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82.歌とハンバーガーの力

 深部へと向かう階段を降りた先は、また地下水路だった。一瞬、逆戻りしたのかと思ったけど、背後には上り階段がある。さきほどより下の階層にいることは間違いなさそうだ。地下水路の下にさらに水路があるというよくわからない状況になっているけど、ダンジョンに整合性を求めても仕方がない。ダンジョンによっては、地下に草原が広がってたりするみたいだからね。


「ちっ、嫌な感じがするぜ」

「ああ、これは少し厄介そうだな」


 ゼフィルの言葉に、レッセルが同意する。見た目はほとんど違わないけど、僕にも雰囲気が違うのがわかる。なんと言えばいいのか――ただそこにいるだけで精神を削られそうな禍々しい空気がある。もしかしたら、これが邪気なのかもしれない。レッセルが言うには、どのダンジョンでも上級者向けの階層はこんな感じなのだという。


「ここからは俺たちが前後をカバーしよう。方向は指示してくれ」


 ありがたいことに『破邪の剣』が前後を固めてくれるみたいだ。リザードソルジャーよりも強い魔物が出る可能性は大いにある。そうなると、僕たちだと不意を打たれると危ない。




 最初に遭遇したのはデスクロコダイル。全長は5mくらい。牙のように鋭い歯で獲物をかみ殺そうとする恐ろしい魔物だ。全身を覆う鱗は、生半可な攻撃を弾いてしまうほどに頑丈。『破邪の剣』の盾役が引きつけている間に、一斉に魔法をたたき込んで倒した。


 リザードマンも相変わらず多い。しかも、リザードナイトという上位種が率いた集団は厄介さが格段に跳ね上がる。守勢に回られると簡単には倒せなくなるんだ。特にシャーマンと連携されると本当に厄介。守りを崩せないと、安全圏にいるシャーマンから魔法攻撃を受けることになる。こちらからの遠距離攻撃は下っ端リザードマンが身を挺して庇うからなかなかシャーマンを倒せないんだ。いつもならシャドウハイディングで気配を殺して近づいてからの影討ちで仕留めるんだけど、水路を挟んだ対岸に構えられると対処が難しい。シャーマンは防御力がそれほど高くないので石ころ投擲でもダメージは与えられるけど、どうしても戦闘時間が長引くことになる。


 シュートフィッシュもなかなか曲者。水中から時折飛び出して水を噴射してくる魚型の魔物なんだけど、その水噴射が油断できない。水鉄砲なんていう可愛い物じゃないんだ。その威力は石壁を穿つほど。ダンジョンだからすぐに修復されるけど、生身で受ける気にはとてもなれない。幸い、シロルのため攻撃で水路に雷撃を落とせば一気に倒せるけど、油断すれば思わぬダメージを受けることになる。


 厄介な魔物は多いけれど、それでも何とか進めている。だけど、精神と体力の消耗は大きい。魔物が強いのもあるけど、どちらかというとダンジョンの禍々しい雰囲気が原因だと思う。まるで僕たちを拒絶するかのようだ。少しずつ、僕たちの気力を奪っていく。


 気がつけば、僕たちの口数は少なくなっていた。もちろん、周囲を警戒しているせいもあるんだけど、それでも軽口を交わすくらいはしていたのに。


 そんなとき、ダンジョンに柔らかなメロディが響く。ハルファが口ずさむ歌だ。不思議なことに、纏わり付くような疲労感がすっきりと払われていくように感じた。


 それは僕だけじゃなく、他のみんなも同じだったみたい。さっきまでと比べると表情が明るくなっている。


「それって、〈鎮めのうた〉だよね?」

「そうだよ! なんか黒狼を見たときみたいな嫌な感じがしたから」


 キグニルで対峙した疫呪の黒狼。それを弱体化させたのが〈鎮めのうた〉だ。疫呪の黒狼はガルナラーヴァの眷属だった。〈鎮めのうた〉にはガルナラーヴァの力を祓う効果があるのかもしれない。ダンジョンの邪気が祓われたことで、僕たちの調子が戻ってきたのかも。


「ちょっと休憩しない?」

『お、なんだ? 何か食べるのか? ハンバーガーをくれ!』

「いや、食べるとは言ってないけど……でも、それもいいかもね」


 僕の提案にノリノリで賛成してくれたのはシロルだった。何故かシロルの中で休憩時間は食事タイムとなってしまっているけど、たしかに、ここら辺でエネルギー補給しておくのは悪くないかもしれない。ドタバタした出発だったから、お昼を取る暇もなかったからね。


 本当はもうちょっと広い部屋のような場所がいいんだけど仕方がないかな。今まで歩いてきたところは、ほとんど通路しかなかった。深部に向かって一直線に進んでいるせいかもしれない。そのせいか宝箱も全然見つからないんだ。


 今回は邪教徒の企みを阻止するって目的があるから仕方がないけど、ダンジョンで宝箱を探さないなんて楽しみの9割くらいを捨ててるようなもんだよね。


 『破邪の剣』の賛同も得られたので、現在開発中のハンバーガーをみんなに配る。今はテリヤキソースのクオリティアップを図っているところだ。あとはバンズについても手を加えたいね。


 屋台で出していたハンバーガーはパン焼き工房で売っているパンをそのまま使っていた。でも、この世界のパンは固くてずっしりしているんだ。それが好きな人もいるんだろうけど、僕としてはやわらかでふっくらのパンが欲しい気分。ディコンポジションでイースト発酵を終えたパン生地が作れるようになったから、今はそれを焼いて貰って色々と試しているところだ。


「おお、これは新作ハンバーガー!? あ、もしかして、お前たち、ハンバーガー屋か!」


 提供したハンバーガーを一番喜んでくれたのはレッセルだった。どうやら、ハンバーガーのファンだったみたい。だけど、屋台で見たことはない気がするけど……?


「知らなかったのか? って、そうか。あんたらが戻ってきたの、最近だったな」

「そうなんだよ。久々に戻ってきた次の日がハンバーガー店のオープン初日だったみたいでな。すごい人気だったから試しに食べてみたら美味かったからな。毎日食べてる」


 どうやら、レッセルはお店を出してからのお客さんだったみたい。お店の方も順調にお客を増やしているってことだね。


「いやぁ、元々は冒険者がやってた屋台が始まりとは聞いてたけど、まさかお前らだったとはなぁ。そうだよな、翼人だもんな」


 レッセルは納得したように何度も頷く。ハルファの存在で僕たちとハンバーガー店が結びついたようだ。どうやら、ハンバーガーが翼人料理という認識は浸透しているみたいだね。





 〈鎮めのうた〉とハンバーガーで気力も充実した。この階層に入ってから感じていた禍々しさもすっかりとなりを潜め、精神的な負担も軽減されたようだ。そこからは驚くほど順調に探索が進んだ。魔物の強さは変わっていないはずだけど、気分が軽くなった影響が身体にも出ているようだ。


 そして、ついに僕たちはダンジョンの最深部の目前までたどり着いた。


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