防衛のために
俺達は時勇館へと急ぐ。そして視界を埋め尽くす魔物の群れ、群れ、群れ。
崩れた建物の陰、陥没している地面の中、嘗ては道路だった場所を闊歩する魔物の群れが一点を目指し行進している。
優に1000を超える数に思える。500体と表示されていたが、それ以上にいるのは魔物が魔物を読んだからなのか?
「おぅおぅ、話が違うんじゃねぇのか? やけに数が多いな」
「くそ、この群れを超えなきゃ時勇館にたどり着けねぇじゃねぇーか!」
焦る優斗だが、時勇館は魔物の群れの先にある。
群れを掻き分け時勇館にたどり着くのは陥落した後かも知れない。
既に早い魔物は時勇館を攻めているだろう、急がなければ間に合わない。
「空でも飛ばなきゃ間に合いそうもないな」
「それならボクに任せてよ! ってか初めからこうしとけば良かったよ。来てっアルヒコ!」
涼葉の呼び出したアルヒコが巨大化してその背に乗る一同。
竜の背に乗るのが初めてだった藤瀬が少々感動していたが、俺達は無事に上空へと舞い上がった。
景色を楽しむ暇などなく、瞬く間に高度を上げていく。
迎撃される可能性を考慮してかなりの高度をとるが、それ程距離が離れていないので空路ならば一瞬だった。
「優斗! 来てくれたか」
「優斗ぉーお帰りー」
アルヒコで嘗てグラウンドだった場所に降りると、隆成と伊志嶺兄妹が出迎えてくれた。
「無事だったか優斗君、 良かった。帰還して早々に悪いが、正門へ向かって欲しい。今は大守君と知地理君が魔物の侵入を抑えてくれているが、長くは持たないだろう。疲れているところ悪いが、急ぎ救援に向かってくれないか 」
時勇館の正門は嘗て学校だった頃のものとは比べ物にならない位に大きく頑丈な造りになっている。
現在の時勇館には南の正門以外に東と西に門が存在する。が、これらは人1人が潜るのがやっとな程小さく護り易い。
大群が来るなら正門を潜るしかない。そこを【門番】の龍護が守護しているわけだが、余りにも多勢に無勢だ。
魔物の大群の中で足の速い物から順に襲いかかって来ているが、時間が経てば後続も続けてやって来るだろう。
門があれば当然として壁も存在する。
学校だった頃の背の低い塀ではなく、今では立派な防御壁となり時勇館を頑強に守っている。並みの魔物が侵入しようと試みるなら門を潜るしかないだろう。但し、魔王やその側近なら力尽くで破壊できるだろう、それは俺達で食い止める他ない。
今までは聖女の【聖域】と呼ばれる究極の結界が張れ護られていたが……。
「そう、優斗が言ってたように聖域が何度張り直しても破棄されちゃうのよ! だから籠城はムリ、こまりん達鳥田の勇者パーティーが 各々別れて警戒してくれてるけど、あの数じゃあ突破されるのは時間の問題よ」
数が増えれば回り込まれ手薄な場所から侵入されるのは目に見えている。
「くそ、俺達全員で打って出るぞ! 一体たりとも時勇館に入れさせてたまるかよ。誰も死なせねぇ、魔物どもは皆殺しにしてやるッ!」
「里山、焦ればことを仕損じるぞ。こんな状況だ冷静に立ち回れ、でなければ後悔を味わうことになる。今は1人でも多くの仲間を集め防衛させろ。正門の援軍は俺達に任せてお前は戦える仲間に鼓舞する激励の言葉を飛ばしてかき集ろ。防壁を隈無く見張らせるんだ!」
焦る優斗を落ち着かせ的確に指示をだす【真の勇者】、完全に【アドバイザー】である暁識のお株を奪っていた。
流石に場数を踏んでるだけあり冷静に対処している。正直なところ俺達が助力したところで焼け石に水、少しでも多くの戦力が必要になる。
「はぁあ、実力もねぇ戦力を集めたってしょうがねぇだろう。奴等には非戦闘員を護って貰わなきゃならねぇ! 戦場なんざに出りゃ無駄に死ぬだけだろうがッ!」
優斗は戦力的に乏しい者を参戦させることはしたくないのだろう。
安全な場所で戦えない者の傍につき、いざという時に戦える者が駆けつけるまでの時間稼ぎ要員だと考えているんじゃないか?
だが、その考え方は危険だ。何故なら非戦闘員まで辿り着いた魔物は主戦力を突破してきたことになる。そんな強力な魔物の相手を、いくら人数が多いとはいえ予備戦力では対処はできない。
主戦力である俺達を倒し、或は戦闘を避けた魔物かもしれないが、数が少ない筈もない。もしも俺達を破った者が辿り着けば何もできずに全滅だろう。
この戦いの肝は侵入させないこと、ならば1人でも多くの戦士が必要になる。
「優斗、焦る気持ちも仲間を戦わせたくない気持ちも分かる。だが、今は藤瀬が正しいと俺も思う。酷かもしれないが犠牲を怖れては今の状況を打開できない、下手したら全滅だってあり得る。何も無駄に死ねと言っている訳じゃない、できる範囲でできることをして欲しいだけだ」
「そうだよ優斗くん。優斗くん前に魔王燦翔に言ったよね? 1人でも多くの人を護るために優先順位をつけるんだって。1人を見捨てることになっても大勢を救うのが勇者の勇気なんだって。今がその時なんだと思うんだよ」
優斗はそんなこと言ってたのか。
そこで黙っていた暁識が声を出した。
「確かに時勇館には戦い慣れた者も多くいるが強敵との戦闘を経験した者は少ない。だが防壁の上から矢を射ることぐらいはできるし、君達に知らせの合図を出すことだってできる。優斗君、ここは決断すべき時だ」
「だがよ………」
そして隆成も話に入る。
「優斗、皆も戦いたいんじゃないのか? だってよ、これまで皆で力を合わせて難局を乗り越えてきじゃないか。お前が留守の時だって、ここを護ってきてたんだぞ。あいつ等はそのことに誇りを持ってる」
「優斗君、難しく考える必要はない。皆には危険を避け、できる範囲で援護射撃をして貰えばいい。勿論安全は保障できるものではないが、俺が巡回しつつ指示を出していく。何かあれば【伝令】の彼に連絡させる」
「里山、勇者には指揮系統のスキルが宿る。俺はボッチだからねぇが、指揮系スキルが有れば皆の生存確率が上がる筈だ。勿論俺も全力で皆を護る。だから、お前も覚悟を決めて戦力を前面に出せ、彼等こそが勝利の鍵なんだ」
「ち、分かったよ」
最終的に優斗は渋々といった形で納得してくれた。
「優斗君たち勇者が魔王の相手をする必要があるだろう。勇者の蓮池君を正門へ回し、彼女が護っている西門を他の者に担当させる必要が出てくる。そこで武弓君に代わりを任せる心算だったが、柏葉君が来てくれたのなら貴女に任せたい。良いだろうか?」
武弓美咲、ここが高校だった頃に弓の大会を総なめした弓の達人だと聞いている。その彼女が防御壁上から援護射撃してくれるのは心強い。だが、彼女が涼葉の代わりになるかと言うと、疑わしいのは否めない。
「え、ボク? でも……」
涼葉が俺の顔色を窺う。
涼葉が抜けるのは大きな痛手だし、正直に言うと涼葉には目の届くところに居てもらいたい。が、この状況では寧ろ其方に回って貰った方が彼女は安全ではなかろうか? と思ってしまう。これは俺のエゴなのだろう。
「すまん涼葉、俺もついて行きたいが……」
「ううん、良いんだよ。ボクは西門へ向かうんだよ」
「涼葉、フィカス達を呼ぶんだぞ。危険だからって呼ばないなんて言ったら奴等キレるぞ。それと、自ら危険に跳び込むことは――」
「うん大丈夫、分かってるんだよ。創ちゃんがお母さんみたいになってるんだよ」
誰がお母さんかっ!
「おい、時間がねぇ。話が済んだんなら急ぐぞ!」
優斗と美織は皆を集めに駆け、涼葉は恋鞠と交代しに西門へ、そして俺達は正門へと向かう。