生贄に捧げられた姉、目覚める
「神の巫女として崇められる妹、そして『醜い無能な姉』として虐げられる私。十八歳の誕生日に、生贄として捧げられる運命が決まった。しかし、その瞬間、私はすべてを思い出す――私こそが“神を超える存在”だったことを!」
1. 虐げられるノワール
――「ねえ、なんでそんな顔してるの?」
廊下に響く甘い声に、ノワールは思わず顔を上げた。
光が差し込む窓辺に、艶やかな金髪と澄んだ青い瞳を持つ少女が立っている。
ルミエラ。
神に愛された巫女の候補。輝かしい未来を約束された、妹。
彼女の周囲には、刺繍の施された豪華なドレスをまとった貴族令嬢たちが数人。みな、華やかに笑いながらこちらを見下ろしていた。
「ああ、そうか。もともと醜いんだったわね」
ルミエラがくすくすと笑うと、取り巻きの令嬢たちも、口元を隠して忍び笑いを漏らした。
ノワールは何も言わずに俯いた。
「お姉さまは、生まれてこなければよかったのにね」
ルミエラが優しく囁く。
その瞬間、鋭い痛みが走った。
ノワールの頬に焼けるような衝撃が走り、視界が歪む。
気づけば、冷たい大理石の床に倒れ込んでいた。
(……そう、私は無能で、醜くて、価値のない存在)
(だから、何をされても、文句を言う資格なんてない)
ノワールはただ、痛みを受け入れながら目を閉じた。
2. 巫女制度と生贄の儀式
この国では、神に仕える巫女が国の平和を守ると信じられていた。
巫女に選ばれるのは、美しく、神の加護を受けた者。巫女候補となる少女たちは十六歳になると「清めの儀」を受け、十八歳の成人の際に正式な巫女として認められる。
――ノワールとルミエラは、双子だった。
本来ならば、双子である二人は同じように扱われるはずだった。
だが、最初から二人の運命は、まるで違っていた。
ルミエラは「神の祝福を受けた美しい巫女」。
生まれたときから金色の髪を持ち、青い瞳はまるで神聖な光を宿しているかのようだった。
その姿を見た王宮の神官たちは、「これは奇跡だ」と歓喜し、彼女が未来の巫女になることをすぐに決めた。
一方で、ノワールは「神に見放された忌むべき姉」。
双子なのに、彼女だけが異質だった。
生まれた瞬間のノワールは――白い髪に、七色に輝く瞳を持っていた。
「これは不吉だ」 と、王宮の神官たちは顔を曇らせた。
「この子は神に愛されていない」
「ルミエラとは違い、災厄をもたらす存在だ」
生まれてすぐに、ノワールは強制的に黒い薬を飲まされ、髪と瞳の色を変えられた。
「お前は醜い。ルミエラと同じ姿であってはならない」
そうして、彼女は「黒髪と青い瞳」を持つ、見すぼらしい姉へと作り替えられた。
その日から、「醜い」「神に見放された」「呪われた存在」 と蔑まれ続けた。
ルミエラは絹のドレスを着て、神殿で祈りを捧げる日々。
ノワールは粗末な服を与えられ、屋敷の片隅で召使いのように扱われる日々。
ルミエラが笑顔を向けると、人々は彼女を称えた。
ノワールが微笑むと、「気持ち悪い」と言われた。
「お姉さまは、生まれてこなければよかったのにね」
それは、ルミエラが何度も囁いた言葉だった。
そして、運命の十八歳が近づいたとき――
「神に仕えることができない者は、生贄になるしかない」
そうしてノワールは、「巫女になれなかった代償」として生贄に選ばれたのだった。
3. 生贄の儀式――覚醒の始まり
生贄の日。
神殿の巨大な扉が開かれると、白い生贄衣を纏ったノワールは、両腕を掴まれたまま、ゆっくりと奥へと引きずられていった。
後ろでは、巫女たちが厳かに並び、その中央にはルミエラが立っている。
煌びやかな儀式衣を纏い、神聖な光を受けながら、まるで聖母のように優しく微笑んでいた。
そして、ノワールは――
神殿の奥、闇の中へと一人連れて行かれた。
――そこは、巫女が決して足を踏み入れない、ただ生贄だけが通される「神の祭壇」。
足を踏み入れた瞬間、背後の扉が重々しく閉ざされる音がした。
(ああ、私はここで……消えるのね)
その時だった。
「お姉さま……」
すぐそばで、囁くような声がした。
「……かわいそうに」
振り向くと、そこにはルミエラが立っていた。
儀式の場で神官に囲まれていたはずの彼女が、どういうわけか、誰にも見られずにこちらへ来ていた。
扉の隙間から差し込む光を受けながら、彼女は――
「……本当に、かわいそう」
そう言って、わずかに眉を下げ、慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
その微笑みは、これまで何度も見てきた。
国民の前で、貴族たちの前で、王族の前で、彼女がよく見せる「優しき巫女の顔」。
だが――
「……ふふっ♡」
誰にも見えない暗がりで、彼女の顔が歪んだ。
美しい唇が、残酷な嘲笑を浮かべる。
ノワールは息を飲んだ。
「ふふっ……お姉さま、生贄にすらなれなかったら、どうするのかしら?」
――彼女は 「慈悲深い巫女」ではなかった。
初めて見た、妹の「本当の顔」。
ノワールが言葉を失っている間に、ルミエラはくるりと踵を返し、また神聖な巫女の仮面をかぶって扉の向こうへと消えていった。
ノワールは、祭壇の前に跪いた。
目の前には、神官が静かに祝詞を唱えながら儀式用の銀の刃を構えている。
背後では、王族、貴族、そして国民たちが、神聖なる生贄の瞬間を見守っている。
ルミエラも、再び巫女たちの列に戻り、厳かに祈りを捧げていた。
(……私は、ここで死ぬのね)
もう、すべてがどうでもよかった。
生まれた時から、こうなる運命だったのだ。
諦めに目を閉じ、最後の瞬間を待った――その時だった。
――神殿全体が光に包まれた!
眩しさに目を細めたノワールの前で、神殿の鏡が強烈に輝いた。
そして、鏡に映った自分の姿を見て、ノワールの呼吸が止まった。
――これは、誰?
そこに映っていたのは、白銀の髪、七色に輝く瞳を持つ、美しい女性。
それは、「神に仕える巫女」ではなく、**「神を超える存在――女神」**の姿だった。
「……これが、本当の私?」
記憶が蘇る。
神のしもべではない。私は――
「神をも凌駕する存在だった」
その瞬間、神殿全体が震え、祭壇の床に大きな亀裂が走った。
神官が刃を振り下ろすが、それはノワールに触れることなく弾かれる。
「神が……拒絶なさった……!?」
騒然とする神殿。
ノワールは理解した。
(私は、神に仕えるべき者ではない。私は……神にすら屈しない存在だった)
だが、今はまだ時ではない。
ノワールは冷静に魔力を操作し、再び黒髪と青い瞳に戻した。
――そして、気を失った。