気な子だった。孤児院での生活を優しくアイリスに教えてくれた。
村での唯一の生き残りだっため、孤児院にいる人全員がアイリスに同情して優しかった。アイリスは、ひとまず静かに過ごし、少しずつ周囲に打ち解けていった。聖女の力が何かわからないので、聖女であることは誰にも言わなかった。
孤児院での生活が3ヶ月目に入ったころ、マリアに聞いてみた。
「ねえ、マリア。聖女様の力って知ってる?治癒の力が凄いことは知ってるんだけど、他にどんな力があるの?」
「え?聖女様の力?
私は、聖女様は、治癒と結界を張ることが出来るって聞いたよ。聖力が尽きないように、神殿では限られた重い病の人しか聖女様の治癒を受けることが出来ないっていうことと、結界は、今は魔物がいないから張る必要がなくてやってないみたい。あと他に出来ることがあるっていうのは、私は聞いたことがないけど」
「ありがとう。ちょっと気になってさ」
「聖女様は生涯神殿でお過ごしになられるのよね。治癒の力を求める人が後を立たないから仕方ないよねぇ。修道女様にお世話されて、きっと想像もつかない豪華な生活をしてるんだろうけど、恋や結婚が出来ないって、私ならイヤかなぁ〜。不敬になっちゃうかな?内緒ね」
マリアは少し笑って言った。
図書室にも聖女に関する本があったので読んでみた。やっぱり治癒と結界をはる力の二つしか書かれていない。数百年前までは、いたるところにある森には魔物が住んでおり、時々人々を襲う魔物がいた。騎士が討伐していたが、スタンピードという魔物の群れが急に町を襲うことがあったため、聖女様は常に結界を張っていた。結界の中には魔物は入って来れなかった。その間に騎士達が森に入り魔物を討伐していった。そしてそのうち魔物が絶滅した。200年程前に結界は解かれたが魔物が復活することはなく、聖女の力は治癒のみ使われているとの内容だった。
―――神様は聖女の能力の一部って言ったけど、2つしかないなら残りの1つを授けられたってことかな…
……結界を張る能力ってことだよね?…
……え?必要ないよね?魔物絶滅してるじゃん……
結界を張れますって言っても、治癒出来なかったら聖女とは認識されないよね、偽聖女とか聖女もどきって言われそう…
……神様、何で結界の方の能力を授けたん?普通は治癒じゃね?
……いや、でも治癒出来てしまったら、それこそ一生神殿で治癒ばかりする人生か……贅沢な暮らしが出来ても、恋とか結婚とか普通の女性の幸福は得られないって事だよねぇ。そう考えたら…マリアに賛同かも。恋人作って青春したいっ!前世の愛莉はそれを楽しみにしていたし!
……きっと、神様は転生特典は授ける必要があったのかもだけど、普通の幸せを掴んで愛莉の残りの人生を生きて欲しかったのかなぁ。聖女になったら、普通の人生とかけ離れちゃうもんね…
よし、聖女であることは誰にも言わないでおこう。まずは、友達たくさん作って、そのうち彼氏を作ろうっと!―――
その後、アイリスは孤児院で明るく元気に暮らした。ずば抜けた計算能力を買われ、12歳で町の商会に見習い従業員として雇われたが、前世での知識を生かして多くのヒット商品を生み出していった。
商会長の息子の一人と恋人となり、多くの友人や恋人と楽しい青春を過ごし、そのまま商会長の息子である恋人と結婚して、4人の子供を持つ母となった。
商会を発展させた素晴らしい人物として、たくさんの人達に感謝され、老衰で亡くなる時には、優しい夫と子供、孫達に囲まれて安らかに最期の眠りについた。
ちなみに……聖女が聖力を使うと他の聖女が感知出来るとのことで、自国でアイリスは聖力を使ってみようとは思っていなかったのだが……
商会の仕事で他国に夫とともに訪れた際、その国には聖女がいないことを知った。そこで、
(ちょっと試しに聖力を使ってみようかな。せっかく授けられた能力使わないと勿体無い気がするし…… )
と、ホテルの部屋で真夜中に一人窓を開けて、国全体を覆う結界を張るイメージを持ちながら、手を翳してみたことがある。目には見えないが聖力が手から大量に放たれたのを感じた。
(あ、なんかやたらデカい結界が張れた気がする。まあ、あっても誰も気づかないだろうし、ま、いっか)
と、数日間仕事をして何事もなく他国を出た。
実は、その国では魔物が絶滅していなかった。国の外れにある渓谷の奥では魔物が密かに増殖していた。数年後、食糧を求めて渓谷を出た魔物達だが、強力な結界が張られていて人里まで辿り着くことは出来なかった。
聖女の聖力が尽きない限り、張られた結界は維持される。アイリスは一度しか聖力を使っていないため、アイリスが死ぬまで結界が張られた。
食糧がない魔物達は、争いあったり餓死したりしてアイリスが生きている間に結局絶滅した。
こうして、本人も知らぬ間に他国を救っていたアイリスだった。
偉業を成し遂げていたにも関わらず、アイリスが聖女であったことは、異世界の誰一人知らなかった。




