修行3
鬼人親子と森の中、システム停止の告知を受け休憩することなく徹夜まで修行を続けた。
既に時は明け方、直ぐにでもシステムは停止されるかも知れない。いや、もしかしたら既に停止してるかも知れない。今の俺達は自力でシステム封印しているから詳細が分からない。
今では大方停止前に取得していた魔術以外のスキルを地でモノにできていた。
「おう、大分様になってきたな。この調子で新たな技能も習得してしまえよ」
フィカスの奴、気軽に言ってくれる。
システムの補佐が有るなら兎も角、技能の習得など一朝一夕で出来るものじゃないだろ。
「簡単に言うなよ。そういうもんは長い時間を掛けてモノにしてくもんだろが」
俺が文句を垂れるとバルサムも賛同してくれた。
「その通りだフィカス、簡単に身に着けたモノなど頼りにならないと知っているだろう?」
「そうだけどよ、なんにでも最初は存在するもんだろ? 今は取っ掛かりでもいいから多芸を修めるのも悪かねぇ。そっから必要なもんを育ててきゃいいんじゃねぇのか?」
この先何があるか分からない、一理あるか。いやでも、多芸は無芸とも言うしなぁ。
「時間があるならそれでも良いが、人の命は短い。多くを求めれば極める時間などあるまい。多芸を修めるよりも一芸を極められよ」
バルサムは目を閉じてうんうんと頷きながら言っている。
俺はあれやこれやと出来るほど器用じゃないからな。
俺に出来るのはコイツだけだ。と、刀を握り締める。
「ちぇ、この先何が起こるか分からねぇからよ、臨機応変に対応できる能力は必要だと思ったんだよ」
「創可殿は一人じゃない。仲間が足りない部分を補えばいい。現に涼葉殿が空を飛ぶ修行中だろ」
うむ、確かに一人で何もかもをやらなくても良い。仲間達が補い合えば多芸を修める必要もないな。
ふと思う、涼葉の修行は上手くいってるんだろうか?
俺が涼葉の顔を思い出した時、
『あ~あ~、テスマイテスマイ、創ちゃん創ちゃん、今直ぐに返事をくれたらボクの立派なお胸を揉ませてあげても良いよ~♡』
「ぬぉおッ! なんだ、何事だ!?」
涼葉の声が脳内に響く。ってか、なんてことを言ってるんだアイツ!
「おまえこそ何事だよ!?」
思わず叫んでしまい、辺りをキョロキョロと見渡すが涼葉の姿は何処にも見当たらない。そんな俺にフィカスの奴がツッコミを入れる。
「どうした創可殿?」
「い、いや、頭の中で涼葉の声が……」
『創ちゃん慌てないで。ボクは今、念話の実験をしてるんだよ』
念話? 距離が離れていてもお互い意思疎通が可能だってことか?
「念話って? システムは停止してるんじゃないのか?」
『うん、今はシステム上のスキルは使えないんだよ。でも、システムが無くてもできることはあるんだよ?』
ああ、涼葉も俺達と同じことをしているのか。システムが使えない状態で今まで習得したものを使えるようにと。
でも、念話なんて涼葉は持っていなかったよな?
「ふむ念話か、便利なものだ。確か涼葉殿には神獣様が付いていたな。ならば我等と似通った修行内容でも可笑しくはないか」
「けっ、神獣様に鍛えてもらえて羨ましい限りだぜ。俺ももっと鍛えて欲しいとこだ」
そういやこいつ等は俺達が不在の時に燿子さんに鍛えられてたんだっけ。
『これはテストだったんだけど、丁度良いから報告しとくよ。他の二人とも繋ぐね』
涼葉はフィカスとバルサムにも念話を繋げて話し始める。
涼葉が言うには魔物達に動きがあったらしい。
ダンジョンや森に潜んでいた魔物達が獲物を求めて街跡にまで移動を開始したようだ。
街は既に機能していないのでそこには人はいない。と言うよりも基本的に街の建造物を利用して拠点は作られることが多い。つまり街の一点に人口が集中していることになる。
拠点まで魔物が入り込んでくるのは非常にマズい。
今の人間にはシステムの補佐がない、魔物の群れに対抗できるとは考えにくい。
俺達のように元から戦える者は非常に少ないだろう。それはこの世界には戦うための闘争心が欠落していた過去があるため、戦う技術がないからだ。
戦争など書物の中だけ、世界が保有している兵器などない魔物の一掃は不可能。
俺や涼葉のように武術を習う者も居るかも知れないが、それはあくまでも趣味のレベルを超えないだろう。本格的に学んでいた俺達は、師に恵まれていたと言わざるを得ない。
殆どの者が戦うこともできずに魔物の餌食となる。
多少の力を持っていたところで、個々の力など群れの前では無力だ。師匠のようにアホみたいな力を持っていればまた話は変わってくるが。
学校の部活などで剣道や弓道などの戦う術を少しでも学んでいる者はマシな方だろう。彼等が防衛のキーマンになるかもしれない。
「そりゃやべぇな。だがよ、今までシステムのお陰で少しは戦い方ってのを学んでんじゃねぇのか?」
「その通りだ。この期に及んで護られるだけだった連中は間引かれるだろうな」
『それでも魔物は脅威なんだよ。人間はそんなに強くないから、当然のように使えた力が突然使え無くなれば混乱の極みなんだよ』
「ふむ、確かに混乱は避けられないか?」
「そうだな、けど全く戦えなかった以前よりかはマシだと思うぞ」
鬼人親子がブツブツと相談し出した。
「ふむ、助けに行くのも良いか。我等の姿を見れば混乱するやもしれんが」
「いや、それよりもシステムがダウンしている今の内に天空ダンジョンを攻略しちまおうぜ。どの道犠牲は出るんだしよ。俺達なら可能じゃね?」
「それはどうか? 確かに全域をカバーできるものではないなら元凶の一つを討つのも悪くはない」
「人間共の方は女神家の連中がどうにかしちまうだろうぜ」
「う、うむ、あの者達はどうなってるんだ? システムの恩恵が無いと言うのに我等よりも確実に強者だ」
「考えるだけ無駄だぜ親父。ありゃ神とか超越者とかそういうレベルのバケモンだ」
「神獣様も従ってるわけだしな。悪魔であるルシファー殿も大人しく従っているのはどういうことなのか?」
「親父、話がズレてるぜ。俺達の今後はどうするんだよ」
「おっとそうだったな。助けに向かうか、或は天空ダンジョンに挑むか?」
何故だか二人だけで話を進めているな。人間である俺達は話に交らなくていいのか? いや、よくない!
「俺としては助けに向かいたいんだが、根本的に解決するにはダンジョンを攻略した方がいいのかもしれない」
「いや、天空ダンジョンを攻略しても根本的な解決には至らないぜ。完全に解決するには全てのダンジョンを攻略するか、神に責任を取らせ俺達魔物全てを元の世界に送還させるかの二択だろう」
全世界のダンジョンを攻略するのはいくら何でも不可能だ。この国だけのダンジョンだってそうだ、数すら把握できないのに攻略なんて出来るわけない。
神に責任を取らせるのもまず不可能だと言って良いだろう。
俺は神を知らないが、そもそも話して送還してくれるなら端からこんな事はしなかっただろう。
『ところで、どうしてフィカス達はボクたち人間に協力してくれてるのかな?』
あれこれ考えていると涼葉がそんなことを言い出した。言われてみればどうしてだ?
彼等とは天一翔奏との戦闘で共闘したが、その後も普通に女神家に居ついている。
己を鍛えるついでだと思うが、俺の修行にも付き合ってくれている。それどころか今は見ず知らずの人間を助ける為に救助に向かうか、それとも天空ダンジョンを攻略するかで悩んでもくれている。
本来彼等は俺達の敵だった筈だ。助けるどころか喰らう側の魔物なんだ、それが何故……
「けっ、今更かよ。お前達だって俺を助けただろうが」
初めてフィカスと会ったのは、敵としてダンジョンでだった。
俺も涼葉もフィカス達の仲間であるサフィニアとミルトニアを討伐している。そのことに対して思う所が無い筈がない。
神獣がいるから、つまり燿子さんの存在に圧されて女神家へと来た筈だ。
その後も燿子さんに鍛えられ、なあなあと居付いている。
……あれ? 燿子さんが抱き込んだ形になってる!
「俺は【ダンジョンマスター】だったからよ。涼葉のダンジョンの護り手として宛がわれてんだよ」
『え? それ、初耳なんだけど……』
そう言えば前にフィカスのロールだかジョブが【ダンジョンマスター】だってのは聞いた覚えがあるようなないような……、
「あぁん? 知らねぇってお前のダンジョンだろうが。神獣様に俺がダンジョンの守護を任されたの聞いてねぇのかよ!? だから俺はお前の味方って理由だ」
「おいフィカス、ダンジョンマスターってそんな簡単に指名できるものなのか? ってか他人が任命できるものなのか?」
『そ、そうだよ。マスターはコアが指名するものなんじゃないの?』
「けぇ、これだから素人はよ。ダンジョンマスターってのはそのダンジョンで最も強力な魔物って称号に過ぎねぇんだよ。神獣様はお前のダンジョンで最強になれって俺に言ったってこった」
『ええ、じゃあ出てきちゃダメじゃん』
「いちいちうるせぇな。そもそもお前が細かなルールを作ってねぇから出入りが自由なんだよ。そんぐらい知っとけ」
「涼葉殿、ダンジョンマスターとはダンジョン内で最も力強き者で、コアを護るために行動する者のことを言う。コアはその者をルールによって縛り己を守護させる駒とする。しかし、涼葉殿のダンジョンではコアその物が外へと出てしまっている。涼葉殿自身がコアだから仕方がない。故にマスターも外にでてコアを護る必要が出てくる。マスターを縛るルールは逆効果となるだろう」
『ふ~んって、ルールなんて作れるの?』
「当たり前だろう。ダンジョン内のルールはコアが作り管理してんだぞ。俺達の居たダンジョンじゃあコアは外へ出るどころか上層へ行くのも禁止されてたんだぞ」
「ふむ、確かに鬼が来てマスターから外されてからは自由に動けるようになったな」
鬼人のダンジョンでは元々のマスターはバルサムだったらしいが、鬼が召喚されてからはマスターではなくなったらしい。その鬼も紡と糾が倒してしまったがな。
「じゃあマスターは外出禁止だと涼葉が決めたらフィカスは外に出れないのか?」
「そうなるな。マスターはコアを護る者だから普通は外に出さず護ることに専念させる。尤も、涼葉の奴のダンジョンは防衛に関しては申し分ない場所に創られてるから俺が居なくても問題は無いだろう。中に居ればの話だがな」
『うん、そうだね。むしろ外で動いて貰った方が都合が良いや。 いつの間にかフィカス達がボクのダンジョンモンスター扱いになってるけど、フィカス達はこのまま今まで通りってことで』
「おう、じゃあこのままでいいな。で、これからどうするんだ?」
「拠点の援護に行くか、天空ダンジョンを攻略しに行くかだな」
『うぅ、ボクとしては援護に行きたいんだよ。今のままじゃ天空ダンジョンの魔物に対抗できる飛行力を持ってないからね。ボクは修行がてらこのまま空からピンチになってる拠点を助けて回ろうと思ってるんだよ』
「じゃ決まりだな。機動力の要が居ないんじゃ天空ダンジョンには挑めねぇ。俺達も拠点を回ってく。ってか俺はお前を護らにゃならんから着いてくぞ」
『え』
「この辺りに拠点はない。少し遠出をすることになるな。フィカスが涼葉殿と行くなら私は創可殿と行こう」
「おそらく勇者達もそうするだろうな。合流するか?」
「いや、それぞれ別れた方が都合が良い。このまま行こう」
こうして俺達はバラバラに拠点の援護に向かうことになった。
足を入手しようと一度道場へと戻る。涼葉と合流してリョカの分身体を作ってもらい遠くの拠点を目指して動き出す。
既に動いているのか女神家の一家はセフィーさんしか居なかった。
あの人達が動いているのなら俺達の出番は既に無いのかも知れない。それでもただ己の為の修練を続ける気にはなれず道場を出る。
なに、たった三日間の防衛だ何とかなると思おう。そう信じよう。
何事も無く終わってくれることを祈っておこう、何事も起こりませんように!