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7.予想外の贈り物




sideラナ





「ラナ」




王宮での会議を終え、離宮へ帰ってきた夕方頃。

疲労により、とぼとぼと離宮内を移動していると、私の目の前に魔法によってエイダンが突然現れた。


光の粒を纏って現れたエイダンは相変わらず美しい。

金色のサラサラとした髪から覗くアメジスト色の瞳がこちらをじっと見つめている。


ここの魔法使いたちの中でもエイダンは特に気まぐれだ。

彼が何を思って私の前に突然現れたのかわからない。


だが、しかし彼が私に怒りの感情を抱いていることは何となくわかっていた。

だから先日、エイダンはその怒りの現れとして、私に無理やりキスをしたのだ。


エイダンの怒りの理由。

それは私がエイダンへの恋心を勝手に消してしまったからだ。

エイダンは人の不幸が大好きで、苦しむ様を見るのが楽しくて楽しくて仕方のない性格だ。私がエイダンを好きで居続けるということは、永遠にその叶わない想いに苦しみ続けるということだった。


しかし私はそれを捨てた。

自分が楽になりたくて。またエイダンを不快にさせたくなくて。

だが、それが間違っていたらしい。

エイダンは自身が不快な思いをするよりも、私が苦しむ様を見ていたかったようだ。


だからエイダンは勝手に自身への恋心を捨てた私に怒っているのだ。




「…エイダン。どうしたんですか?」




エイダンの怒りをこれ以上を大きくしないように、私はおずおずとエイダンを見上げる。

するとエイダンはその美しい瞳をスッと細めた。




「まるでこれから食べられちゃう草食動物だね、お前は」




どこか面白くなさそうな視線が私に刺さる。




「ねぇ、お望み通り食べてあげようか?」


「…食べないでください。それに望んでもいません」




ずいっとこちらとの距離を一気に近づけて迫ってくるエイダンから私は視線を逸らし、距離を取る。


以前までの私なら心臓が跳ね上がり、平静など保てない距離だが、今の私であれば平気だ。

何とも思わない。


そんな私の様子を見て、エイダンは「つまんな」と小さく悪態をついていた。




「それで本当にどうしたんですか?」




何故私の前に突然現れたのか、未だに理由を明かさないエイダンに私は再び同じことを聞く。


先ほども言ったが、エイダンはここの魔法使いたちの中でも特に気まぐれだ。

ここに来た理由も特にはないのかもしれない。

たまたま気まぐれに私の前に現れた可能性も十分ある。

あるいは先日からの怒りで私に嫌がらせをしにきた、とか。


この前の嫌がらせがキスなら、今日の嫌がらせは何なのだろうか。

服を奪われてしまうのだろうか。痛い思いをするのだろうか。

それとも今私にエイダンが宣言したように食べられてしまうのだろうか。性的な意味で。




「…」




私の顔色がどんどん悪くなる。

何をされるにしても最悪だ。




「…何を考えているのか大体察せるから言うけど、違うから」




どんどん青白くなっていく私を呆れたようにエイダンが見つめ、大きなため息をつく。

それからパチンッと指を鳴らすと、何もなかった私の目の前に小さな取手のついた白い紙の箱が現れた。

その白い紙の箱には〝ラム〟と書いてある。

この国で一二を争う大人気のケーキ屋の名前だ。




「ラムのケーキですか…。紅茶の準備をすればいいですか?それともコーヒー?」




エイダンに何を求められているかわからず、私は首を傾げる。


どんなケーキが入っているのかわからないが、エイダンのことだ。

とびきり甘いケーキが入っているのだろう。

フルーツの自然な甘味よりもエイダンは砂糖などの人工的な甘味を好む。

この箱の中に入っているケーキは生クリームをふんだんに使われたケーキかもしれない。

チョコケーキの可能性もある。


それらに合わせるならコーヒーの方がいい気もするが、甘いものが大好きなエイダンなら飲み物も甘いものを欲しがる可能性が高い。もしかしたら気分でコーヒーを欲しがるかもしれないが、それでもきっと甘いコーヒーを欲しがるだろうから、砂糖とミルクは必須だ。


宙に浮いたままのケーキの箱を見つめながら、うんうんと考えていると、エイダンが痺れを切らしたように口を開いた。




「早く取ってくれない?」


「ああ!失礼しました」




不機嫌そうにそう言ったエイダンの言葉によって、私は慌ててそのケーキの箱を受け取る。




「それはお前にだよ。だから紅茶もコーヒーもいらない」


「え」




エイダンから信じられない言葉が聞こえてきたので私は思わず、間の抜けた声を出す。


お前とは誰だろうか。

お前とは。


エイダンの言葉を上手く理解できず、じっとエイダンを見つめる。

私にじっと見つめられたエイダンの視線の先は私だ。


エイダンの視線の先=私。

つまり、お前=私。




「わ、わ、私にですか!?」




やっとエイダンの言葉の意味をきちんと理解した私は自身を指さして、大げさなほど大きな声で叫んだ。

そんな私を見てエイダンが「うるさい」と迷惑そうに耳を塞いでいる。


こんなに回りくどく考えなくてもわかりそうなものたが、それでも…、それでも信じられずにこの有様だ。


エイダンが誰かに自分の好きなものを渡すとは夢にも思わなかったのだ。




「ありがとうございます、エイダン」




やっと状況を理解してエイダンへと感謝の気持ちを伝えたが、そこにはもうエイダンの姿はなかった。


一体エイダンはどうしてしまったのだろうか。




「…っ!」




まさか!と思い、恐る恐るケーキの箱を開けてみる。

もしかしたら嫌がらせで中身がケーキではないのかもしれない。私をただぬか喜びさせたかったのかもしれない。

そしてそれをどこかでこっそり見ているのかもしれない。


しかし箱の中身は私が予想していたものではなく、普通に美味しそうなケーキが入っていた。

それも私の大好物のフルーツタルトだ。


…とんでもなくエイダンを疑ってしまったことをとてもとても申し訳なく思ってしまう。


だが、これでますます意味がわからなくなってしまった。

何故、エイダンは私の大好物のフルーツタルトをくれたのだろうか。





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