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俺の彼女はダンジョンコアッ!  作者: やまと
1章
4/78

厄災 二日目 AM

「ぅおぉい、柏葉ぁ~、店の商品を勝手に持ってかれると困るんだけどなぁ~」


 話し掛けてきた人物は、図体がデカく態度もデカい四十代半ばの男。確かコンビニの店長だったな。

 取り巻きが二人、コンビニでバイトしていた優男と、同じくバイトの太った男だ。二人とも二十歳ソコソコだろう。


「取っちまったもんは仕方ねぇ~、だがよ、タダって訳にはいかねぇ~よなぁ。分かるだろ?それじゃ万引きだ。お代を払って貰おうじゃねぇか。あぁ、返すってのは無しだぜ、商品は店の外に出した時点で犯罪だからな」

「ええぇ~、こんな時にお金取るのぉ~!」


 店長はズカズカと涼葉へ近づき、ニヤニヤと下卑た眼差しを向け手を伸ばす。


 コイツは阿呆なのか? 言葉の内容は正しいが、現状を鑑みれば金の価値は低い。では、金品でないのなら何を望むのか? それは、万引きだと(かこつ)けて涼葉に手を出すつもりなのだろう!?

 (たわ)けが、俺が許す訳ないだろッ!そもそも女性に許可なく触れようとするなッ!

 俺は素早く店長の伸ばされた手を掴み、涼葉に触れることを阻止する。すると、


「ああぁん、邪魔すんじゃねぇよッ! 彼氏ヅラして痛い目みたいのかぁああぁん!?」


 ここのコンビニにはチンピラしか居ないのか? マジデジャブ!


「随分と低俗な奴だな。女に相手にされないからといって、人の彼女に手を出すんじゃねぇよ!」


 涼葉は「創ちゃんッ♡」と嬉しそうな顔を覗かせ、「ああぁんッ!?」と厳つい顔をする店長。


 店長は掴まれた手とは逆の手で殴り掛かってくる。しかし、俺は掴む手を引き寄せ、店長の身体の回転運動を抑制し威力の大半を削ぐ。

 拳が鳩尾に叩き込まれる。が、予め力を削いでいた為に効果の程は低い。


 店長は「ちっ!」っと舌打ち一つ、今度は掴まれている腕を強引に引き寄せてくる。って事で素直に手を離し解放、勢い良く後方へたたらを踏む店長に、手加減して前蹴りを鳩尾に叩き込んだ。

 

 「ごふっ」っと胃の内容物を吐き出し踞る店長。


「これに懲りたら二度と涼葉に近づかんことだな」

「テ、テメェ……」


 踞る店長の傍に取り巻き達が庇うように前へ来て、心配するように背中を擦っている。


「あ、あの、そ、その辺で勘弁してやって下さい」「すいません、僕達も謝りますんで、店長を許してやって下さい」と、取り巻き達が謝り出した。


「─────!!!」


 次の瞬間、ヴゥォンヴゥォンと重い音を伴い、大人の身長程の大きな鉈のような大剣が回転しながら飛んできた。

 俺と涼葉は逸早く気付き躱せたが、踞る店長の頭上を大鉈が通り過ぎ、取り巻き達の胴体を両断していった。


「はっ、ははっ、あぁ、ああああぁ――――」


 店長が混乱し悲痛な叫び声を洩らす。

 目の前は取り巻き達の血により真っ赤に染まり、撒き散らされた臓物が辺りを埋め尽くす。

 敵の姿が瓦礫を弾き飛ばし現れた。それはゴブリン、先程のホブゴブと大差ない見た目だ。

 身体が大きく筋肉質、肌の色は深い緑色、口は大きく裂け牙が覗いている。

 倒したばかりのホブゴブよりも明らかに強いと理解出来てしまう気迫を帯びている。


「創ちゃん! 逃げよう、アレには勝てないんだよッ! 店長、早く立ってッ!」

「分かった! おい早く立て、来るぞッ!」


 次の瞬間、強ホブゴブが走り出した。狙いは動かない店長だ!


「創ちゃん店長をお願い! アレはボクが足止めするッ!」

「ま、待てッ! 俺が相手をする、ってもう行っちまった。くそっ店長、呆けている場合じゃないぞ、立って走れッ!」


 店長は這って血溜まりを前進している。それでは遅いので俺は腕を取り、強引に店長を立たせる。


「おおおお前、何なんだよあの化け物は! あんな化け物なんて相手に出来るのかよッ! 勝てんだろうなッ!」

「喧しいッ! 生き延びたいのなら、自分の足で立て、自分で判断し自分で行動しろッ! 他人をあてにするなッ!」


 店長は悲痛な表情を浮かべながらも何とか立ち上がった。


「いいか、俺達は奴の隙を見て逃げる。が、アンタの逃走する時間ぐらいは稼いでやる。だから少しでも遠くへ今直ぐに逃げろッ、一目散に走れ、振り向かずに走れッ、さぁ、早く行けッ!」

「お、おおッ」


 店長は振り向く事も無く走り出した。これで足手纏いはいなくなったな。

 涼葉を見ると、真面に打ち合わずにリョカの能力を使い攻撃を避けることに専念している。

 奴は今無手だ、武器は投げ捨てている。対して俺と涼葉は、木刀と手斧を一本ずつ持っている。正直言って木刀や手斧程度でどうにかなる相手とは思えないが。

 先のホブゴブと同様に急所を狙うか? いや、アイツはそう易々と急所に一撃入れさせてはくれまい。


「どうする?」


 二人でリョカに乗って逃げきれるか? それにしたって奴の隙を突かなくてはならない。

 くそっ、本当にアレはさっき倒したホブゴブリンと同じ種族なのか!? 化け物すぎんだろッ!


「どうする?」


 今、俺が参戦したところで涼葉の足を引っ張るだけだ。それ程に俺と涼葉、それにあの化け物との実力差は大きい。

 打開策を見つけろッ! こうしている間も涼葉は危険に身を投じているんだッ!


「どうする?」


 俺の速度ではあの化け物の動きにはついていけない。

 一か八かで俺も参戦するか? ダメだ、俺に何かあれば涼葉が身代わりになろうとするだろう。

 !!!

 身代わりか、俺に出来るのはそれ位だッ!


 俺はそっと戦闘する二人の近くの瓦礫の陰へと隠れ様子を窺う。

 その時、業を煮やした強ホブゴブが息を大きく吸い込んだ。アレは咆哮の予備動作だッ!

 咆哮は、聞いたものを恐怖で硬直させる効果があると考えている俺は、武器を持ったまま両耳を両腕で塞ぎ涼葉を庇う為に走り出していた。

 いくら恐怖への耐性があるとはいえ、至近距離から強ゴブリンを上回る咆哮を喰らえば隙が生まれる。


「ガアァァァァァァァ――――――ッ!!!」


 咆哮、一瞬涼葉の動きが止まる。

 強ホブゴブが動く、拳で殴りつけてきた。

 俺は二人の間に滑り込み拳をその身で受け止める。


「――創ちゃんッ!!!」


 胸を殴られ一瞬呼吸が止まるが、構わずに右手で持つ木刀を脳天目掛けて振り下ろす!

 しかし、これは殴られた影響で力が入らず、強ホブゴブの上げた腕に防がれてしまう。

 が、それは囮! 本命は左手に持つ手斧だッ!

 俺は手斧を下から振り上げ、先のホブゴブ同様に男の急所に叩き込んだ。


「~~~~~~~~~~~~……」


 うまくいった、奴は大事な所を押さえながら悶えている。


「リョ、リョカでに、逃げるぞ涼葉ッ!」 

「う、うん、リョカ、お願いッ!」


 リョカが涼葉の影から飛び出て俺達をその背に乗せてくれる。

 涼葉が前へ座り手綱を握る。俺はその後ろに座り敵を確認する。

 奴は未だに痛みで動けないようだ。


「さあリョカ、全速力で逃げてっ! 道場はあっちだよ」


 今度は涼葉の指示に従い指差す方向へ走り出す。それも、とんでもなく速いッ! 正に風になったかのようだ。

 みるみるうちに強ホブゴブとの距離が離れていく。ほっと息をつく、殴られアバラが何本か折れたようで息を吸うのも吐くのも苦痛を伴う。

 俺は後ろを振り向き強ホブゴブを確認すると、奴は大鉈を手にして此方へ向かって走り出したところだった。


「くぅ、し、しまった。奴の武器を奪っておくべきだった。奴が大鉈を持って追い掛けて来るぞ」

「創ちゃん、苦しいなら喋らないで休んでてっ。リョカ、頑張って、師匠と会えればあんなの敵じゃないんだよッ!」


 確かにあの師匠ならあの化け物すら容易く倒せるだろう。だから急げ、急いでくれリョカッ!


「グギャァ――ッ!」

「うん、これなら追い付かれることもないんだよッ!」


 リョカは速く、奴の姿がみるみるうちに小さくなっていく。

 リョカも悪路を難なく走って頑張ってくれているのだろう。

 そして、完全に姿が見えなくなった。少し行けば道場も見えてくるだろう。


「ふぅ、ここまで来れば一先ず安心かな?」

「……油断はできないが、取り敢えずは撒けたようだな」

「大丈夫、創ちゃん? 顔色悪いんだよ?」


 涼葉が心配して振り向く。と、


「待てッ! 止まれリョカッ!」


 場所は両脇に家屋が並ぶ住宅街。進行方向に独りの男が立っており、このまま進めば轢き殺してしまう。リョカを急停止させ回避する。


「ぎゃ、危険な奴等だぎゃ?」


 その男は何やら骨付き肉を持ち、骨ごと噛み千切りながら言った。


「飯には困ってないんだぎゃ。けど、飯の方から来てくれたんなら食べてあげるぎゃ?」


 男は涼葉位の身長だろうか? 肌の色も俺達人間と同じ肌色だ。だが、人間とは呼べない醜い顔立ちをしていた。

 小さいめな眼には白目が無く丸く、鼻は醜く大きくそして尖っている。口は大きく裂けノコギリの様な鋭い歯が並んでいる。耳も尖り、肌はゴツゴツとした質感をしている。

 身につけている物は腰に巻いた薄汚い布切れだけ、ほとんど肌を露出している。

 大きな口をくちゃくちゃと音を立てて血の滴る肉を喰い続けている。よく見ると喰っている物は人の腕だった!


 コイツは、人の言葉を喋り、肌の色こそ人のそれだが、人ではない。

 コイツは、コイツは、


 ――――ゴブリンだッ!


「りょ、涼葉、気を付けろッ! コイツはゴブリンだ!」

「ぎゃぎゃ、その通り、我はお前達の言うゴブリン族だぎゃ!」

「ええぇ、どうしてこの国の語を話してるの!?」


 真っ先にそこかよ! けどまぁ、確かに謎だ。奴は流暢にこの国の言葉を話している。

 その時にふと気づいた。視界の端に映っていた例のアイコンが点滅していることに。

 俺がアイコンに意識を向けた瞬間に文字が浮かび上がった。


『主人公高難度ミッション発生。ゴブリン変異体を討伐せよ。

 報酬・不屈 カリスマ ガチャ一回無料権

 注・現段階での討伐は極めて困難』


「は?」


 ミッションだと、これじゃあまるでゲームじゃないかッ! それに、討伐が困難ってなんだよ。


「くそっ、逃げるぞ涼葉! 俺達に勝ち目はないッ!」

「ガァァァァ」


 くそっ、背後から強ホブゴブまで来やがったッ! 追い付くのが速すぎなんだよ!

 強ホブゴブは俺達を視認すると、一気に距離を詰めてきた。


「ちぃ、涼葉ッ!」

「うんッ!」


 阿吽の呼吸で二人別々の方向へと跳び退き、リョカは素早く涼葉の影へと身を潜めた。

 つい先程まで居た場所に強ホブゴブの大鉈が突き刺さる。あの野郎また投げつけやがったな!

 強ホブゴブは大鉈の所まで走り、そこで咆哮を上げた。


「ガァァァァ――――ッ!!!」

「うるさいぎゃ」


 !!!!!!!


 嘘だろ!? あれ程脅威に感じていた強ホブゴブが、変異体の何気なく振るった腕によって弾け飛んじまったッ!

 だ、駄目だッ、アレにはどうあっても勝てないッ!


「涼葉っ、お前は逃げろッ! 道場まで行き師匠に知らせろッ!」

「ダメだよ。それじゃ創ちゃんが死んじゃうんだよッ! 創ちゃんが行って、ボクがソイツの相手をしておくから!」

「駄目だ! 二人掛りでも時間なんて稼げない! リョカの最速なら、お前一人逃げられる、頼むから逃げてくれッ!」

「ぎゃぎゃぎゃ、逃がさないぎゃ!」


 な、変異体の姿が消えたッ!

 次の瞬間には俺の真後ろに立っていた! 俺は反射的に振り向き、木刀と手斧を交差するように組みガードする。

 奴の攻撃を一度でも受ければそれで死ぬ、それをハッキリと理解できてしまう。

 木刀と手斧を重ねた程度では奴の攻撃は完全には防げない。それでもやらずにはいられなかった。俺の本能が身体を反射的に動かしたんだ。


 奴の鋭い爪がキラリッと光る。

 その瞬間組んだ武器は虚しく破壊され、俺の身体は空高くへと舞い上がった。

 正直言って何をされたのか分からなかった。くそっ、ゴブリンってこんなにも強いのかよッ!


 俺はさっきまでリョカの背に乗っていた場所に墜落した。危なかった、少しズレていたら大鉈の柄に串刺しにされていたところだ。

 しかし、身体がピクリとも動かない。元々折れていた肋骨が更に砕け、新たに至る所の骨が折れたのを感じる。生きているのが信じられない程だ。意識を失わなかったのは奇跡と言っていい。

 身体の至る所が痛い、痛いでは言い表せない程痛いッ!

 痛みを感じている時点で、俺はまだ死んでいないと理解できる。……のは良いんだが、メッチャ痛い!


「創ちゃんッ!」


 此方に向かって駆けてくる涼葉だが、変異体が動いた。くそっ、声が出ない!


 だが、信じられないが涼葉は変異体の攻撃を躱していた。俺には認識するのすら難しい攻撃を、彼女は何とか躱す事に成功している。だがそれも長くは続かないだろう。急ぎ何らかの対策が必要だ。


 思い出せ、確か俺の役割である主人公には、どんなピンチでも一つは打開策が用意されているようなことが書かれていた筈だ。


 では、その打開策とは何だ!?

 どんな手がある?

 そもそも武器が貧弱すぎる。

 なら武器を手に入れるか?

 何処にある?

 ある、奴が投げた大鉈が目の前に突き刺さっている。

 コレなら奴の肉体をも斬り裂けるかもしれない。

 だが、コレを使いこなせるのか?

 否、無理だ。

 俺はおろか涼葉でも無理だろう。

 ならどうする?

 ああそうだ、俺の武器はもう一つあるじゃないか!


 俺は折れた腕を強引に動かし痛みの全てを無視して、大地に突き刺さる鉈の刃に手を添える。

 続いてポケットに突っ込んでおいた魔石を何とか取り出し大鉈に添える。これは賭けだ!

 これを行えば俺は完全に意識を失うだろう。戦闘中の涼葉が気づかなければそれで終わりだ。

 だが、やるしか生き残る道は無いッ!


 俺は大鉈に手を触れたまま強く念じる。

 望むは軽量にして頑強、扱い易く奴の強靭な肉をも斬り裂ける鋭利な刃物。魔を払い、悪を斬る剣!


 俺の切り札はあくまでも()()交換だ。同等の物でしか交換できない。

 故に魔石の全てを使う。只の大鉈と同等では分が悪い。

 魔石とは、魔力が結晶化したものだと彼女は言っていた。ならば、交換するに少しは足しになるだろう。少しでも良質なものを交換しなくては勝てない。

 急がなくては意識が飛びそうだ。


 さあ、俺の等価交換よ、俺の望むものと交換してくれッ!


 俺が強く念じると、大鉈と魔石が光を放ち始める。光は次第に強さを増し、形を変えていく。

 俺の意識はそこで途絶えたが、確かな手応えを感じていた。



  ◇◇◇◇◇



「――創ちゃんッ!」


 空高くへと舞い上げられた創ちゃんの姿が視界に映る。

 このままじゃ墜落死しかねない、ボクは落下地点へと駆けだす。


「ぎゃぎゃぎゃッ!」


 行く手を阻むようにゴブリンの変異体とやらが立ちはだかる。

 まったく、邪魔をしないで欲しいんだよッ!

 飛び跳ねた変異体に、ボクの木刀を当てようとしたその時、不意に悪寒が走り後退する。どうやら正解だったようなんだよ。

 今ボクが立っていた地面には爪の痕がクッキリと刻まれている。アレを真面に受けてたらボクは死んでいたに違いないんだよ。

 創ちゃんはその間に地面に墜落してしまった。大丈夫、僅かに動いているのが確認できた。まだ間に合うッ!

 ボクはそう信じて行動する。創ちゃんの元へッ!


 早く創ちゃんの元へ行きたいのにこの化け物が邪魔するんだよッ! このままじゃ創ちゃんが死んじゃうんだよッ! 一刻も早く創ちゃんの元へ行きたいのに、そう簡単には行かせてくれない。

 それからボクは防戦一方、リョカの援護があってやっと躱せてるんだよ。

 彼は主人公、そう簡単に死ぬとは思えないけど……。心配なんだよッ!


 そこで気づいたんだよ、アイコンの点滅に!


『ダンジョンコア高難度ミッション発生。剣南創可を護り抜け

 報酬・広域気配探知 ダンジョンコアポイント・3000 ガチャ一回無料権

 注・現段階で変異体から護り抜くのは極めて困難』


 創ちゃんを護るなんて当たり前なんだよッ! 言われるまでもないんだよッ!

 変異体が強いのも分かってる! 護り抜くのがどんなに厳しいかも分かってる!

 わざわざそんなメッセージを見せて邪魔をしないで欲しいんだよッ!


 ……でも、そうかッ! ボクはダンジョンコアなんだよッ!

 ダンジョンを創り、変異体を誘い込めば勝てるかも知れないんだよッ!

 ううん、ダメだ。創ちゃんはたった一回の等価交換で気を失っちゃったんだよッ! もしボクまで気を失えば創ちゃんは殺されちゃうんだよッ! だから、ダンジョンは未だ創れない。


 そんな時、不意にボクの視界の端で眩い光が発生したのに気づく。

 あの光には見覚えがある、あれは創ちゃんの等価交換の能力なんだよッ!

 只でさえ大けがをしている創ちゃんが、只の大きな鞍を交換するだけで気を失った力を使えばどうなるか想像に難くないんだよッ!


 光が収まったあと、創ちゃんの手には立派な銀の剣が握られているのが見える。

 まったく、創ちゃんは何時も何時もボクを心配させるんだからッ!

 きっと無理をした、苦しいのに少しでも勝率を上げる為に無茶をしたんだよ。

 創ちゃんは動かない。気を失っているんだと思う。

 創ちゃんが無理をして交換した銀の剣。

 あれならこの化け物も倒せるに違いないんだけど、ちょっとここから距離があるかな?

 変異体の攻撃は素早く、気を抜けばボクでも躱せない。剣まで移動するにはどうしても変異体から気が逸れてしまう。

 少しずつ誘導するように移動しないと、でも、この変異体はそう易々と誘導できそうにないんだよ。

 どうしよう、このままじゃ創ちゃんの折角の想いを無駄にしちゃうよ。

 一か八かで水歩を使ってみようかな?


「も~、邪魔しないでなんだよッ!」


 ボクは知らず知らず焦っていたんだよ。思わず無謀に木刀を振っちゃった、変異体が相手では大きな隙を作った事になるんだよッ!


「ぎゃっぎゃぎゃッ!」


 案の定変異体に反撃されたんだよ。

 ボクは振り抜いた木刀を素早く盾に出来たんだけど、木刀は大破しボクも少々のダメージを負って吹き飛ばされちゃったんだ!


 でも、これはこれでアリだったかな?

 ボクは創ちゃんの側まで吹き飛び、地面に倒れ込む。けど、素早く立ち上がって水歩を使い創ちゃんの傍らに辿り着いたんだよ。ちょっと身体が痛むけど、そんな事は言ってられない!

 倒れる創ちゃんを観察してみると、ちゃんと生きてたよッ!

 ほっと息をつく、創ちゃんは気を失っているけど、息はちゃんとしてるんだよ。


 銀の剣を手に取ってみる。

 うん、まるでボクのために拵えたかのようにピッタリに収まる柄。創ちゃんはボク専用にこの武器を交換してくれたんだッ!


「ありがとう創ちゃんッ!」


 鞘は無く、剝き出しの銀の剣。目立つ装飾は無いけど、とても綺麗に光を反射する鏡の様。

 っと、創ちゃんや剣に見惚れている場合じゃなかった。

 変異体は此方に向かって走ってくる。

 ボクも銀の剣を持って迎え撃たないと。


 剣は軽く、かと言って軽すぎる事はなく適度な重さがある。

 軽すぎる武器は返って扱い辛いため、これは嬉しい。ボクには丁度いい重さなんだよ。


 変異体の変則的な攻撃がボクを襲う。

 両腕での爪撃、器用にアクロバティックに放たれる蹴り、時に体当たりと仕掛けてくる。

 その全てを悉く剣で受け止め、受け流し、いなす。

 ボクの技量は決して変異体に劣ってはいないと思う。

 それは速度で負けているにも関わらず、確実に変異体の攻撃を捌けているのが証拠でしょ。

 でも、体力面では負けていると見ていいんだよ。流石に化け物の体力には劣るんだよ。

 早目に決着をつけないとボクは負けるッ!


「やあぁぁぁ――――ッ!」


 変異体が大きく飛び跳ねた隙に剣を振るう。銀の一閃が変異体を捉える!


「あぎゃ」


 変異体が短く叫びを上げて弾かれる。でも、確かに銀閃が変異体の胴体を薙いだというのに、肌にはちょっぴり赤くなった線が入っただけなんだよ。

 変異体が寸前で身体を捻り、最大威力を上手く流してしまったんだ。


「もう、避けないでよ!」

「無茶を言うなぎゃ。避けなきゃ我が餌になるぎゃ」


 ってことは、確実に当てる事が出来れば倒せるの?


「食べたりしないからッ!」

「食べないのに我を殺すのかぎゃ?」

「襲って来たのはそっちでしょッ!」

「ぎゃ、餌が近付いたら捉えるのは当たり前だぎゃ。それとも人間は餌を放っておくだぎゃ?」

「ああもう~、アンタなんか食べないって言ってるんだよッ!」


 ボクは再び剣を振るう。


「危ないんだ『ぎゃ――ッ!』」


 今までにない最大級の警報が頭の中で木霊する。

 背中に悪寒を感じながらも既に動き出した身体は急には止まれないんだよ。

 瞬間に、ボクの足元から影の触手が伸び、ボクを横へと弾き飛ばした。

 振り返ると、えっ、ボクが背にしていた家の残骸が綺麗に消し飛んでるんだよッ! ぽっかりと空いた空間だけが虚しく存在してる。……今のは咆哮?

 リョカが弾いてくれなかったら危なかったんだよ!

 冷汗が流れる。でも、正直怖いけど、ここで退く訳にはいかないんだよッ! 


「はあぁぁぁぁ――――ッ!」


 ボクは気合を入れ直して立ち上がり、再び銀の剣を構える。

 体中に気を巡らせる。もう、こうなったらなりふり構ってる場合じゃないんだよッ! あんなの真面に浴びたら消滅しちゃうッ!


「ぎゃ、躱されたぎゃ」

「そりゃ躱すんだよッ!」


 ボクは奥の手を使うことにした。

 創ちゃんはまだ習得していないみたいだけど、我が流派には闘気闘法という気功術が存在する。

 肉体強化、反射強化、五感強化などなど効果は様々で、その中には【遠当て】なんてあるんだよ。

 相手に遠距離攻撃が有るんだったら、コッチだってやってやるんだよッ!

 けど、ボクの残りの体力じゃそう長くは続かない。隙を突き、確実に当てないと勝利はないんだよッ!


「ぎゃ、ぎゃぎゃぎゃ――」


 ボク達はまた打ち合いに、さっきの焼き直しだ。

 でも、おかしいな? ボクは闘気闘法で強化しているのに、まるで状況が変わっていないんだよッ!

 相変わらず変異体の動きはボクより速い。寧ろ徐々に速度を増してくるようだよ。

 現に今、変異体の姿が捉えきれず、感だけで防いでいる。ま、マズいんだよッ!

 銀の剣を振るう度に起こる火花、相手の姿が見えないから勝手に剣から火花が散っている様に見えるんだよ。


「ぎぎゃーッ!」


 変異体の渾身の一撃だろうか? ボクは防いだ剣ごと吹き飛ばされちゃったんだよ。


「『あぎゃ――ッ!』」


 続け様に耳をつんざく咆哮ッ!

 ――躱せないッ!

 影の触手も間に合わない!

 覚悟のないまま両目を瞑る。

 ――その刹那、何かが覆いかぶさってきたんだよ。


 恐る恐る瞼を開くと、ボクに覆いかぶさる創ちゃんの姿が映った。背中は大きく傷つき流血している。


「え? そ、創ちゃん? な、何で?」

「ば、馬鹿野郎、あ、諦めてんじゃ、ねぇ…よ……」


 動ける状態じゃなかった創ちゃんが、どうやってかボクを庇って覆いかぶさってる。

 また創ちゃんが傷ついちゃったんだよ!

 創ちゃんが「無事で良かった」と微かに声に出し、そしてガクリッと意識を失う。


「創ちゃん、創ちゃんッ!」


 呼んでも返事は返ってこない。

 創ちゃんの頭を抱きしめる、涙が溢れる。

 止めないといけない。涙は呼吸を乱すから……。

 折角創ちゃんが命懸けで助けてくれたんだから生き残らなきゃ。でも、涙が止められないんだよ――ッ!

 ヒックヒックと呼吸が乱れる。このままだと創ちゃんまで危ない。何とか体制を整えないとッ!


 変異体が近付いてくる。

 変異体を見ると無言で此方を見て、立ち止まったんだよ。

 何で襲ってこないんだろう? 今は最大のチャンスなのに?

 ??? 違う、ボクの更に後ろを見ているんだよ。

 ボクは不思議に思い後方に首を向ける。と、そこには信じられない美人さんが立っていたんだよ。

 距離は離れているけど、遠目で見ても凄い美人だと分かる。

 彼女は黒い花魁さんが着ている様な着物を身に纏って、キセルを吸いながらこっちを悠然と見てるんだよ。

 神々しい美しさ。黒を纏って尚神々しんだよ。

 それは、肌が透き通るように白く、髪が光を放ってるの?ってくらい銀色に輝いてるから。

 切れ長の瞳は金に輝き、唇は紅を塗った様に赤い。外人さんかな?


 変異体は彼女を最大限に警戒している。……どうして?

 ボクには彼女が強いとは思えないんだよ。

 見た目は確かに強者、確かに怪しくはあるんだけど、彼女からは強者が身に纏う独特な覇気を感じない。彼女の気配は素人のそれなんだよ。

 でも、真の達人は素人の気配だって聞いたことがある。そう言えば、師匠も気配は普通の人と変わんなかったっけ?

 と言う事は、彼女の強さをボクは理解できてないってこと。

 もし、あの人が味方なら、ボク達は助かるのかもしれない。

 もし、あの人が敵なら、ボク達の命運はここで尽きるんだよ。


 そして美女が動く、ってのは気づけなかったんだよ。気づけば変異体の目の前に転移したの?ってくらい自然に移動してたんだよ。

 そして変異体の頭の上に“ポン”と軽く扇子を乗せる。沈む変異体。

 変異体のゴブリンは哀れにも、何をされたか理解できないであろううちに地面に埋もれていたんだよ。


「え? ええ!?」


 やっぱりこの人、とんでもなく強かったんだよ。

 ボクはまだ創ちゃんに押し倒された状態、美人さんのこの後の行動では死んでもおかしくない。

 創ちゃんと二人でなら死んでも良いかと、ふと思っちゃう。けど、美人さんはボクを一目見て言ったんだよ。


かのさま(あのお方様)に助けるよう頼まれんした。そないなところで押し蹴りなんしてな(男女で遊んでないで)いで、早う立ちなんし」


 え? 廓詞(くるわことば)? を話す人を初めて見たんだよッ!

 ええっと、誰かに頼まれて助けに来た、イチャついてないで早く立ってて言ってるんだよね!?


「有難う御座います、助かりました。ええっと、貴女は? あっ、ボクは……って、イチャついてませんよ」

「……ヌシさんは柏葉涼葉でありんしょう。そこな男子は剣南創可、かのさまから聞き及んでなんす」


 ボク達のことは知ってるみたいなんだよ。いったい誰に頼まれて来たんだろう?

 ボクはそっと創ちゃんを横へと寝かせて立ち上がる。


「わっちは、燿子でありんす。以後、お見知りくだなんせ」

「燿子さんですね。ボクのことは知ってるみたいだけど涼葉です。それよりも、創ちゃんが酷い怪我をしているんです。少し待っていて下さい。応急手当をしちゃいますから」


 さっきドラッグストアに寄っといて良かったんだよ。

 影収納から消毒薬とガーゼと包帯を取り出し、創ちゃんの剥き出しになった背中の傷に手当てを施す。


「そちらはわっちがやりなんす。ヌシさんはあちらを片付けなんし」


 燿子さんが指差すのは勿論変異体。

 彼は地面に埋まり気を失っていたようだけど、覚醒の予兆かうんうんと唸り出したんだよ。

 そして、パッッと瞳を開き、剣を構えるボクを見て言ったんだよ。


「ぎょ、ま、待ってほしいぎゃー、我の負けだぎゃ。我、アンタに従うぎゃ、だから助けて欲しいぎゃよぉ」


 何を言っているんだろう? 彼はおうおうと泣き出し助けを求めてきた。

 死にたくないと、これまでのことは許して欲しいと許しを請う。


「そんな事言っても信じられないんだよ。キミはボクの創ちゃんを傷付けたんだよッ! 許す事は出来ないよッ!」

「ぎゃぎゃ、そこを何とか許して欲しいだぎゃ。我役に立つ、我強いぎゃ。創ちゃん我が護るぎゃッ!」


 あんな事言ってるんだよ。調子良いなもぅ。


「わっちは賛成でありんす。この先、戦力は一人でも多いに越したことはありんせんぇ」


 燿子さんの言うことも分かる。でもボクは、創ちゃんに瀕死のダメージを与えた奴を許せるのかな?

 悩んでいると、またもや気づいたんだよ。視界の端のアイコンが点滅しているのに。


『魔物操者の能力により、変異体ゴブリンをテイムしました。

 ダンジョンコア高難度ミッション達成。

 報酬、広域気配探知 ダンジョンコアポイント・3000 ガチャ一回無料権を獲得しました』


 はうぅ、既にテイムしちゃったんだよ!


「ぎゃ、姐さんの仰る通りだぎゃ。この先我の力必要になるぎゃ。だから助けて欲しいのだぎゃ、お願いだぎゃよ!」


 はぁ、仕方ないのかな? テイムしてしまった以上、敵対はしないだろうし責任もある、一方的に殺めるのも気が引けるんだよ。


「仕方ないなぁ。分かったよ、連れてけば良いんでしょ連れてけばぁーッ!」


 こうして創ちゃんの意識が戻らない間に、仲間が一匹増えちゃたんだよ。




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