相談
剣南創可らがダンジョンから抜け出し、鳥田へ帰還したのは明け方過ぎの事だった。
彼等は疲れた身体を休ませる事もなく鳥田へと急ぎ帰還した。今は城門の前にまで来ていた。
「ふぅ、やっと着いたぜ。勇者様御一行のご帰還だってのに誰も迎えに来ねぇのな」
「まぁいつ帰るかも分からんだろうし、それは仕方がないだろうな。しかし、見張りの一人もいないのはどうかと思うが?」
鳥田の防壁の外側は余りにも静かだった。
鳥田へと攻め入った盗賊達の遺体は、大きな穴を掘り燃やしたような形跡が伺える。しかし、結界に阻まれ攻め入れなかった魔物の姿は一体たりとも確認が取れない。魔物達は結界を嫌い他所へと流れて行っていたからだ。
だが、どれ程忙しく疲れていようと見張り一人置かないのは危険極まりない。
聖女の結界には欠陥があるからだ。それは、魔物は阻めても盗賊のような人間には効果を示さないということだ。
結界が効かないのなら見張りを立てるのが常識、それを怠っている今の鳥田に不安を感じる。
反町燦翔の死もティリイスの撤退も知る由のない鳥田の人達が警戒心を解いているは不可解だ。
「何かあったのでしょうか? 門番一人居ないのはおかしいです! それに、破壊された防壁も修理してないし、放置するなんて異常事態ですよ」
「そうだな、早く入ろうぜ! 戦闘の気配はないがトラブルが有ったのかもしれない」
魔物の気配も、戦闘音もしない静かな鳥田に、不気味なモノを感じる一行は走り出す。
しかし、気を失っている隆成を背負う文月だけは何処吹く風かと堂々と歩いて入って行った。
先頭を走る恋鞠が仲間の一人を見つけるに時間は掛からなかった。
「居たっ、龍護何かあったの!? 見張りの一人も居ないんだけど」
「お、恋鞠帰ったのか、お帰り。見張りのことは心配するな、実は美織さんの【聖域】スキルが進化して害意を持つ人間も防げるようになったんだよ。だから無理して見張りを置く必要がなくなったんだ。それより、無事だな、怪我は無かったか?」
「うん、私は大丈夫、けど凄いね、進化したんだ。……他の皆は? なんで誰も居ないの? 何かあったの? 茉子は無事? 貴方が落ち着いてるから無事なのかな?」
心配からか矢継ぎ早に言葉を連ねる恋鞠に、少し困った様な表情を見せる龍護。
「いや、……それなんだが、あのな……」
何と言って良いか分からず言い淀む龍護の背後からマーシャルが顔を出し恋鞠に答える。
「お帰り恋鞠、皆。ちょっと凄い物が見つかったんだよ。ちょっと来てくれないか」
「え、何があったの? みんなは無事なの?」
「ああ、誰かに何かあった訳じゃないから安心してくれ。兎に角来てくれれば分かるよ」
文月と隆成を欠いた一行がマーシャルと龍護に先導され、ある建物の前へとやって来た。
「あれ? ここって青木さんの占い館だよね?」
青木とは、鳥田で占い師を生業にしてきた魔女だ。
昨日、彼女は何者かによって殺害された。
鳥田では殺害した犯人は反町燦翔だと考えているが未だその証拠は見つかっていない。
魔女と呼ばれた彼女だが、鳥田の人達の支柱となる存在であり、恋鞠達も彼女の助言には世話になっていた。故に彼女を悼みはしたが、葬儀を執り行うほどの暇はなく遺体は今も医療施設に保管されている。
遺体の保管は魔術師である白崎賢人が凍らせ冷凍保存している。
「ああそうだ。青木さんな、実は可成りヤバイ奴だったみたいでよ、地下から大変なモノが見つかったんだよ」
建物の中に入ると人がごった返し、奥に進むには群がる人々を掻き分ける必要があった。
占いの館は大きな造りで出来ており、鳥田の生き残り50余名が入館可能だ。しかし、それでも限界はあり可成りの手狭だ。
「と、通して下さい。マ、マーシャル、大変なモノってなに?」
「どいてくれ、……それは実際に見て欲しい。地下だ」
恋鞠が龍護やマーシャルと話しながら地下への階段を降りていくと、一つの大きな扉が目の前に現れた。
中に入り真っ先に目に入るのは目も眩む程の金銀財宝の輝きだった。
財宝は丁寧に棚に並べられ、大切に保管してあるようだった。
地下は立入禁止措置を施しているため大勢の人達が降りてくることはない。
広い宝の部屋に入ると、茉子と賢人、美織の三人だけが居た。
更に恋鞠、龍護、マーシャルに創可、涼葉、優斗が入室する。それでも広さを感じる程広大な地下部屋に不審な気配を感じる一行だった。
「な、何この部屋、青木さん家の地下にこんな広い部屋があるなんて知らなかったよ。なんなのこの宝の数々?」
驚きの声を上げた恋鞠に気づいた者達が一斉に振り向く。
最初に声を掛けたのは賢人だった。
「恋鞠お帰り。怪我は無かった?」
賢人を見ずに光り輝くお宝に目をやりながら「うん、ありがとう」と答える恋鞠。
「あ、こまりん、無事でよかったよぉ。それよりも見てよコレッ!」
茉子は大袈裟に両手を広げてクルリと回転して言った。
「うおっ、スゲェなこいつぁ」
「ああ、これは確かに凄い」
続いて優斗達も驚きの声を上げ創可が同意する。その声に美織が反応を示した。
「優斗どうだった? 怪我は無い? 無事ミッションはクリアできたの?」
「おう美織心配かけたな、俺は大丈夫だ。が、隆成がなって、隆成はどうした?」
「あれ? 師匠も居ないんだよ?」
「え、隆成君どうかしたの? ちょっと、彼は無事なの?」
後ろに着いて来ているものだとばかり思っていた人物が居ない。
心配する一同に、細かな説明は省き大まかに説明をする優斗達。
「ま、師匠が一緒だから大丈夫だろう、彼は師匠に任せよう」
文月に対して絶対的な信頼を寄せる創可は心配する素振りを見せなかった。
が、他の者達はそうはいかない。……と思いきや、文月を知る者は「それもそうだな」と納得してしまった。
彼等は本能的に文月の異常さに気づいているからだ。文月は人の枠では収まらない何かなのだと。
不思議な事に文月に任せたのなら河合隆成は無事なんだと自然と思ってしまう、心配はいらないと納得してしまう。実はこれはとても危険なことだが、誰一人その事を気にも留めずに話を進めていく。
「それよりもこれは……」
「うん、お宝だけじゃないんだよ。何に使うのかなこの手の……干物?」
涼葉が持ち上げたのは干乾びた何かの動物の腕のようだった。
「おう、それは猿の手だな。にしても凄いなこの部屋、財宝だけじゃなく呪物も多い」
皆の背後からぬるぅっと現れた文月が部屋を見渡して言う。
「ひゃうっ!」と驚きの声を上げ跳び上がる女性陣を無視して、唯一女性陣の中で驚かなかった涼葉が言う。
「あっ、師匠どこ行ってたの、遅いんだよッ!」
「師匠、隆成は?」
創可が文月の背に何も背負われていないのに気づき師に問う。
「彼は医療室っぽい所に寝かせてきたよ。無理矢理スキルを埋め込まれたんだ、暫くは目を覚まさないよ」
「そうですか。後で様子を見てきます」
「師匠、呪物って何かな?」
呪物とは超自然的な呪力を以て人に禍福をもたらす物。神聖視され崇拝の対象にもなる物もある。
種類は様々あり、護符や呪符、楊の枝や絵馬などもその一種に数えられることがある。
「因みにその猿の手は、伸びた指の数だけ願いを叶えてくれると言われているが、その反面同等の災いをももたらすとも言われている。余り触らん方がいいぞ涼葉」
「うぇ」
パッと手を放す涼葉を見て創可が心配そうに声を掛ける。
「涼葉、あまりその辺の物を弄らない方がいいぞ」
「う、うん、そうするよ」
そこで龍護が恋鞠に向かって素朴な疑問を口にする。
「なあ、あのあんちゃんは誰なんだ? 師匠とか呼ばれているが」
文月は誰よりも歳を取っているが、見た目は若く実年齢を言い当てられる人物は居ないだろう。
龍護の質問に頷きながら茉子と賢人も恋鞠に問う。
「うんうん、それ気になるよね? しれっと居るけど誰なのこまりん?」
「さっきの話の最後に出てきた人だよね? 恋鞠も知ってる人なの?」
仲間の疑問にどう答えようかと考えを巡らせる恋鞠だが、その問いに答えたのは恋鞠ではなく美織だった。
「彼はね、創可さんと涼葉ちゃんのお師匠様なの。名前は女神文月って言いって凄く強いのよ。私や優斗もお世話になってる人よ。間違っても喧嘩を売らないようにね」
「へぇー、涼葉ちゃん達の師匠なんだ。こまりんよりも強いの?」
「私じゃ足元にも及ばないよ。そんな事よりも、なんで青木さんの家にこんな財宝や呪物があるの? 青木さんが占い師だったから集めてたのかな?」
今度は恋鞠が疑問を口にする。これに答えたのは部外者である筈の文月だった。
「曰く付きの代物がチラホラ混じっているようだな。占い師だったなら客から預かった、もしくは押し付けられたのかもな、所々から霊威を感じる。もしかしてこの部屋は封印されてたんじゃないのか?」
文月が龍護を見て言う。
「ああ、確かに扉には大きな札が張られてたな。言われてみれば封印されてたのかも知れない。茉子が扉を見つけて剥がしちまったが……」
「だ、だって、今にも剥がれ落ちそうだったからつい、……ごめんなさい」
「いや、既に剥がれ落ちそうになっていたのなら剥がしてしまった方が良い。中途半端が一番厄介だからな。封印し直せば良いだけの話だ」
「ほ、ほらぁ、剥がしてよかったじゃん龍護!」「たまたまだろ」と、恋人同士の会話が聞こえる。
「ですが師匠、霊威を感じるとなると直ぐにでも再封印した方が良いんじゃないですか?」
「ん? そうでもないぞ。有用なら貰ってしまえば良い。ほれ、そこのラビットフットは幸運の御守りとして人気だぞ」
文月の指差す先には兎の後ろ足をストラップにした御守りがあった。
「諸説あるが、兎の後ろ足は前足を追い越して進む事から縁起物として扱われる。他にも多産であることや地下に穴を掘って暮らす事から聖霊と交流してるだとか言われてるな」
生々しい話では、トラバサミに捕らわれても足だけ残して生き延びることから、生命の象徴ともされている。
そんな兎の足を見詰めながら優斗と美織が話し合っている。
「幸運の御守りだってよ。持っとけば何かの役に立つかもしれねぇぞ?」
「うぅ、私はいいわ、本物の兎の足なんでしょ?」
美織には本物の兎の足は合わなかったようだ。
「他にも色々とあるから見繕ってみるといい。無闇には触らないようにな、質問があれば俺が答えよう」
と、文月。
この部屋には、猿の手、兎の足、髪の伸びる人形や動きだす人形、曰く付きの宝石類、三角の形をした鉄板、妖刀や邪剣の類に血に塗れた鎧や盾など様々な呪物が治められている。珍しいものでは、血を吸った砂が入った小袋なんかもあるようだ。
説明なくして意味が分からない物が沢山並べられていた。
この場に文月のように呪物の知識に長けた者がいたのは幸運だっただろう。
「ねぇ、お兄さん。これはなに? どんな効果があるのか教えてくれない?」
茉子が指差すのは手のひらサイズの三角形をした鉄の板だった。
「ほう、それに目を付けるか。三角とはスピリチュアルの象徴であり、神聖なものだと考えられている。上向きでは上昇や成長、下向きで下降か地に定着することを意味する。
それぞれ三点を始まり、中間、終わりを表すとも言われ、不滅を封じる形だと考える者も居る。要はそれも御守りだと思えばいい、成長を促してくれるな。使い方ひとつで悪魔でも封じ込めるものでもある」
「へぇ~、いいねそれ。これ貰っちゃおうかな」
「おう、そうしろそうしろ」と返した文月に、今度は涼葉が声を掛けた。
「ねぇ師匠、ボクの剣折れちゃったから新しいのが欲しいんだけど、どれか良いのあるかな?」
「あの銀の剣、折れたのか。それで光忠を涼葉が振ってたのか」
文月が創可に託した燭台切光忠をダンジョンで会った時には涼葉が扱っていた。
それは創可が涼葉を素手で戦わす事を良しとせずに貸し与えたもので、今は創可の腰にぶら下がっている。
「だったら……、これなんかどうだ?」
文月が手に持ったのは一振りの妖刀。
細身の刀身は光をどことなく赤く反射し不気味さを漂わせる。
刃渡り60㎝程で反りは2㎝程、小柄な涼葉には丁度良いだろう。
「こいつは相当な数の魔物を喰らってるな、刀身から妖気が駄々洩れだ。漏れ出るのは未熟と言えるが、扱いに気を付ければ役に立つんじゃないのか? こいつを創可の等価交換で別の物に交換してもらうといい。光忠程じゃないが、これはこの場にあるどの刀剣よりも強力だ」
「わぁ~、創ちゃん良いかな?」
「ああ勿論だ、任せろ」
次に文月に声を掛けたのは恋鞠だった。
「あのぉ、あれは何なんでしょうか?」
恋鞠が指差したものは一つの手紙だった。
それは封を開けた形跡がなく、シーリングが破られたてはいなかった。つまり読まれていないのだ。
「ふむ、これは……、ははっ、こいつはこの館の持ち主が昔もらったラブレターだな。呪物じゃないよ」
「え、ええぇ、青木さん宛のラブレターッ!!」
「「「おおおっ!」」」
鳥田の面子から一斉に歓声が上がった。
「おいおいマジかよ、開けちまおうゼ」だとか「駄目だよ、本人が居ないのに」とか「青木さん、何で読まなかったんだ」とか「でも、大事に取ってあるんだね」とか楽しそうに話が盛り上がっている。
「特に力を感じる物でもないが、とても強い想いの籠った手紙だ。持ち主と一緒に埋葬してやれば良いんじゃないのか? 邪念と言う訳じゃないからな」
文月が手紙から感じ取ったものは、送り手の熱い思いと受け手の強い喜びと戸惑いだった。
彼女は手紙がラブレターであることに喜び、それでも封を開けなかった。それには何か深い事情があったのだろうと推測する文月。
「あれ? どうして青木さんが亡くなっていることを知ってるんですか?」
「そりゃ、この状況で本人が出て来ないならそうだと思うだろ?」
「う、それもそうか」
そんなやり取りがあり、皆がバラバラに欲しい物を探し出す。
それぞれがそれぞれ文月に質問を投げかけ、その全てに丁寧に応える文月。
暫くそんな事を繰り返し、皆が欲しい物を手にしていた。
その殆どが気休め程度のものだが、チラホラと目を剥く程の力を持つ呪物が紛れていた。
「優斗くん、君の持つその冠は余程の事がない限り頭に乗せるなよ。それ、装備した途端に理性が吹き飛ぶぞ。狂戦士化するから気を付けるように。あと、マーシャルくん、君のショルダーバックには骨が入っていると思うが、意志一つでそれらの霊を呼び寄せる。が、制御はできないからその積もりで。だが、その霊と仲良くできれば話は変わってくるな」
優斗の持つ冠は理性を対価に強力な強化を施す物だ。
嘗ての持ち主の無念が宿り、装着した者の理性を奪う冠。理性と同時に恐怖心まで奪うため、自ら危険に跳び込み外すまで戦い続ける狂気の装備品。
理性が働かない故に自ら外す事はできず、誰かに外してもらう必要がある。しかし、敵味方関係なく襲い掛かる狂戦士と化すために外す側は命懸けの危険な行為となる。
自己防衛本能すら失われる危険な代物だが、施される強化は魔術やスキルの比ではなく強力だ。
マーシャルの選んだものは小さなショルダーバック。
その中には小さな骨が数本入っており、使用者が助けを求めると霊として召喚される。しかし、召還された霊に対して使用者には命令権はなく、霊は自らの意志で動く。助けてくれるかは彼等との信頼関係次第だということだ。
涼葉は先程の無銘の妖刀と砂袋、創可は兎の足、美織は耳飾りと指輪(これはただの装飾品)だ。
賢人は水晶玉、茉子は三角の鉄板とダイヤの首飾り、龍護は小刀を選んだ。
「結局ラビットフットは創可が持ったか。よし、じゃあ残った物はどうする? このまま封印してしまうか、それとも上の連中にも配るか?」
文月の問に恋鞠が答えた。
「どれかおすすめの品は有りますか? もし有用な物が有れば皆にも配りたいと思います」
「ああ、呪物は危険が伴うから素人が扱うのは避けた方が良いな。ただの装飾品や宝石類は配っても良いんじゃないのか?」
この場には通常のお宝も収められている。元の持ち主が勘違いや思い込みで青木に預けたものだと思われる。貰い手に拒否感がないのであれば配るのも良いだろう。
「分かりました、そうします。もし良ければ見繕ってもらえませんか?」
「おそらく青木嬢は霊媒師的な立ち位置に居たんだろう。これらは元の持ち主の周りに不幸があり、それをこれらの物品の所為にすることで心の安寧を図ったんだろう。青木嬢に預けることで安心したかったんだろうな。これらには何の因果もなく、怨念や霊威といったものは感じない。つまり安全だ」
文月がパッパッと搔き集めた貴金属を見て息を呑む一同。
その数は可成りもので、鳥田の人達にとって一財産になるだろう。
今のこの世界に通貨は意味をなさず、基本的に自給自足であり物々交換だ。そのため金銀財宝は紙幣の山よりも遥かに価値が高い。
自給できない拠点は寂れ廃れる。
拠点は生産系のジョブを持つ者を確保することを防衛職と同等に重要視しており、人員の確保に躍起になる。時に奪い合いの戦争になることすらあった。
それでも自給できない物は必ずあり、そのような物は【行商人】のロールを持つ者を頼ることになる。
この鳥田にも、大規模拠点である時勇館にすら行商人はやって来ていた。
この財宝は行商人から物を交換するのに大いに役立つことだろう。
皆は安全な財宝を持ち部屋をでる。部屋の前で文月が扉に魔法を用いて封印を施す。
驚嘆の声が上がり、文月は質問攻めにあうがスルリと躱して創可に耳打ちする。
「創可、少し話があるから時間を作ってくれ」
「え、はい、分かりました」
文月は皆を宥めて階段を上がる。
階段を上がり皆が財宝を配って回る間に二人は館を抜け出し、誰にも邪魔されない場所を見つけて話をする。
「創可、妙だと思わないか? この世界にあれ程強力な呪物が在る筈がない」
「え? どいう事ですか?」
「あの場にあった呪物には、並々ならぬ怨念が込められている物が殆どだった。相当な不幸や恨みがなければアレ等は生まれないんだよ」
呪物は願いを叶えるための執念や、人を恨み呪う負の感情から作られる。
あの地下にあった呪物の品々にも勿論のこと、人の恨みや苦しみが込められていた。
「この世界の長い歴史の中に戦争は一度もない。それでもあれ程の恨みを宿した呪物が生まれるのはおかしい。特に三角の鉄板は悪魔を封じる為に造られたものだ。この平和だったセカンドアースに悪魔などいないのにだ」
大規模な争いはない平和な世界だが、それでも殺人などの犯罪は存在する。
しかし、単一の犯罪程度でこれ程の念が込められるものなのか? 文月の考えは否だった。
「となると、アレ等は地球からの流出品だと考えるのが妥当だろう。世界がこうなる前に地球とセカンドアースを行き来する者が居たのかも知れない」
「それはこうなる前からダンジョンが存在していたって事ですかッ!?」
ダンジョンコアこそが世界の壁に空いた穴であり、行き来するにはダンジョンコアが必要不可欠だ。
「いや、ダンジョンは二年前に産まれったのが最初だ、それは間違いない。ただ、ダンジョンを介さず世界を渡る力を持つ者が居たってことだ。それも、呪物などを持ち込む危険人物がな」
約2年前の大地震によりダンジョンが生まれ、魔物が徘徊してシステムが創られた。
その前にダンジョンが生まれていれば女神家の者達が気付かない筈もなく、世界の何処であろうとも対処していただろう。
「最近持ち込まれたってことはありませんか?」
「その可能性もあるが、少なくとも2年少々では施した封印が破れかけることはない筈だ。だが、2年前より更に前に青木嬢がこの土地に住んでいたとは考えにくい。彼女は占い師であり高校教師ではなかった筈だからな。なら、元々地下に封印されていたのだろう。その上に館を建てたと考えるのが普通だ」
青木の生業は占い師故にこの鳥田高等学校跡地に地下を持つ住居を持っている筈がない。
彼女は間違いなく大地震後にこの地に住居を得た。しかし、その時に呪物を封印したとしても、約2年程度で施した封印が破れかけることはない。逆に、下手糞な封印であれば2年も持たないだろう。
「では、ガチャを回して舘ごと得たとかはないですか? 訊けば彼女は占い師を生業にした魔女とのことです。魔女としてのミッションをクリアして報酬としてガチャを回したとか?」
「地下付きの館をか? それはないだろうな。呪物にしても一つ二つなら分かるが、あれ程の数ともなると考えにくい。なんにせよ気を付けておけよ、呪いの品を持ち込むような奴だ、世界を渡る力の持ち主が敵に回るかも知れん」
「は、はい」
「このことはまだ誰にも話さない方が良い。世界を渡る力を持っているってことは、お前達から見たら神にも等しく感じるだろうからな。ハッキリ言って魔王よりも遥かに厄介な相手だ、混乱を招く必要もないだろう」
「それ程なんですか?」
「できるだけ俺達で対処するが、万が一もあるから覚悟だけはしておけよ。涼葉には話してもいいが、他は駄目だぞ」
一抹の不安を残し内緒話を終えた二人が館の前まで戻ると、鳥田の人達がウキウキと表情豊かに散って行くところだった。お宝を受け取り上機嫌のようだ。
文月は用が有ると何処かへ行ってしまい、一人になった創可に涼葉が駆け寄ってくる。
「あ、居た! 創ちゃん、どこ行ってたの、師匠は?」
「悪いな涼葉、ちょっと男同士の内緒話だよ」
「えぇ、ボクには話してくれないの創ちゃん!」
「いや、後で二人だけの時に話すよ」
「え、二人だけ? ふふふぅ~」
「なんだよ涼葉、……その不気味な笑いは?」
「え、だって、二人きりなんだよ。二人きりになるのは随分と久しぶりなんだよ。……勿論ダンジョン内は除外なんだよ」
二人だけでダンジョンに潜ったのはつい昨日のことだ。
そして文月は、今度は恋鞠と二人きりで話をしていた。
「で、話ってのはなんだい?」
恋鞠は燦翔が亡くなった時に文月に相談があると耳打ちしていた。
それは彼女が内に秘める不安を、突如現れた非常識な強さを持つ文月に何とかして欲しいと考えたからだ。
彼女は瞬時に頼るべき人物を無意識に選びとっていた。その選択は決して間違ってはいないだろう。
「じ、実は私……」
言い淀むのを見て、文月は彼女の相談が厄介事だと直感する。
「わ、私進化したんです。進化先は【魔人】でした……。この拠点が魔物大群に襲われた時、怒りで頭が真っ白になって、種族が進化したんです、私は人間じゃなくなってしまったんです」
通常の進化では、その在り方を直ぐに実感できるものではないだろう。しかし、彼女の進化先は【魔人】であり魔を秘めるものだ、人の敵と見なされることが多い種族であり自身がそうならないとは保証できない。
「このことはまだ誰にも、仲間にも話してません。種族は既に人間ではなくなりましたが、心はまだ人間のままの積もりです。でも、この先も私は人として生きていけるのでしょうか? 仲間達と共に冒険ができるでしょうか? ……魔人として心を蝕まれるのでしょうか? 人としての心は失われていくのでしょうか? 不安で身動きが取れなくなりそうです……」
恋鞠は必至に声を絞り出す。
魔人になってしまったことで、自分が自分でいられなくなるのかと漠然な不安があると彼女は続ける。
彼女の中の不安は計り知れず、時間と共に心は重くなり思考は不安で塗りつぶされていく。
戦闘や、何か集中できるものがあれば気にせずにいられるのだが、常に集中状態を維持することなどできない。そんな時にドッと不安が押せ寄せるという。
「無責任なことは言えないが、君の在り様は人間そのものだ。他者を気付付ける存在になることを怖れるのは君が君で在ろうとするための人間らしさといえるだろう。たとえ種族が変わろうとも、君の本能まで変わってしまうものでもないよ。
俺の仲間には悪魔の代表格までいるが、皆と仲良くやっているぞ。だから、君も大丈夫だよ。今、その想いがあるのなら大丈夫、何も心配することはない」
「ええ? 悪魔の仲間?」
ルシファーは仲間というよりも配下に近いが、わざわざ教える必要もない。
「そ、悪魔だよ。それもただの悪魔じゃなく悪魔の中の悪魔なのだよ。彼の名は悪魔王サタン、またの名を堕天使ルシファー、彼は神に弓を引きながらも俺達に力を貸してくれている。な、悪魔でも人と仲良くできるんだ、魔人など大した問題じゃないよ」
言葉を一旦切り、優しく微笑み恋鞠を見る文月。
「君の仲間も君を拒絶することはないよ。さっき会ったばかりだが、彼等が君に向ける想いはとても優しく暖かいものだった。どうしても不安なら仲間達を頼ると良い。彼等ならちゃんと正面から受け止めてくれるだろう。
良い仲間を持ったね」
「あぅ、あ、有難う御座います。なんだか勇気が湧いてきました。それと、ごめんなさい。こんなことで時間を取らせてしまって……」
「気にすんなよ。苦しい時にこそ、周りに聴こえるように声を出しなさい。仲間ならその声を聞き逃すことはないから。恋鞠、君は少し仲間に対して遠慮しすぎなんだよ、もう少し周りを頼れば良い。俺には相談できただろ? だとしたら仲間にもできるよな?」
「は、はい! ありがとうございましたッ!」
元気よく礼を言って走って仲間の下へと向かう恋鞠。
その後ろ姿を見送る文月がポツリと呟く。
「【魔人】か、魔族と見なされなければいいが……」
魔族、それは種族を問わず神へと反逆する者の総称、つまりは神の敵である。
恋鞠は【魔人】であることで魔族判定を神から下される可能性があった。
魔人は魔族であることが多い。故に魔人と言うだけで魔族扱いされることは珍しいことではない。
魔人とは人を超越した魔力を持ち、人よりも優れた身体能力を持つ種族だ。
人間種族の魔族は神からすると身の回りを五月蠅く飛び回るハエ程度ものだが、魔人の魔族は我が身を刺さんとするハチとなる。
危機的な敵ではないが、油断すれば痛い目に遭いかねない相手と認識されている。
恋鞠が魔族認定されれば刺客を放たれる可能性すらある。
「いるな、フェニ」
虚空に向かって文月が呼びかけると、薄っすらと老人の姿が浮かび上がった。
「はっ、ここに」
老人は文月に向かい膝を折り首を垂れる。
声は聴く者の神経を逆撫でするかのような掠れたしわがれた声だった。
「彼女を――」
「ええ、分かっておりますとも。陰から御守りすれば良いのですね」
「頼む」
老人は一度深く首を垂れ、すくっと立ち上がり煙のように薄れ消えていった。