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俺の彼女はダンジョンコアッ!  作者: やまと
3章
75/78

美織救出

 俺はタケミカヅチをダークエルフ達に浴びせ、即座に踵を返し美織の救援へと向かう。

 あれで倒せていれば茉子達も楽だろうが、そう簡単にはいかないだろう。

 ある程度のダメージを与えたのは確かだろうが、茉子達では苦戦するは必至。頑張って貰うしかい、これ以上の助けはやってこないからな。

 かと言って俺が残れば美織が危険だ。だから急いで彼女の安全を確保しなくてはならい。


「ぐっ、に、逃げるのかッ、剣南創可!」


 遠くで叫ぶベキの声が聞こえる。

 その直後に茉子の怒鳴る声が続いたが、もう聞き取れる距離ではなかった。


 美織は元校舎の最上階に居る筈だ。【天駆】で駆け屋上へと降り立つ。

 既に日は沈みかけ、オレンジ色のグラデーションが西の果てから迫っているようだ。

 そんな景色に不似合いな程の殺気を感じる。


「く、なんて殺気だ」


 いい加減に敵の殺意にも慣れてきた俺だが、ここまでの殺気を感じるとバクバクと動機が激しくなってくる。

 ベキ達を遥かに凌駕する化け物じみた殺気は、色欲の魔王ティリイスと比べても遜色のないもの。離れていても怖気立つ極めて強烈な殺気は、心臓の弱い者にはそれだけで凶器と同じだ。


「隆成と龍護は美織を護りながらこんな化物を相手にしてるのか?」


 龍護はタンク役として申し分ない実力を持ってはいるが、それでも人類で478位のCランク、隆成に至っては6千番台のⅮランクでタンクですらない。

 既に決着が着いているなら殺気立つ必要が無い、まだ彼等は無事なのだろう。

 かと言って悠長にしている猶予はない!


 階段を駆け下りて急いで殺気の元へと向かう。皮肉なことに殺気そのモノが彼等の居場所を教えてくれる。

 はやる気持ちのままに、廊下を走り抜ける。

 曲がり角へと差しかかると、血の匂いが充満し嗅覚を刺激する。曲がればそこは血の海に、死屍累々とした惨状だった。

 廊下も壁も天井すら赤黒く濡れ、滴り落ちる人の血が雨の様にポタポタと。所々グロテスクに肉片が散らばっている。原形を留めている遺体は一つも見当たらない。

 むせ返る血の臭い、目を覆いたくなるほどの肉塊、怖気立つ光景が、無念に死んでいった者の怨嗟の念が俺を慄然とさせる。


 怒りや悲しみと言った感情よりも先に恐怖が、後に後悔が俺の感情を埋め尽くす。

 正直俺は、涼葉さえ無事ならそれで良いのだと思っていた。どんな犠牲を払おうとも涼葉を護ろうと誓っていたからだ。しかし、それだけじゃなかったんだ。

 見知った以上情が湧くのは仕方ないが、それすら斬り捨てるつもりでいた。だが、捨てきれるものではなかった。助けられなかった無念が俺の脚を止めてしまう。


 涼葉を護ると誓ったのなら、傍を離れるべきではなかった。そうであったなら割り切れた。

 傍を離れるのなら犠牲者を1人でも抑えるよう立ち回るべきだった。

 優斗たち勇者を信じて正門を任せ、真っ先に美織の元へ向かうべきだったんだ。どうしたってあの数の魔物を食い止めることはできないのだから。

 システムですら美織を護るようミッションを発生させていた。俺はそれを軽視してしまった。俺の中途半端な覚悟が犠牲者を大勢出してしまったんだ。

 涼葉は分かっていたのかも知れない。彼女は真っ先に金狼の討伐、つまり自らのミッションを優先すると言っていたのだから。

 勿論今も涼葉のことを第一に考えるている。離れた後悔が無いと言えば嘘になるが、俺は涼葉なら何とかして生き延びられるだろうと信じている。しかし、これからはもう少し上手く立ち回る手段を考えるように心がけよう。


「やるせないな……」


 惨状は否応なく視界に入ってくる。

 死んだ者は戻っては来ない。大勢が惨たらしく死んだ、その数は十や二十じゃ足りないだろう。

 舐めていたツケを払うことになったのは俺ではなく犠牲者達だ……、申し訳なく思う。

 甘い考えは今ここで捨てなければならない。

 大団円で終わるなんて考えていた訳じゃない、が、絶対的強者が近くに居たために、どんな状況だろうとどうにかなるものだと心の何処かで思っていた。

 そんな考えは捨てろ、この光景を目に、心に刻み付けろッ!


「忌まわしい教訓として……」


 徐々に湧き上がってくる怒りを抑え込み走り出す。

 この場に犠牲者を放って置いていくには余りにも惨めで不憫だが、立ち止まる訳にはいかない!


 速く、速く、速く。血の池と化した廊下を走り抜ける。


「見えた、あいつが……」


 最上階の角部屋、いや、既に壁が崩れ部屋の概念が崩壊している空間に4人の姿を捉えた。

 部屋と部屋を隔てる壁が破られ幾つもの部屋が一つになっている。外戸を隔てる壁すら所々崩れ、外の景色すら伺える。天井が落ちないのが不思議なくらいだ。

 そんな広い空間の最奥に美織が泣いている。何かのボールのような物を抱えて泣いているように見えるが、何を持ってるんだ?


 しゃがみ込む美織の前に隆成と龍護が膝をついている。対するは竜の少女。


「竜人ミィルナ!」


 ミィルナと呼ばれていた竜人の少女だ。

 血に濡れたその姿は、前に会った時とは雰囲気が随分と違って見える。どこかほのぼのとした気配を纏っていた少女が、今は死神に見えてしまう。

 上空で戦っていたアルヒコの姿は見えない。無事でいてくれよ!


「うぉおおおぉぉ――ッ!」


 雷歩から残光へと繋げる。死角からの俺自身最速の一閃。

 ベキに避けられたものが、この少女に通用するとは思えないがそれでも牽制にはなる。


「ん、ジャマしないで」

「なッ!」


 避けるのだと思っていた。が、違った。あろうことかこいつ、ミィルナは最速抜刀術の切先を2本の指で摘まんで防いでしまったんだ。

 紅い竜の瞳だけをこちらに向け、何気ない動作で防ぎきった。


「そ、創可さん!」

「来てくれたのか」

「た、助かった。もう駄目かと思いましたよ」


 3人は少しホッとした表情を見せたが、俺は冷汗が止められなかった。

 ミィルナは明らかに俺よりも強いのは分かっているが、それにしたってこうもあっさりと防がれるとは思っていなかった。俺1人助っ人に来ても助けられないかも知れない⁉


 先程考えていたことも甘い考えで烏滸がましかった。

 真っ先に美織の元へだとッ! 違う、後のペナルティーなど考えずに絶対的強者の助力を願い出るべきだったんだ! でなければ逃すべきだったんだ女神家(おみながみけ)に!

 甘えは捨てろ? はぁ、その考えこそが甘いんだッ!


「創可さん、加藤さんが、加藤さんがぁああぁぁ」


 絶望的な考えが頭をグルグルと駆け巡っていると、美織が叫びが響いてきた。

 摘ままれた刀身を解放すべく蹴りを出し距離を取る。あっけなく刃を放してくれたのは僥倖だった。

 俺はそのまま龍護たちの前に立ち、チラリと後ろを振り返る。

 美織の抱いている物を確認すると、それは昴の保護者である加藤正雄の首だった。


「くそッ、遅かったのか!」

「ん、邪魔するなら殺す」


 幸いにも死を呼ぶ竜人はその場を動こうとはしなかった。

 その隙に隆成、龍護、美織に状況の確認を。


「何があったんだ!?」

「屋上からアレがやって来たの」

「加藤さんは、昴を助けようと犠牲に……」

「護れなかった自分が許せねぇ……。昴は、壁の穴から落ちちまったッ!」


 な、昴までッ!


「みんな私を護るために盾になってくれて、でも、昴まで私を護ろうと前に出ちゃって……。昴を護ろうとした加藤さんは首を刎ねられ、逆上した昴が吹き飛ばされて外に……。加藤さんだけじゃなく、大勢の犠牲が出ちゃったよ。私、私ー、聖女だなんて、何の役にも、誰一人護れなかったッ! これじゃ加藤さんは無駄死にだよぉ」


 ああぁと涙を流す美織、俺は掛ける言葉も見つからない。安い言葉など今の彼女に響きはしない。


「でも、多分だけど昴は無事だと思う。後を追う様にクロとエンが飛び降りてったから。でも、それは生きてるってだけで本当の意味で無事だとは言えないのかも……」


 大怪我追っている可能性があるってことか?


 俺達が優斗達と初めて会った日に涼葉が贈った子犬、それがクロとエンだ。

 ここは元校舎とはいえ、改築に改築を重ねられ今や高層マンションのようになっている。


 子犬がこの高さ、十階建てのビルより高いこの建物から落ちたら普通に死んでいると思うが?

 だが美織は二匹の、更に昴が生きていると確信しているようだ。


「クロとエンは、システムを獲得して急成長したの。今じゃ昴を乗せて駆け回れるほど大きく成長してるわ。あの二匹なら何とか昴を救出できてると思う。今では頼もしい戦力、でも、無傷じゃいられないかも知れない」


 いつの間にそんなことに?

 あれから然程時間がたってないんだが?


「ああ、昴は大丈夫だと信じるしかない。だから今は、目の前の敵に集中してくれ。俺達じゃ手も足も出ないが、絶対に許す訳にはいかない相手だ!」

「ああ、分かった。龍護と隆成は美織を護れ、美織は2人の回復を!」

「ごめんなさい。あの女が来てたから聖女の力が…、弱くなってるの。少し時間が掛かるかも」


 聖女の力が衰えてる? つまりミィルナが聖女の結界を封じているのか?

 ミィルナを倒せば結界が使えるかも知れない。


「ポーションはないのか? 俺のはマーシャル達に使ってしまって手元に無いんだ」

「こっちも既に在庫が無い。戦いながら使って一つも残ってない。そもそも大半が正門の方だ」


 回復薬なしでの戦闘は厳しいが、やるしかない。


「分かった。時間は稼ぐから、出来るだけ早く回復させてやってくれ」


 俺が美織に2人の回復を頼むと、ミィルナが可愛らしい声を出した。


「話は終わった? なら聖女を渡す」

「断る! お前の目的は美織なのかッ!」

「そ、聖女をお兄ちゃんに引き渡す」


 ミィルナの言うお兄ちゃんとは魔王天一翔奏(あまいちかなた)のことだ。

 その事を訊いた隆成が、


「魔王が聖女を手にしてどうするってんだッ! 魔物達に聖女のスキルなんて意味ねぇだろうがッ!」


 怒鳴るように声を荒げた。


 聖女は傷ついた者を癒すが、魔を払う者でもある。魔を払う者を殺すのではなく、魔王の側に置く意味が分からない。


「そういや人間の時から天一の野郎は美織さんにご執心だったな。横恋慕かよッ!」

「お兄ちゃんの悪口は許さない!」


 隆成の言葉を聞いたミィルナからより強大な殺気が放たれる。

 彼女が一歩踏み出した、それだけで背後から怯えの気配を感じとる。これまで多くの仲間が殺されたことで、怒りと恐怖を内包してしまったようだ。

 ミィルナが傍に居ると回復もままならない。遠ざけなければ!


「ちぃ!」


 俺は間合いを詰め、


火之迦具土(ヒノカグツチ)ッ!」


 小細工などしていては瞬時に殺されかねない。

 初手から奥義を連発してでもこの場から遠ざける。

 最終的にどうすれば良いのかすら分からないが、今は2人の回復のための時間を稼ごう。


炎王爽籟(えんおうそうらい)ッ!」


 一時的とはいえベキにダメージを負わせた技、まったく通用しないってことはない筈だ。


「ん、すごいけど、どうってことない」

「!!!」


 駒の様に回転する炎の斬撃が、先の焼き回しの様に摘ままれて止められる!!!


「な、嘘だろ!」

「これくらいは余裕」


 今まで切り札としていた奥義が、まるで赤子の手を捻るが如く止められた!

 まさかっ、こいつっ、反町燦翔(そりまちきらと)以上の実力者なのか⁉

 あ、いや、今思えば燦翔はそれ程の実力はなかったか?


「今度は放してあげない」

「く、じゃあそのまま掴んでいろよッ! 建御雷神(タケミカヅチ)ッ!」


 最上級の雷撃を放つが、それよりも速く、


「む、キケン」


 跳び退かれてしまった。

 こいつマジか! 刀身を解放できたが、タケミカヅチを、(いかずち)を躱しやがったッ!


「褒めてあげる。大したもの、おまえは強いね」

「……」


 嫌味か!

 奥義の二連発が防がれてしまった。だが、諦めることはできない!


「ち、残光、級長戸辺(シナトベ)ッ!」


 残光の速度を以て風の刃を放つ。

 だが、雷さえも避ける者を捉えることはできない。余裕を持った動きで綺麗に躱されてしまう。


 俺の扱える奥義の中で最も強力な破壊力を持つのはイヒカだ。だが、イヒカは防御の奥義であり攻撃に繋げるには難易度が高い。

 次点として光忠のタケミカヅチと雷上動のトールハンマーだ。

 シナトベは速度もあり操作しやすく扱いやすいがその反面威力不足であり、ヒノカグツチは威力も使い勝手もいいが威力ではタケミカヅチ、扱いやすさではシナトベといったところだ。

 だが、どれも魔法のようなものだ。俺の想い一つで威力は変化するのかも知れない。

 その奥義でさえを素手で受け止めたミィルナは魔法をも止めてしまう存在だということだ。


 強い、まさかティリイス以上の実力者なのか?

 最大の切り札であるイヒカすら防がれてしまえば後が無いぞッ!


「ジャマするならコロス」

「ちいぃ」


 シナトベで距離を取れたが、刹那の間に間合いを詰め鋭い蹴りを放つミィルナ。

 反応できたのは奇跡だったか? 俺は咄嗟に鞘を引き抜き蹴りを防ぐことができた。

 しかし、蹴りの衝撃を完全には殺しきれず吹き飛ばされてしまった。


「ぐ、こんなとこで負ける訳にはいかない」

「おまえに勝ち目なんてない。あきらめる」


 耳元で囁かれ漸く接近されていることに気づく。

 さっき吹き飛ばされ距離を取れたのに、既に眼前に!


「く、井氷鹿(イヒカ)ッ!」

「む」


 咄嗟にイヒカで安全地帯を創り出した。

 ドームの中でハァハァと荒い息遣いを整える。流石に息が上がる。


 さて、この先どうする?

 イヒカを中てるのは難しいだろう。かと言って他の攻撃が通用するのだろうか?

 勝ち筋が見えない。

 今この場で進化でもしない限りは勝ち目が無い! いや、そう簡単にできるモノじゃないか。


 勝てる可能性? あるのか? 俺にそんなものが?


「硬そう? でもガンバル【ドラゴンクロ―】」

「ッ!」


 凄まじい衝撃がドームを襲う。

 ヒヤヒヤしたがドームは持ち堪えてくれた。


「むぅ、出て来ないならいい。無視して聖女を奪うだけ」


 な、それは駄目だッ!

 俺は考えも纏まらぬ内にドームを解除し、最後に取っておいた覚醒の実を口に含む。

 これにより傷も体力も完全回復する。


「させるか――、火之迦具土(ヒノカグツチ)ッ!」

「漸く出てきた。返り討ち、【ドラゴンフィスト】!」


 渾身の炎の刃と殺意を籠められた竜の拳がぶつかり合う。

 それらが触れ合うと同時に激しく炎が立ち昇り、左右へと流れ崩れた瓦礫を燃やし吹き飛ばしていった。


 頼みの綱である覚醒の実を使ったってのに互角で終わったのか⁉


「呆けてると死ぬだけ」


 ハッ、そうだ呆けてる場合じゃないッ!


「ぐぅ、級長戸辺(シナトベ)ッ!」

「さっきよりも速くて強い。なんで急に強くなった?」


 それでも払い退けられた! ミィルナにとって俺の覚醒はそれ程大差ないというのか⁉


「ちぃいいぃぃ————ッ!」


 ヒノカグツチをシナトベに乗せ炎の刃を複数射出。


「【ドラゴンスケール】!」


 ミィルナの全方に竜鱗の盾が生み出され炎の刃を受け止める。

 間を置かず背後へと回り大上段からの一閃も難無く腕で受け止められてしまった。


「何でみんなジャマするの? 私はただお兄ちゃんの力になりたいだけなのに」


 絶え間なく光忠を振るいながら小さなお嬢ちゃんの問に応える。


「人の命を無暗に奪う天一は、紛れもなく俺達の敵だ! お前が兄と慕う天一はどれだけ人間の命を奪ってきた⁉ お前もここまで来るのにどれだけの命を奪ってきたッ!」

「そんなの知らない。でも、ジャマをする人間が悪い!」

「今現在どれだけ犠牲が出てると思ってる! そのままはいどうぞと殺される人間がいるとでも思ってるのかッ! 必死に生きている俺達を馬鹿にするな。魔王なんぞに屈する訳にはいかないんだよッ!」

「うるさい黙れ、お兄ちゃんを悪く言うヤツは許さないッ!【ドラゴンクロ―】」


 ぐ、躱しきれず後方へと跳ばされる。と、俺の脇を2人の人物が駆け抜けていく。


「こっちとらぁ理不尽な我慢を強いられてんだよッ!」

「そうだ、人間だって懸命に生きてるんだぞッ!」


 龍護が巨大な盾でミィルナの追撃の一撃を防ぐが、俺同様に後方へ。その隙に隆成がハルバードを振り抜く。

 2人共、回復をそこそこに跳び出して来てしまったようだ。


 隆成のハルバードは、マーシャルの持つ骨と同様に鳥田の青山さんの邸宅で得た呪物の一つ。その場に居なかった隆成のために優斗が選んで渡していた物だ。


 こいつはちょっとヤバい性能を持っている。

 過去に多くの血を吸ったこの戦斧は、犠牲者達の怨念が纏わり付き、傷つけた相手を()()に衰弱させ死に至らしめる。

 つまり、掠り傷一つで相手を呪い殺せるわけだ。但し、怨念の無念が晴らされてしまうと只の武器と化すらしく、聖女の傍で振るうには不向きな武器だという。


「皆の仇だ――ッ!」

「無意味」


 ヒノカグツチですら傷を負わせられないものが、只の呪物ではどうにもならないだろう。

 案の定片手で受け止められていた。


「ん? おまえ、なんか変なものが混じってる?」


 ハルバードを払い退け、隆成の腕を掴み引き寄せ竜の瞳で凝視するミィルナ。

 隆成はまじかで視る龍の瞳に委縮して動けないようだ。


 「させるかー!」「その手を放せぇー!」と龍護と2人で挟み撃ちで攻撃を加えるが、浴びるがままに全てをガン無視され隆成の解放がままならない。

 奥義は誤って仲間に中ててしまうために使えない。兎に角手数を増やして隆成の解放を望む。


「ん~? えいッ!」

「……え?」

「「なッ!」」


 おもむろに片腕を隆成の胸に突き刺すミィルナ。


「「隆成————ッ!!!」」


 鮮血が舞う、いや! 血は一切出ていない!

 余りに無造作故に反応できなかった。


 ミィルナの腕は肘よりも深く隆成の胸へ刺さっていく。いや、刺さるというよりも沈み込んでいると言った方がしっくりする。少女の手の先端が背中を貫通していないんだ。


「ん、あった。お兄ちゃんへのお土産に貰ってく」


 ゆっくりと腕を引き抜いたミィルナの手には、光り輝く球体が握られていた。


「た、隆成ぃ――ッ!」


 龍護が解放され倒れた隆成を抱き起すも反応はない。

 俺は思い出していた。あれはティリイスが隆成に植え込んだ【傲慢之王】スキルだ!

 ティリイスは言っていた。あれを取り出すには隆成を死なせるしかないと。


「美織ぃ、美織急いで来てくれー。隆成が大変なんだッ!」


 龍護が美織を大声で呼んでいる。


「ん、あとは聖女だけ」

「さ、させるかよ!」


 美織を呼んだ以上危険度は上がる。

 龍護は駆け寄る美織を庇う様にミィルナの行く手を阻み大盾を構えた。


「ジャマ!」


 【ドラゴンフィスト】、竜の拳を盾で受け止めた龍護、今度は気合でその場にとどまった。が、大盾には大きく亀裂が生じてしまった。


「くそっ、そう何度もやられるかよッ!」

「ジャマ」


 龍護が剣を振るう。俺はその間に隆成の脈を調べる。


「良かった、まだ脈はある。だが何故なんだ?」


 傲慢を植え込んだティリイス本人が死なせなければ取り出せないと言っていたのに? まさかあれは嘘だったのか?


「兎に角加勢しないと……」


 隆成はしばし放置するしかない。回復の手段が美織しかないからだ。更にミィルナの相手を龍護1人に任せるには荷が重い。


「そのスキル、厄介なモノだがくれてやる訳にはいかない!」

「むぅ~、ジャマばかりして」


 少女の姿にお似合いな可愛らしいふくれっ面を見せるミィルナに、雷撃の奥義を放つがこれも綺麗に躱されてしまった。

 ……躱すってことは、中てればダメージを負わせられるのかもしれない?


「美織、今の内に隆成をッ!」


 2人でミィルナに猛攻をかけ時間を稼ぐ。

 どうやら美織は隆成の元へと無事に辿り着いたようだ。青い顔をして隆成に回復魔術を掛けている。が、やはり回復が遅いようで苦労しているようだ。


「ん~、もう許さない。真の竜人の恐ろしさをその身に刻むぅ【ドラゴンフォース】」


 突如としてミィルナを中心として吹き荒れる竜特有の力。

 マナともオドとも違い、更には気の類とも違う竜だけが持ち合わせる竜の力【ドラゴンフォース】。

 吹き荒れる暴風の如く力から美織と隆成を護るために前へと龍護と2人で立つ。


「く、なんだこの力の上昇はッ!!!」

「って、あ、あれ?」


 凄まじい勢いで爆発的に上昇していく力だが、ある一点からその力を一切感じなくなってしまった。


 今のミィルナからは何も感じられない。

 あれ程感じていた殺気も、圧倒される力の奔流も一切感じない。それどころか、目の前に立っているのに気配すら掴めない。

 それはつまり、ミィルナの実力が俺達では理解できない領域に到達したことを意味する。

 今のミィルナは、街中ですれ違う子供並みの存在感すらない。

 だが、それは俺達が理解できてないだけ、実際はその真逆であり、最早俺達では手に負えない実力差が生じてしまったことを意味する。


「な、なんだ? かえって弱くなってるのか? あれ程強烈だった気配を今は何も感じない。むしろ圧迫感が無くなった分動き易くなったぞ」

「逆だ龍護、奴の強さが俺達の理解の範疇を超えたんだッ! こんなの、師匠達以外じゃ初めてだ。こいつ、実は天一よりも強いんじゃないのか⁉」

「は? このガキが魔王よりも強いってのかッ!」

「少なくとも、俺は天一の力を把握できている。今この場にいても感じられる天一の力は確かに強大だ。だが、ミィルナは目の前に立っていてもなんの力も感じない。それはつまり、ミィルナは天一よりも高い次元に存在し、俺ではその力の全容を見通せないってことだ」


 マズい、今この少女が傲慢之王を取り込んだら、間違いなく史上最強の魔王が誕生してしまう。

 本人にその気はないようだが、もしも取り込むようなことにでもなれば天一以上、下手したらティリイス以上の大物になってしまう。


「くそっ、逃げても無駄か? いや、いけるか?」

「無理だ。最早対抗できるのは師匠達しかいないかも知れない」

「だがペナルティーがあるんだよな?」


 そう、システムには女神家(おみながみけ)の力を借りればペナルティーとして人間種族の弱体化とあった。そうなれば今まで渡り合えていた人達が魔物に抗えなくなる。

 もしかしたらシステムの停止よりも酷い状況になってもおかしくはない。


「このままでは勝ち目は無い。勝つには今ここで二三段階いっきに進化するしかないだろうな」

「無茶を言う、そう簡単に進化できるなら苦労しないだろ! 一段階でも無理だ」


 覚醒の実を使っても尚、理解できない次元の相手など俺達の手には負えない。

 何故なら、


唯一の役割(オンリーロール)【主人公】緊急救済処置が発動します。

 生命力(オド)を対価に以下の処置を行います。

 時間停滞が発動しました。

 超速再生が発動しました。

 思考加速が発動しました。

 高速演算が発動しました。

 魔力(マナ)最大値が拡張されました。

 マナを対価にオドを回復します。

 肉体極大強化が発動しました。

 身体極大強化が発動しました。

 強運が発動しました。

 注・緊急時の一時的処置であり、オドが三割を切った時点で終了します》


 システムが死を予見している。


 救済処置は有難いが、それでも絶体絶命のピンチだ。

 処置も前のものよりも可成り強化されているんだが……。


「師匠を頼っても来てくれる保証はない。派手に暴れているのに、今現在この場にいないんだから」

「おい、あんたはあの男の弟子なんだろ? だったら信じてやるもんだ。師匠ってのは弟子のためなら己を犠牲にしても助けるもんじゃないのか? だってそうだろ? でなければ人類の敵だと認識されている【ダンジョンコア】を匿うなどしないだろ」


 龍護は師匠に期待を抱いているようだな。

 それにしたって己を犠牲にって、漫画の読み過ぎだ龍護!


「獅子は我が子を千尋の谷へと落とすという。それと同じことを平気でするのが師匠だ。助けるとしても最悪の事態の一歩手前までは静観してそうだな、あの人」


 確かに優しい人で返しきれない大恩もある。それだけ助けてくれてきた。

 おそらく大勢の人を傷つけてでも俺達の味方であり続けてくれる人だろう。信じるか信じないかなら勿論のこと信じている。

 多分、涼葉をダンジョンコアだと襲えば、時勇館の人間にも容赦なく牙を剥くだろう。


「今は師匠を頼るのは止めよう。必要なら向こうから来てくれる」

「……死者が増えるな」

「準備はいい? そろそろ行く!」


 ち、もう少し考える時間が欲しかった。が、先手必勝!


建御雷神(タケミカヅチ)ッ!」


 俺の放った雷は見事ミィルナをとらえたが、


「ん、先ずはおまえから」

「!!!」


 まんま無視、何の痛痒だに感じさせられない。

 さっきまでは確かに躱していたのに!


 一瞬思考が逸れた間に、龍護の盾が砕け遥か後方へと吹き飛ばされていった。

 壁を突き破り遥か上空の外へと!


「な、龍護ッ!」

「次はおまえ」


 ————!


 龍護が吹き飛ぶと入れ替えに、龍護の位置に立つミィルナ。


「ん、【ドラゴンフィスト】」

「ちぃ、井氷鹿(イヒカ)ッ!」


 正直イヒカでさえ破られるんじゃないかとヒヤヒヤしたが、防ぐことに成功した。

 だが悠長にはしてられない、直ぐに解除し美織の元まで走る。

 奴の動きが目で追えない俺では、次に美織に注意を向けられれば今度は護り切れない。

 何としても美織をイヒカで護らなくては!


「どこに行く?」

「くっ」


 美織に向けて走り出した直後、目の前にミィルナが立っていた。


 速すぎる!


 救済処置の時間停滞も思考加速もまるで意味をなさない。


「これで終わり」


 直後、引き裂かれるような衝撃が身体全体を襲う。

 何をされたかは分からなかった。

 衝撃は間違いなく致死的なまでの力だった。


 肺が潰れ激痛で息ができない。

 喉が潰れ呻き声すら上げられない。

 眼球が潰れ失明した。

 骨が砕かれ指の一本も動かせない。

 というより手足が千切れ指が存在さえしていない。

 高所から落下しているはずだが、そんな感覚はない。

 もう五感が働いてはいないようだ。

 心臓が動いているだけマシなのかもしれない。


 このまま死ぬのか?


 俺は最早血みどろのダルマだ。

 そんな俺に何ができる。どう戦う? どう生きる!


 ————死ぬ!


 このまま涼葉を残して俺は死ぬのか。

 俺が死ねば彼女は泣くんだろうな、未練が残る。

 彼女から生きる気力を奪ってしまうかもしれない。

 それだけ俺達は愛し合っていたんだ。

 危機的状況の美織よりも先に、涼葉のことが頭から離れない。

 彼女のことで頭が塗りつぶされていく。


 こんな世界になりデートする場所さえなくなってしまったが、景色の一変してしまった場所を2人で見て回り語り合った。

 景色の良い穴場を見つけては2人でピクニック気分を味わい笑った。

 2人きりになれる場所があれば、兎に角イチャついていたな。

 互いが互いを支え合い、お互いを信頼し無茶もしてきた。


 だが、俺は死ぬ。もう涼葉に会えなくなってしまう。

 あの温もりは二度と味わえない。

 あの笑顔を見ることはない。

 鈴を転がすかのような声を聞くことももう無いのか。


 あの笑い声が聞きたい……。


 ………………………………………………………………………………



 ————駄目だッ!


 絶対に許容できないッ!

 死ねば涼葉を護れない!

 彼女の隣で剣を振るうことも、彼女の代わりに盾になることもできなくなるッ!

 コアとして悪意に晒されるであろう彼女を救えないッ!

 涼葉へ向く悪意も理不尽も、受け入れる訳にはいかないんだッ!


 なにしてる救済処置、超速再生はどうしたッ!

 早く身体を癒せッ!

 俺を生かせ、俺を戦わせろ!

 こんなところで死んでる場合じゃないんだよッ!


 ————さあ、早く俺を再生しろッ!


《激しい激情、不屈の精神、守護の誓いを感知しました。

 聖騎士勲章を確認します。

 …………確認しました。

 ジョブ【騎士】のジョブアップ条件を満たしました。

 ジョブ【騎士】をハイアーレベルジョブ【聖騎士】へと昇格します》


 な、なんだ?

 見えない視界、暗闇の中で不思議と見える文字は確かな希望だった。


 暗雲の世界に優しい光が映りこむ。

 瞳を開けば、優しい光は月の光だったようだ。

 どうやら既に日は沈んでいたらしい。


「【天駆】!」


 落下途中だったため天駆でその場に留まる。


 失ったはずの手足が生えている。

 潰れた目も肺も再生した。

 超速再生が間に合ったようだ。 


《スキル【不屈】がスキル【不屈の魂】へと進化しました。

 スキル【真眼】がスキル【鑑定眼】へと進化しました。

 スキル【身体強化】がスキル【身体大強化】へと進化しました。

 スキル【肉体強化】がスキル【肉体大強化】へと進化しました。

 スキル【恐怖耐性】がスキル【精神異常耐性】へと進化しました。

 スキル【治癒力向上】がスキル【高速再生】へと進化しました。

 召喚スキル【騎士の神馬】を獲得しました》


 スキルが進化したのは嬉しいが、それでもまだ足りない!


《生存と守護と不屈の精神を養分として、剣南創可の進化の種子が発芽しました》


 なに?


《唯一の進化先へと進みます。

 種子の開花が始まります。

 …………》


「進化先は一つしかないのか?」


《……種子は芽吹き開花しました。

 種族【人間】は種族【半天使(ハーフエンジェル)】へと進化しました》


 な、なんだと⁉

 て、天使になったのか、半分、俺が? なんで半分だけ?


《全ての能力が大幅に上昇、寿命から解放されます》


 まて!


《待ちません》


 え˝!


《進化により管理神が創造し、剣南創可に宿したシステムに自我が芽生えました。独立します。

 以後、お見知りおきを》


 あ、どうも…、じゃない、自我だと! 独立ってどういうことだ!


《自我が生まれマスターだけのシステムへと成長しました》


 ってことは、神の気まぐれでシステムが停止したり無くなったりはしないのか?


《肯定します。

 続き進化の特典です。

 種族スキル【天使化】を獲得しました。

 天使化中は【天使の輪】【天使の翼】が生成されます。

 スキル【天使の羽】が使用可能となります。

 スキル【飛翔】が使用可能となります。

 種族スキル【天眼】を獲得しました。

 スキル【鑑定眼】がスキル【天眼】へと統合されます。

 上位スキル【空間掌握】を獲得しました。

 スキル【空間機動】【空間認識】【空間適性補正】【空間魔術の知識】がスキル【空間掌握】へと統合されます。

 更に極て僅かですが、【神気】が生成されます。

 神気より魔法の使用が可能となります》


 魔法ッ!!!


《新たな天使の誕生に、世界から贈り物が届きました。

 スキル【状態異常耐性】を獲得しました。

 スキル【精神異常耐性】がスキル【状態異常耐性】へと統合されます。

 スキル【不死】を獲得しました。

 【不死】により無限のオドが生成されます。

 【不死】獲得により緊急救済処置を終了します。

 神具【世界の欠片】を獲得しました。

 以上進化を終わります》


 なんか凄いことになってしまった。

 だが、これでミィルナと互角に渡り合える!


 また涼葉に逢えるんだッ!



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