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俺の彼女はダンジョンコアッ!  作者: やまと
2章
29/78

とある拠点で勇者は嘆く

 剣南創可(けんなみそうか)が居候中の女神家(おみながみけ)から100㎞ほど離れた場所に、嘗て鳥田高校と呼ばれた要塞が存在する。

 学校だったその場所は、大挙した魔物の暴走(スタンピード)を食い止め退けた過去から、鳥田防衛基地と呼ばれるようになっていた。


 鳥田防衛基地には一人の勇者が存在した。蓮池恋鞠(はすいけこまり)という現在16歳の少女だ。

 彼女の家族はスタンピードに巻き込まれたことで既にこの世にいない。

 彼女が家族の無念を晴らすべく奮闘した結果、スタンピードを食い止め、名実ともに勇者と呼ばれるようになった。

 勿論、彼女が一人で止めた訳ではない。多くの戦士たちが力を合わせた結果なのだが、主力として活躍した者達こそが勇者が率いるパーティーだったのだ。

 その時のメンバーとは、


 ロール【リーダー】ジョブ【勇者】の恋鞠。


 恋鞠の友であり密かに憧れを抱く少年、

  ロール【調整役】ジョブ【魔術師】の白崎賢人(しらさきけんと)


 恋鞠の親友の少女、

  ロール【ムードメーカー】ジョブ【双剣使い】の知地理茉子(ちちりまこ)


 茉子の彼氏で三学年上の青年、

  ロール【門番】ジョブ【守護者】の大守龍護(おおもりりゅうご)


 龍護の親友で外国からの留学生だった、

  ロール【路傍の石】ジョブ【重者】のマーシャル・ディオン。


 主にこの五人の活躍がありスタンピードを止めることができた。


 彼等の実力は、五人掛りなら鬼人にも引けを取らない程に成長していた。

 何故彼等がそれ程の力を付けたのか? それは、そうでなければ生き残れなかったからだ。

 鳥田要塞基地の周りには二つのダンジョンがあり、そこからは常に魔物が吐き出されていた。

 彼等は毎日のように排出される魔物を討伐し続け、実戦を繰り返す事で強くなっていった。


 そして今日も今日とてダンジョンの入口を見張っている。

 ダンジョンの入口は鳥田を挟む様に西と東に存在し、恋鞠達パーティーは西の入口を担当している。

 西を担当するのは鳥田で最強のパーティーである恋鞠達のみ、他は全て東に配属されている。

 勇者パーティーは他のパーティーと比べ隔絶した力量を有している。その為に力のバランスを取った結果だ。


 西の入口は嘗ての商店街、しかし今では見る影もなく建物は崩れ落ち、アスファルトからは力強く植物が育ち緑に溢れる場に変貌を遂げていた。

 この様な変貌は珍しい事でもなく、世界各地で起きていることだ。最低限の道は確保されていはいるが、嘗ての面影は薄い。

 そんな場所で、植物を弄りながら魔法使い然とした格好の賢人が言う。


「今日も出てこないね恋鞠。そろそろ中に入って駆除した方が良いんじゃないかな?」


 最近は入口の前で待っていても、滅多に魔物が出て来なくなっていた。

 恋鞠が返答する。彼女の格好は白銀の鎧姿、正に物語に出てくる騎士を彷彿とさせる。


「私もそう思うんだけど、青木さんが危険だからまだ待てって」


 青木とは鳥田で占い師をしている三十路を過ぎた魔女だ。

 彼女のロールは【相談役】でジョブが【魔女】の、世界が変貌を遂げる前から占い師を生業とした人物だ。その為に恋鞠達は彼女の助言を大事にし素直に訊いてきた。


 会話を聞いていたのか眉間に皺を寄せ話に入ってくる龍護。


「でもな、このまま内部の魔物が増え続ければまたスタンピードが発生するぞ。魔物を倒さないと増える一方だ、早く手を打った方が良い」


 龍護は全身を鎧に包んだ重戦士。巨大な盾を持ち、大型の魔物の突進すら受け止めた膂力の持ち主だ。

 龍護と付き合いだして既に三年の彼女、茉子も会話に参加する。


「でもでも、青木さんの占いって外したことがないって言うじゃん。きっと今入るのは危険なんだよ。こまりんにもしもの事があったら大変だよ」


 茉子は恋鞠の事を親しみを込めてこまりんと呼ぶ。そんな彼女の姿は革の軽鎧、身軽に躱し攻撃するタイプの双剣使いだ。


「危険なら尚の事勇者パーティーの俺達が対処しないといけないんじゃないのか?」

「龍護だって危険なんだからね。何かあったら私泣いちゃうよぉ」

「お、俺だってお前に何かあったら生きていけないよ。だから、俺から離れるなよ」


 龍護が茉子を抱き寄せる。

 そこに、崩れたコンクリートの破片に座り込んでいるマーシャルが続く。マーシャルの格好はラフな普段着と変わりない。


「はいはいご馳走さま、ラブラブで羨ましいね。ダンジョンの事はさ、先遣隊に任せなって。ほれ、最近は魔物が弱体化して弱ってるみたいだし、難易度が低い内に奴等も成長させてやらないとな」

「いや、占いじゃ危険なんだろ?」


 ダンジョン内を調べる先遣隊が編成されている。それは隠密や検敵に優れ、生き残る可能性の高い者達で構成されていた。しかし、それでも危険である事に変わりはなく、ミッションをクリアさせ報酬による強化は必要不可欠だ。

 その先遣隊の活躍もあってダンジョン内部の魔物の数が減ってきているのは確認済みだ。だが、それは潜れた範囲での話。


「でもでも、魔物が出て来ないのは、魔物が魔物を倒してるからでしょ? 勝手に減ってくれるのは有難いけど、ホントにそんなことってあり得るのかな?」

「どうかね、でも、減ってるなら最低でもスタンピードはないだろ。無理して進むことなくね?」

「楽観視はできないよ。仲間割れでレベルアップなんてされちゃったら困っちゃうよ」


 魔物の排出が少ないということは、魔物の数がダンジョン内に収まっているということ。

 それはつまり、魔物が魔物を倒し数そのものが減っているのだと鳥田では考えられている。

 茉子が言っていることは、魔物がミッションをクリアして個別に強くなっては困るということだ。


「確かに楽観できないが、俺は悔しいんだよ。厄介なクエストをクリアした奴が居る、だが俺達はクリアに貢献できていない。悔しくないかマーシャル? 俺達は可成り強くなったんだぜ」


 大半が女神家(おみながみけ)によってクリアされたことだが、全人類にクリア報酬は支払われている、無論彼等にも。

 龍護にはその事がたまらなく情けなく感じていた。


「強くなっても安全が一番だね。お前、そんな事言ってっと早死にするぜ」

「やめてよそういうこと言うの、私の龍護が早死にする訳ないじゃん」

「はははっ、わりぃわりぃ。ついな」


 まったくも~、と頬を膨らませる茉子。

 龍護は自分の事で怒ってくれる彼女に、内心嬉しく思う。


「今思えば、前回のスタンピードは雑魚の集まり程度のものだったろ? でもよ次もそうだとは限らないんだぜ。その時、確実に皆を護り抜く自信が俺にはない。だから、早めに魔物の数を減らしたい」


 嘗ての魔物の暴走は、唐突ではあったが極めて数が多かった訳でも魔物の質が高かった訳でもない。

 魔物はゴブリンやオークと言ったスタンダードな奴ばかりで、戦い方は既に研究され対抗策が取られていた。

 しかし、未知の魔物を相手取るとなると話は変わってくる。

 肉弾戦を好むのか、魔術を扱えるか、知能はどれ程なのか、罠を張るのか、最大の武器は何か? 最低限の知識を知っておかなければ対処は難しい。


「次なんて無い、と言いたいもんだ。……にしても先遣隊の奴等、遅くないかい?」


 先遣隊が突入したのは昨日のことだ。

 確かに日を越えて潜る事もあるが、基本は日帰りだと決めている。調べられる範囲は狭いが、前回調べた場所まではすんなりと行け、そこから探索を広げていく。

 徐々に探索時間が伸びるのは仕方がない事ではあるが、マーシャルには余りにも帰りが遅く感じられた。


「そう言えば先遣隊の皆、野営の道具を持ってったのかな?」

「…………」


 恋鞠の質問に応える者が居ない。誰一人確認していなかった。

 不安気な賢人が提案する。


「や、やっぱりさ、中に入って様子を見て来ようよ」


 その時、


「いや、まて、何か出て来るぞ!」


 ダンジョン入口から何者かが出て来ようとする気配を感じた龍護がストップをかける。

 全員が眼を凝らし入口を凝視する。視界に映るのは薄っすらとした影。影は人型でユラユラと揺れているように見える。

 龍護が前へと出て巨大な盾を構え、その両脇に恋鞠と茉子が立つ。少し後ろに賢人とマーシャルが位置取り、基本的ないつも陣形をとった。

 固唾を吞む一同、徐々に姿を現したのは全身を血に染めた、先遣隊の一人だった。 


 「め、めぐみんッ! な、何で、どうしたのッ!」「大丈夫か!?」「何があったの!?」と駆け寄る面々。


 出て来た人物は女性だった。彼女は先遣隊のリーダーの娘、名を十七夜月恵美(かのうめぐみ)といった。


「だ、大丈夫、……じゃないよ! 恋鞠、恋鞠助けて、お、お父さんが、皆が大変なのッ!」


 恋鞠達は焦る恵みを落ち着かせ何とか話を訊き出した。


 恵美たち先遣隊は12人で構成され昨日ダンジョンに突入し、検索済みの最深部には直ぐに辿り着いたと言う。

 ダンジョンの内部は巨大な洞穴の様な構造で、奥に進むと階下に進むための階段がある。

 一歩一歩警戒し慎重に歩を進めていった。そして6階層への階段を降り切った所である人物と遭遇したそうだ。

 その人物とはある意味有名な男、決してダンジョン内部に居るような人物ではなかった。

 彼は鳥田の片隅で一人で暮らす25歳の青年、不名誉な役割を与えられたが故に村八分にされた哀れな男だ。

 名を、反町燦翔(そりまちきらと)と言い、【裏切り者】のロールを神から押し付けられた犠牲者でもある。


 燦翔はキィヒヒッと笑いながら先遣隊を見てジッとして動くどころか喋りもしない。

 先遣隊のリーダーである恵美の父が声を掛けた。それでも、燦翔は独特な笑いで応えるだけだった。

 気でも違えたか? そう思ったらしい。

 しかし、このまま放置していい問題でもない。彼は【裏切り者】であり、鳥田に恨みを抱いていても可笑しくはない人物なのだから。

 恵美の父が今度は大きな声で呼びかける、が次の瞬間――、


 ――グシャ


 背後からイヤな音が響き、暖かく粘つく何かが身体中に飛び散ったのを感じたそうだ。

 父の横に立っていた恵美が振り向くと、そこには血と肉の海が出来上がっていた。

 正に一瞬、先遣隊の半数が何者かによって、摺り潰された大地に散らばったのだ。暖かな何かとは仲間達の飛び散った血肉だった。


 混乱した頭を無理矢理に回転させるのに失敗、理解出来ずに悲鳴を上げた恵美。

 先遣隊の面々は咄嗟に散らばり追撃に備えるが、一人また一人と摺り潰され最後には父娘ともう一人だけになっていた。


 生き残った三人は降りて来たばかりの階段を急いで駆け上がる。

 行きにはほとんど見なかった魔物の数が目に視えて増えており、逃げ延びることを優先し必死に走り一階層まで逃げて来れた。

 出口まであと僅か、そう思った瞬間、見た事も無い魔物に襲われた。

 父ともう一人は恵美を逃す為にその場に残り足止めを買って出てくれた。

 一刻も早く応援を呼んで来い、と。

 こうして恵美はダンジョンを抜け、恋鞠と再会を果たす事ができたのだ。


「みんな、急いでめぐみんのお父さんを助けに行こうッ!」


 恋鞠は即座に決断する。しかし、


「まて、また誰か来るぞ!」


 今度は背後から、必死に走ってくる男が居た。


「ま、待ってくれッ! た、大変だ、大変なんだッ!」

「今度は何ッ!?」


 近寄ってくるのは【伝令】のロールを持つ男、普段は伝書鳩を使い連絡を取る彼が自ら走ってやって来た。

 彼は狙った相手に確実に伝書鳩を送り届けることが出来る。だが、そんな彼が自ら走って来るのは余程の事が起きたのだろう。

 辿り着いた彼が言う。


「た、大変だ、基地が、鳥田が襲われてる。魔物だ、魔物の群れがまたやって来やがったんだッ!」

「「「なにッ!!!」」」


 再びのスタンピード、それも勇者一行不在のこのタイミングで、何者かに仕組まれた? と疑問が浮かぶ、一人やりそうな人物が居たからだ。


「ちっ、反町燦翔(そりまちきらと)か!?」

「そ、そんな。それじゃあお父さんはッ!?」

「それだけじゃねぇ、青木の嬢ちゃんが何者かに殺害されていたんだッ!」

「「「なッ!!!」」」


 必死に逃げ延び、助けが来るものだと思った恵美は、父か拠点かを天秤にかけねばならない事に絶望する。哀れに思う龍護が言う。


「くそっ、十七夜月(かのう)の親父さんを助けてからで間に合うよなッ!?」

「既に門は突破されてる。内側から開錠した馬鹿が居たんだよ。悠長な事言ってると間に合わなくなるっぞッ!」

「くそ、反町のヤローッ!」

「お、お父さんを見殺しにはしたくないよッ!」

「私がめぐみんとお父さんを助けに行くよ。みんなは一足先に鳥田に戻って」

「駄目だよ! 恋鞠一人行かせられないよッ!」

「じゃぁどうるのよッ!? 」


 今まで黙っていたマーシャルが割り込む。


「戦力を裂くのは無謀じゃね? ってことで、俺がおやっさんを助けに行ってくるよ。俺なら居なくても大した影響はないだろ。なに、倒す訳じゃなく逃がすだけなら俺にでもできる」


 マーシャルは、気配を消し背後から一刺しする暗殺者タイプだ。


「二人だけじゃ危険だよッ!」

「寧ろ俺だけの方が見つからずに済む。知ってるだろ? 俺は【路傍の石】だ、魔物だって道端の石ころなんか気にしないっての」

「そんな、見つからないって保証はないんでしょ?」

「いや、マーシャルが見つかった事は無い、案外名案かもしれない。マーシャル、出来るんだな?」

「ああ、任せろ。龍護も気を付けろよ」

「お前だろそれ!」


 そしてマーシャルは恵美と共にダンジョンに入っていった。


「恋鞠、恵美さんのことはマーシャルに任せよう」

「賢人、…うんそうだね。私達も急ごう。間に合わなくなる前に!」

「「「おうッ!」」」


 恋鞠達は迷いを振り切り、伝令の男をその場に残し駆けだした。

 その速度は凡そ人では不可能な程の速さ、既に人を超えた四人の最速力だった。


 ――しかし、

 それでも遅かったのだ。鳥田が視界に入るとそこは地獄絵図が広がっていた。


「そんなッ!」

「間に合わなかった!?」


 急ぎ鳥田へと入り、目に映る魔物全てを片っ端から斬り裂いていく。

 恋鞠の視界の片隅に映る少女の姿、瞬時に近付き抱き起した。


「ゆ、…勇者さまぁ、ごめんなさい、き、基地を、ま…護れな、かっ…た……」


 辛うじて息のあった門番当番の少女が恋鞠の腕の中で息絶えた。

 眼を見開いたまま息を引き取った少女、恋鞠はその瞼をそっと手をやり閉じさせる。

 少女を抱きしめながら俯く恋鞠に、どう声を掛けていいのか分からずに立ち尽くす仲間達。

 恋鞠とて勇者と言えどまだ16歳の少女だ、これ程の強い感情の抑え方など知らない。

 この感情の昂りは家族を失った時よりも大きく感じられた。

 今は護れるだけの力を付けたのにと。


「あ、あぁああああぁぁぁぁぁぁ――――ッ!!!」


 勇者の慟哭が響き渡る。

 その慟哭は魔物を呼び寄せた。勇者の少女は怒りの捌け口を得たように、まるで狂人の如く剣を振るう。

 仲間達の援護など必要とせず、只ひたすらに魔物を斬り裂く。既に息絶えた魔物すら細切れにしていく。

 そんなリーダーの姿を呆然と見つめる仲間達だった。


≪負の感情を養分として、蓮池恋鞠(はすいけこまり)の進化の種子が発芽しました。

 無数に存在する進化先から一つを選んでください。

 ――――

 確認しました。種子の開花が始まります。

 …………

 種子は芽吹き開花しました。

 種属【人間】は【魔人】へと進化しました。

 全ての能力値が大きく上昇、寿命が大幅に引き延ばされます。

 闇属性を獲得しました。

 ジョブが【勇者】から【魔を秘めし勇者】へとジョブチェンジしました。

 スキル【飛行】を獲得しました。

 スキル【邪剣術】を獲得しました。

 スキル【二重魔術(ツインマジック)】を獲得しました。

 闇系魔術の適正を獲得しました。

 以上で進化を終わります≫


「…………」


 恋鞠にしか視認できない文字が浮かぶ。

 内心思うところはあるが、それでも恋鞠は動きを止めることはなかった。




  ◇◇◇◇◇




 ところ変わって。

 ダンジョン内に父親を助けに戻った恵美達だが、内部に侵入した瞬間から死を連想させる気配を感じていた。


「おかしいです。さっきまでの雰囲気と全然違う……」

「ああ分かるよ。いつもとは違う血の匂い、瘴気とでも呼べばいいのか? 空気が淀んでいる感じだ。何なんだよいったい」


 足を踏み入れた瞬間から空気の違いに気づいていた。

 何とも重苦しいズッシリと粘り付くような空気。


「それに、さっきまで居た魔物が一体も居なくなってます」


 脱出の際に襲って来た魔物が一体も居ない。まさか父たちが一体残らず始末したとは思えない。

 死体の一体すらないダンジョンに不気味さを感じる。

 「急ごう、親父さんが心配だ」「はい」、声を掛け歩を進める。しかし、いつもよりも遥かに身体が重く、一歩進む毎に重さが増していくようだ。


「めぐみんちゃんはダンジョンを出た方が良い。俺一人なら気配を消せるけど君が居ると見つかる可能性がある。ハッキリ言って足手纏いだよ」


 マーシャルは敢て辛辣な言葉を選び恵美に浴びせる。

 恵美をダンジョンの外へと出そうと考えたからだ。嘗てない程の危機感が、煩いぐらいに警鐘を響かせている今、戦闘能力の低い彼女を連れて行くのはリスクが大きい。


「そんな、私だって戦士の端くれです」


 恵美には、足手纏いだと言うマーシャルの言葉が気遣いだと気づいてはいる。が、もう逃げる訳にはいかなかった。父を前に再び逃げ出す事が出来なかった。


「キィヒヒヒッ」


 そんな時、奥から聞き知った笑い声が足音を伴って聞こえてきた。

 恵美からしたら先ほど出会ったばかりの人物だ。先は言葉を発しなかった彼が笑いながら話しかけてくる。


「キィヒヒヒヒッ、来るのが遅いなぁ、ヒヒッそんなに遅いと君のお父さんは手遅れになるよ?」


 反町燦翔(そりまちきらと)が現れた。

 マーシャルは燦翔に気づかれる前に咄嗟に気配を消した。

 マーシャルは路傍の石、彼がその気で気配を消せば誰であろうと見つけ出せない。いや、気づいたところで気にならないのだ。


「お父さんは無事なの! 何処に居るのよッ!」


 キィヒヒッと笑い返事を返す燦翔。


「君のお父さんは生きてるよ、辛うじてって感じだけどね。拘束してネズミ共に生きたまま、手足の先から徐々に喰わせてるんだあ。キィヒヒッ、いいよね、生物の最大の恐怖は生きたまま食べられちゃうことなんだって。聞かせてあげたかったな、最初は彼もいい声で叫んでたんだよ。

 えっ、何故こんなことをって思ってるの? 答えは簡単、僕に散々なことしてくれた連中に仕返しをしようと思ってるんだ。それも数倍にして返すつもり。大丈夫だよ、あの忌まわしい基地は既に手遅れだからね。急いで戻る必要はないよ」


 父親の状況を聞いた恵美の心が乱れ、声も発せられない程の動揺を示す。

 鳥田防衛基地が手遅れだと訊きマーシャルの気配が微かに乱れる。


「キィヒヒッ、良いねその表情ッ! 僕の見たかったモノだよ。いいよ、君()は見逃してあげよう。お父さんも返してあげる。尤も少々齧られてるけどね」


 言った直後、燦翔の姿が闇に溶け込む様に薄らいでいく。


「ま、待ってッ! お父さんは何処ッ!? 基地が手遅れってどういうことッ!」

「君のお父さんはこのまま進めばいいよ。急いだ方が良い、ショック死なんてのもあるからね。

 基地の方は魔物に襲わせてるから、もう間に合わない。嗚呼、君達が鳥田を見た時の表情が楽しみだ。また素晴らしい表情を見せておくれ。それまでさようなら……」


 そして気配は完全に消えた。


「くそアイツ、俺の事にも気付いてやがったな! 魔物に襲わせたって、奴はテイマーなのか!?」

「それよりもお父さんを早く助けて基地に戻らないとッ!」


 二人は急ぎ進み、手足が齧られ不格好に拘束されている先遣隊隊長を救助する。

 残念ながらもう一人の隊員は既に無くなっていたが、父親の方は辛うじて生きてはいた。

 既に手足の指は全て無くなり、右足に関しては根元まで喰われた後だった。


「急いで戻って回復魔術師に見てもらおうッ!」


 マーシャルが背負い、恵美が先導する。

 死んだ仲間に一言詫び、彼等は走る。

 出口まで、一体たりとも魔物と遭遇することはなかった。燦翔の言う通り、彼等は見逃されたのだ。




  ◇◇◇◇◇




 どれ程の時間が経過したのか? 気付けば鳥田には魔物の一体も居なくなっていた。

 ほぼ全ての魔物を恋鞠一人で討伐してしまったのだ。


「こ、こまりん、大丈夫なの?」


 親友の茉子ですら恐ろしくなる程の鬼気迫る恋鞠の戦姿。

 魔物の返り血で赤黒く染まる姿が痛々しく視界に映りこむ。


「……茉子、私は大丈夫だよ。でも、でも基地のみんなが、みんながッ!」

「うん、そうだね。でもまだ全員が助からないと決まった訳じゃないよ。生き残りを探して救助しないといけないよね? だから、もう泣かないで、生きてる者を救おうよ」


 恋鞠の瞳からは止めどなく涙が流れていた。

 声も出さずに涙を流す勇者の姿、皆が労りの眼差しを向ける。


「うん、そうだよ恋鞠、僕達しか彼等を助けられないんだ。泣いてる暇なんて無いよ」

「そうだぜ、お前は勇者だ、この先多くの人を助ける事になる。こんな所で泣いている場合じゃないだろ。この先お前はより多くの人を救うんだ。こんな所で留まっている暇はないぞ」


 親友の茉子、そして大切な仲間の賢人と龍護の言葉を受け感情を上手く呑み込んでいく。

 決して消える事は無いのだろうと思う反面、自身の奥深くに閉じ込めておこうとそっと心に言い聞かせる。


「うん有難う、落ち着いたよ。よしっ、じゃあ手分けしてまだ息がある人を探して救出しよう!」


 せわしない救助活動が開始された。

 見つけられた怪我人を医療施設へと運ぶ。運よく医療施設は生きていた。

 恋鞠は救助活動を仲間達に任せ、怪我人を片っ端から治療し、重症者には恋鞠の回復魔術を使い癒した。


 途中でマーシャルと恵美が合流し、恵美の父親の怪我の酷さに驚いた。

 父親は魔術でしか対応できない程重傷のため、恋鞠は父親に掛かりっきりとなる。


「くっ、感染症まで起こしてるよ! 『ヒール』だけじゃ助からない。……うん、試してみるしかないか」


 恋鞠が何かを決断する。


「獲得したばかりで初めて使うけど、【二重魔術(ツインマジック)】『ヒール』『キュア』ッ! お願い、うまくいってぇー」


 進化に伴い得たスキル、【二重魔術(ツインマジック)】はその名の通り同時に二つの魔術を扱うもの。

 恋鞠は傷を癒す『ヒール』と、病や感染症に効果を発揮する『キュア』を同時に行使する。

 その結果、苦し気だった父親の表情が目に視えて和らいでいく。


「ああ、お父さん! 有難う恋鞠、本当に有難う。この御礼はいつか必ずするからね」


 わぁ~んと泣き出す恵美を見てホッと息を吐く。


「めぐみん、私の魔術だと欠損箇所は再生できないんだ、ごめん。でも、もう命の危険はないから、そこは安心してね」

「ううん、生きてるだけで嬉しいよ、ありがとう恋鞠」

「助けられて良かったよ。じゃあ、私は他の患者さんを見て来るから、めぐみんはお父さんと一緒に居て。あっ、そうだ、点滴が有るから念のためお父さんに打っとくといいよ」


 こんな世の中になり、出来るだけ多くの者に医療の知識を伝えた鳥田では、点滴は誰でも打てるようになっていた。


 恋鞠が治療を続けた甲斐もあり、治療が済んだ者達が手を貸してくれるようになった。お陰で治療速度が格段に上がり、助けられる人数が増えた。

 それでも、生き残った者は恋鞠達を含めて53名だった。

 この人数を多いと考えるか、それともたった53名だと嘆くべきか。


 医療施設の外では、勇者パーティーの面々が今後について話し合っていた。


「これだけ生き残れば復興も可能か?」

「無理だね、あれだけの人数の拠点を落とされたんだ。数十名では次は耐えられないよ」


 龍護とマーシャルだ。


「でもでも、護りを固めてる間にまた人数が増えないかな? こまりんのお陰で当分はスタンピードは起こらないよね?」

「どうなのかな? いくら時間があっても、一度落とされちゃった基地に人が集まってくるかどうか?」


 茉子と賢人。


「う~ん、ここは【調整役】の賢ちゃんの出番なのではないのですかな?」

「え゛、むりむり、青木さんが生きてれば助言して貰えたんだけど、僕に良案なんて出ないよ。……あ、でも、ここから100㎞も離れてるけど、恋鞠と同じ勇者が治める基地があるって聞いたことがある。時勇館高校を改造した場所らしいけど、試しに行ってみるのも良いかもしれない」

「おいおい、100㎞も数十人連れて移動するのは自殺行為じゃないのか?」

「だよね。じゃあ誰かに応援要請に行って貰うとかはどうかな」

「誰が行くんだ? 俺達が行けば、ここの防衛が疎かになるぞ。正確な位置も分かってないんだろ? 【伝令】の伝書鳩も、知ってる場所や人物の元へじゃないと飛ばせないと訊いたぞ」


 伝書鳩は【伝令】の能力で生み出すモノだ。使い手の頭に明確な場所や人物を思い描けないと伝書鳩は飛ばない。


「いや龍護、確か別の誰かが知っている場合でも出来るんじゃなかったっけ? 生き残った人の中で時勇館出の奴は居ないか確認しよう」

「あれ? そう言えば、めぐみんがそっちの高校の出じゃなかったっけ? 私聞いて来るよ」


 言うや否や建物の中へと入って行く茉子。


「よし、あとはアイツの問題か」

「アイツ?」

反町燦翔(そりまちきらと)


 反町燦翔(そりまちきらと)、彼が不幸なのはロールが【裏切り者】だったからだ。

 燦翔が何かした訳でも、まして彼の家族が悪い訳ではない。

 生きるのに困難な世の中で、彼の様な不安要素は排除したいと考える者が多かっただけだ。

 結果、仲間も出来ず、話しも聞いて貰えず、食料の配分すら微々たるもの。その恨みは肥大化し復讐心を芽生えさせ【裏切り者】へと至った。

 元々彼に責など無かったが、神から与えられたロールに恐怖した周りの人間が彼を【裏切り者】にしたのだ。

 その責の一端は、力を持ちながらも止められなかった勇者パーティーにも有ると言える。


「奴も哀れではあるんだが、……話し合いで解決しないか?」

「無理だね。俺は奴をこの目で視たけど、アレはもう人の心なんか持ってないよ。現にめぐみんちゃんのお父さんは残酷な方法で痛めつけられている。アレを許す事なんて出来ないよ」

「あ、ああ、そうだよな」

反町燦翔(そりまちきらと)はまだダンジョン内に居るんだよね? あんな近くに居たらみんな安心できないよ」

「そうだね。出来るだけ早く俺達で倒さないとだな」


 燦翔の対策を考えていると、茉子が伝令の男と恵美、それと恋鞠を連れてやってきた。


「おーい、めぐみんが時勇館の人と知り合いだって! 伝書鳩が使えるよぉ~」

「おお、これで助かるかも知れない、早速応援を頼もうぜッ!」


 こうして、鳥田から時勇館へ救助要請がかかったのだった。




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