コスモスの散る時
コールドスリープ技術を用いた恒星間航行船団による大規模移民計画――通称コスモス計画。
その中の一隻、コスモス七〇九四号において事件が起きた。
スリーピングポッドの生命維持装置が突如故障し、男性一名が死亡したのだ。
船の制御AIは残る全乗組員を緊急解凍し、彼らに原因の特定と再発防止策をとらせる判断をくだした。
調査の結果、ポッドの生命維持装置が人為的に破壊されていた事実が判明する。
彼は何者かによって殺害された。
そしてその何者かは、自分達のなかにいる。
誰が、何のために、移民船という密室で殺人を犯したというのか。
それが判明するまでは、再び眠りにつくことなどできはしない。
僕は――恋人のハルとともに身を寄せ合うようにして、異様な緊張に包まれる船の片隅にいた。
信じられるのはハルだけ。彼女の左薬指に光る婚約指輪は、その証だ。
殺される訳にはいかない。
新天地で僕達は幸せな家族を築くと誓った。
暗い通路の向こうから、こちらへ近付く足音が聞こえてきた。
誰だ?
なぜ近付いて来ようとする?
暗闇から滲み出るように現れたその姿を見て、僕は思わず息を呑んだ。
――ハル。
それは僕の横にいるハルと、瓜二つの姿をしていた。
同時に僕は思い出す。
擬態型敵性生命体――捕食のために獲物に擬態して集団に紛れ込むという宇宙生物の存在を。
僕の手は咄嗟に護身用の銃に伸びていた。
引き金を引く指に躊躇はない。
不安そうに僕の名を呼ぶそのハルの姿をしたモノの左薬指には、指輪が無かった。
火を噴く銃口の先で、ソレが崩れ落ちる。
大きく息を吐くと、僕は本物のハルに向き直った。
感謝の言葉を告げる彼女の無事な姿を見て、ひとつの考えが戦慄とともに僕の頭をよぎる。
指輪をしている方が本物で、本当に正しかったのか。
生命維持装置を破壊するほどの知性を有する生物が、擬態のためにハルの指輪を密かに奪った可能性は――なかったのか。
蕾が開くようにハルの頭部が裂け、鋭い歯列が並ぶ複数の触手と化す。
同時に硬い音が耳に届いた。
不定形に変形していくハルだったモノの指から、指輪が抜け落ちて床に当たった音だ。
僕は、間違えた。
ハルの擬態を見破ることができたのは、きっと婚約者の僕だけだったのに。
船はこの怪物に蹂躙される。
乗組員全員の生命活動が途絶えた時、制御AIは船を自壊させるだろう。
コスモス七〇九四号は、怪物もろとも宇宙空間のちりと散るのだ。
凶悪な捕食口が、僕の眼前に迫っている。
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