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俺の彼女はダンジョンコアッ!  作者: やまと
1章
23/78

七九九日目 AM 進化

 鬼人フィカスが目を覚ました。

 フィカスは目覚めると同時に美織に迫る魔槍を弾き危機を救った。

 フィカスはまるで美織を護るかのように前へと出て手に持つ太刀を天一へと向けた。

 切先を向けられた当の本人は飛び跳ねるように後方へと下がった。


 辺りは崩落により転がる岩がゴロゴロと転がっている。

 動くには不向きな場所だと言えるが、二人は障害物など意にも返さない動きを見せている。


「チッ、まさか目覚めて早々に戦闘とはな。だが丁度いい、さっきの憂さをソイツで晴らすとするか」


 フィカスとて俺達との戦闘で深手を負い消耗している。既に美織の魔術により傷は回復しちゃあいるが、失われた体力はまだ戻っていない筈だ。

 それでも味方と考えるなら心強い、奴の実力は誰よりもこの俺が知っている。弱体化していようが、体力が落ちていようが強力な戦力に違いはない。

 が、逆に敵だと考えてしまうと脅威でしかない。

 フィカスは天一を敵と認識している。現に美織をケルトハルルーンから護って見せた。

 敵なのか味方なのか? それとも三つ巴か? 完全に味方だと決めつけるのは危険だろうか?


 奴は俺達との戦闘の憂さ晴らしを天一相手にすると言った。なら、俺達にも刃は向けられるかもしれない。警戒は怠れない。


「ふん、魔物風情が粋がるなよ! 魔物は例外なく殺す」


 天一が魔槍の穂先をフィカスへと向け構え話を続ける。


「自身を殺す相手の名だ、知りたかろう。俺の名は天一翔奏(あまいちかなた)だ。ああ、お前の名はいらんぞ、訊きたくもなし覚える気もない」


 二人の間に殺気が渦を巻く。

 緊張感が辺りを支配し、俺達は動けずにその場で出方を見守る。


 緊張の間を斬り裂き、最初に仕掛けたのは天一だった。

 自らの間合いまでを一瞬で詰め、フィカスの心臓を射抜くように槍を突く。

 無論フィカスも動く。

 太刀で弾くのではなく片足を後方へ半歩ズラし半身で躱す。次の瞬間には一歩を踏み出し太刀を振るっていた。

 天一もこれを半歩の動きで躱し、此方は一歩下がり槍を横に薙ぐ。

 横に薙ぎ払われた槍をフィカスは頭の位置を殆ど変えず、身体を抱える様に跳躍する事で躱す。が、天一は躱されるや瞬時にフィカスが飛び上がった上へと軌道を変えた。


 ――フィカスは空中だ、躱せない!


 そう思った。しかし、奴は空中で更に跳躍を見せた。

 身体を抱えて跳んでいたフィカスが、まるで中空に足場が在るかのように空を蹴り、クルクルと回転し空高くへと舞い上がる。

 槍は空を薙ぎ、フィカスは回転しながら天一へと降下し太刀を振るった。

 遠心力の乗った重い一撃、天川はあれだけの急激な槍の軌道変更のためかホンの僅かな硬直状態に陥っていた。その為、躱すには遅く、伸ばしきった槍を強引に持ち上げガードに使った。

 ぶつかり合う太刀と槍。押し勝ったのは赤き太刀だった。

 数mは押し下げられた天一から「ち」と舌打ちするのが聞こえた。


 嘘だろ、アイツ弱体化していてあんな速度の体捌きが可能なのかよ!

 俺達と戦った時は迎え撃つか只間合いを詰めるだけだった。

 それ程までに地力に差があったってぇのか!

 若干の悔しさを覚えるが、俺達と奴とでは言い表せない程の実力の開きがあったということだ。そんな事は時勇館での戦闘で分かりっきってたことか。

 今の俺はまだフィカスには届かない。だが、いつか必ず奴を超え真の勇者になってやる。俺は魔王を倒す男なんだからな!


 俺と同じく内心穏やかでない人物、天一が警戒するように一歩下がる。

 相手の実力を示され迂闊には跳び込めない。下手に打ち込めば返り討ちにあう、と今の遣り取りで嫌でも理解させられた筈だ。


「……忌々しい」


 天一がポツリと呟く声が耳に届いた。

 すると、奴の腰巾着共が一斉に罵声を上げ始めた。


「あの野郎ぉ、魔物風情が翔奏さんに歯向かうなんて何様の積もりだ!」


 お前も何様なんだ?


「信じられんねぇ! 醜い鬼の癖に翔奏様に傷でもつけたら許さねぇかんなぁ!」

「馬鹿じゃねぇのか、テメェ如きが無駄な足掻きしやがってよぉー。この猿がっ、いちいちイラつかせんじゃねぇよッ!」


 お前等ホント何様なんだ?


「テメェ等侵略者が偉そうな顔して地上を闊歩してんじゃねぇよ。何れテメェ等全員あの世に送ってやるからその積もりでいやがれッ!」

「テメェ等の流してきた血がへばり付いて気持ちわりぃんだよッ!」

「やだッ、臭いわ。翔奏様、早くあの野蛮な害獣を殺しちゃってよ」


 その後も出るわ出るわ、罵詈雑言の数々。聞いていて同じ人間として恥ずかしくなるレベルの罵倒が列を連ねられている。


「お前達は黙っていろ、手出しも無用だ! もしも手を出してみろッ、コイツの前にお前等から殺してやる」


 天一の殺意の籠った声が腰巾着共を黙らせる。


「ケッ、ガラの悪い奴等だな。俺も人のことは言えねぇが、ソイツ等よりか幾分マシだぞ?」


 最早この場は二人の独断場だ。周りは只の観客と化している。

 その隙にコッソリと二人を迂回して美織と合流する。妨害は一切なかった。


 傍へ寄ると美織から「優斗、大丈夫?」と言われ「ああ」と短く返す。

 見たところ美織に怪我はなさそうで安心する。


「美織、聖域は使えないのか?」

「アレは仲間と認識している味方にバフを、敵と認識している()()にデバフを付与するものだから。もし私がフィカスを信じきることが出来てなければ、天一さんの有利になっちゃうよ」


 そういうことか。聖域は味方の人間には強力な強化を施す。しかし同じ味方でも魔物が相手では、少しでも疑心が残れば敵と認定されデバフを掛けてしまうのか。

 もう面倒になり美織と隆成を連れてコッソリとバックレようかと思っていたら、二人が動きを見せた。


 お互いが己の間合いへと駆けだした。

 天一はフィカスの間合いを避け、一歩手前で刺突の連打を放つ。

 フィカスはその全てを太刀で弾く。

 ケルトハルルーンの穂先から滴る毒液が舞い散るが、フィカスへと届く前にジュッと音を立てて蒸発していた。奴はどれだけ発熱してやがんだよ。


「な、なんだよ? 何やってんのか分っかんねぇ」


 俺には【思考加速】のお陰か、二人の動きが見て取れる。が、戦士である隆成ですら見切れないらしく、目をしばたかせ擦っている。

 それ程までに天一の一撃一撃の速度が常軌を逸するものだった。

 驚くべきことに、弱体化している筈のフィカスはその全てを捌いている。

 今のこの世界で、これ程の速度での攻防戦はここでしか見られないんじゃねぇだろうか?


「人間にしてはやるじゃねぇか。剣南創可と同等、いや、それ以上の速度か。だが、それだけじゃ奴には届かねぇだろうな。速さだけなのか? 天一翔奏(あまいちかなた)とやら!」

「黙れッ! 貴様こそ捌くのが精一杯か!?」


 天一が更に速度を上げる。

 対するフィカスも冷静に対処し、言葉を挟む余裕さえ見せた。


「俺には倒すべき目標できちまったもんでな。俺よりも弱い奴にゃあ用がねぇ、もっと強くなって俺の糧になってもらわにゃ俺が困るんだよッ!――【雷震】」


 フィカスは凄まじい勢いで足元に転がる人の頭サイズの石を踏み抜いた。

 ガシュッっと瞬時に石は粉砕され、自ら意思を持っているかの様に細かな破片が天一へと襲い掛かる。

 欠片はフィカスの属性の効果か、はたまた摩擦熱の為なのか分からないが炎の線となり走る。

 天一は舌打ちをしつつ槍を回転させ防ぎ、そのまま遠心力を利用して薙ぎ払いへと移行する。

 が、既にフィカスは天一の背後まで回り込んでいた。


「なにッ!」

「鬼人を舐めんなよッ、『ファイアボール』!」


 背後からの火球の魔術、拳大より少し大きいだろうか?

 美織から「あれ? ちっちゃい」なんて聞こえたが、それは弱体化の影響を受けているからだ。


 天一は薙ぎ払いの姿勢から無理矢理に身体を捻り火球を避ける。

 火球は真直ぐに飛んで行き一本の木に当たり爆発を起こしてへし折っていた。

 無理矢理に避けた為に姿勢を崩している天一へと、太刀を振り上げフィカスが肉薄する。


 袈裟斬りに振り下ろされた赤き太刀には、天一の血がベッタリと付着し滴り落ちる。その血が地面を赤黒く染める結果となった。


 ドサリと音を立てて崩れ落ちる天一。

 いつの間にか傍に来ていた隆成もまた驚きの表情を見せ言う。


「……や、やったのか? 殺しちまったのか?」


 どうかな? アレぐらいじゃあ死なねぇだろうな、アイツは槍聖だからな。

 問題は天一に向かっていた刃が今度は誰に向くかだ。

 天一ですら相手にならない鬼人だ、正直俺でも手に余る。

 敵なら由々しき問題だがおそらく、少なくともこの場で俺達に刃が向く事はねぇんじゃないかと思う。

 何故か? 只の勘だ。

 そんな事を考えていた時、 腰巾着共からの悲鳴が辺りに響き渡る。


「うわぁあああああぁぁぁ――ッ!」

「翔奏さまぁあああぁぁぁ――ッ!」

「どチキショォー、ぜってーに許さねぇッ!」


 腰巾着共が騒ぎ立て始めた。

 当たり前か、成畑病院を拠点としている連中は天一に頼り切っていたからな。

 天一を失えば成畑はやっていけなくなる。最大の戦力を失い他の拠点に吸収ってことになる。

 そうなれば、今までの様な自由で自分勝手な真似は出来なくなるだろう。吸収先で追い出されれば命に関わるからな。

 何より、天一はあれでも英雄だ。尊敬され信頼もされている。その天一を倒した魔物は許せる存在じゃねぇよな。


「そんな、ウソだッ! 天一さーん」

「ウソよッ、こんな事って無いよッ!」


 腰巾着共が天一を取り囲み泣いている。その様子を離れた位置でジッと見ているフィカス。

 事が済んだんだ、フィカスはとっととどっかに行ってくんねぇかな?


 ――――――ッ!!!


 俺がそんな事を考えていると、天一に寄り添っていた腰巾着共が一斉に頭を抱え苦しみだした!

 なっ、何だ? 何が起きた!?


『負の感情を養分とし、天一翔奏(あまいちかなた)の進化の種子が発芽しました。

 無数に存在する進化先から一つを選択してください。


 ――――――――――――


 確認しました。種子の開花が始まります。

 周りの生命力(オド)を吸収し、より強力な個体への進化を試みます。

 ……成功しました。

 種子は芽吹き、開花しました』


 俺の、いや、この場に居る全員の視界にイヤな文字列が浮かび上がっていた。


「がっ、がああああアアアァァァ――――――ッ!」


 不意に絶叫する天一の姿形が変形していく。

 ゴキゴキと音を鳴らしながら骨格が生まれ変わっり、細身だった身体はがっしりとした筋肉が覆っていく。

 手足が伸び、指や爪が鋭く伸びる。白かった肌も浅黒く変色を見せ、瞳の色が茶から深紅へと変わった。

 そして特徴的な変化として、額から伸びる細く長い角が天へと向かって生えていく。


 気付けば腰巾着共は皆地に倒れ、天一一人が立ち上がっていた。

 地に伏す者からは一切の息吹を感じられない。


「コイツぁーやべーな。テメェ等はこの場をとっととズラカレ。コイツの始末は俺がつけてやる。同じ鬼人としてな」


 天一翔奏の進化は鬼人だったんだ。

 目の前に見本となる者が居る。その為になり易かったのかもしれねぇ。

 そのフィカスが俺達には逃げろと、自分は同じ鬼人として決着をつけると言う。


「ちょっとアンタ、相手が魔物なら私の【聖域】がモノを言うんだから魔物のアンタが下がってなさいよ!」

「おいおい、分かってんのか嬢ちゃん。コイツは鬼人で、しかもコイツ、クエスト報酬の弱体化の影響を受けてねぇんだぞ。しかも進化したてで興奮状態にある。見たところサフィニアやミルトニアと同クラスの実力がありやがる。嬢ちゃん達の手に負える相手じゃねぇ、悪いことは言わねぇからズラカんな」


 その二人のことは知らねぇが、おそらく剣南や柏葉涼葉が倒したと言う鬼人のことだろう。

 舐められたもんだぜ。あの二人が倒せた相手に俺達が負けると言いたいらしい。


「はあ、舐めてんのかテメェ! 俺達が剣南に劣るって言いてぇのかよッ!」


 剣南と自分を冷静に分析し、結果そんなに大差はない。

 劣ると言われりゃ癪に障る。


「はぁ、実際お前達は剣南創可に劣る。基本的なスペックは互角でもなぁ、戦闘技術に差が有り、判断力に欠け、決定力がねぇからだ。直接戦った俺には分かるんだよ。ってぇ、んなこと言い合ってる暇なんざねぇっての、とっとと逃げろって!」

「うっせぇんだよ! ソイツは元人間だ。ケリをつけなきゃならねぇのは俺達の方だ! テメェこそ下がってろよッ!」


 なんて阿呆な言い合いをしている内に、天一に動きがあった。

 奴は自らが持つ魔槍を強く握りしめて一振り。

 穂先の毒液が地面へと飛び散りビシャリと音を立てた。

 そして槍にも変化が――。

 それは、切先から順に赤く染まっていく赤き魔槍。

 融解するんじゃねぇのか?ってくらい魔槍全体が真っ赤に染まった。


「チッ、毒槍のルインかッ! アレは持ち主すらも焼き尽くす魔槍だ。天一翔奏に絶対的な熱耐性が備わっていない限り自滅するぞ!?」


 フィカスの言に鬼人と化した天一を見ると、柄を握る手から僅かに湯気らしきモノが立っていた。


「お、おい天一、ソレを放せ、お前の手が持たねぇぞッ!」

「だ、だ――ま――れ――ッ、き、き貴様等の指図など受けんわッ!」


 言うや否やフィカスに襲い掛かる天一。

 天一の槍が熱を発しているなら、フィカスの火属性と同じだ。互いに決定打に欠けることになる。

 となれば、天一の相手をするのは俺達しかいねぇ!

 俺は激しく火花を散らしながら打ち合っている二人の間に割り込む。


「下がれフィカス! ソイツの相手は俺がしてやる」

「馬鹿かテメェはよ。弱体化してねぇっつってんだろうがよッ! テメェじゃ相手にならねぇ」


 いちいち癇に障る言い方してくれる。

 邪魔に入った俺に向かうケルトハルルーンの刺突を、躊躇なくアスカロンで弾いた。


 ッ!!!


 バカなッ! 一瞬だが魔槍に触れたアスカロンの一部が赤く染まり、――溶けたッ!?

 極一部だが、確かにアスカロンが溶かされた。今じゃ自己再生により元通りだが、あの魔槍は、レアなアスカロンすら溶かし得る熱量だったのかッ!

 つまり、奴の魔槍は毒液を払ったことでSRにまで上がってるってことか!


「ケルトハルルーン、別名毒槍のルインってんだが、ソイツは常に毒液に漬けとかねぇと尋常じぇねぇ熱を発する魔槍なんだよ。触れたモンは容赦なく溶かされるぞッ!」

「そんなもん、どうしろってんだよッ!」

「耐性のねぇ奴には荷が重い。俺がやるからテメェ等は下がってろって言ってんだろうが」


 俺達は天一の攻撃を躱しながら二人で言い合いを始める。


「――【聖域】ッ!」


 不意に離れた位置から聖域が展開され、美織を中心に球状の力場が発生する。

 俺は力が湧き上がるこの感覚が好きだ。万能感に満たされたかのような錯覚を覚える。

 無論、それ程のモノじゃないが、それでも心地が良いこの感覚に酔いしれる。

 逆に天一には重圧が圧しかかる。折角進化して得た力が抑えられる感覚は不快だろうな。


「あ˝あ˝あ˝あぁぁぁぁ――――ッ!」


 狂ったように槍を振り回し始めた。


「チッ、余計な真似をっ」


 フィカスの呟きに反応する。


「余計とは何だよッ! 折角美織が――」

「俺にはッ!」


 急に大声を出すフィカスに少し気遅れしてしまう。


「俺には倒すべき相手がいるんだよッ! その為には一回でも多く、強敵との戦闘経験が必要なんだ。弱くなった者になんざ用がねぇ。邪魔されれば文句の一つも言いたくなるっての」


 出鱈目に振るわれる魔槍をアスカロンで弾くと、キンッ、と短く甲高い音がなった。


「あん、んだよその倒したい相手ってのはよぉ」

「バケモンだよ。あの双子の女共は化け物以外の何者でもねぇ」


 ――双子だと!


 キンッキンッと魔槍を弾き続けると、アスカロンの再生でも間に合わないのか刀身が赤くなり形が変形してきた。

 俺は急いで後方へと逃れる。代わりにフィカスが魔槍を赤い太刀で弾いていった。


「おそらく、ダンジョンで出て来た鬼のゾンビは双子に由るモノだろうよッ! 双子に殺されたんだよあの鬼共はッ!」


 双子で思い浮かべるのは女神家(おみながみけ)(つむぎ)(あざな)だ。


「鬼人では手も足も出ねぇ程の高次元の強さを持つ鬼を、複数倒せる者などソイツ等しかいねぇ。俺は奴等を超える為に力を欲する。アイツの様に一代で進化する必要があんだよッ!」


 進化とは代々長い年月をかけ、長大な時間経過により変化していくもんだ。

 本来、その場で変化を遂げるなど有り得ない。その場に適した経験を次代に受け継ぎ、それを繰り返す事で進化は成るもんだ。

 だが、シナリオ報酬で貰った進化の種子ってのが常識を覆す。

 進化の種子とやらが発芽し芽吹く事で天一の様にその場での進化を可能としている。

 だが、進化の種子は人類側に配られたものだ。鬼人である魔物勢には配られていない筈?


 キンッキンッと赤き太刀と魔槍は打ち合いは続いている。

 アスカロンが元通りに復元した、俺も前へと出る。


 俺の疑問が顔に出ていたのかフィカスが説明してくれる。


「ふん、魔物は元々進化し得る特性を持ってんだよ。進化の種子だか何だか知らねぇが、んなもんは魔物には必要がねぇ」


 フィカスの話を聞いていた隆成達が、遠くから叫ぶ声が此処まで響いて来る。


「そうなのかよッ、やべぇじゃん、魔物が経験を積んで進化しだしたら俺達が圧倒的に不利じゃねぇのかよッ!」

「ええ? でも、今までそんな事なかったから簡単に出来る事じゃないんじゃない?」


 俺達が進化した魔物かどうか知らないだけの可能性もあるが、美織の言うことが正しい気がする。


 にしても、天一の攻撃がイマイチ力が乗っていない。何かを狙っているのか?


「ああ、確かに簡単な事じゃねぇが、時間さえあれば不可能でもねぇ。うかうかしってっと、テメェ等詰むぞ。俺の居たダンジョンですら鬼の召喚に成功している。一体でも鬼が進化したら人類にとっては脅威だろうな」

「ちっ、早急に人類が進化する必要があるってのかよッ!」

「そうだ。只でさえ人類側が不利な状況だ。進化無くして勝利なんざ有り得ねぇだろ」


 キィーンと一際澄んだ金属音、俺の大振りの一太刀を魔槍が弾いた音だ。

 違和感を覚える。天一はこんなにも短絡的に攻撃を仕掛ける様な奴だっただろうか?進化して脳みそは退化したんだろうか?


「だが、希望はあるんじゃねぇのか? 人類にはあの双子がいるんだからよ。アイツ等が負けるイメージなんざぁ湧かねぇな」

「ああん、お前が倒すんじゃねぇのかよ。まあ、その前に俺があの双子の姉妹を倒すがな」

「お前じゃ無理だ」


 会話をしながら打ち合っていた俺達だが、不意に天一が動きを止めた。

 疑問に思って声を出そうとしたら、フィカスに先をこされた。


「準備運動は終わったようだな」

「準備運動だと!?」

「当たり前だろ。進化したてだ、自身の能力を知るための運動が必要だ」


 そういや天一の槍捌きは、進化する前でさえ捌くのがやっとだった。進化して遅くなるってのは有り得ない事だったか。


「来るぞッ! 動けぇッ!」

「!」


 天一の姿が消えたッ!

 俺は反射的にアスカロンを頭上に盾として掲げた。

 次の瞬間、アスカロンへと魔槍が叩き込まれ、――折られたッ!!!

 魔槍はアスカロンを叩き折り、そのままの勢いで俺の左肩へと打ち込まれる。

 ガキッっと嫌な音を立てて俺の左肩は動かす事が出来なくなった!

 更に腹部に鋭い蹴りを受け吹き飛ぶ!


「がっ!」


 直ぐにフィカスがフォローに入り天一の動きを牽制してくれたが、俺の受けた傷は致命的だ。

 左の肩は砕かれ焼け爛れ、蹴りにより内臓にまでダメージを負っている。

 隆成が吹き飛んだ俺を受け止めてくれた。直ぐに美織が近付き回復魔術を掛けてくれる。

 だが、この傷を癒すには相当な時間が掛かるだろう。見合ったマナを消費するしな。

 くそっ、ミスったぜ!


「ハッ、テメェ等ァ! 結界を張れぇ――ッ!」


 フィカスの警告、次の瞬間に天一が動く。

 魔槍に籠められたマナが尋常じゃねぇ。天一は瞬時に魔槍にマナを籠めて此方に向かって突き出したッ!


「【暴熱狂渦衝(ヤケタダレテシネ)】!」


 天一は今までに魔術は使わなかった。

 進化して使えるようになったのか、それとも隠し持っていたのか知らないが、今の状況でアレだけのマナを籠められた攻撃はマズいッ!

 魔槍から打ち出された赤い竜巻の如き渦が、真直ぐ此方へと向かってくる。


 ――避けられないッ!


 赤い渦が俺達を襲う。

 美織が咄嗟に張った結界は、いとも簡単に破られ、烈風の渦による斬り傷、熱波による熱傷を受け俺達三人が上空へと打ち上げられた。


 俺は空中で美織を抱き寄せる。美織は朦朧とした意識の中で、奇跡的に隆成を掴んだようだった。

 俺達は固まったまま地上へと落ち、隆成と美織は意識を手放したようだ。

 それもその筈、裂傷と熱傷、落下にようるダメージを受けて未だ息があるだけめっけもんだ。

 そこへ、再度【暴熱狂渦衝(ヤケタダレテシネ)】が打ち込まれる!


 万事休すだ。もう指一本動かせねぇ。

 聖域の効果も美織が意識を失った瞬間に解けている。

 せめて美織だけでも逃がしてやりたいが、俺の身体が言うことを聞いてくれねぇ。

 うごけッ、うごけッ、うごけ――ッ!


「だから逃げろっつっただろーがっ!」


 ――!


 俺達の前に、まるで庇うかのようにフィカスが立つ。

 迫りくる赤熱の渦、フィカスは赤き太刀を正眼に構える。


「チッ、俺も焼きが回ったか? 人間を助ける為に勝機を見逃すなんて――――」


 そして呑み込まれる。


 ……………………

 ………………

 …………


 ――はッ、お、俺は生きているのか?

 いや、俺だけじゃねぇ。美織も隆成も生きてはいる。辛うじてだが。


 なんでだ?


 ――そうだ! フィカスが庇ってくれたんだ。

 フィカスは?

 いた、俺達の前で膝をつき肩で息をしている。

 此方も辛うじて生きていたッ!

 まさか魔物にこうも助けられるとは思わなかった。


「チッ、しくじった、まさか火属性の俺にこれ程の痛手を負わせてくるとはな……」


 フィカスも立ち上がる力が残っていないのか、その場を動かない。

 フィカスの火属性も、弱体化の影響を受けてるんだろう。

 そのフィカスに天一が近付く。


「……に、…………に、げ……ろ……」


 一歩一歩ゆっくりと歩を進める天一が憎らしい。

 辛うじて出た声で警告するが、フィカスも動けない。  


 フィカスの目の前まで来た天一が、


「ふん、魔物如きが俺の世界に入り込むなッ!」


 不遜に言う。

 フィカスは蹴り飛ばされ吹き飛ぶ。

 天一が追い更に蹴る。再び吹き飛ぶフィカス。更に追い蹴り続ける天一。


「や……、やめ、ろ……」


 このままではフィカスが殺される。

 天一はフィカスの事を魔物魔物と言うが、自分がその魔物に成り下がった事に気づいていないのか?

 指摘してやれば攻撃が止まるかも知れない。


「あ、天一……、テ、メェは……、じ、自分の、事を……良く……見、るんだ……」


 ああ、これで駄目なら、世界は剣南と双子に任せるしかねぇのかな。


 悔しいな。


 くやしい……。





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