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220.誘う香り

 ベエーレさんの切り替えの早さには驚いたものの、彼の申し出自体はありがたい。一般的な調理なら僕にもできるけど、素材によっては癖があったりするからね。独特の下処理が必要だったりすると、知識なしの調理ではせっかくの味を殺してしまう。だから、地元の人が調理してくれるなら、そっちの方がいいんだ。せっかくだから、調理方法も教えてもらおう。


「それじゃ、お願いします!」

「おう、待ってな! すぐに焼いてやるから!」

「え、ここで?」

「当然だろ? 新鮮な方がうまいんだから」


 収納リングがあるから、新鮮さを保持したまま街まで移動することもできるんだけどね。ベエーレさんがあまりにも手際よく準備を始めるので、止めるのも(はばか)れる。結局、流されるまま、往来のすぐそばで調理が始まった。


 まずは、解体作業。ティラザの硬い皮を解体ナイフで切るなんて真似は到底できない。なので、ベエーレさんは遠慮無くローウェルに指示を出す。苦労しながらも、ローウェルはどうにかティラザの肉を切り分けた。動かないからさっきよりは幾分か切りやすいみたいだね。


「皮はとっておきな。防具の素材になるらしいぞ」


 ベエーレさんの指示に従い、ティラザの皮は収納リングにしまっておく。たしかに、あの堅さなら良い防具になりそう。僕らに必要かというとちょっと微妙だけど、不要なら売ればいいしね。


 調理はというと、ベエーレさんがさらに細かく切り分けている。肉自体はそれほど硬くはないみたいだね。


「そして、これを使う」


 そう言ってベエーレさんが取り出したのは、謎の草。ハーブかな。乾燥した葉っぱをバリバリと砕いて肉に振りかけていく。


「何ですか、それ?」

「清涼草の葉だ。これで肉の臭みがとれるし、味のアクセントにもなる。レブウェールの肉料理といえば定番のハーブだな。ティラザの肉はそのままでも十分にうまいが、コイツをかけると旨味が引き立つんだ」


 イヒヒと笑いながら肉の美味しさを語るベエーレさん。聞いているだけで、よだれが垂れてきそうだ。口元には注意しないと。


『むぅ……早く食べたいぞ』

『ぬぉ!? お主、口を閉じよ! 垂れておる! よだれが垂れておるぞ!』


 シロルは手遅れだったみたいだけど、まあそれは平常運転だ。ガルナも直に慣れると思う。


「ティラザの肉を味わうなら、まずはシンプルに串焼きだ。塩もいいが、この調味料も合うんだぜ?」


 そう言って、ベエーレさんがどこからともなく取り出したのは、陶器の小型容器。その中には黒い液体が入っている。色といい香りといい、非常に心当たりのあるその液体は。


「醤油だ!」

「お、よく知ってるな。と、よく考えれば、お嬢ちゃんは翼人か。それなら知ってて当然だよなぁ」


 ハルファが言い当てた通り、ベエーレさんが取り出した液体は醤油だった。リーブリル王国の商業ギルドでルランナさんと商業契約を結んだから、多少は出回っていてもおかしくはない。だけど、彼の言葉からは、また別の可能性が浮かび上がってくるよね。


「もしかして、ベエーレさんは翼人の郷を知ってるんですか?」

「ん? 正確な場所は知らんなぁ。ただ、取引はしたことがあるぞ。この醤油も翼人から譲ってもらったものだしな」


 ハルファと二人して顔を見合わせた。ここに来て思わぬ手がかりだ。

 僕らの旅の当初の目的はハルファの故郷を探すことだったんだよね。廉君が知っているとわかってからは優先順位が下がっていたけれど。それが、こんなにあっさりと手がかりが見つかるとは。ギルド本部に向かうためにラフレスを目指していたけど、近いのならハルファの故郷に寄ってみるのもいいかもしれないね。


 そんなことを考えている間にも調理は進んでいる。手際よく火をおこしたベエーレさんは、これまたどこからともなく取り出した串を肉に刺し、直火で炙っている。滴る油がジュウと音を立て、周囲には肉の焼ける香ばしい匂いが漂い始めた。


 これは間違いなく美味しい。確信したのは僕だけじゃないはずだ。具体的に言えば、モヒカン集団たち。そしてもっと言えば、街道を行く旅人たち。気がつけば、僕らの周囲には人だかりができている。


「ほれ、できた! 焼き加減も最高だ。うまいぞ?」


 まるで人の目などないかのように、ベエーレさんが肉串を差し出してくる。たしかに、美味しそうだけど……この状況で食べるのは少し勇気がいるよね。


 だけど、そんな躊躇いなんて微塵も感じずに肉串に食らいつく存在もいる。


『熱っ!? でも、美味しいぞ! 美味しいぞー!』

『ふむふむ。どれ、私にも少し食わせよ』

『ああ!? なんで、僕のから取るんだ!』


 シロルとガルナだ。二人は念動で肉串を奪い合っている。


「ん~、美味い! いやぁ、ティラザの肉は最高だぜ! こんなにガッツリ食える機会は滅多にないからなぁ。俺は本当に運が良い! 本当に美味いぜ!」


 そして、ベエーレさんも満面の笑顔で食べている。調理する代わりに分けるという約束なので、それは構わないんだけど。でも、周囲の人にアピールするようにあえて大きな声を出している気がするんだよね。


 これってもしかして……?


「くっ……、俺にも一つ譲ってくれ! もちろん、金なら出す!」


 最初に耐えられなくなったのはモヒカンリーダー。その後も続々と、肉串を求める声が上がった。


「ということらしいんだが、どうする?」

「あはは……。構いませんよ」


 この状況で自分たちだけで独り占めできるほど、僕らの精神は図太くない。パーティーのみんなにも異論はないようだから、周囲を囲む人達にも肉串を振る舞うことにした。今までの話の流れから、段取りはベエーレさんがやってくれることだろう。


「よーし、許可が出たぞ! 相場から判断して……肉串は大銅貨5枚だ! 4枚はティラザを倒した冒険者たちの取り分。そして、1枚が調理する俺の取り分だ。欲しい奴は並べ!」


 肉串一本に大銅貨5枚はかなり強気な値段設定だけど、その場にいたほとんどの人が列に並んでいる。ベエーレさんは最初からこれを狙ってたんだろうな。ちゃっかり自分の取り分も確保しているし。草人の商人って、本当に商魂たくましいよね。


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