修行 一週間後
修行七日目の早朝、朝食を取りに皆が居間へと集まり無言の食事が始まる。
大抵が気力を根こそぎ奪われたかのように背中が丸まっている。それは連日の修行での疲労が抜けきっていないからだ。
十分な睡眠時間を取っていても、気力の回復が追いつかない。魔術での回復は痛めた肉体に作用するもので気力までは回復してくれない。
しかし鬼人の二人だけはやる気に満ち満ちているのが不思議だ。
何故かと訊いた事がある。
「神獣様に修行を付けてもらえるなど自慢できることだろう。強くなれると保証されている」
「強くなくちゃ生きてけねぇからな。神獣様に鍛えてもらえるなら有難いことだ」
と言った。勿論、神獣とは燿子さんのこと。
皆が繋がれた状態で崖から突き落とされ、スキルを封じられたうえでの崖登り。思い出しただけで震え出す始末。
その崖登りも漸く突破できた。次からは更なる試練が待ち受けているという、恐ろしい。
今も全身に乳酸が溜まり筋肉痛を起こし、飯を食べるだけで一苦労しているというのに。
ところで、今日の朝食はセフィーさんの手作り、とても美味い。
この料理だけは気力を回復させ活力を与えてくれる。
師匠の奥さんの手作り、ザ・この国の朝食って感じの朝食。セフィーさんは大の料理上手で、暇があれば涼葉が教わりに行っている。
いつか涼葉と二人で暮らせるなら、美味い料理が待っていると思うと励みになるだろう。
そんな優しい未来が実現するように生き抜かなくてはいけない。
今までの食事は避難民の皆と一緒に大人数で食べていた。
大人数故に道場の外で炊き出しのような形で行われていた。が、これからは家の中で食べることになる。
何故か? 道場で暮らしていた避難民は大方時勇館へと移って行ったからだ。今は一家族が残るだけとなっている、涼葉の友達の一家だ。
この家族、いつの間にか建てられていた立派なログハウスで暮らしている。ログハウスは道場の脇に在り、いつでも会えると涼葉が喜んでいた。
「はぁ~、次の修行は何かな? 今まで以上に難関なんだよきっと。気が滅入るよぉ~創ちゃん~」
涼葉も筋肉痛が酷いのだろう、箸を扱いづらそうに動かしている。
「ああ、滅入るがやらない訳にはいかない。幸いなことに、燿子さんに俺達を殺す気は無いらしいから頑張ろうぜ」
死んでも生き返らせるとか何とか言っていたからな。死んだ人間を生き返らせるってのが理解できないが、燿子さんが言うならそうなんだろう。
そんな気が滅入る話をしていると、未だ女神家に寝泊まりしている里山の奴が、飯をかっ喰らいながら喋り出した。
だから、物を口に入れたまま喋んなや!
コイツは元気だな、筋肉痛もなんのそのってか。
「確かに滅入るけどよ。実際に修行の成果が出てるぜ。なあ隆成」
「ん? ああそうだな、俺も新しいスキルを幾つか覚えたし、地の力が増してる気がするよ」
確かに修行の効果は高い。俺とて修行の成果で、新しいスキルを幾つか覚えている。
何を持っているのか、新たに何を獲得したのか後で纏めて確認しておこう。
この先、どんな強敵が出て来るか分からない以上、修行は大変に有益で有難く思う。
この修行、気は滅入るが手を抜く気もサボる気もない。命に関わる事だ、修行で強くなれば生存確率を格段に高めてくれる。
しかし、師匠の修行ですらこんなに厳しくはなかったんだが?
「かのさまは優しすぎんす。最悪の事態には、自分で対処しようとお考えなのかもしれんせん。ヌシさん、それに甘えていいんでありんすか?」
いつの間にか燿子さん一家が食卓についていた。燿子さん、眩耀、美耀の三人だ。そしてプラスαが一人。
「安全に強くなれるのです。文句など聞き入れませんよ」
ルシファーだ。
流石にこの四人は優雅にお上品に食事をしている、里山とは違う。
因みに女神一家は、邪魔にならない様にとログハウスの方で食事中とのこと。
食事の手を止めて眩耀が会話に参加する。
「そうだぜ創可。いくら厳しいからって、母様がわざわざ修行をつけてやってるのに文句いうなよ」
「だ、だいじょうぶですよ兄さま、創可さんもちゃんと分かってると思います」
……おかしい、この二人は一年とちょっと前に産まれたばかり。その筈なんだが? 生れた時にはどんちゃん騒ぎで大変だったからよく覚えている。
見た目は既に6~7歳児ぐらいになり、言葉も流暢に話す。自らの考えをもって行動もできている。
??? 今まで何で疑問に思わなかったのか?
あぁ、そうだ、魔物だからだと決めつけてたんだった。まさか神獣様だったとは。
美耀は伊志嶺暁識の治療をして直ぐに帰ってきている。
妹の美織はそれでも心配し、治療の継続と称し時勇館へと帰っている。
「な、なんだよ、しげしげと人の顔を見詰めるんじゃねぇよ。照れるだろうが」
「ポッ」
「あ、ああ悪い、ついな。分かってる、修行自体に文句は無いよ。只、俺達に成し遂げられるか不安だっただけだ」
そう言った俺を見て里山の野郎が言った。
「なんだ剣南はショタだったのか?」
「そんな訳あるかッ!」
失礼な事を言う。
実は俺的には、里山を修行につき合わせて強くするのは少し不安だ。
それは涼葉がダンジョンコアという特殊なロールを与えられているから。結果的に勇者の里山が涼葉の敵にならなければいいんだが。
「ふふっ、創可殿が相手でしたら目を瞑りんすえ」
「ちょ、ちょっと燿子さん!」
何を言ってるんすかッ!?
「だ、ダメなんだよ。創ちゃんはボクのなんだからね」
即座に反応を示してくれる涼葉を見て頬が自然と弛む。
涼葉は食事の最中に乱入してきた小動物に、確かショウガラゴと言ったか、それに野菜を与えていたがハッとして抗議した。
……今更何とも思わないが、日替わりでペットが入れ替わってるのはどういう仕組みだろうか? いや、今更いいけどな、ホント。
しかし……、
……??? えッ!
今、百獣の王が庭を横切っていったような……、――ライオンが庭を横切った!?
流石に肉食獣を見たのは初めてで驚きを隠せない!
驚愕する俺を他所に、燿子さんが話の続きを話している。
「ふふっ、それは失礼しんした涼葉はん。とりんせんので安心しなんし」
「うん、なら良いんだけど、……でも仕方ないんだよ、創ちゃんは魅力的だからね」
こっちをそっち抜けで話し続けないで欲しい。
「え、あの、その前に、ライオンが今……」
「え、創ちゃん見るの初めてなのかな? あの子は雄ライオンのレオンくんだよ。その後ろの二匹が奥さんのレオちゃんとオンちゃんなんだよ」
え、涼葉は知ってたのか?
肉食獣が庭を闊歩していて怖くないのか? 俺は正直恐怖を覚えるんだけど?
……よくよく考えれば魔物のホワィやリョカも庭を闊歩してるんだからいいのか? 肉食獣よりもおっかない魔物を相手に戦ってる訳だしな。
……それにしても、名前のセンスがない。名付けたのは間違いなく師匠だというのは分かった。
「今後の話をしんしょうか、今日は修行を中止して座学を致しんす。知識は有るに越したことありんせんからね」
座学と聞き、里山が反対なのか喰ってかかった。
「おいおい、今更勉強なんて意味あるのかよ。それよりも少しでも強くなるために修行を続けてくれよ!」
「おい優斗、こっちはお願いしてる側なんだから黙って聞いとこうぜ」
河合が窘め、続いてフィカスも声を荒げて里山を非難する。
「けっ、勇者様ともあろうお方が座学にビビってんのかよ。神獣様がそうお決めになったんだ、黙って従ってろや!」
「あぁあん、んだとコラァ、文句あんなら表へ出ろや、決着つけてやんよッ!」
「ああ? 今のテメェが俺に勝てると本気で思ってんじゃねぇよッ!」
最近は鬼人達の弱体化が随分と軽くなってきている。その影響もあり崖登りが達成できたんだろう。
感謝ではあるが、少し複雑な気分でもある。どうせなら自力で登ってみたいと思わなくもない。
「はいはい、そこまでにしなんし。ヌシさん等、箸を動かすんも苦労してはる様子。修行しても効果はありんせん。でありんしたら、身体を動かすのは最小限に留め、勉学に励む方が効率的でありんしょう」
「ち、分かったよ。勉強しりゃいいんだろ勉強を」
里山が折れた。
こうして俺達は食事の後、小休止をとり勉強するに至った。
先生は勿論この二人、
「さて、初めんすか」
「ええ、教え甲斐がありそうですね。さて、何処から教えましょうか」
燿子さんとルシファー。
どこからともなく大きなホワイトボードを取り出し語り出す二人。ルシファーに至っては何処で手に入れたのか眼鏡までかけている。
「では先ずはわっちから世界について講義したいと思いんす」
そこからは、それはもぅ長い長い話が始まった。
燿子さんはホワイトボードに幾つもの円を描き話始めた。
先ず最初に教わったのは、宇宙とは何ぞ? ってことだ。
曰く、宇宙はビー玉の中に存在するもの。
あくまでもたとえ話ではあるが、ビー玉の様な球体の中に宇宙が広がっているという。
世界がビー玉と言われても実感は湧かないんだけど。
そのビー玉の中にもビー玉宇宙が存在し、幾重にも重なり合っているという。
幾重にも重なるってことは、ねずみ算式に増えてるってことか?
連鎖する一つのビー玉宇宙、最初の一つ目(一番外側)の宇宙を第一界位と呼び、第一界位の中に存在するビー玉宇宙を第二界位と呼ぶ。更に第二界位の中のビー玉宇宙を第三界位と呼び数値が増えていく仕組みらしい。
このビー玉宇宙一つ一つの事を宇宙球と呼び、第一界位の内包する全てをひっくるめて無限に連なる宇宙球と呼ぶ。
アピロス・アペイロンが存在する場所を原初世界と呼び、アピロス・アペイロンは数えきれない程無数に存在しているという。
一つでもコスモスフェアを管理する者は神と呼ばれる高次元生命体で、原初世界に存在しアピロス・アペイロンを管理する神は神々の頂点であり最上級神と位置付けられる。
因みに、原初世界には果ては無いという。
「ヌシさん達、ここまでは大丈夫でありんすか? ついてきてんすか?」
いや、実は全員が混乱中だ。誰も混乱耐性は持っていないようだ。
里山とフィカスは揃って眉間に皺を寄せ腕を組みウンウンと唸っている。
「ん、え? ちょっと待てよ? にわかには信じられないんだが、じゃあなにか、宇宙には果てが存在してその向こう側にも別の宇宙が存在してるってのか?」
「そうでありんす。宇宙は今も広がってなんすが、果てに到達した時点で元に戻ろうと収縮していきんす」
「で、では神獣様、我々が世界を渡ったのは、そのコスモスフェアとやらを移ったという事ですか?」
バルサムが疑問を口にする。
「恐らくはそうでありんしょう。ヌシさんの世界についてわっちとルシファーはんとで調べんしたが、結局見つけられんせんでありんした。今居るコスモスフェアは第十三界位でありんすが、恐らくはもっと高位の界位から転移してきたと思いんす」
界位は数字が少ない程高位の世界だという、つまり原初世界を除けば第一界位が最上の世界となる。
神の力有りきの話だが、世界を移る場合高位から低位へとは割と簡単に移動できるらしい。が、低位から高位への移動は困難を極めるという。
人の力だけでは不可能で、どれだけ科学が発展してもその先は見通せないらしい。
「転移門を創った神は中級神、或は上級神だと思いんす。低級神ではそれ程の力はありんせんから。この神に喧嘩を売るのはよした方が利口でありんすね」
「そ、そうですか。しかし、神獣様なら…いえ、何でもありません。では、転移門で移動してから、更に我々をこの世界に転移させた者は?」
魔物達は二度の転移をしている。
先ず、生まれ育った母星から、師匠がパラレルワールドと称した世界へ。次にその世界から俺達の世界にダンジョンを通ってやってきている。
「そちらは低級神でありんす。ある世界の人間が力を付けて神へと至った一柱でありんした。低位の力でありながら人々の願いに応えようと努力した結果、この世界に繋がってしまったでありんすよ」
燿子さん、なんだか本人に会って来たような喋り方だな。
そうか、魔物の転移やその後には神が三柱も関わってたのか。
あ、蔦絵さんがこの世界の神に会いに行ったと訊いたな。そう言えば燿子さんは神獣だという、なら世界を渡る力もあるんじゃないのかな?
「もしかして、燿子さんやルシファーさんなら転移門を創り出せるんじゃないのかな?」
同じことを考えてたのか、涼葉が元気よく手を上げて訊いている。
「創るだけなら可能でありんすが、行き先が分からない事にはどうしようもありんせん」
今まで黙っていたルシファーが言う。
「はぁ、貴女は馬鹿ですか? 他力本願にも程があります。確かに私や燿子殿が本気を出せば元の世界に全ての魔物を転移させることが出来るかもしれません。ですが、宜しいのですか? 私は悪魔、対価は等価で頂く事になりますよ? 燿子殿とて同じことです。もし、私達に解決させたいなら、先に対価を用意してから言いなさい」
呆れたような、少し怒っているようにルシファーが答えた。
涼葉が小声で「ごめんなさい」と項垂れてしまった、何もそんな言い方しなくても良いじゃないか!
少し言ってやるッ!
「ルシファー、そんな言い方――」
「元々、神とはそれ程人に干渉しないものなのですよ。それには意味が在ります。今、手助けをしているのも、本来なら有り得ない稀な事なのです。これ以上を望むのであらば、対価を先に用意しなさい」
言ってることは分かるが、俺達人間からしたら神が関わっている時点で異次元の話であって、対抗手段なんて考えに及ばないことだ。
前に、神は自らを助くる者を助くと言っていたが、頑張っていれば助けてくれるのか? それでも対価が必要なのか? 対価を得る為に頑張るのか? 何を用意すればいいんだ?
ルシファーは小声でボソッと続けた。
「尤も、常識外れに無償で干渉する馬鹿を私は知っていますがね」
「ルシファーはん!」「これは失礼」と燿子さんとルシファー。
燿子さんはそれ以上の事を言いたくはないらしい。
「さて、次は私が魔法と魔術について講義してあげましょう。心して聴くように」
げ、打ち切られた! ルシファー、涼葉をションボリさせたことは忘れないからな!
ルシファーの話は前に訊いた話と同じ内容だった。
魔法とは神から力を受け取り、その力を使い奇跡を起こす。その力は神を信仰することで手にできる。
魔法には型がなく想像力が必要、その分精神的消耗が生じる可能性もあり、上手く想像できないとキャンセルされる。
同じ魔法をぶつけ合った場合、信仰する神の格が上な方が勝つ。同じ場合は神の御心次第だ。
魔術はマナと呼ばれる魔力を使って術を行使する。
魔術には型があり、型通りの奇跡しか起こせない。型とは術式と置き換えれ、術式とは魔術の設計図だという。
同じ魔術をぶつけ合った場合は、より練度の高く、より魔力が込められた方が勝つ。
「ついでにスキルについても話しておきましょう」
今身に付いているスキルは、この世界の神からシステムを介して授けられたもの。
神の気まぐれ一つで失われることも無くはないそうだ。
しかし、今使いこなし魂に刻み込めていれば失ったとしても、封じられたとしても扱える可能性があるとか。
そう言えば崖登り後半では、割と楽に登れていたような?
てっきり鬼人の弱体化が弱まってるお陰だと思っていたが、封じられてる筈のスキルを自然と扱っていた様な気もする。
「では続きまして――、ふむ、客人のようですね」
ルシファーが続きを言いかけて何かに気づいた様に明後日の方向を見る。
「そうでありんすね。この気配は美織はんでありんしょう」
燿子さんも同様にあらぬ方向をみて伊志嶺の名を口にする。何かあったのか?
「皆さん、相手の気配ぐらい攫めるようになっておいた方が良いですよ」
「それは次の修行で鍛えんす。では、わっちは迎えに行ってくるでありんす」
「分かりました。ではこちらはお茶の準備でもしておきましょう」
そこで廊下の奥から二人のメイドが入室してきた。
「いえ、それは私達の仕事です。御二人とも此方でお待ちください」
二人はこの家で働く戦闘メイドだ、名をイウとオルカと言う。
「では任せんす」と耀子さんが答え二人が動く。「では、しばし休憩としんしょうか」と続け休憩となった。
暫くしてイウさんが伊志嶺美織を伴い帰って来た。
オルカさんが伊志嶺の為にお茶を用意し素早く差し出している。
「おう、どうしたんだ美織? 俺に会いにでも来たんか?」
伊志嶺が入室して俺達に向けて会釈をし、里山へと返事を返す。
「違うよ優斗。ん? 違くないのかな?」
よく分からない返事をする伊志嶺。
「勇者の優斗に救援要請が来たんだよ。何でもスタンピードに襲われて、拠点が壊滅状態なんだって。幸い撃退できたみたいだけど、急いで救援を寄越して欲しいとか、どうする?」
「げ、スタンピードかよ。ここらじゃ無かったけど、やっぱあるんだなスタンピード。どうすっかな?」
「美織さん、何処の拠点なんスか?」
「鳥田高校だよ隆成君。今じゃ要塞基地って呼ばれてるって聞いてたけど、そこが襲われちゃったみたい。優斗と同じ勇者が居る拠点だったんだけど、留守中を襲われたみたい。地図も同封されてたから道のりは大丈夫だと思うよ」
「鳥田ぁ、おいおい隣の県じゃないか。遠いな、なんだって俺達に救援何て求めたんだ? 近場に拠点はないのかよ?」
里山の疑問にルシファーが答えを返す。
「幾つか小規模なモノならありますね。ですが何処も物資に乏しく救援に応えられる所は在りませんよ」
「う~ん、物資を欲しがってるのか、魔物を退治して欲しいのかどっちなんだろう」
「出来れば時勇館に移住したいって、それがダメなら復興の手伝いをお願いしたいって鳩さんが手紙を送って来たんだよ」
「美織さん、それは何人ぐらいなんですか」
「53人だって。あっそうだ、あと、【裏切り者】がダンジョン内に逃げ込んでるからどうにかしたいって」
「はぁ~、どうしたもんかね?」
里山がどうするか迷っている。
当たり前だ、助けを求める者を放っては置けないが、里山には時勇館を護る責務がある。
遠く離れた鳥田まで行けばそれなりの日数が掛かり、その間時勇館は無防備となる。
この辺りは、全てのダンジョンが死に割と魔物が少ない。って言うより最近は一体もお目に掛かっていない。
だが、安心してはいられない。もしもの時に動けるようにしておかなくてはならない。天一翔奏の存在があるからだ。
「道が整備されてればバスを使えるんだけどな、恐らくそう上手くはいかないだろう。そうなると時勇館の護りがなぁ」
「因みに救援要請を出した人の中に、十七夜月恵美って人がいるんだけど、隆成君の知り合いって書いてあったよ」
「なっ、恵美からの要請だったのかよ、アイツ無事なのか!」
「彼女は無事みたいだけど、お父さんが酷い目にあったみたいよ。どうするの?」
「俺としては助けたい。優斗、俺だけでも行っていいか?」
「お前俺の従者だろうが、俺から離れて良いのかよ! って言いたいが、めぐみんかぁ」
涼葉が見ていてやるせないのか俺の袖を引っ張りこそっと耳打ちた。
「ねぇねぇ創ちゃん。ボクたちも助けに行けないかな?」
「ああそうだな、修行を中断することになるけど困ってるなら助けてやりたい。行ってみるか!」
そこで黙って様子を窺っていた燿子さんが口を開く。
「丁度良いでありんすよ、人助けも修行になりんす。時勇館のことはわっちに任せなんし、皆で行ってくるのもようござりんす」
「足と物資は私共が用意しましょう。移住させるならそれなりの足が必要ですね。貴方方はサッサと旅支度にかかりなさい」
どうやら有無を言わさずに行かされるらしい。
メンバーは、俺、涼葉、里山、河合、伊志嶺の五名だ。伊志嶺の兄を連れて行く話も出たが、いくら何でも時勇館がお留守すぎると却下されていた。
燿子さんが面倒見てくれるなら連れて行っても良い気がするが、それでも見ず知らずの燿子さんと住人との仲介人が必要だという。
あと、鬼人の二人も行けない。相手方を刺激してしまうからだ。
という訳で、俺達五人は支度を済ませ出発することに。
その時に初めてルシファーの用意した足とやらを拝むことになった。
度肝を抜かれるとはこのことだろう。見た瞬間に腰を抜かしそうになったのは内緒だ。
皆が唖然と見つめている。
要は幌馬車なんだが、馬車じゃない。
引いてるのが馬ではなく、デカい白い虎だった。
普通の虎の様でそうではない。先ずデカさ、一回りはデカい。そして体格もゴツイ。更に牙や爪が鋭すぎる。コイツは魔物じゃなかろうか?
そんな虎車を5台用意されていた。
これは、一人一台馭者をしなくちゃいけないんだけど。
「問題ありません、これらは勝手に目的地まで行ってくれますので馭者は必要ありません。それと【飛行】能力を持っていますので、悪路にも強いので心配不要です。ですが、修行になりませんので戦闘には参加しないように言い含めてあります。ああ、物資の方は食料と医療用品、それと日用品に工具や木材などを積んでいます。あと、大量の魔石を創可殿に差し上げますので、他に必要な物があれば【等価交換】に使ってください」
ルシファーの奴に「それではご武運を」と、とっとと送り出された。
修行の成果でスキルは幾つか増えている。が、魔術の方はこれから教わる予定だった。
空間魔術は使えない、他の魔術はからっきし、それでも困ってる人を救いに行こうじゃないかッ!