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俺の彼女はダンジョンコアッ!  作者: やまと
2章
38/78

勇者 VS 魔王

 【真の勇者】こと藤瀬誠(ふじせまこと)が、囚われの女性の救助に剣南創可(けんなみそうか)を向かわせた直後まで時は遡る。


「キィヒヒヒッ、良いのかい。おっさんにとっても彼は敵だと思ったんだけどね」

「勘違いするなよ。俺の敵は魔物であり、魔物を召還するダンジョンコアだ。奴としちゃあ俺は敵だろうが、俺からしたら剣南は敵じゃないんだよ」


 藤瀬誠の目的は、地球から召喚された魔物の駆逐であり、また、魔物を呼び寄せるダンジョンコアの破壊だ。

 とても一世代で成せるものではないと分かっている。仮に新たな仲間達が送られて来ようとも、長い長い年月が必要だということも。それでも、自らの使命感と信念を機動力として今までやって来れた、これからもやっていけるのだと確信を以て言える。


「ヒヒッ、同じ事じゃないのかな? 彼の恋人を殺そうとするなら必然的に敵対することになる。彼が恋人を護る為に剣を向けた時、同じことを言うのかな?」


 誠はダンジョンコアを護る人間がいることは想定していなかった。だが、彼の信念は揺らがない、たとえ相手が人間であろうとコアを護ると言うなら敵として見なす。再び剣を交えると言うなら、その時は躊躇うことなく斬り捨てよう。


「おぅおぅ、んなこた当たり前だ。そんなことよりも、そろそろお喋りは終いにして殺し合いをさっさと始めようぜ。何の為にこんな所まで来たのかわかりゃしないぜ」

「ヒヒヒッ、それもそうだね。それじゃ先手を取らせてもらうよ、『ロックバインド』ッ!」


 反町燦翔(そりまちきらと)が魔術を放つと同時に、誠の足元の肉床から岩が盛り上がり足に絡みついてゆく。

 絡みつく岩は次第に体積を増してゆき、瞬く間に誠の首から下を覆い隠してしまった。

 岩に固められ身動きの取れない誠に反町は言う。


「キィヒヒッ、動けないよね。その『ロックバインド』は特別製でね、素材となる岩がね、ダンジョンのものなんだよ。知ってると思うけどさ、ダンジョンの鉱物は壊す事が出来ない。流石の勇者もダンジョンの拘束を解く事は出来ないんじゃないかな?」


 ダンジョンの壁や床は鬼人ですら破壊することが出来なかった。それ程の硬度を誇っている。

 勝ち誇る燦翔(きらと)だが、言われた当の本人は不敵に笑みを浮かべていた。


「ヒヒッ、何がそんなに可笑しいのかな? 気でも触れたの?」

「ハンッ、認識不足で助かるぜ。ダンジョンの鉱物が壊せないだと? 笑わせるなよッ!」


 誠の言葉が言い終わると同時に、彼を拘束する岩にヒビが入った。


「なッ!」


 たちどころにヒビは全体へと広がり、弾かれるように吹き飛ばされた。

 燦翔は飛んできた欠片を障壁でガードしながら背中に流れる冷汗を感じていた。


「おぅ、ダンジョンの鉱物が硬いのは何故なんだ? 不思議だよな、ダンジョン内では硬いのに、外に持ち出せば通常の硬度に戻る。どんな理屈か知らんが、それが分かってりゃ対処は簡単なんだよ。俺の周りをダンジョンの外へと繋げればいい」

「はあ、そんなこと出来るわけないじゃん。おっさんの言葉を借りれば、ここは次元の穴を収める箱の中なんだろ。おっさんがしたことはその箱に穴を開けた様なもの、コアを収める箱がそんなに脆い筈がないじゃないかッ!」

「まあそう思うよな。だがな、それはちぃっとばかり違うんだな。種明かしをするとだな、俺はコイツを持ち込んだだけなんだなあ」


 誠は拳を突き出す。その拳からサラサラと砂が零れ落ちている。


「はあぁ?」

「俺は箱に穴を開けたんじゃなく、外の物を持ち込んだだけなんだよ」


 よく見れば、誠の体中にはパラパラと落ちる砂が付着していた。


「効果は一瞬だけだが、外の物が接触した瞬間だけはダンジョンはえらく脆くなるんだよ。ダンジョンの空気に触れると効果は無くなるが、【道具箱(アイテムボックス)】に入れダンジョンの空気を遮断しておけば、効果は見ての通りだ」

「何だよそれ、初耳なんだけどッ!」

「俺達は、ダンジョンコアを破壊する為に色々と試してきたからな、その事を知っている。この剣をダンジョンの空気に触れない様にコーティングしてやれば、もしかしたら壁を斬ることも可能なのかも知れない、今度試してみよう」


 要はダンジョンの空気、正確には空気に溶け込むコアの力が硬度を上げているということだ。コアの力はダンジョン内でのみ発揮されるもの。故に自らのダンジョンの外で活動する柏葉涼葉(かしわばりょうは)は、ダンジョンコアとしての能力を十全には発揮していないと言える。


 誠のしたことは外の砂をアイテムボックスを使い持ち込み、自身と拘束する岩との間に取り出し、硬度を一時的に通常に戻しただけのこと。


「ふ、ふぅん、そうなんだね。一つ勉強になったよ」

「因みにだが、ダンジョン産の鉱物も決して金剛不壊って訳じゃない。より強い力なら破壊可能らしいぜ」


 実はダンジョンは魔法でなくとも、第四位階以上の魔術でも破壊が可能である。 

 人類にシステムが施されたのは約2年前、しかし未だその領域に達した人物は現れてはいない。その為、現段階では魔術によるダンジョン破壊は人類には不可能だと言えるだろう。


「ふ、ふん、拘束を解けたからって調子に乗らないことだね。僕の力はダンジョンの硬度に頼ったものばかりじゃない、『アドバンスド・ハンドブレイク』ッ!」


 燦翔の魔術により生み出された巨大な岩の腕が床、壁、天井から次々に誠に襲い掛かる。

 その全てがダンジョン産の鉱物できた巨腕だ、流石にこの全てを砂で戻すのは至難の業だろう。


 だが――


「はっ、結局ダンジョンの硬度を頼ったもんじゃねぇか! 甘く見られたもんだぜッ!」


 誠は笑みを浮かべながら腕の攻撃を躱していく。


「キィヒヒヒッ、どうだい? それだけの腕に囲まれれば、流石にさっきみたいに砕けないんじゃないかなッ!」

「見縊るなよ、本当の【道具箱(アイテムボックス)】の使い方を教えてやるよ、【疑似(スードゥ・サ)砂嵐(ンドストーム)】ッ!」


 誠はアイテムボックスから外界の砂を大量に取り出し周囲にばら撒く。

 正に砂嵐の如く誠の周りを砂が乱舞し、燦翔の視界から誠の姿を覆い隠してしまう。

 風系魔術を併用して砂を操っているのだ。


「ヒヒッ、いったいどれだけ砂を持ち込んでるのさ? 姿を隠した程度でその腕からは逃れられないよッ! それとも何かい、ダンジョンの空気に汚染された砂でもその腕を壊せるって言うのかい?」


 全ての腕が誠を捕らえようと砂嵐の中に一斉に跳び込んでいく。

 しかし、その瞬間に跳び込んだ腕の全てが爆散するかのように破裂した。


「な、そんなどうしてッ!」

「言っただろ、ダンジョン産のものは外へと出せば硬度を失う。砂も空気に触れれば直ぐにダンジョンに汚染されるが、再び空気から遮断してやれば効果は復活する。なら、出した傍から仕舞ってやれば効果は持続できる。それを繰り返ししてやらりゃ、こんぐらいは楽勝なんだよ」

「アイテムボックスに出し入れを繰り返してるってのかい? なんて出鱈目な使い方なんだ。でも、そんな出鱈目な使い方して、何時までも持つものでもないよね。投網罠作動ッ!」


 燦翔(きらと)が片手を振ると、誠の頭上から巨大な網が降ってきた。

 実は強風を巻き起こせば砂嵐を吹き飛ばす事は可能であるが、燦翔には風系魔術の適性は無かった。

 逆に誠には火と風と聖の魔術適性があり、投げられた投網を風で吹き飛ばし、火で燃やしてしまった。


「おぅ【魔王】、この程度でお終いなんて言わないよなッ!」

「くっ、舐めるよ! 巨大虎挟み作動ッ!」


 迫る誠の足元を支点に巨大なトラバサミが出現する。

 トラバサミとは狩猟に使う罠の一つで、獣が罠の中心部を踏み抜くと、両サイドの鋸刃状の半円が跳ね上がり脚に喰らいつくというものだ。

 無論ダンジョン産のトラバサミはその程度のものではない。大きさは人間を覆い尽くす程、刃は何重にも重なり鋭く、人間の身体など簡単にバラバラにしてしまう。閉じる速度も尋常ではなく、歴戦の戦士ですらこの罠を踏めば逃れる事はできないだろう。故にダンジョンに踏み込む者は、罠を予め警戒して解除して回るものだ。

 しかし、その罠を好きな時に好きなだけ作動できるダンジョンコアは凶悪で、予め罠を解除することは不可能である。


 だが、誠は戦士以上の勇者である。踏んで()()作動するなら対処が間に合ってしまう。

 彼をこの罠に掛けたいのであれば、罠が作動した時点で獲物は捕らえられるといった因果律の確定が必要であった。


「おぅおぅ、舐めてんのはテメェの方だろうがぁ、クソガキがぁー!」


 砂嵐を伴い大剣が煌く。と同時にトラバサミは粉々に砕け散ったのだった。


「ぼ、僕はガキじゃないー、僕はもう25なんだ――ッ! 強酸射出ッ!」

「ハンッ、十分ガキだぜ、俺は今年で37だッ!『リジェクト・タイフーン』ッ!」


 床、壁、天井から誠目掛けて強酸が噴き出す。が、誠の放った暴風魔術により全てが跳ね返されてゆく。


「うわぁああぁぁぁ――、く、来るなぁーッ! お、落とし穴作動ッ!!」


 眼前まで迫る誠の床が不意に消失する。足場を失ったが故に落下するかに見えた誠だが、何事も無かったかのように大剣を掲げ駆け上がってくる。


「な、なんなんだよお前はぁ―ッ!」

「舐めるなと言ったぜッ!」


 振り下ろされる大剣、恐怖から視線を背け丸まる様にしゃがみ込む燦翔(きらと)

 勝利を確信し振り下ろされる大剣だが、キィーンと甲高い音と共にその軌道は止められてしまった。


「おう? 誰だテメェは?」


 誠の勢いの乗った斬撃を止めたのは、一人の美しい女性だった。

 髪は黒く長く、瞳は血の様に赤い。特徴的な長く尖った耳に、腰に生えた蝙蝠の様な小さな翼、更に頭から生える鋭利な二本の角。

 妖艶な唇は赤く、肌は瑞々しく輝く。手足は細く長く、それでいて肉付きはいい。


 勇者の剛剣を難無く止めた、それも只の短剣でそれを成した人物は、


「私は【色欲之王】カンビオンのティリイスと申します。お見知りおきを」


 カンビオン、それはインキュバスやサキュバスと人間、或は亜人との間に出来た子供のこと。つまり夢魔と人型とのハーフだ。


「なにッ、貴様も【魔王】だってのかッ!」

「如何にも私は色欲の魔王。この方とはとある契約を交わした仲でして、簡単に死なせる訳にはいかないのです」

「チッ、まさかもう一体魔王が現れるとはな。だが、ここで二体の魔王を倒せれば後が楽ちゃあ楽だ。悪いが二人共この場で狩らせてもらうッ!」


 誠は大きく飛び退き距離を取る。

 すると踞っていた燦翔が不気味な笑い声を響かせた。


「キィヒッキィヒヒヒッ、そうだ、そうだよ僕は魔王なんだ、ダンジョンコアじゃない。……遅いじゃないかティリイス」

「申し訳ございません。ですが、あの程度の相手に手こずるとは、思い至りませんでした」

「嫌味かい? それで、首尾はどうなのさ?」

「芳しくありませんね。現段階では【魔王】ですらそれ程の力を持ってはいないようです。計画を実行に移すには、時間をかけ成長させる必要があるでしょう」


 何事かを企む二人、様子を見ていた誠だがここで動く。

 先程剣戟を止めたティリイスと名乗る人物は明らかに燦翔よりも危険だと感じ取った誠は、標的を彼女一人に絞り込むことにした。

 ダンジョンコアと融合したという傲慢の魔王はコアの力に頼り切っている。現時点ではコアの力を十全には扱えないと判断しティリイスを優先する事にしたのだ。

 力を扱えない弱い内に叩くのが基本だが、ティリイスがそれをさせないだろう。無理を押して下手をこくよりも確実に一人を倒したい。


「面倒な奴が現れたもんだぜ。いくぜ【皇龍飛天】ッ!」


 光の龍は真直ぐに燦翔へと向かい、誠はティリイスの側面側へと滑るように移動する。


「しゃー、『フラッシュボム』ッ!」


 ティリイスの横へと移動した誠が大剣を振るうと同時に光の魔術を放ち目を眩ませる。

 が、色欲の魔王にこの程度の魔術は通用せず、難無く大剣の軌道を逸らされ反撃されてしまう。

 腹部に強力な蹴りを受け吹き飛ばされる誠、肉壁へと激突して膜の様な壁を突き破る。

 柔らかい肉の壁のお陰で衝撃を和らげダメージを減らせたが、それでも鎧越しに伝わる蹴りの衝撃は強烈だった。


 一方、皇龍の直撃を避けた燦翔は、再び突進してくる光の龍に魔術を放ち牽制する。


「また君なのか。芸がないね【ダークスフィア】ッ!」


 暗球が龍を直撃するが、皇龍は意にも返さずに突き進む。


「効かないか、面倒な奴だよ君は。ほら、これならどうだい?【ハート・オブ・ダークネス】ッ!」


 燦翔の周りから黒い霧が立ち込め始める。そこへ皇龍は無策にも突入してしまう。


 皇龍とは誠のスキルによって具現化された志向であり、本物の龍を召還している訳でも、ましてや生物などでは決してない。

 今回誠が皇龍に組み込んだ志向性とは、燦翔が敵だということだけ。

 もしも、誠に【分裂思考】のスキルが有るのならば、この皇龍はもう一人の誠となり得る上級スキルへと生まれ変わるだろう。自らの意志で行動できる皇龍の誕生、それは即ち誠の分身体となる。

 しかし現時点ではそんな便利スキルは所持しておらず、危険を回避する思考もなく、ただ単純に攻撃を仕掛けるだけだ。


 黒い霧に触れた皇龍は目測を誤り壁へと激突する。

 壁に流れていたであろう赤い液体が撒き散らされ、黒い霧と同化するように消えていく。

 その中で皇龍は苦しむ様にのた打ち回っていた。

 身体には所々黒い斑点模様が生まれ、次第に黒が浸食して斑模様へと変化する。

 やがて全てが黒く染まると、


「キィヒヒヒッ、僕は君の敵じゃない、君の敵はあの男だろ!?」


 黒の龍が誠を視界に捉えると、燦翔を無視するように誠へと迫った。


 その誠はティリイスの攻撃を防ぐのがやっとだった。

 ほぼ同時に打ち込まれる短剣と拳と蹴り。その全てを弾き躱しいなすが、反撃の糸口が見つけられずにいた。

 そこへ黒く染まった皇龍が襲い掛かる。


「な、なんでだ――ッ!?」


 皇龍に弾かれ吹き飛ぶ誠、そしてティリイスによる追撃。

 飛ばされ無防備となったところを背後に回り込まれて一蹴される。背中を蹴り上げられた誠は、今度は天井まで飛ばされ激突、そして落下。

 そのまま皇龍の追い打ちを喰らい、呑み込まれるように消えていった。


 しかし、次の瞬間皇龍が爆散、その残骸のような黒い光の粒子の中から誠が現れる。


「チッ、クソッタレがッ! どうなってやがる!?」


 ハァハァと肩で息をする誠に対して、悠々と現れた燦翔が答える。


「キィヒヒヒッ、ちょっと志向性を変たんだよ。ちょっと悪への誘惑をね」

「テメェ」

「貴方の相手は私もですよ。よそ見をすると死にますのでご注意をッ!」


 鋭い短剣での一撃を大剣の腹で受け止める。


「ヒヒッ、何もティリイスだけが君の敵じゃないよ。僕のことも忘れないでよね【ダークスピアー】」


 魔術による暗黒槍がティリイスの背後から迫る。

 誠と鬩ぎ合っていたティリイスが横へと跳ねるように跳ぶと、暗黒槍は既に眼前に迫っていた。

 咄嗟に【魔盾】を張り難を逃れた誠だが、続くティリイスの放った魔術を避ける為に大きく後退する羽目になった。

 ティリイスの使った魔術は燦翔と同様【ダークスピア―】だったが、その威力は目に視えて大きかった。

 彼女の魔術技量は燦翔の比ではないという証明となる。

 同じ魔術、同じ魔王でもこうも違うのかと内心冷汗を流す誠だが、事実ティリイスが現れてからは防戦一方だ。


「チッ、二人相手は正直キツイぜッ、【炎翔刃】ッ!」


 後退した誠は間を置かずに二人に向けて炎の刃を飛ばす。

 追撃を仕掛けてくる二人の魔王への牽制に放ったものだ。が、ティリイスは素早く躱して足り続け、燦翔は魔力障壁により防いで駆けてくる。


「ヒヒッ、その程度のスキルじゃ僕の障壁は壊せないよッ!『ダーククロー』」


 燦翔が十分に接近したところで右手に闇を纏い、巨大で鋭利な爪を生み出し攻撃を仕掛けてくる。

 ティリイスは大きく跳びはね誠の頭上にと移動していた。


「避ければ私の蹴りの餌食ですよ。【分影蹴撃】!」


 ティリイスが中空で何人もに分裂し、蹴りの格好で猛スピードでせまってくる。

 同時に眼前の燦翔は、鋭く巨大な闇色の右腕を下から跳ね上げる。

 誠は躱す為に後退するが、右手の巨大化の影響で間合いを僅かに見誤ってしまう。

 黒き闇の爪がギィーンと鎧の胸部分を掠り通り抜ける。

 鎧にはクッキリと爪痕ば残り、上空から迫る複数人のティリイスの蹴りが四方から打ち込まれた。


「がぁああぁ――ッ! チィーッ!」


 吹き飛ばされる誠だが、何とか体勢を立て直す。

 既に大きなダメージを負っている以上、長引かせれば勝機はない。切り札の一つを切る。


「へへっ、上等だあ。真の勇者の相手だ、これ位じゃなきゃあなぁッ! いくぜ、『ホーリー・ノヴァ』ッ!」


 ――光系魔術第三位階ホーリー・ノヴァ、破邪の光が爆発的に広がり、魔に対して絶大なダメージを与える。加えて術者の能力をも爆発的に高める疑似聖域とも呼べる魔術だ。


 聖なる光の爆発により、肉の様な壁、床、天井が剥がれ落ち塵となって消えていく。現れたのは上層と同様な只広いだけの空間。

 そして、現れた本来の床には痛みにのた打ち回る燦翔(きらと)の姿と、片膝を突き肩で息をするティリイスの姿だった。

 勇者は魔王に特攻を持っている。故に威力が普段より数段アップしているのだ。


「流石にコイツは堪えたか?」


 誠にとっては切り札とも呼べる魔術、もしもこれで駄目なら撤退も視野に入れなければならなかったが、


「いたっ、痛い痛い痛い。どうにかならないのかよティリイスー!」


 どうにか通用はしているようだった。


「人間如きがやってくれましたね。【魔王覇気】を使いなさい燦翔」

「【魔王覇気】だと。クッ!」


 魔王のみが持つ裂ぱくの気とでも言うべきもの。

 相手を威圧し、自身に降りかかるあらゆる厄災を振り払う。

 ティリイスが覇気を使った瞬間、ダンジョン内の空気が変わったかのように感じる。

 誠はこれまで感じた事のない程の重圧を感じ、立ち上がったティリイスを観察する。

 すると、彼女の足元、ダンジョン産の床に僅かなひび割れが生じているのを確認できた。


「マジかよッ!」


 ダンジョンの鉱物は破壊出来ない。訳ではないが、誠のように外の物を使って強度を通常に戻しての破壊ではない。

 正真正銘彼女の力だけでダンジョンの床にヒビを入れている。これはつまり、誠と彼女との格の違いを意味する。

 この事実に気づいた誠は、迷わずに撤退を考える。

 ティリイスが現れてからは冷汗を掻きっぱなしだったが、今はその比ではない。滝の様に背中を流れる嫌な汗を、何とか無視して次の行動を計算する。


 すると今まで痛がりのた打ち回っていた燦翔が、スクッと立ち上がった。


「ああ本当だ、痛みが引いたよ。ヒヒッ、アレはおっさんの切り札だったのかな?」

「チ、テメェも復活かよ」


 一人なら可能性は有ったのかも知れない。だが、もう一人の魔王が起き上がった時点で撤退の成功率は限りなくゼロに近くなってしまった。


 退避の算段がつかず焦りを感じる誠だが、一つだけ光明があることを思い出す。

 それは、ダンジョンコアの柏葉涼葉(かしわばりょうは)が脱出する際に言っていたこと。

 彼女は確かこう言った、『必ず勇者を連れて来るんだよ』と。

 どの程度成長した勇者なのかは誠には分からないが、魔王が二人なら勇者も二人必要だ。

 現段階で勝てなくても、逃げきることが出来れば次に希望を託せる。

 誠の出来る事はただ一つ、時間稼ぎだ。

 本当に勇者が来るのかも定かではないが、誠にはもうそれに賭けるしかなかった。


「キィヒヒヒッ、流石に勇者だよね。今のは本当に痛かったよ、おっさんにもあの痛みを味わってもらわないと気が済まないよねえ、ってことで『ハート・オブ・ダークネス』! ヒヒヒッ、闇に染まってしまえッ!」


 皇龍を闇に染めた悪の道へと導く魔術。黒い霧で包んだ相手を術者と同調させ性質を書き換えてしまう傲慢とも言える魔術だ。


 だが、黒い霧は先程皇龍に使用した時とは比べられない程に僅かな量しか出なかった。


「あれ?」

「先程の魔術の効果時間内では、闇系魔術の効果は激減します。扱うなら別の系統の魔術、或は肉弾戦が効果的でしょう」

「チェッ、仕方がないなぁ。それじゃあ次は肉弾戦かな」

「貴方はまだ土と闇の魔術しか使えないのですか?」


 呆れたように燦翔にいうティリイス。人間ならば普通は二属性もの魔術を使えれば十分だとも言えるが、魔王ともなればそうはいかない。

 魔王は魔を統べる者、その魔王が二属性しか扱えないのには問題があるとティリイスは言う。

 二人の魔王は余裕を見せているのか誠を前に言い合いを始める始末。

 燦翔(きらと)はダンジョンコアと融合しているために罠の類を巧みに操ることが出来る。だが、魔術の扱いともなるとそうもいかないようだ。


 誠はこの隙に体力の回復に努める。逃げるにせよ戦うにせよ今の体力では直ぐに底を尽きてしまう。

 勇者である誠は死に難く回復系のスキルや魔術が扱うことが可能で、魔王にバレない様にコッソリと自身に回復を行うのだった。


「ヒヒッ、それじゃ勉強は後にして先ずは勇者を一人やっつけちゃおうか?」

「そうですね。ですが、確実に魔術の適性を増やして貰いますよ。ところで、回復は済みましたか?」


 話を終えた二人が一斉に誠に振り返る。

 と、同時に誠が仕掛ける。既に回復は済んでいる。


「悠長に話し込んでくれてありがとよッ、【疑似(スードゥ・サ)砂嵐(ンドストーム)・改】ッ!」


 嫌がらせ程度の目的で砂をバラ撒く。

 あの二人には目眩しにすらならない事は分かっているが、物は試しと砂嵐の中にある物を混ぜて散布した。

 それは古来より魔を打ち払うと言われる金属、吸血鬼や狼男などといった通常では倒せない存在を一撃で葬り去る魔法の弾丸こと銀だ。

 二人の魔王には嫌がらせ程度の効果もないと分かっていながらも、貴重な銀の粒子を大量に含ませた砂嵐だ。


「うわ、チクチクするや」

「銀が含まれてますね。ですが我々には無意味です」


 確かに魔王二人には効果がないのかも知れない。それは誠とて分かっている事だった。

 なら何故そうしたのか? それは、この場にもう一つの存在が潜んでいるからだ。

 その存在に銀が効けば、恐らく魔王の内一人は弱体化するだろうという算段だ。


 そして打ち合いが始まる。

 広くなった空間を存分に活かして戦闘は行われる。

 右に左に、上に下にと動き回り相手を攪乱する。

 魔術の効果もあり、どうにか互角には持っていっているが、ティリイスの方はまるで本気を出していないことが分かった。


 どれ程の時間打ち合っていただろうか? 気付けば燦翔の動きが当初と比べると遅くなってきていた。


「どうされたのです?」

「うん、ちょっと背中がね…」


 言ってシャツを脱ぐ燦翔の背中には、人の赤子の様なモノがへばり付き痙攣を起こしていた。

 問題はその赤子の部分が酷い火傷を負ったように焼け爛れていることだ。


「おぅ、どうやら効果はあったようだな。一つの賭けだったが上手くいったか」


 誠が銀の粒子を砂嵐に混ぜたのは、燦翔と同化しているダンジョンコアを狙ってのことだった。

 コアとて赤子の姿をしているなら魔物の類であろうと当たりをつけてのこと。

 それでもコアに銀が効くかどうかは賭けであったが、誠は賭けに勝てたようだ。

 これで燦翔がダンジョンを操り罠を仕掛けてくることも、生贄を捧げて眷属を召還することも出来なくなった。


「チ、迂闊でした。まさかコアを狙っての銀の散布とは思いませんでした」

「いてて、どうにかならないのティリイス?」

「銀に触れなければ直ぐにでも回復するでしょう。燦翔は銀の届かない所まで下がっていて下さい。私がその間にケリを着けておきます」


 実のところ誠には、燦翔一人なら倒しきる自信があった。

 燦翔はティリイスに依存している節がある。その甘えとも言えるモノは確実に彼の弱点となり得るものだ。

 だが、ティリイスの方を一人で相手をして倒す自信はない。それどころか、生き残ることすら困難なのではないのか? と内心思い始めている。


 誠には【鑑定】スキルが有る。

 涼葉を一目でダンジョンコアだと言い当てたのはそのためだ。

 ところが、そんな誠でもティリイスの鑑定には失敗している。

 初めは【妨害】スキルのせいだと考えたが、今ではそれだけの実力差があるのだろうと考えを改めた。

 ティリイスの実力は誠には見極めることができない、戦えば戦う程に彼女の存在は大きく感じるようになっていた。


 (早く勇者を連れてこい、ダンジョンコアッ! 限界は近いぞ)と、心の中で叫びながら次の一手を打つ誠。

 先ずは砂嵐を止め、【皇龍飛天】を使い皇龍を呼び出し燦翔へと向かわせる。

 ホーリー・ノヴァの効果が有る内は黒く染められる事も無いと先程判明したからだ。

 次にティリイスだが、こちらは打つ手がない。愚直に正面から彼女の攻撃を捌くしかない。


 再び打ち合い始める二人だが、少しずつ実力を解放していくティリイスに、徐々に押され始める誠。

 遂には胸部に強烈な蹴りを貰い、自慢の蒼い鎧が砕け散ってしまった。

 一瞬の油断、砕けた鎧に意識がゆき彼女の追撃を防げずに殴り飛ばされてしまう。

 強烈極まりない二連撃に内臓がダメージを負い、口から大量の血を吐き出し倒れ込む。

 視界は霞、膝は笑い立てず、朦朧とする意識の中でティリイスの声が微かに聞こえた。


「【真の勇者】とはこの程度なのですか? 今の時点では我々魔王の敵ではありませんね。今、楽にしてあげましょう」


 無意識の内に大剣を掲げようと持ち上げる誠。

 直後にゴォゥゥゥンと、薄い金属が撓み弾かれたような音と共に大剣が飛ばされてしまう。


「トドメです」


 両手を上げる彼女の頭上に、直径2mは有ろうかと言う炎の球体が浮かんでいた。

 掠れる声で、「やべぇ」と呟く誠に、彼女は掲げる両腕を標的へと振り下ろす。


 キィヒヒヒッ、と遠くで奇妙な笑い声がする。

 しかし、文句を言おうにも口から漏れ出るは血液だけだった。

 迫る炎球をジッと見つめる。打つ手はないが、せめて霞む視界で睨みつける。


「さあ終わりです、『ファイアボール』ッ!」 


 急加速した炎球が迫る。

 堪らず両目を閉じる誠。

 死ぬ覚悟でここへと来たが、それでも死ぬのは避けたかった。

 此方側へと来て随分と経ち、信念を貫き多くの魔物を倒し続けてきた。

 しかし、それでも倒した魔物は殲滅には程遠い数。

 せめてここだけでも魔物の居ない国にしてやりたかった。


 無念だ――。

 無念が残る!


 ???


 可笑しい?

 いつまで待っても痛みどころか熱さも感じない。

 感じる前に死んだのか?


 瞳を開くと誠は凍て付く氷のドームに囲まれていたのだった。


 

藤瀬誠(ふじせまこと)


 極々希少な役割(URロール):【英雄】

 (ジョブ):【真の勇者】


(現時点で判明しているスキル)


 スキル:【一刀両断】【炎翔刃】【身体強化】【肉体強化】

     【魔盾】【天駆】【鑑定】【道具箱(アイテムボックス)

 固有スキル:【皇龍飛天】【疑似(スードゥ・サ)砂嵐(ンドストーム)

 魔術適性:『火』『風』『聖』

 所持品: 大剣 青い鎧 




反町燦翔(そりまちきらと)


 極々希少な役割(URロール):【魔王】

 (ジョブ):【???】


(現時点で判明しているスキル)


 スキル:【眷属召喚】【魔王覇気】【身体強化】【肉体強化】【魔盾】

 固有スキル:【傲慢之王】

 魔術適性:『土』『闇』

 所持品: 融合したダンジョンコア

 


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