厄災 四日目 ダンジョン創造
はっ!
俺は暗闇の中目を覚ました。
「ここは何処だ?」
見渡してみると、僅かに差し込む月明りが辺りを浮かび上がらせる。
月の淡い光で確認できたことは、ここは部屋の中だということだ。俺はベッドに寝かされていたらしい。
ベッドに座り直し改めて見渡すと、部屋は6畳位の広さでベッドとサイドテーブル、反対の隅に机と椅子しか置かれていない殺風景な部屋だ。
やる事も無くぼ~としていると、ガチャリと音を立てて扉が開いた。
「あ、創ちゃんが起きてる!」
入ってきたのは涼葉だ。
「よっ!」
「よっ、じゃないよもう。心配したんだからね。燿子さんが助けてくれなかったら二人共死んでたんだよ」
燿子さんとやらに助けられたらしい。……誰だ?
「それ誰?」
「後で会うと思うんだよ。うぐぅ、とっても強くて頼りになるお姉さんなんだよ。…ぐす」
随分と心配を掛けたようで、涼葉の両の瞳はウルウルと潤んでいる。
「心配をかけてすまんな。もう大丈夫だから泣くなよ」
「泣いてなんかいないんだよ。……でも安心した、創ちゃんピクリとも動かずに丸1日寝てたんだよ」
相当に心配かけさせたなこりゃ。泣いてないと言いながらもポロポロと涙を流し出す涼葉の頭を抱え込み頭を撫でまわす。
「ごめんな。もうあんなヘマはしないよに注意するから。大丈夫だから泣き止んでくれ涼葉」
「うぅ~、創ちゃんはバカなんだよ。ボクを助けて大けがするなんて、師匠の知り合いに医術の心得があって助かったんだよ」
「師匠の知り合い? ここは道場か?」
「そうだよ。ここは冥閬院流道場の横の師匠ん家」
目的は達した訳だ。どちらかと言うと師匠ん家の広い庭に道場が在るんだけどな。
……それにしても医術の心得があるって言っても、これ程早くあれ程の傷が癒えるものだろうか? 俺には傷跡一つ残っていない、その師匠の知り合いとやらも何かしらの特殊能力を得ているのかも知れない。そうでなければ、全身の骨が折れていたのに、一日で全快ってのは有り得ない話だ。
「そうか。なら、もう問題ないな。師匠はどうしてるんだ?」
「道場で避難して来た人達の世話をしてるよ。この辺は師匠やお弟子さん達が巡回して魔物達を駆逐して回ってるんだけど、それでも家を失っちゃった人達がここへ避難してきてるんだよ」
話を聴けば、師匠はあの大地震に無傷で耐えたマイホームを避難場所として提供しているらしい。
危険が無いように定期的に街を巡回し、化け物を発見し次第討伐して回っているらしい。
そこで被害にあった人達を道場に連れてきて世話をしている。何処からか大量の食糧や必需品を持ち帰って来ては皆に配っているとのことだ。
因みに食料の中には化け物共の肉も含まれているらしい。食せる化け物も居るってことだな。
家族皆で避難民を世話し料理を提供しているらしい。
師匠の名は女神文月、奥さんはセフィーと言う名の外人さんだ。
可愛らしい奥方様で、見た目はまるで中学生か高校生かって感じの女性だ。
これは本人には秘密だぞ、密かに師匠はロリコンだと噂されている。
子供は娘が三人いる。長女の蔦絵、次女の紡と三女の糾だ。次女と三女は双子の高校生、涼葉の一つ上だった筈だ。
確か高校の名前は時勇館高等学校だったな、市内の学校だ。因みに俺は中退したが、涼葉の学校とは別の学校だ。
俺が意識を失ってからの話を聴いてる間に、涼葉の持ってきた食事を頂いた。すっげぇ腹減ってたんだよ、めっちゃ美味かった!
俺は食事を終え話も聞き終わり、朝まで休むことになった。それなりに遅い時間だし、今から師匠と話をするのも迷惑を掛けるからな。
そして災厄の日から四日目の朝、俺と涼葉は師匠と対面してこれまでの事を話し終えたところだ。
涼葉はさっきからずっと師匠のペットの狐とじゃれ合っている。
「軽く涼葉から聞いてはいたが、無事で何よりだな創可」
師匠の見た目は二十代後半と若々しく、奥さんのセフィーさんとはお似合いの夫婦だ。実年齢は教えてくれない。女性じゃないんだから別に良いと思うんだけどな。
ハッキリ言って成人している蔦絵さんの親には見えない。が、正真正銘の実の親子らしい。
師匠曰く、「不本意だ、男は上に見られてなんぼ」だと言う。
俺が初めて師匠と出会った時から容姿は変わっていない謎人物だったりする。
「師匠も元気そうで何よりです。ところで、俺達を助けてくれた燿子さんは何方に? お礼を言いたいのですが」
俺が意識を失って直ぐに現れたと言う女性。
涼葉の話では、彼女の登場で変異体の戦意が削がれ、涼葉のテイムが効果を発揮したらしい。
おかげでミッションを達成し、報酬を受け取る事が出来たそうだ。
確認してみたら確かに不屈とカリスマとガチャ一回無料権を受け取っていた。
『不屈――、どれだけ心が折れようとも、如何なる窮地に立たされようとも、諦めることなく立ち上がれる強い精神力を得る』
こいつは役割の主人公、職の騎士と両方と相性が良さそうだ。
『カリスマ――、自然と人を引き付ける魅力を備える。人を引き付け心酔させ協力者を増やす。魅了とは違い強制力を持たない』
こっちはあったら役立ちそうだが、足枷にもなりそうだな。
と、こんな感じの報酬が貰えた訳だ。まだ、ガチャは回していないが、回せばきっと役に立つ物が出てくるだろう。そう願いたい!
「燿子なら涼葉が抱いてるだろ?」
ん? なんのことだ? 涼葉はさっきから白い狐を抱いて撫でまわしている。
この「キュウキュウ」喉を鳴らす狐が俺達を助けてくれた燿子さんなのか? 話では女性だと聞いていたんだが?
「ええッ! この子が燿子さんなんですか!?」
涼葉も驚いている。ってことはやはり人型の女性が助けてくれたのだろう。
「ああ、燿子は元は魔物だからな」
ポロリと衝撃の事実を告げる師匠。
燿子さんは涼葉の腕から跳び退き、ボフンッと音を立てて美女へと変身して見せた。
頭には狐のケモ耳、背後にはモフモフな尻尾が九つユラユラと揺れている。
「ええええッ!」
瞳は金に彩られ、唇は血のように赤いく染まっているが、肌は透き通り透明、髪は長く銀色の輝きを放つ。
「久しいと言うにはさほども経ってやせんが、ヌシさんとは初対面でありんすね。わっちが燿子でありんす」
立ってお辞儀をする燿子さんに、俺も立ち上がってお辞儀する。
「あ、はい、俺は剣南創可です。助けていただき有難う御座いました。貴女のおかげで無事に師匠と会う事が叶いました。お礼を申し上げます、本当に有難う御座いました」
「よしなんし。わっちは主様に言われてやっただけでありんす。礼なら主様にしておくんなんし」
そう言って燿子さんは師匠の隣へと座り、しな垂れかかる。
「ああっ、師匠、浮気したらいけないんだよ! セフィーさんに言ってやるんだからッ!」
「うぉい、俺が何時浮気したっつーのッ!」
「えへへ、英雄色を好むって言いますからね~。燿子ちゃんなら大歓迎ですよ~」
「あ、セフィーさん!」
師匠の真後ろから現れたのは、人数分の茶を乗せたお盆をもったセフィーさん。
セフィーさんは肩より長い緩やかにウェーブした銀髪が特徴的な女性で、大きな円らな瞳は紫色に光を放ち、顔立ちは幼げ、背も低く、とても三児の母とは思えない容姿をしている。
そのセフィーさんは茶を配ると、……燿子さん同様に師匠にしな垂れかかった。
モテモテなのは羨まし……、もとい、良いけど、これから真面目な話をするのにはそぐわないと思う。
「師匠がイチャつくんだよ。ボクだってそうするんだからね!」
涼葉が言うや否や俺に抱きついてきた。
「おい、涼葉お前まで何やってんだ。これから大事な話をするってのに」
「だって、肝心の師匠がイチャついてたらボクだってしたくなるんだよッ! これは心配かけさせた創ちゃんへの罰だなんだよ。諦めてッ!」
俺は無言で師匠を見やる。師匠ならこれで言いたいことは伝わる筈だ。
「おいこらセフィーに燿子、これから真面目な話なの、邪魔しないの。あっちへ行ってなさい!」
「はぁ~い」「仕方ありんせんなぁ」と言って席を外す二人。これで落ち着いて話が出来る。のか?
「これで良いか? で、話ってのは?」
未だにしな垂れかかる涼葉は置いておいて話を進めよう。
「はい、俺達もここに置いて欲しいんです。俺は師匠の元から離れて可成りの時間が経ちます。その間に涼葉との実力の差は明確に離れ、化け物を倒すのにも一苦労する有様です。師匠、俺を鍛え直して下さい。どんな化け物からも護るべき人を護れる力が必要なんです。どうかお願いします!」
俺は佇まいを正し深々とお辞儀をする。その際に引っ付いていた涼葉が剥がれ、俺にならい師匠に向かってお辞儀をする。
「ああ、ここに置くのは構わんよ。強くなりたいってんなら鍛えてやる。だが、その分働いてもらうぞ。現状じゃ遊ばせてやれる程の余裕はないからな」
一家族の庭にしてはバカみたいに広い庭には、嘗て無かった畑が出来上がっている。
更に鶏や牛といった家畜も飼育されており、農産業に力を注いでいるのが分かる。
その世話をしろと師匠は言う。
「は、はい! 勿論です、やらせてもらいます」
これで一安心だな。
「……? ねぇねぇ師匠、耀子ちゃんって地震の前からいたよね? 魔物って地震の影響で出てきたんじゃないのかな?」
涼葉の唐突な問い。
何でも俺がここに通う前から、耀子さんは狐の姿で居たらしい。涼葉はちょくちょくと遊んでいたそうだ。
俺に至っては気にもしていなかった。ここには馬、犬、猫、また、蜘蛛や蛇、変わり種でナマケモノまで飼われている。俺は狐の話題が出てもその内の一匹としか思っていなかったんだ。
「ああ、そうだよ。地震の影響で奴等の世界との境界が崩された。燿子が以前からいたのは例外だ。まぁ、燿子のことは横に置いといてくれ。……このまま境界が崩れたままだと魔物が際限なく溢れかえってくる、何とか崩れて出来た穴を塞ぐ必要があるな」
「境界ってなんですか? 奴等の世界って? 穴を塞ぐ方法は分かってるんですか?」
「一度に聞くなって。先ず境界だが、世界には重なるように平行する世界が存在するのは知ってるか? 所謂並行世界と言うヤツだ」
パラレルワールド、世界から分岐した並行する別世界のこと。
異世界とか別の惑星と違う概念でIFの世界。理論物理学でもその存在は認められ、扉だけが見つからないとテレビで見た事があるな。
その扉が地震によって壊れたという話だろう。
「っと、勘違いするなよ。パラレルワールドって言っても、別に自分と同じ人物が居るとか、違う選択を選んだ結果の世界じゃないからな。全くの別世界だ、こちら側とは似て非なる世界、その世界との時空的な壁が境界だ。その壁に穴が空いたと思えばいい」
時空の壁を塞がない限り化け物が流出し続けるってことか。
「次に奴等の世界だが、これは少しややこしい。奴等はパラレルワールドから来たが、元を正せばこれまた別の世界から来ている。パラレルワールドから見たら異世界だな。別の惑星から来て、パラレルワールドを蹂躙した。住人達は困り果て、魔物を別の世界に追放することにした。それがこの世界ってことだ。境界に穴を開け魔物を誘導した、その結果、この世界に巨大地震が起き、魔物が現れるようになった訳だ」
「ええ、じゃああの地震は人工的に起こされたの!?」
何より師匠が何故そんな事を知っているのか疑問に思う。が、それは後にして話の続きを聴こう。
「その通りだ。最後に塞ぐ方法だが、涼葉には言い辛いんだが……、時空の穴はダンジョンという形で表れている。現在この地域で確認されているダンジョンは、俺の知る限りだと三つだ。実際にはそれよりも遥かに多いだろう。一番近くで5キロ先にあり、そこからはゴブリン、オーガ、昆虫系の魔物が出て来ている」
俺達が出会った化け物は大概がゴブリンだったな。
涼葉の両親を殺めたのは昆虫系の魔物、それも涼葉に潰され死んだがな。
「排出を止めるにはだが、ダンジョンにはダンジョンコアと呼ばれる核が存在する。……ここからが言い難いんだが、コアを破壊出来れば魔物は呼び出される事は無くなるだろう。コアは魔物をパラレルワールドから呼び寄せては排出を繰り返し、呼び出した魔物の総戦力によって成長しダンジョンを巨大化させていくものだからだ」
な、なんだとッ! ダンジョンコアってのは涼葉の役割じゃないか!
「逆に言えば、魔物を狩り尽くしてしまえばコアは無力だ。……涼葉、お前は細心の注意が必要だ。可成りデリケートな問題になってくる。お前がダンジョンコアだと誰かにバレると、お前は人類から敵だと判定され排除の対象として捉えられる。つまり、魔物よりも、人類が敵となって襲ってくる。絶対にダンジョンコアだとバレない様にしないといけない」
「ええー、ボクそんな役割なのぉ! そんな、創ちゃんは主人公なんだから人類側の味方なんだよね? ボクは敵なの!?」
何を言っている? 俺が涼葉の敵だと、有り得ないッ!
今にも泣き出しそうな涼葉の顔を見て、心臓が跳ねる。呼吸が乱れ思考が怒りに染められる。背中には気持ち悪い汗が流れ出ていた。
涼葉が人類の敵ッ! ふざけるなよ、涼葉がどれ程優しい心根かも知りもしないで、何勝手に人類の敵にしてくれてんだッ!
このことで、どれだけ心を痛めるかも考えもしないで変な役割を宛がいやがってッ!
どこの誰だか知らないが、何時か必ず報いを受けさせてやるからなッ!
怒りで声も出ない俺を見て、師匠が声を掛けてきた。
「二人共勘違いするなよ。主人公とは物語の進行役で主軸になる人物。何も必ずしも人類の味方である必要はないんだ。気に入らないシナリオなら出演者が書き換えてしまえ。ほら、良く言うだろ? キャラが勝手に動き出すって」
ああ、そうだ、俺の人生、俺のシナリオは俺が決める。
「俺は何があろうと涼葉の味方であり続けようと思います。どんな運命だろうと自分の道は自分で決める!」
「おう、その意気だ。俺も二人の味方だってことは忘れるなよ。人類の敵って訳でもないが、優先するのはお前達だと思ってくれ」
「「有難う御座いますッ!」」
二人声を揃えて礼を言う。俺達にとって、これ以上に心強い味方は居ない。
「さて、纏めるとだな。二人はここで修行がてらに手伝いをしてくれる。同時にダンジョン攻略も進めた方がいいな、穴を塞がにゃならん。涼葉はコアである事を隠す。これには何らかの対策が必要になるな。こんなところか?」
「はい、でも、涼葉の擬装は今のところどうすればいいのか見当もつきませんね」
もし、だれかが鑑定の様なスキルを身につけていたなら、黙っていてもバレてしまう。
それを防ぐにはこちらも擬装系のスキルを身につける必要があるだろう。だが、どうやってスキルを身につけるのかが分からない。敵を倒し経験値を積みレベルを上げるのか? いや、これまで敵を倒したところでレベルアップの表示はなかった。ではどうすれば良いんだ?
「対策と言っても今直ぐには見つからんか?」
「ねぇねぇ師匠? 師匠はどんな役割なのかな? 職は?」
「俺にはねぇよそんなん。体質なのかね? 俺の家族は一人も役割だの職だのってのは無い」
「ええっ! そうなの!?」
師匠が一匹も魔物を倒していない訳がない。魔物を倒したのなら役割が覚醒する筈だ。しかし、師匠にはそんなものは無いと言う。
信じられないがそういう人もいるのかも知れない。師匠が嘘をつく必要もないしな。
ん? あれ? 覚醒ってことは、自身に元々眠っている力が目覚める的な言葉だよな?
だったら、俺の主人公や涼葉のダンジョンコアってのは元々の力ってことか?
分からないな。只の言葉の綾だろうか?
俺達は話し合いを終えた後、保護された人達と顔合わせする事となった。
保護された者は結構な人数となっており、一人一人の顔と名前を覚えるのに一苦労した。
保護された人の中に涼葉の友達家族もいて、二人は手を取り合って喜んでいた。
今日のところは挨拶だけ済ませ、俺達は師匠宅の地下室へと案内された。
そこはとても広い空間、どうやら家族だけの鍛錬場のようで、鍛錬に必要な器具が彼方此方に置かれている。
俺達の修練はここで行い、暇が有れば自由に使っても良いと言われた。が、そこで涼葉がぼそりと呟くのが聞こえた。
「ここにボクのダンジョンを創ったらいい感じになるんじゃないかな?」
師匠は言っていた。ダンジョンコアは呼び出した魔物の総戦力で成長すると。だったら涼葉はダンジョンを創り、魔物を呼び出して成長しなくてはならない。他のダンジョンを潰す為にもな。
呼び出した魔物は涼葉の支配下にあり、暴れ出す事はないと言う。
なら、人目につかないこの場所は良いのかも知れない。が、師匠に迷惑を掛けかねない危険を孕んだ考えだ。
それが分かっている涼葉は、ハッキリと声に出して言わなかった。
「ああそうだ。涼葉、もしダンジョンを創る気でいるならここを使っていいぞ。ここならコントロールし易いし、何より人目につかない」
時々師匠は心を読めるのではないかと思う時がある。今も欲しい言葉を投げかけてくれた。
「ええ、良いの? でも、迷惑にならないかな?」
「いいんじゃねぇ? 他所に創って目をつけられるより良いだろ? 只、修練場だからな、端っこの方に創れよ」
「は~い、師匠、あいしてるぜぇ~」
「はいはい、それは創可に言ってやれってのッ!」
「え」
「ふひひっ、創ちゃんには何時も言ってるもんね、愛してるよ創ちゃんッ!」
「やめろ、ハズイだろうがッ!」
師匠は笑いながら上へと行ってしまった。
暫く何処に創るかを検討していた時、ドタバタと階段を駆け降りてくる足音が聞こえた。
「あっ、居た! 涼葉ちゃん、ダンジョンを創るってお父さんに聞いたよ」
「私達も立ち会わせて欲しい」
降りてきたのは師匠の双子の娘、紡と糾だった。
彼女達は涼葉よりも一つ上の17歳。双子故に見た目では区別がつけにくい。
小さい頃はよく一緒に修行したから俺には区別がつくが、初見の人では見分けがつかないだろうな。物静かな姉の紡に、活発な妹の糾だ。
二人は色違いのチェニックのブラウスにダボダボのズボンを履いている。
師匠譲りの黒髪は長く腰まで伸ばし、瞳は母親譲りで紫色の大きな瞳が愛くるしい。
身長も母親に似たのか低く、おそらくは150㎝もないだろう。
だが、戦闘センスは父親の才を色濃く受け継いだようで、何をやらせても抜群の才能を発揮した。俺が小さい頃に、一緒に師匠に扱かれた記憶が蘇ってくる。
そんな二人がダンジョン創造の見学だそうだ。
「うん、いいよ! 二人共こっちにおいでよ」
「はい、お久しぶりです、創可さん」と紡、「ちゃ~す、創可お兄ちゃん」と糾が挨拶してくる。
俺も「おう、久しいな、これから世話になる、二人とも宜しくな」と挨拶を返す。
二人は涼葉の元へと集まり、何処に入口を作るかを相談し始める。
ダンジョンを創るには何も本当に穴を掘って作る訳ではなく、入口さえ作ってしまえば内容は別次元に作られるらしい。
ダンジョンの入口とはすなわち、別次元の出入り口であり、こちらとあちらを繋ぐゲートでもあるそうだ。そう言えば、師匠もパラレルワールドと繋がっているって言っていたな。
三人娘はあ~でもない、こ~でもないと相談している。
こうしてみると三姉妹のように仲が良いな。涼葉も一人っ子だったからか姉妹みたいで嬉しいのだろう。
入口を決めるだけで何故盛り上れるのか不思議だが、ここは黙って見守ることにした。
「うん決めた! ここに創るよッ!」
涼葉は階段とは反対方向の壁を指差し声を上げた。
「じゃあいくよッ! ええぇいッ!」
涼葉の可愛らしい掛け声とともに、予定していた壁が光を放つ。
暫く光り輝いていた場所はやがて薄れていき、ポッカリと大口を開けたダンジョン入口が出来上がった。
「きゃあぁ~」と黄色い叫びが娘っ子達から上がり、飛び跳ねて涼葉と喜び合っている。
問題の中身なんだが、入ってみて分かった、これは異界だと。
地球にはない独特の景色、只だだっ広い空間にヒカリゴケの如く光を放つ岩が大小幾つも存在する。
ここまではいい、だが、その岩は宙にプカプカと浮き、淡く光る液体を滴らせている。地面に落ちた液体は小さな水溜まりとなり、ある程度溜まると地面に吸収されて消えてしまう。そんな事を繰り返している。
「わっ、涼葉ちゃん、あそこ地面が盛り上がってきたよ」
糾が指差す方向を見ると、盛り上がってきた地面は次第に“水中の気泡が水面へと浮かぶ”ように、一塊の岩が宙へと浮かび上がった。岩が地面から産れた瞬間だったのだろう。
産れた岩は中空で止まると光を放ち、液体を滲ませ潤い始めた。
そうなると、古い岩はどうなるのか気になってくる。このまま増え続ければ、いずれここは岩だらけの空間になってしまう。
そう思っていると、一つの岩に亀裂が走った。その亀裂は岩全体に広がり、最後には岩を砕いてしまう。
突如砕けた岩の中からは一匹の小さな生命が誕生していた。
その生命は小さな手のひらサイズのトカゲ、それも背中に小さな翼を持つトカゲだった。
「かわいい」
今度は紡が呟いた。
かわいい? 今日の女子は爬虫類を愛でるのだろうか?
「わあ、ドラゴンの赤ちゃんかな? 翼が生えてるんだよ!」
ドラゴン? じゃあ、あの宙に浮く岩は竜の卵って事なのか?
そのドラゴンは涼葉の両手にチョコンと乗り涼葉を見上げ頬ずりしている。
「わあ、私にも触らせて涼葉ちゃんッ!」
「あ、私もお願いします」
女子たちはドラゴン?に夢中のようだ。三人で囲って撫でまわしている。
この師匠宅には動物が多い。昔師匠に聞いた話では、セフィーさんや娘さん達が動物好きで飼い始めたらしい。
「ねぇねぇ涼葉ちゃん、この子の名前はどうするの?」
「う~ん、名前かぁ~、どうしようかな?」
「餌は昆虫でしょうか?」
はしゃいでいる女子三人衆から少し離れた場所で考える。
師匠は近くのダンジョンからは固定された魔物が出現している様な事を言っていた。
涼葉のダンジョンはドラゴンを中心に呼び出されていくのだろうか?
パラレルワールドから呼び出すと言っていたが、あれはこの場で産れ出てきた存在だ。呼び出されたモノとは別扱いなのだろうか?
疑問の答えを探してうんうん唸りながら考えていると、直ぐ隣から声が掛った。
「アレは間違いなくドラゴンだぎゃ。とんでもないダンジョンを創ってしまったもんだぎゃ」
「お、お前は変異体のゴブリンッ!」
俺の隣で俺と同じように女子たちを眺める肌色をした変異体ゴブリン。
先日俺をボコボコにしてくれた張本人だ。涼葉から話は聞いている、テイムしたとか何とか。
正直ゾッとしないが、今は味方だと呑み込んでおこう。
「ぎゃ、そう身構えるなだぎゃ。それに名前貰ったぎゃよ、我はホワィだぎゃ」
ホワィ? なぜ? いや、ホワイトのホワイか。涼葉のネーミングセンスに疑問を覚えるな。
「ホワィお前、何か知ってるのか? ダンジョンは特定の魔物を排出する機関ってことだよな? じゃあ、ここはドラゴンを排出するダンジョンなのか?」
「ダンジョンコアには意志があるぎゃ。意志が有るなら選り好みするだぎゃよ。別に固定されて呼び出すわけじゃなく、単純にコアの趣味だぎゃ。だぎゃ、呼び出しやすい魔物とそうでない魔物が居るとは聞いたことがあるだぎゃね」
なるほど、ダンジョンによって呼び出しやすい魔物が異なるのだろう。選り好みと言っているが、呼び出し易い魔物なら多く呼び出せ戦力となる。
戦力を増やせばコアは成長し、ダンジョンを拡張出来るってことだな。
「本来のダンジョンは呼び出すだけの機関だぎゃ。だぎゃ、このダンジョンはドラゴンを産み出したぎゃよ。魔物は瘴気溜まりから産れるだぎゃ。確かにダンジョンは瘴気を貯めやすいだぎゃ、ぎゃ、このダンジョンに瘴気が皆無だぎゃ。これは異常だぎゃよ。ここはドラゴンの母胎となってるだぎゃ」
呼び出すだけの機関であったダンジョンが、新たな生命を誕生させたことが異常だと言う。
涼葉の創ったダンジョンは特別製だとわり切ろう。
「なるほど、この雫が餌になるんですね。母乳替わりでしょうか?」
「そうみたいだね。ふひひっ、それより、この子の名前、お父さんに付けて貰うのはどうかな?」
「え? 師匠に? なんで?」
何故か糾が師匠に名付けを頼むと言い出した。紡は紡でうんうんと頷いている。
馬にホスと名付ける師匠のネーミングセンスも疑問なんだが? どうして急に師匠が出てきたのだろうか?
「う~ん、でも、創ちゃんと相談して付けようと思ってるんだよ。でも、どうして師匠なの?」
「ふふふ、お父さんに名前を付けられた者は強くなるんだよッ!」
何を言ってるんだか、ジンクスか?
「うん、燿子さんもその内の一人だよ」
妖狐に燿子と名付けた師匠はどうかしている。
「う~ん、名前は少し考えさせてくれるかな? 少し考えてみるんだよ」
「「うん」」
名前は一先ず保留となったみたいだな。
「さて、下の階層も作ってみようかな? アレ? アイコンが点滅してるんだよ」
え? 俺のは点滅していない。
おそらくは涼葉のコアとしてのミッションか何かだろう。
「ええっと、
『ダンジョンコアミッション発生。ダンジョンを三階層創造せよ。
報酬・ダンジョンコアポイント+1000
ダンジョンコアミッション発生。
ダンジョンコアポイントを消費し特殊召還を実行せよ。
報酬・ダンジョン宝物庫 ダンジョンコアポイント+300』
だって」
前に教えてもらった説明では、コアは無限のエネルギーを持っており、それを使って魔物や宝物、罠等を召還するとか言っていた。だが、今回はポイントを消費して特殊な何かを召還できるらしい。
本来エネルギーで召喚される物よりも強力な何かってことだろうな。
「う~ん、取り敢えず下の階層を創ろうと思うんだよ」
これまた三人娘聚が話し合って階下に繋がる階段を何処に作るかを相談している。
決まれば行動は早く、気づけば三階層まで出来上がっていた。
二階層は広い通路ではあるが迷宮となり、三階層は一階とほぼ同じ広い空間になっている。違うのは壁に立派な扉が二つある事だろう。
一つの扉を開けばそこは宝物庫となっていた。無数の大きな棚や、台なんかも有りいかにもって感じだが、肝心の宝物が一切ない!
まぁ、それは仕方がないことだろう。何せ宝なんて元々持っていなかったんだから。
もう一つの扉を開けると、そこは玉座の間になっていた。奥に凄く仰々しい玉座が鎮座しているんだ。と言っても他には何もない。柱が整列しているぐらいだ。
「う~ん、ここからポイントを使って召喚かぁ」
「何を召還するの?」「どんなものが召喚できるの?」紡と糾が涼葉に詰め寄る。
「ちょっと待ってよ。どれどれ~、あっ、これなんてどうかな? 【魔物達の餌場】だってッ! 本当は、コアからエネルギーが供給されて食べなくても大丈夫らしいんだけど、【魔物達の餌場】が有ればコアが居なくても生きていけるらしいんだよ! 少しポイントが多いけどね」
【魔物達の餌場】は消費ポイントが4000らしく、今持っているポイントの全てを使ってしまうらしい。
それでも涼葉は「やすい物だよ」と実行した。
産れたドラゴンや、これから呼び出す魔物達の為に何の躊躇いもなく餌場を創った。
一度に創れる餌場は一つだけらしく、取り敢えずは三階層に創ったらしい。
玉座の場を出て確認に向かう。と、確かに広場の一角に広いスペースを使った餌場が出来上がっていた。
そこには色とりどりの食べ物が並び、地球では見た事も無いような果物や野菜まであった。
これ、人間が食べても大丈夫なんだろうか?
「うん、これでこの子も大丈夫かな」
頭の上に乗っかっていたドラゴンのことだろう。
ドラゴンは嬉しそうに翼をはためかせ飛び立ち、餌へと喰らいつく。
「ぎゃ、じゃ我も頂くだぎゃ」
ホワィが骨付き肉にかぶり付いた。
驚くことに、食べ終えた食材は即時補充された、ボワンッと再び現れたのだ。
これは食糧難になっても食っていけるぞ。
因みにリョカも涼葉の影から飛び出し飯にあり付いている。
食事を終えたドラゴンとホワィは涼葉の傍を離れず、涼葉はダンジョンの改造をすると言ってこの場に残るそうだ。
リョカはホスの元へと駆けて行った。どうやらこの二匹はデキてるらしいと涼葉がふひひっと笑いながら言っていた。
俺は涼葉を残しダンジョンを出て、修練所で鍛錬する事にした。
紡と糾が付き合ってくれると言うので手合わせを願ったら、ボコボコにされたのは言うまでもなかったか。
………………くそっ!