首都での会話
「はぁ、【傲慢・色欲の魔王】は取り逃がしたか」
この国の首都、その中心部にある大きな屋敷の一室で、二人の男が向かい合う形でソファーに腰掛けていた。その手元には資料の束が握られている。
その資料には魔王によってもたらされた被害の数々が記されていた。
遊撃部隊壊滅。剣魔混合部隊壊滅。第三守備隊全滅。
首都周囲三か所の拠点壊滅。尚、男衆が多数行方不明。
「遊撃、混合部隊は五割の、守備隊は三割を失ったか」
「隊長格が生き残ったのは不幸中の幸いだったっすよ。文月さんがもっと早く来てくれてたら良かったんですけどね。文月さんだったら楽勝だったんじゃないっすか?」
一人は剣南創可の師でもある女神文月である。
「俺、この魔王知らねぇし。そう言うお前はどうなんだよ?」
「俺だって知らないっすよ、報告を聞いただけっすから」
もう一人は20代前半でどこか頼りなさげな風貌をした線の細い男。
髪は金に染め、耳には幾つもピアスが付いている。
優男であり身長は高くメリハリの有る中性的な顔立ちはイケメンと称され異性から人気がある。
「国王にもなった男が情けないこと言うんじゃねえよ。それにしても、まさかお前さんが王になるとはねぇ」
この男の名は鳳凰國俊、役割は【王】でありこの国のトップである。
職はクエストを経て【国王】から【賢王】へとクラスアップしている。
元々一般市民だった彼は、身分不相応な役割に困惑し悩まされた人物の一人だが、今は周りの協力もありなんとかやっていけている。
周りの協力とは、元居た政治家達ではない。
彼等は魔物により国が分断され、政治システムが機能しなくなり散り散りに逃げ消えていった。
なかには残ってくれた者もいるが、大半が行方不明となり、生きているかどうかも定かではない。
その為に鳳凰國俊は新たに国を動かす組織作りから始めためなければならなかった。
その手助けをしたのが女神文月と、その長女女神蔦絵である。
その所為もあり、鳳凰國俊は何かにつけて二人を頼るところがあった。
「そう言うなら代わって下さいよぉ。もうイヤっすよ王様なんてやるのは」
「そうは言うが、ちゃんとやれてるじゃないか。この都市限定だが、通信網も復活して再建も言う事なしだ。このまま頑張ってくれたまへ、若者よ!」
首都都市だけは嘗ての賑わいを取り戻しつつある。
首都以外の都市では使用不能となっている電波機器が使用可能となり、建物も現代的なビルなどが再建されている。人口も多く、インフラ設備も整っていた。
「全部ロールの【王】の権能がやってるだけっすよ。俺はロールに従ってるだけっす」
【王】には治める国を発展させる権能が備わっている。
王が滞在する都市には、常時結界が張られあらゆる害悪から護られる。
魔物は勿論のこと、命に関わる様な大病や災害、また外部からの攻撃からも完璧に護られている。その為に王はもしもの事を怖れ都市の外へ出る事を許されない。
鳳凰にとっては窮屈でしかたないが、都市の全住民の命が懸かっている以上無視はできない。
世界が変貌した頃、鳳凰は大学生だった。
若い彼にはファンタジーと化した世界に並々ならぬ興味があったが、【王】として覚醒してしまっては自由に冒険を楽しむこともできなかった。
外の世界で思う存分冒険を楽しむのが今の鳳凰國俊の夢だった。
「もう限界っすよ。騙し騙しやってはいますけど、輸入なんてできないし自給自足だとどうしても物資が足りなくなるっす」
「物資なぁ、何とかしてやりたいが……。取り敢えずは魔物の素材で何とかやってるんだろ?」
「ういっす」
「それが限界に近いと?」
「ういっす。こないだのクエストでダンジョンを潰しちゃった所為か、魔物の数が急激に減少したんすよ。その所為で物資が足りなくなりつつあるんす。一応田畑は順調なんすけど、生産系のジョブ持ちに頑張って貰ってなんとかって感じっすかね。現状を打破するために新たなダンジョンに挑んだのが間違いっしたね」
物資確保のために少々遠出をしてダンジョンに挑んだが、そのダンジョンに潜んでいたのが【傲慢・色欲の魔王】だった。
文月は資料を読みながら質問をする。
「物資は急を要するほどに逼迫している訳じゃないよな?」
「今直ぐどうのってことはないっす」
「なら魔王を優先するか? 聞いた感じだと可成り厄介な存在らしいからな」
「倒してくれるっすかッ!!」
「何で俺が? お前がやれや! と、言いたいところだが、そうも言ってられんか。仕方がない、今回は俺が何とかするよ。奴は西に向かったんだよな、もしかすると蔦絵たちが既に仕留めてたりしてな」
「つ、蔦絵様っすか! 今回は来てくれてないんすかッ!」
「……おまえ、蔦絵大好きっ子だよな。鬱陶しい奴を思い出すんだが……」
「当たり前っすよ! 俺の師匠は蔦絵様っすから。魔物との戦闘をさせてもらえない俺を、唯一鍛えてくれた人っすよ! 惚れて当然っすよお義父さんッ!」
「誰がお義父さんかッ!」
「良いじゃないっすか、固いことは抜きっすよお義父さん! 国王の嫁さんっすよ、王妃さまっすよ!」
「おまえ今王を代われっつったよなッ!」
「まあまあ、細かいことは置いときましょうよ」
「こ、こいつぅ」
鳳凰國俊は重宝されるが故に都市の外には出られない、彼に万が一の事があれば都市の結界は消えてしまうからだ。故にミッションをクリアして報酬を貰う事も、システム上の成長も見込めない。そこで地の力を磨くようにと蔦絵が彼を鍛えた過去がある。
【聖女】や【賢者】と言ったジョブを持つ者なら結界を張る事はできるが、国王の結界とは別次元の性能を誇り誰にも真似のできない唯一無二のもの。彼を失うとはすなわち国の終わりを意味するものだった。
「にしても、おまえのジョブアップも危うかったな。特殊コインによる強引なやり方で上手くいってよかったよ」
「お陰様で結界の規模が増して効力もマシマシっす。お陰で耕地も増やせるっす」
【国王】からの【賢王】へとジョブアップさせたのは文月だ。
彼の持ち込んだ特殊コイン(クエストで収集したもの)で、手順を無視して強引に変更させた。
「ふむ、……【王】を、つまりおまえを成長させることで国全域を安全領域にすることができるのかも知れないな」
「え˝……俺っすかッ!?」
「おまえ今、面倒は御免だとか思ったな」
「いえいえ、そんなことないっすよ。冒険には興味ありありッスッ! ただ、外に出れない俺がどうやって成長するのかと思っただけっすよ。それと安全マージン取って欲しいかなとか……、てへ」
「やかましいわ。安全な場所にいてどうやって成長するんだよ」
「ほら、そこは文月さんのマジカルパワーでどうとでも……」
「はぁ~、まあいい。取り敢えず魔王を何とかしてくるわぁ。おまえのことは後回しな」
「はぁ~い。頑張ってくださいッス!」
「はぁ~。おまえあいつらよりも厳しくビシバシ鍛えてやるからそのつもりでなッ!」
「え˝~~~~~ッ!」