厄災 八〇〇日目
「聞いてやすか? 創可はん」
「う~、き、聞いてますよ燿子さん。すみません反省してます。許してください!」
俺は朝っぱらから昨日の戦闘の件で正座させられ、2時間にも及ぶ説教を受けている真っ最中。
空間魔術を行使し失敗したことで燿子さんの逆鱗に触れてしまったらしい。冷たい廊下に正座させられコンコンと説教を受けている。……妖狐なだけに。
「空間魔術をたかだか数名で行使しようなどと、どれだけ危険なことなのか分かりんしたか?」
「重々承知しましたです。はい」
あ、足が痺れたッ! 既に2時間位は正座しっぱなしだ。
誰か助けてくれ――ッ!
「燿子殿、それ位で許してやってはくれまいか。私が彼を煽った事が事の発端、叱るなら我等も同罪であろう」
う、まさかのバルサムからの援護。有難うバルサム!
何故かあの場に居た六人全員が女神家へと護送されたんだ。
「そうだぜ、空間魔術をやったのはあの場に居た全員が出来ると判断し手を貸したからだ。ソイツだけを叱るのはおかしくないか? それにそうでもしなきゃアイツは倒せなかったぜ」
フィカスまで俺に援護射撃をしてくれている。
俺だけ2時間も正座させられてるからか? さすがに哀れだと思ったのか?
だが、何故お前達はコタツでミカンを食べながら話すんだ。俺は廊下で正座だというのに!
「黙りなんしッ! いい加減なことはしゃれなんすな、同じことをされては困りんす。主さん達は事が起きてから責任がもてんすか!?」
「しかしよお」
「キッ」
「お、おお、悪かったよ。諦めろ創可」
あっさりと引き下がるなフィカス!
燿子さんと最初に会った鬼人二人は、声を揃えて「何故こんな所に神獣がいる!?」と言っていた。
燿子さんは雲の上の存在であり、獣の神だと褒めたたえ敬っていた。そんな相手に睨まれれば引き下がるのも頷けるが、それでも助けて欲しい、いや、助けて下さいッ!
「ぎゃぎゃ、創可が悪いぎゃ、あの魔術は危険だぎゃ」
「きゃきゃ、そうだきゃ、創可が悪いきゃ。後先考えないと痛い目みるきゃ」
ぐぬぬ、黙れホワィ、彼女ができたからって調子に乗りやがって! 話を訊いただけのくせにぃ! それに、アスプロも知りもしないで言うんじゃない!
そう、ホワィに彼女ができたんだ。
ダンジョン内にて紡と糾が魔法で捕らえてきたホワィと同種の突然変異体、人と同じ肌をしたゴブリンクィーンだ。
二人は会うなり互いに一目惚れ、即座に恋仲となり付き合い始めたんだ。
初めは二人は母と息子だと思っていたが、全く関係がなかったそうな。
涼葉が嬉しそうに“アスプロ”と名付けていたのを思い出す。ってもついさっきのことだが。
「ホワィの言う通りでありんすッ! 一歩間違えれば世は終わってんした」
がぁああー、その後も更に2時間の正座が待っていた。
くぅ~、まさかお淑やかな耀子さんがここまでガミガミと言うなんて。余程危機的状況だったのだとわからされた。
因みに鬼人親子は既に炬燵には居ない。二人して庭で木刀を振るっている。
「ふぅ~、酷い目にあった」
「でも創ちゃん、あの時はホントに危険だったんだよ」
オコタに座る俺の隣に涼葉がスルリと座りミカンに手を伸ばす。大雑把に皮を取り、大半を一口で食している。
美味そうにモキュモキュと口を動かす姿は小動物のよう。見ていて飽きないよな涼葉は。
彼女の頭の上には“スラティン”と名付けられたスライムが帽子の様に乗っかっている。
「それは嫌って程理解したよ」
「そもそも魔術を得意としない人族が、空間魔術を扱うなどと思い上がりも甚だしいのです」
誰だ?この兄ちゃん?
涼葉の背後に立っているだけの人物。黒いロン毛のイケメン兄ちゃん。
「もぅ、ルシファーさんそういうこと言わないの! そんな所に立ってないで座ったら?」
ルシファーさんらしい。
涼葉の言葉を受け、無言で俺の対面に座った。このオコタ、かなり大きく並んで三人は座れる巨大サイズだったりする。
「空間魔術とは魔術を得意とした種族ですら滅多に扱える者のいない高難度の魔術形態です。耀子殿が怒るのも無理はないのですよ、あのまま暴走していればここら一帯は虚無の領域に呑み込まれていたでしょう。やがて虚無は広がりこの世界全域を呑み込みます、貴方が世界を滅びに導く一歩手前でした」
「もうそれは、散々に耀子さんから聴いたよ」
「でしょうね」
「くぅー」
「まあまあ、結果的にあの天一だっけ? 彼も倒せたし世界も無事だったから結果オーライだよ」
「駄目です。ちゃんと反省し次に生かさなければなりません。そしてアレは倒せてはいません。アレは歪曲した空間から別の空間へ跳ね飛ばされただけでアレはまだ生きていますよ。何処まで飛ばされたのかまでは分かりませんでしたが」
なんと! 天一はまだ生きていたのかッ!
「ですがアレは【魔王】ですから、いずれ仕返しに戻って来ても可笑しくはありませんね」
「「は? 魔王?」」
「気付いてませんでしたか。彼は【魔王】のロールを持っていましたよ。相手の情報が視て取れれば戦況は随分と有利に働きます、お二方も眼を鍛えた方がいいですね」
眼を鍛えるってったてどうすれば良いんだ? 俺には真眼があるんだけど?
「それより――」
「おい、今の話は本当か!?」
俺が魔王について訊こうとした時、傍を通りかかった里山達が会話に割り込んで来た。
彼等も女神家へと来ている。怪我人が聖女の伊志嶺を待っているから帰ると言っていたのを燿子さんが無理矢理連れて来たんだ。
実は説教の最初の一時間位は里山達も怒られていたんだよ。
……何故俺だけ四時間も叱られたんだよ。いや、俺の魔術の所為だから仕方がないか。
「おい今、魔王とか言わなかったか? 天一のロールは俺と同じ【英雄】だった筈だ」
「ええ、言いましたよ。天一翔奏は紛れもなく【魔王】です。進化したことでロールに変更が生じたのでしょう」
「くそっ、俺の敵は天一だったってのかよッ!」
勇者のジョブを持つ里山の敵は魔王のロールを持つ天一だったってことか。
気になるのは【勇者】がジョブで、【魔王】はロールだってことかな。
「ええ、でも元々人間だった人が魔王なんてなれるんですか?」
「ウソだろ! あの天一翔奏が魔王になったなんて」
伊志嶺や河合も驚いている。
そこからルシファーは天一翔奏の詳細な情報を提示してくれた。
≪天一翔奏
●極々希少な役割:【魔王】
●職業:【槍魔】
●スキル:【槍魔術】【上級槍魔術】【魔闘気】【人喰】【身体大強化】【肉体大強化】【高速思考】【熱変動耐性】【毒耐性・大】【超速再生】【飛行】
●固有スキル:【憤怒之王】【暴熱狂渦衝】
●武具:【魔槍ケルトハルルーン】≫
「ジャブまで変わってやがるじゃねぇか。それに何だよ、上級だの大なんかのこのスキル群はッ!」
「槍聖だったよな、天一の奴」
「まったく、私の前で【憤怒之王】などと、舐められたものですね」
ルシファーと言えば悪魔王サタンの別名って説があったよな。
七つの大罪で言えば憤怒はサタン、傲慢はルシファーと関連付けられていたと思ったけど?
「憤怒之王ってサタンのことだっけ?」
涼葉があっけらかんと本人(?)に訊いていた。
「そのものを指すのではなく、神格を指します。私で言えば神格位が忍耐と謙虚、神格が傲慢と憤怒ですね。尤も、私の神格位は失われていますが」
「え? 神格と神格位って何が違うの?」
「神格とは神そのものの神性を表します。神格位とは神から与えられた神格、ようは借りものです。故に神格位保持者は従神や陪神となることが多い。私の様に与えた者の意に反する行いをすると剥奪されるのが神格位で、決して失われないのが神格です」
ちょっと待て!
神格が神の神性だというならアンタはッ!
「ええ! ルシファーさんは神さまだったの?」
涼葉だけでなく、他の面々も驚きの声を出している。かく言う俺もだが。
「正確には違います。私はあくまでも悪魔ですからね。神格とは必ずしも神だけのモノではないのです。私は神格位を得ていた時は天使でしたが、堕天した際に神格位は失われました。地獄で神格を獲得し悪魔となったのです」
そこまで訊いてふと思う。
「神にも等しい力を持っているってことだよな? じゃあこの事態を解決してくれないのか? 元々は神が原因だよな?」
この世界は変わってしまった。
その原因は魔物達が元居た世界の神と、この世界を司る神の所為だと訊いた。じゃあ神さま同士で解決はしてくれないだろうか?
「それはありません。力は貸す事はあっても、解決させることはないのです」
何故だ? 神の不始末をつけてくれないのか?
「我々ならこの状況を解決するのは簡単な事です。どちらかの陣営を全滅させるか、神をどうにかするかですが、それは出来ない相談です。貴方方は何かある度に神やそれに準ずる者に解決させる気ですか? そのような考えでは善良な神ですら力は貸してくれませんよ。神とは、自らを助くる者を助けるのです」
「ぐっ」
言われてしまった。が、言ってることは頷ける。
困難に見舞われた時、神に頼るのが人間だ。しかし、困難に立ち向かう者にこそ神様は救いの手を差し伸べる。って言う話だよな。
たとえ原因が神にあったとしても、神は既にシステムによって手を差し伸べているとも言える。
魔物に対してもってのは納得いかないが、それでもシステムのお陰で何とか生きてこれている。
勿論、足掻いても力足りなく散って行った命は数知れない。
死んでいった者達のことを思うと心が痛いが、生き残ってしまった罪悪感はこれから先無くなることはなく俺達を苛めるだろう。
それでも俺達は俺達の手で世界を勝ち取る必要がある。今後、同様な事があっても対処できるように。
「勿論例外もいますがね」
……は? どういうことだ? 折角無理矢理に納得したのに!
逸早く反応を示したのは里山だった。
「おい、それはどういう意味だ!? 何もしなくても助けてくれる神がいるのかよ?」
「ええ居ますよ。ですが神に声を届かせることは貴方方には不可能。結果居ないと変わらないですね」
「何だよそれ、期待させんじゃねぇよ」
里山、神に等しい力を持っている者に対しても態度が変わらんな。
「何事にも信仰心は必要なのです」
「ちっ、まあ良い、それよりも質問がある。魔王ってのは何人も存在するのか?」
それは俺も気にはなっていた。
俺のロールには唯一の役割とあったが、天一のは極々希少な役割で涼葉と同じだ。
つまり、他にも数は極めて少ないが存在するって事じゃないのか?
「条件さえ満たせば存在するでしょうね。魔王とは魔物や魔族の王を指す言葉でが、こちらの神が定めたロールでの【魔王】は少々事情が異なります」
役割での魔王と実際に存在している本物の魔王とは違うってことか?
「じゃあ何なんだよ天一の【魔王】ってのはよッ!」
「システム上の【魔王】とは、この世界を渾沌の渦に呑み込もうと行動する存在のこと。絶対条件として七大罪スキルを有している必要があります。それは傲慢之王、憤怒之王、嫉妬之王、怠惰之王、強欲之王、暴食之王、色欲之王の7つのどれかを有し世界を滅びに導く者が魔王です」
その事実に俺達や勇者御一行の背に冷汗が伝う。あんなのがあと六人も居るのか!と。
憤怒之王を六人掛でも倒しきれなかったってのに、後六人も居るんじゃ絶望的じゃないかッ!
「恐れる事は有りません。【魔王】に対抗すべき【勇者】の数は魔王よりも多いのですから。勇者とは魔王を倒す者。ここに一人いるのですから問題ありません」
勇者とは魔王に対抗できうる潜在能力を持った存在。たとえロールが【英雄】でなくても【勇者】にはなれるらしい。
あくまでも例えだが、【店番】のロールを持ったジョブ【レジ打ち】が居たとする。
その人物は魔物に立ち向かう勇気を持ち日々精進を重ねた。
毎日を修行に費やし己を鍛えた彼は、戦闘職でないにも関わらず魔物を屠る術を自ら編み出していく。
彼は徐々にジョブをランクアップさせ最後には【勇者】へと至る。なんて事があるらしい。
基本的にロールの変更はないそうだが、例外が存在する。それが天一の魔王化だ。
天一の場合は特定の条件を満たしたからだ。進化して【憤怒之王】を獲得したことでロールが変更した。だが、基本的にはロールの変更は無いらしい。
逆にジョブはホイホイと変えられることが出来る。
進化しジョブアップする、自らの考えで行動してのジョブチェンジ、また特殊なアイテムを使うなどで変更できるそうだ。職と言うからには転職も可能ってことかな。
つまり、魔王に対抗すべき勇者は量産が可能だってことだ。
勇者は魔王に対して特攻を持っているらしく、勇者の数が多ければ多い程有利になる。
逆に魔王も勇者にたいして特攻を持っているから油断は禁物とのこと。
何故ルシファーがそんなに詳しいのか訊いたら、神が造ったシステムを除き見たらしい。
その際、細かなギミックを見つけたらしいが、詳しくは覗けなかったとか何とか。
「んだよッ、何だよソレ、勇者ってのは特別な存在じゃねぇのかよッ!」
英雄の勇者が文句を言っている。
里山は勇者であることに誇りを持っていたから、ホイホイと勇者が出て来ては面白くないよな。
「いえ、【英雄】の【勇者】は特別です。【真の勇者】には英雄からしかなれません。勇者の中でも英雄だということですから。
おそらく二つが揃っている人物は、国に一人居るか居ないかってぐらいでしょう。何なら居ない国だって在ります」
「お、おおそうなのか」
頬を赤らめ照れている里山。希少であることが嬉しいらしい。良かったな里山。
「尤も、【主人公】のオンリーロールには敵いませんがね」
要らんことを言うなよルシファー。
ちょっとムッとする里山を他所に、【主人公】について考えてみる。
主人公とは物語の主役だろ? この世界の主人公ってのは何を意味するんだ?
今までは何も主人公らしい事はしていない。
おそらく【ヒロイン】も同じオンリーロールだろうから、役割は何なのか二人で見定める必要がありそうだ。
「さて、説明はこれで終わりにしましょうか。次にこれからどうするかですが、このままでは皆さん死にますよ?」
「「「は? ハァ~!?」」」
「魔物を舐めていませんか? ハッキリ言って冥閬院流の使い手である二人ですら危険な状況です。二人には最低でも奥義を使いこなせる位にはなってもらわないと命の保証はありません。最終的には秘奥すらも自在に操ってもらわねば生き残れないでしょう。ああ、それと魔術の訓練は必須ですよ」
冥閬院流はシステムの影響を受けないスキルとは別の技能。元から存在している訳だからシステムとは全くの無関係だ。
それなのに奥義に至っては魔法のような効果を示している。
これは如何なことだろうか? それは元から魔法は存在していたってことだ。
紡や糾が魔法を使っていたから間違いないだろう。
魔術はさっぱりわからん。俺の扱える魔術は空間魔術のみで制御不能だ。
試し打ちする訳にもいかないし、どうしたらいいんだ?
「え~、でも奥義って魔法でしょ? 魔法は信仰心が無いと使えないんじゃないの?」
涼葉も奥義を使ったことがある。ミルトニアを討つ時に雷霆神を使っていたからな。
魔法は神に祈りを捧げ、力を貰い受け行使するものだった筈。信仰心のない俺達に奥義を使いこなせる筈はない?
「問題ありません。冥閬院流の奥義は技そのものが信仰心へと繋がります。正確に技を扱い、流派を生み出した神に認められさえすれば扱うことができるのです。
本来この辺は師である文月が説明しなければいけないのですが、お二人には少々早かったと判断したのでしょうね。全く、あのボンクラがあの蔦絵お嬢様や紡お嬢様に糾お嬢様の父親だとは、信じられません! 蔦絵お嬢様の聡明な所は――――」
な、なんだ! ルシファーが蔦絵さん達姉妹のマシンガントークを始めたぞッ!
「あ~、また始まっちゃったよ。創ちゃん達は初めてかぁ、長いんだよ、これ」
涼葉が呆れたように呟き、ミカンに手を伸ばした。
里山達も一斉にミカンに手を伸ばし皮を剥き始めた。大人気だなミカン! 俺も食べよ。
それにしても、流派を生み出した神に認められって、確か冥閬院流は師匠が開祖の筈なんだけど? 何か思い違いをしているのだろうか?
俺がミカンに手を伸ばしかけた時、不意に庭から声をかけられた。
「おい創可、暇なら俺達の稽古に付き合え」
「お? おう」
フィカスから声がかかった。仕方ないミカンは諦めるか。
ところが、炬燵から出もしないで文句を言う奴が一人。
「はぁ~テメェ、敵の癖になに呑気に人ん家で稽古なんてつけてやがんだ」
里山がミカンを口に詰め込んだまま怒鳴り声を出す。
おい、飛ぶ、口に含んだまま喋るんじゃない。
「優斗、しょうがないよ。ここ可笑しいもん、治外法権なんだよきっと。ここで暴れるバカはいないんじゃない」
「そうそう、諦めろよ優斗。ここで騒げば命が幾つあっても足りないって。それは鬼人も一緒じゃん、ここ可笑しいんだって」
伊志嶺や河合も酷い言いようだな。
俺はそのまま無言で庭へと出ると、里山と河合も黙ってついて来た。訓練するのか?
庭に出ると、バルサムがゴリラと相撲を取っていた。……どうなってんだろなこの家、日ごとに動物が入れ替わってんだけど? 二人の言う通りこの家可笑しいわ。
ま、まあ、稽古をつけるのは悪い事じゃないからな。魔物とってのは気になるが、誰かが言った通りここで暴れる馬鹿はいない。
暴れれば即座に鎮圧されるのがオチだからな、コイツ等もその事は分かっているようだし、なんだか敵だとは思えなくなってきたんだよな。
共に戦ったからか、同じ釜の飯を食ったからかわ分かんないけどな。
「ほらよっ、これを使え」
フィカスが木刀を寄越してくる。
俺は暫くの間フィカスとバルサムとの稽古を楽しんだ。こいつ等、弱体化が弱まってきてないか? という疑問はこの際無視した。
多分、今後は修行編に突入しそうな気がするから、ここらで準備運動だ。