62.万能ではなかった
スピラの事情はわかった。そのために、いろいろな材料を集めないといけないことも。
でも、さ。最初から薬が手に入るなら、それで問題解決だよね?
同じことを考えたのか、ハルファが目配せしてきた。
「ねえ、トルト」
「うん。僕も、今、試してみようかと思ったところ」
何をかって?
それはもちろん、パンドラギフトだ!
「お、おい! 待て! それはパンドラギフトだぞ!」
収納リングから取り出したところで、ローウェルが血相を変えて僕の手を掴んだ。
「え、うん。知ってるけど……」
「知ってるのに、開けようとしたのか!?」
ローウェルが凄まじい表情で僕を見た。
これは……どういう表情なの?
怒ってるような、呆れてるような?
「あれ? ローウェルには話したよね、キグニルでのこと」
「黒狼のことなら聞いたが、それとパンドラギフトとどういう関係が?」
ローウェルが眉を下げる。話が見えないと言いたげだ。
「だいぶ端折ったから、言ってないかも?」
スピラがこてんと首を倒す。
そう言われてみれば……そうかも?
全てを語り尽くすには時間がかかり過ぎるから、当然ながら、話したのは要点のみになる。例えば、ルーンブレイカーを入手したことは話したけど、入手手段については省いたんだ。
記憶の引き出しをひっくり返してみても、パンドラギフトの開封については喋った記憶が見つからない。
ということはつまり、ローウェルから見た今の僕って…………突然自宅で危険物を開封しようとするヤバい人だ!
「いや、違うんだよ。落ち着いて。パンドラギフトはね、とても素晴らしいアイテムなんだ」
「ど、どうしたんだトルト! 正気に戻れ!」
あ、しまった。説明の順番間違ったかも。ローウェルが余計に混乱してしまった。
とりあえず、パンドラギフトは一旦収納しておこう。まず、ローウェルを安心させないと。
「ごめん。ちゃんと最初から説明するね」
「ちゃんと、と言われてもな……」
戸惑いながらも、ローウェルは聞く態勢になってくれた。
今度こそ、間違えずに順序立てて説明する。まず伝えるべきは【運命神の微笑み】について。さらに、その効果を利用して、何度も重要アイテムを入手していることを説明していく。
最初こそ戸惑っていたローウェルも、話を聞くにつれて表情を変えた。唸ってばかりだから、納得したというわけではないのかもしれないけど、完全に否定はできないといった感じかな。実例としてルーンブレイカーを提示したのが大きいのかもしれない。
「そんなわけで、僕がパンドラギフトを開けると、そのときに必要なアイテムが手に入る可能性が高いんだ」
「それで、今はスピラの薬が出ると?」
「確実ではないけど、賭けてみる価値はあると思うよ。もし、望み通りのものが出なくても、致命的なことにはならないはずだし」
「なるほど……」
僕の言葉を反芻するように、ローウェルが呟く。しばらくして考えがまとまったのか、深々と頭を下げた。
「恩人を疑うような真似をして悪かった。すまないが、よろしく頼む」
いや、謝る必要はないんだけどね。普通に考えれば、非常識なのはどう考えても僕のほうだし。
ともかく、ローウェルの許可も出たので再チャレンジだ。スピラの体がよくなるように念じながらパンドラギフトを開けると――――
「あれ?」
出てきたのは小瓶だった。半精霊状態をどうにかする薬なら初めて見るはずだけど、何故か見覚えがある。これは確か……
「霊薬ソーマだ」
「なに!?」
ローウェルがぎょっとした顔で小瓶を見た。
まぁ、相当珍しいらしいからね。僕は見るの、2度目だけど。
念のため、鑑定ルーペで確認してみたけど、結論は変わらず。やっぱり霊薬ソーマでした。
「これでどうにかなる?」
「いや……おそらくは無理だ」
驚きに固まっていたローウェルだけど、僕の問いには悲しげに首を振った。
「駄目だろうな。霊薬ソーマは癒す薬だ。精霊化を促すような効果はないはずだ」
「そっか……」
うーん、駄目だったか。パンドラギフトでも狙い通りのアイテムが出るとは限らないんだね。
それはそうか。キグニルのときは、世界の危機というか、運命神様に関連する事件だったせいか、運命神様のお膳立てがあったように思える。
スピラの件は、あくまで個人の問題だものね。神様が介入してまで助けてくれることはないってことなのかも。
さらには、シロルがこんなことを言い出した。
『パンドラギフトは普通、ダンジョンから出るアイテムを出すだけだからな。森人の薬なんて、出ないかもな』
そういうことは早く言って欲しかったよ!
「ごめんね、期待させるようことしちゃって」
謝る僕に、ローウェルは首を振った。
「いや、俺たちのために行動してくれたことだ。それを悪く思うなんてことはないさ」
そう言ってくれるのはありがたいね。
よし! パンドラギフトの力なしでも、役に立ってみせるよ!