68.山を登る
ミンサーの試作を重ねているところだけど、スピラの薬のために必要な『悠久の夢見花』の開花時期が迫っているということで、僕たちはガロンドの北に位置するミサルダ山まで来ている。リーヴリル王国で最高峰の山で、その標高は大陸でも一、二を争う誇るほどだ。また霊峰としても有名で、多くの精霊が住まう場所として森人たちからは信仰の対象になっているみたい。
「王都が小さく見えるね~!」
「見える~!」
ハルファとスピラが眼下に広がる景色を見て、はしゃいでいる。
僕たちがいるのはミサルダ山の五合目くらいかな。遠くに王都を一望できて、なかなかの絶景だ。難点はちょっと寒いこと、かな。今の時期は雪が降っていないけど、麓と同じ格好では耐えられないくらいには寒いみたい。僕の戦闘服である黒いコートは、どうやら温度調整機能がついてるようで、このぐらいならまだ平気だけど。
「さて、ここらで一旦休憩しておくかい。老骨に山道は堪えるねぇ」
そう言って手頃な石に腰掛けたのはパールヤーナさん。王都で薬師をやっている人だ。悠久の夢見花を薬の材料として万全の状態で採取するのは難しいらしく、専門家として今回は同行してもらっている。
数十年に一度しか咲かない植物の採取に素人も玄人もない……とはいえないのがこの世界。実際、パールヤーナさんは過去に三度ほど悠久の夢見花を採取しているそうだ。
種明かしをするまでもないけど、パールヤーナさんは森人なんだ。ローウェルやスピラと同郷みたいで、精霊化を助ける魔法薬の材料集めにも協力して貰っているんだって。年齢は200歳近いそうだ。そういう意味では彼女の言った『老骨』って言葉も間違ってはいないのかもしれない。見た目は若い女性のままだから、違和感がすごいけど。
「パール婆、目的の花は咲いていそうか?」
「そんなことわかるもんかい。実際見てみないことにはね。私に言えるのは、前回花を咲かせてからちょうど三十年、そろそろ咲いてもおかしくないってことぐらいだね」
ローウェルはやきもきした様子で尋ね、パールさんにあしらわれている。パールさんが少しうんざりした様子なのは、これまで何度も似たようなやり取りをしてきたんだろう。ローウェルの気持ちも分かるけどね。スピラにはあんまり時間がなさそうだから。
もし、今年花が咲かなかったら、パンドラギフトを探した方が早いかもしれない。ダンジョン産じゃない素材は出せなくても、植物を強引に成長させる薬みたいなのは出てきそうじゃない?
ただ、パンドラギフトも探そうとするとなかなか見つからないんだよね。王都の掘り出しもの市みたいな場所も見て回ったけど、そういうダンジョン産の危ないアイテムが売ってる感じじゃなかったし。まぁ最悪、この前の外れダンジョンに籠ればいつかは入手できそうな気がするけど――
「それにしても、トルトと言ったかい? あんた薬師の才能がありそうだね。どうだい、私の弟子にならないかい?」
「え?」
スピラの薬やパンドラギフトについて考えを巡らせていたら、何故かパールさんから勧誘を受けていた。才能っていわれても……薬の調合も何もしていないのに、何でそう思ったんだろう?
「あんた、ここまでに幾つも薬の素材を採取していただろ? 中にはかなり珍しい素材もあったじゃないか。その素材収集能力は魔法薬作成にかなり有利だよ」
「それって、薬師ではなくて、採取の才能じゃないですか? それに僕の場合、幸運に頼っているところが大きいので……」
「何、言ってるんだい! 自分で採取ができるのは薬師として大きなアドバンテージだよ! どんなに優れた腕があっても、素材が無けりゃ何もできないんだからね。それに幸運だって立派な才能。こと物作りにおいて、幸運はかなり重要な能力だよ」
パールさんが言うには、調薬においても幸運はかなり重要なファクターらしい。とくに高レベルの魔法薬になるほど、作成者の幸運値の影響が無視できなくなるんだって。というのも、そういう高レベルの魔法薬は熟練の薬師でも安定して作れないみたい。ただ、幸運値が高ければ品質が安定する傾向にあるそうだ。もちろん、大前提として十分な器用さ、そして魔法薬なら魔法的な資質も必要らしいけどね。
たしかに僕に向いている気がするね。僕のステータスって強運プラス魔力・器用特化型だからなぁ。物作りは嫌いじゃないし、幸運値を生かせるっていうのも興味がある。だけど、今は調理技能を上げているところだ。料理コンテストも控えているし、あれもこれもとチャレンジしている場合じゃないんだよね。
そのことを告げると、パールさんは大きく頷いた。
納得してくれたのかな?
「なるほど、弟子入りは料理コンテストの後というわけだね。いや、悪くないよ。調理と調薬の相性は悪くないしね」
……僕の意図とは外れた納得の仕方をしていた!
でも、相性って何だろうか? パールさんの思惑通りなんだろうけど、ちょっと気になっちゃうよね。
「相性って、いったいどういうことですか?」
「薬の素材には食材として使えるものもあるんだよ。そういう食材を使えば薬膳料理が作れる。魔法薬ほどの即効性はないが、身体の調子を整え一時的に食べた者の能力を向上させることができるんだよ。劇的な効果はないけどね」
な、なるほど!
ゲームで言うところのバフ料理が作れるようになるのか!
そうなると俄然興味が湧いちゃうよね。料理コンテスト後はともかく、スピラの薬を確保出来た後なら、教えてほしいかも。でも、長期的に弟子入りって言われるとちょっと難しいかな。
葛藤している僕に、パールさんは何でもない口調でまたしても気になる発言をした。
「しかし、あんたが料理コンテストね。本人の能力が発揮されるだけだし、ルール上は問題ないのか。ズルしているわけでもないけど……少し反則な気もするねぇ」
「え? どういうことですか?」
「ああ、それはねぇ――」
幸運値が調理技能に与える影響は調理の成功率や品質の上昇なんだけど、パールさんが言うにはそれだけじゃないんだって。生産技能で何かを作る時、ときおり『会心の出来』ともいえる結果が得られることがある。幸運値が高いと、この『会心の出来』が発生しやすいみたいなんだ。
調理技能で『会心の出来』となった場合、できた料理の魅力や満足感が格段に向上するらしい。そういう料理は一度食べたら、また食べたくて仕方がなくなるんだって。なんだか依存症みたいで怖いけど、身体に悪影響はないようだ。重要だからもう一度言うけど、身体に影響はない!
もしかして、ザルダン工房の親方が、あっさり竜の鱗とテリヤキバーガーの交換を決めた理由って……。
……うん、深くは考えないでおこう!