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115.筋肉的勧誘術

 マッチョさんの名前はマッソさんと言うらしい。ひとしきり筋肉を披露したあと、何故夜中の森を探索していたのか説明してくれた。


「我が輩はグルナ戦士団の一員! 団では、夜の筋肉トレーニングを実施しているのだ。我が輩がここにいるのはその一環だな!」


 説明してくれたのはいいけど、やっぱり意味がわからない。それでも根気よく説明を聞いていると、何となく理由がわかった気がする。


 グルナ戦士団というのは、とある嗜好を持った冒険者たちによって結成された組織のようだ。まあ、簡単に言うと筋肉信奉者たちの集まりだね。アイングルナではかなり大規模な組織みたいで、定期的に集まってはお互いの筋肉を称え、高め合っているのだとか。そして、今日は、この第十階層で団内のイベントが開催されているそうだ。それが、『夜の筋肉トレーニング』なんだって。


「夜の魔物は、昼よりも強敵であることが多い。戦いにくい時間帯であることもあって避けられがちだ。そこで、あえて夜に活動することで、己と筋肉を鍛えようというのがこのトレーニングの趣旨であるな。普段と違う魔物と戦うことも刺激となるのだ」


 ふはは、と笑うマッソさん。危険な夜に鍛える意味はよくわからなかったけど、団員たちにとっては意味があることなんだろうね。たぶん。


「そうですか。ということは、今この階層にはマッソさんみたいな人がたくさんいるわけですね……」

「夜のトレーニングに励んでいるのは、我が輩を含め少数だな。多くの団員は野営地で休んでいるぞ」


 さすがに、マッソさんのような人は数少ない例外だったみたい。それでも、少数ながら何人かはいるんだね……。


「ふむ、そうだな。君たちには迷惑をかけた。詫びに筋肉稽古をつけてあげようじゃないか。どうだな? 我が輩たちの野営地にこないか?」

「いえ、結構です! ……僕は魔法重視なので」


 暑苦しい展開が簡単に想像できたので、反射的に断ってしまった。一応、戦闘スタイルを理由にフォローを入れておこう。まあ、実際のところ、僕のステータスでは筋力の成長は期待できない気がするし。素直に器用さと魔法技能を伸ばした方がいいに違いない。


「ふむ。確かに少年は筋肉的素質に乏しそうだ。だからこそ最低限の筋肉をつけたほうが良いと思うが……まあ無理強いはできんな」


 マッソさんは納得してくれたようだ。僕に関しては、だけど。どうやら、本命のターゲットは僕じゃなくてローウェルだったみたいだね。


「では青年はどうだ? 武器を見るに、君は前衛だろう? 厚みはないが、しなやかな筋肉。素質は十分にある。どうだ、この機会に鍛えてみては」

「いや、俺は……」

「筋肉はいいぞ。鋼の肉体は敵を討ち滅ぼす剣にも、攻撃から身を守る盾にもなり得る! 筋肉に勝る武具はなし! まさに至言であるな!」


 夜中だというのにハイテンションで勧誘するマッソさん。勧誘するのはともかく、ポージングを決めつつ迫ってくるので暑苦しい。隣で見てる僕がそう思うんだから、実際に迫られているローウェルが感じる圧は凄いだろうね。苦しげな表情が全てを物語ってるよ。


 というか、こんなに騒いでいると魔物が集まってきそうだ。そうなったらそうなったでマッソさんなら嬉々として戦いそうだけどね。とはいえ、僕たちは困る。ちょっと落ち着いて欲しい。


 何とかトレーニングについても、ローウェルが参加したいというなら、ちょっとくらいこの階層に滞在してもいい。でも、明らかにその気はなさそうだ。どうにか穏便に断らないとね。


「トルト! ……どうなってるの?」

「えっと……。お兄、その人は?」

「わふぅ?」


 お断りの文言を考えていると、待っていられなかったのか、ハルファたちがマジックハウスから出てきた。ついでにプチ四号も一緒だ。プチ四号はきょろきょろと周囲を見回して、他のプチゴーレムが見張りを再開していることに気がつくと、そちらに合流しにいった。


「おお……? まだ、人がいたのか。不思議な建物だな?」


 外観は一人用のテントサイズでしかないマジックハウスから、何人も人が出てくるのを見てマッソさんは目を丸くした。そのおかげで、熱烈勧誘も一時中断している。この機会を逃すのは愚策だ。そう思ったのは僕だけじゃないみたいで、ローウェルがきっぱりとした口調で言った。


「詫びは不要だ。俺たちはパーティーとして活動している。こいつらと離れるわけにはいかない」

「むぅ、そうか。たしかに子供たちばかりではな……。なるほど、実践的トレーニングということか! それも悪くはないな。だが、もし筋肉に不足を感じたら、我が輩たちを頼ると良い。アイングルナに本部があるので、是非訪ねてくれ!」


 マッソさんは、パーティー構成を見て勝手に納得したみたいだ。それでも勧誘の言葉を残し、颯爽と去って行った。


「え? どういうこと?」

「さあ?」


 ハルファとスピラは状況が掴めず、困惑顔だ。そんな二人にローウェルが首を振る。


「……なんでもないさ。まあ、詳しくは明日にしよう。今日はもう休みたい」


 勧誘を受けただけなのに、ローウェルはひどく疲れた様子だ。精神疲労かな。凄く濃い人だったからねぇ。




 翌日。僕たちはそそくさと次の階層への階段に向かった。ローウェルに急かされた形だ。よほどマッソさんに遭遇するのが嫌みたいだね。まあ、僕たちにもこの階層に残る理由はないから問題はない。


 無事、階段を見つけたところでやり残していたことに気がついた。


「あ、鍵の場所探してないや」


 ゴールデンスライムがドロップした謎の鍵。それを使う場所がダンジョン内にあるらしいということまでは鑑定でわかってるんだけど、全然見当がつかない。なので、各階層で物探し棒を使い、鍵が使える場所を探しているんだ。曖昧な探索条件なので、ちゃんと反応するかどうかわからないけど、まあ大した手間じゃないからね。


 鍵を使う場所と念じながら物探し棒を投げると――


「あれ? 反応があるよ」


 なんと、明らかに方向が偏っている。どうやらこの階層にこの鍵が使える場所があるみたいだ。


「どうしようか。ひとまず探してみる?」

「いや、元々、Cランクの魔石を探すのが目的なのだから、そちらを優先すべきだろう。それに探索するときは呼べとラーチェが言っていただろう。鍵については後回しにすべきだ」


 軽く提案してみたら、妙に早口でローウェルから却下された。よほどこの階層から離れたいみたい。ちょっとトラウマになってるのかも……。


 言っていることはもっともだし、ローウェルの心情面も考慮して、ひとまず鍵については保留しておくことにしよう。


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