49.決まり手は神々のきまぐれ
「ふ、ふふ……お前たち、ふふ……何者、ふ、だ! ふ、ふふふ……儂に、ふは、ふ……な、何をした!」
何者って……聞きたいのはこっちなんだけど。そもそも、何処にいたの。サイコロを投げる前に誰もいないのは確認したよ。もし、何らかの手段で潜んでいたのだとしたら、お爺さんこそ不審人物だよ。
「トルト!」
僕が戸惑っている間に、ハルファとシロルが駆けつけてくれた。
「あれ、誰? どういう状況なの?」
「それが僕にもよくわからなくて」
『むむ……アイツ、ダンジョン臭が凄いぞ! 匂いのもとはアイツか?』
シロルがお爺さんを睨みつけて、わふわふ吠えた。ダンジョン臭っていうのはよくわからないけど、このダンジョンを見つけるきっかけとなった“匂いの濃さ”と関係があるみたい。やっぱり怪しいよね。
あまり関わりたくないけれど、そうもいかないんだろうな。お爺さんは、笑いながら僕らを睨みつけてくる。
「ふ、ふふ、なるほど……ふ、ふは、この気配は……ふ、ふふ、そうか、お前たちが……」
「気配? いったい何の話?」
「ふ、ふふ、答える、ふふ、義理は、ふふは、ないな」
うーん。途中に挟まる笑いが邪魔で、いまいち会話のテンポが悪いなぁ。いや、僕が言えた義理じゃないのはわかってるんだけどね。
それはともかく、お爺さんは僕らについて心当たりがあるみたい。でも、僕にはまるで覚えがなかった。ハルファを見ても、戸惑うばかりで、お爺さんを知っている様子はない。
ひょっとして人違いじゃないかなって思うのだけど、そう言ったところでお爺さんが納得しないだろうね。
「ふふ、ふ、これは……ふふ、手間が、ふ……省けたか、ふ……ふふ、お前たちには、ふ、死んで、ふふ、もらう!」
死!?
このお爺さん、思った以上に危ないね!
いや、そんなことを考えている場合じゃない。お爺さんは笑いながらも、戦闘態勢に入った。さっきの言葉通りなら、僕らを殺す気みたいだ。
もちろん、やすやすと殺されるつもりはない。これでもC級冒険者だからね。しかも相手は一人で僕らは三人だ。簡単にやられるつもりはないよ。
だけど、いざ戦おうと身構えたら、猛烈に嫌な予感が脳裏を過る。根拠はない。けれど、まともに戦っては駄目だと思った。
ただの直感だけど、それだけに考えるよりも早く体が動いた。ひょいっと投げたのは、さっきのサイコロだ。遅れて考えてみれば、悪くない攻撃かもしれない。あのサイコロはハズレ効果が多いけど、敵に押しつけるなら効果的だ。
サイコロの効果を甘く見たのか、それともぶつからなければ問題ないと判断したのか。お爺さんは僅かに後退することで、サイコロをギリギリで避けた。
でも、残念。サイコロには周囲を巻き込む効果も多い。
「なにっ!?」
6の目が出たらしく、お爺さんの姿が蛙になる。急に視線の高さが変わったせいか、お爺さんは驚いているようだ。
「ふは……なんだ、ふふは、何が、起きた!?」
「あ、蛙になった」
「蛙……ふふ、だと!?」
『蛙かぁ。食べられるのか?』
「あれは食べちゃ駄目だよ!」
なかなか良い効果が出たね。でも、油断はできない。蛙化しても喋れるみたいだから、たぶん魔法は使える。
だったら、このまま畳み掛けてしまおう。お爺さんが、状況を飲み込めずにいる今がチャンスだ
「二人ともお爺さんから離れてね! えい!」
残り2個のサイコロをお爺さんに向けて投げつける。一つはすぐに止まって3の目が出た。迷宮の天井近くに宝箱が出現して、そのまま落ちてくる……お爺さんの真上に。
「あ!」
「ぐげぇ!?」
宝箱がクリーンヒットして、お爺さんは潰れたカエルのような悲鳴をあげた。ようなというか、そのまんまだ。
これは……さすがにマズイかな?
迷宮の宝箱は非常に重い。力自慢の冒険者でも持ち運べないくらいだから相当だ。カエルの身でその下敷きになったら……カエル煎餅の出来上がりだ!
し、死んじゃったかな?
で、でも、向こうは僕らを殺す気だったわけだし、これは正当防衛だよね?
ちょっとドキドキしたけど、そんな心配は必要なかった。お爺さんは宝箱に下敷きになっても生きていたみたい。
「こんな……こんな馬鹿なことがあってたまるものか。儂は、ここで死ぬわけにはいかん! こんな場所で使うのは予定外だが……やむを得ぬか」
お爺さんがブツブツ呟き、それとともにまた嫌な予感が膨れ上がっていく。
このままじゃマズイ。そう思ったとき、くるくると回転し続けていた最後のサイコロが止まった。遠目にもわかる赤い目は1。効果は――神々の気まぐれ。
「くくく、予定通りとはいかなかったが、運命神の使徒どもを巻き込めるならば――」
運命神の使徒。どこかで聞いたフレーズだ。もしかして、お爺さんも邪教徒の一味だったんだろうか。
でも、そのことを問い質すことはできなかった。
だって、お爺さん、消えちゃったもの。宝箱の端からちょこんと覗いていた蛙の足が見えなくなったから、どこかに転移したんじゃないかな?
「なんだったの?」
ハルファが戸惑った顔で聞いてくるけど……それは僕にもわからないよ。
ちなみに、空から降ってきた宝箱は空箱だった。確かに中身が入っているとは言及されてなかったけど……期待させておいてそれはないよね!
ちょっとは使えるかもって見直したけど、やっぱり“気まぐれダイス”は外れアイテムだ。間違いないないね!