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ぼくらのアカシックレコード

作者: 川里隼生

 ある寒い冬の昼過ぎに、私は小さな無人駅で列車を降りた。二十四年ぶりの帰郷である。冷たい風が時折り吹き抜け、日陰でなくとも季節を実感させられる。両親を都心部の介護施設に移してから、この地に足を運ぶことはなくなっていた。


 記憶の中よりも、現実の我が故郷は寂れている印象がした。もしかすると、私のほうが都会を知ってしまっただけで、元々この程度の町だったのかもしれない。駅前のロータリーには、放置されているらしい錆びた自転車が数台だけ、脇に置かれている。私はその横を通って踏切を渡り、二十分ほど歩いた。


 やがて中学校に行き着いた。次の三月で統合され、取り壊されることが決定している、私の母校だ。施錠された門からは三階建ての一般教室棟が見えた。その向こう側には、図書室棟と特別教室棟も建っているのだろう。さらにその奥のグラウンドはテニスコートと陸上競技用コース、それに野球のマウンドやらサッカーのゴールやらが無計画に設置されていたせいで、中学生が使うには少し手狭だった。


 あの頃は、この門の内側が世界のほとんど全てだった。教科書に書かれていた知識がこの世の全ての知識であり、日々の生活で得られる情報や経験が、やはりそれらの全てであるかのように感じていた。だから安易に居眠りしたり、喧嘩しても仲直りしたりできていたのだろう。僅か三年の青春を残り時間など気にせず遊ぶことに費やしたのだろう。


 ——だから、君はいなくなってしまったのだろう。

 私はポケットの中で、懐炉を強く握りしめていた。あの頃、この門の内側が世界のほとんど全てだった頃、君は誰かに助けを求めていた。当時の私がそれに気づいていたかというと、はっきりそうだとは言えない。同級生だったこと以外の接点が薄く、碌に会話した記憶もない。しかし、いなくなる前の君に、何か言葉で表現しきれない違和感を覚えていたのも、また確かだ。


 君がいなくなって、今年で二十四年。僕は世界というものが、この門の向こう側とは比にならないほど大きく、暖かく、同時に冷たいものであることを知った。頭のよかった君は、既に何でも知っているつもりだったのかもしれない。本当は君の知識は、まだ君が知っていることだけの部分に限られていたとも知らずに。


 私は最近知ったのだが、アカシックレコードという概念があるらしい。宇宙誕生以来のあらゆる情報が記録されているそうだ。まるで教科書のように。君なら孔子やソクラテスくらい常識のように知っていそうだから言わないが、代わりに高校で出会った恩師の言葉を引用させてもらおう。

「自分探しの旅をしてみたら、自分を見失った」

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