表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の彼女はダンジョンコアッ!  作者: やまと
1章
22/78

七九九日目 AM 目覚め

 俺達勇者一行は崩れ行くダンジョンから脱出を図る。突如乱入してきた鬼人のおっさんの提案に乗りフィカスを連れての脱出だ。


 勇者であるこの俺が魔物である鬼人に肩を貸しての脱出。思うところはあるが脱出するまでは考えるのを止めておこう。

 行きは短く感じたこの暗い道も、帰りはやけに長く感じる。

 しかし、俺達は遂に長く暗い闇の通路を抜け光の射す場所へと飛び出した、崩れる前に脱出成功だ。

 既に日が昇り始めている。


 いざ脱出が成ると敢て考えずにいた事を考えてしまう。


「ちっ、選択肢がなかったとはいえ、鬼人の命を助けるのは本当に正解っだったのか? 暁識(さとる)が居れば判断を誤ることもねぇんだけどよ」

「仕方ないじゃん。あの場で戦闘に参加してたら間違いなく崩壊に巻き込まれてたぜ」

「そうだよ優斗、私だってソイツに攫われて思うところはあるけど、お礼を言わなきゃって思ってるよ。お兄ちゃんだって同じことを言うと思うよきっと」


 その暁識は片腕を引き千切られてるんだが……。お礼を言う必要はないと思うぞ。美織は攫われたからその事実を知らないんだな。


 しかし、二人は随分と気軽に言っちゃいるが、鬼人は人類の敵で決して相いれない生き物だ。

 鬼人は食料として人間を狩り、人間は自衛の為に戦う、決して相いれない生き物だ。

 この先フィカスを助けたことで必ず犠牲者が出る。俺達がフィカスを助けていなければ出なかった犠牲がだ。

 終わったことを、あーだこーだ言うのは格好悪いがどうしても頭によぎっちまう、死んでいった仲間達の無念の表情が。

 これで良かったのか? 他に方法があったんじゃねぇのか? この行動は正義だったか?

 くそっ、スッキリしねぇな!


 フィカスを助けなければ、俺達はあの場所で死んでいたに違いない。だから、フィカスの親父の提案に乗る事は可笑しな事じゃあねぇ。

 あの場で剣南創可が罠の警戒して残ったことは正直助かった。でなければあの場でうだうだと考え込んでしまっていただろうからな。考えている内に手遅れになっていたかもしれない。


 剣南を犠牲にする形になっちまったが、奴は脱出できるだろうと俺は確信している。

 俺が残るよりかは生存率が高いのは確かだ。何故なら、奴は【主人公】で危機を脱するには最適のロールだと考えているからだ。

 俺はなんとなくだが、ロールの意味を理解しているつもりだ。

 ロールは演じるモノだ、その名の通りの役割なんだ。

 奴はこの世界の主人公、死ぬ時はこの世界が救われた後か或は、この世界の終焉の時だろう。

 何故かって、それが主人公だからとしか言えないな。


 だが、不安は拭えない。

 暁識(さとる)の野郎が居れば最適な行動を指示してくれただろうが、居ない者に期待しても仕方がねぇ。


 ふぅ、過ぎた事は置いておこう。今は気を失っているこの鬼人野郎をどうするかを考える。

 コイツは今後に関わるキーパーソンになる。下手を打てば俺達は人類の敵だ、詰んでしまう。

 ダンジョンの外へと出た以上俺がコイツに義理立てする必要はもうねぇ。約束は既に果たされているからだ。

 ハッキリ言って弱体化している今しかコイツを倒すチャンスはねぇ。弱体化が解けた時に俺達が倒せる保証はねぇからだ。

 コイツの親父との約束はダンジョンの外へフィカスを連れ出す事だ。連れ出した後のことは何も言われちゃいねぇ。

 この後のことを考えてここでトドメを刺しておいた方が良くないか? 今は弱体化のうえ気を失っている、殺るのは容易だ。


 ……いやいや、それは不義理と言うもの、勇者のする事じゃねぇ。

 コイツが元凶だが、コイツの親父のお陰で脱出できたのは確かな事実だ。

 人類の安全を考えるならここで殺しておくのが正解で間違いねぇが、魔物相手とはいえそんな不義理を平気で行う勇者に俺は成りたくはねぇ。

 俺はチヤホヤされたいんだ、不義理な勇者を持て囃す奴など利用しようとする奴等だけだろ。

 だがトドメを刺さずとも、犠牲者を出さない為の最低限の処置として、拘束して連れて行く必要はある。

 弱体化とやらが解ける前に何処ぞに解放してやればいい。


 俺が今後の事を考えている時だった。

 ダンジョンからゴゥゴゥと鳴り響いてた音が、瞬時に崩落する轟音へと変わった。


「優斗ぉ大変、ダンジョンが崩れてくよッ!」

「剣南さんッ! 大丈夫だよな脱出できてるよな!」


 アイツはそんな簡単にくたばる奴じゃない、おそらくだが、重要な役割を担った者は神の加護的なもので生き延びる。ここで死なれては神とて面白くはない筈だ。


 剣南は放っといても問題ないと判断し俺達はここを少しでも離れなければ!

 ここはちょっとした崖の麓だ、ダンジョンが崩れるということは崖が崩れるってことで、この場に留まるのは少々危険を伴う。


「少し離れるぞ、崖崩れが起きる。アイツなら大丈夫だ、放っておけ」

「お、おう、コイツはどうするよ? この鬼人、ここに置いておけば勝手に死んでくれないかな?」


 確かに俺達が手を下すまでもなく死んでくれる可能性はある。自らトドメを刺すよりかは罪悪感は少ないかもしれない。がしかし、それはそれで格好がつかない。


「ソイツは俺が連れて行く。さあ、時間がねぇ、隆成と美織は急げ、崩れてきているぞ」


 俺は気を失ってるフィカスを抱き上げながら二人に急いで距離を取るように指示する。落石は驚く程遠くにまで影響を与えるから出来るだけ離れた方がいい。

 二人は一瞬顔を合わせ、次の瞬間には俺に手を貸してくれた。

 持つ者べきものは友ってわけか。有難いが不安だな。

 こんな甘ちゃんがこれからの世で生き抜けるのだろうか? いや、俺も人のことは言えねぇのか、人類の敵に肩を貸しているんだから。


 それから俺達は素早く崖から離れる。落石がチラホラと転がってくるが、今の俺達には大した脅威ではない程度のモノだ。

 安全圏まで退いた俺達だが、そこで思わぬ人物達と出会うこととなった。


「おう? こんな所に時勇館の勇者様がいるじゃんか」

「おいおい、コイツ等魔物担いでどこ行こうってんだ?」

「ギャハハッ、従魔にでもする気か!? それとも慰み者にでもするんですかぁ~」


 全部で五名、その内チンピラ風の野郎三人の声だ。

 コイツ等は俺達も良く知っている人物だった。と言っても有難くもなく、寧ろ厄介な相手と出くわしたなと内心ため息をつく。


「きゃは、コイツ等遂に人間裏切ったんかな、かな? 鬼なんかを助けてんじゃん!」


 ヤンキーギャルな女子二人も声を上げる。


「やだッ、鬼? なんで鬼なんか連れてきてんの? 鬼に成畑(なりはた)病院を襲わせる気じゃないでしょうね?」


 俺達が時勇館高等学校を要塞化し拠点としているように、コイツ等も成畑病院を要塞化し拠点としている。

 ライバルって関係じゃない、どちらかと言えば敵に近く、お互い出くわせば喧嘩になる。

 元を正せばコイツ等が俺達の物資を羨み、いちゃもんをつけて来た事が発端だ。


 時勇館では広大な土地を活かし農業が盛んであり、生産系ジョブ持ちが多数在籍している。上に延びた空間では必需品の生産ラインまで存在するんだ。これ程恵まれた拠点はそうはないだろう。


 成畑の拠点は、病院なだけあり医療機器や薬の類は豊富にあると聞くが、回復魔術師に欠け優秀な人材を欲していた。

 時勇館から数キロしか離れておらず、ことある毎に時勇館に喧嘩を売ってくる厄介な事極まりない愚か共だ。


 時勇館には勇者の名のもとに有能な人材も多く集まり、常に物資を豊富にキープしている。が、奴等の高畑病院は中規模の敷地に人数も少なく、物資の確保が難しいらしい。

 更に、粗暴で野蛮な成畑には生産系のジョブを持つ者が近寄らず、自ら生産する術がない。

 その為か勇者と聖女が一ヶ所に居るなんてズルい聖女を寄越せとか、戦力の乏しいこっちに援助しろとか、人員が豊富なら此方に物資ごと送れとか、いちいち突っかかって来る五月蠅い奴等だ。

 隆成も美織もうんざりした表情をしている。


「何黙ってんだよ。まさか本当に成畑を襲わせるつもりだったんじゃねぇだろうな」

「おいおい、そりゃねぇだろ。いくら何でもそりゃ人道に反するってもんだ。なぁみんなぁ~」


 奴等の構成は戦士系の男子が三人と、後方支援の女子二人だ。

 コイツ等だけなら疲弊した俺達だけでも何とかなるだろう。力尽くで突破するか?


「何をしているお前達。ん、貴様は里山優斗か、ソイツは鬼人か? 何故貴様は魔物に肩を貸している?」 


 新たに現れた人物、それは高畑を代表するリーダー天一翔奏(あまいちかなた)

 奴は俺と同じ【英雄】のロールと【槍聖】のジャブを持つ人物で、堅物で自分が一番強いと思っている勘違い野郎だ。

 男のくせに腰まで伸びた黒髪を頸の後ろで括り、整った顔立ちに切れ長の瞳、細身の長身と所謂イケメンという奴で、気に入らねぇ人物ナンバーワンだ。

 厄介な事にコイツは魔物を殺す事しか考えちゃいねぇ。フィカスの存在は危険極まりなかった。


 奴の登場で、腰巾着である野郎共からは「か、翔奏さん、来てくれたんスかッ!」「いらっしゃっるなら声を掛けてくれれば……」と、女子達からは「はわわ~、翔奏さまぁ~」「あぁん、カッコイイぃ~」とイカレた声が漏れていた。


「何しにこんな所に来た天一!」


 奴を睨みつける。


「貴様に教える必要があるのか?」


 無表情に答える天一。いちいち腹の立つ奴だよ気取りやがって!

 コイツは何時も口数か少なく、質問しても答が返ってくることがない。


「俺達に用がねぇならそこをどきな、邪魔だ!」

「そうはいかん。見てしまった以上放っておく事もできん。魔物は目にした時点で殺す」


 天一の野郎が槍を構える。

 奴の槍は俺のアスカロンと同様に神話に登場する槍の名を冠する魔槍ケルトハルルーン。

 ケルトハルルーンの穂先は常に黒い液体が染み出し、見るからに毒物だと分かる。掠り傷一つで命に関わる傷となっちまう厄介な槍だ。

 ちっ、面倒な奴が厄介なモンを持ち出してきやがったな。


「ちっ、やるぞ隆成ッ!」

「お、おう」

「頑張って二人共」


 フィカスを美織に預け、俺と隆成が美織の前に出る。

 戦闘態勢に入った俺達を見て天一の腰巾着共が慌てて武器を構え始める。 


「やんのかコノヤローッ! 勇者だからって図に乗んなよッ!」

「ちょっと、勇者だか何だか知らないけど、翔奏さまに何てもん向けてんのよッ!」

「ああん、テメェ等雑魚共は――ッ!」


 俺が喋り掛けてる途中で天一が動いた。

 一陣の黒い線を見た。嘘だろッ速いッ!

 なんとかギリギリでアスカロンで毒液の付いた穂先を弾いたが、続け様にケルトハルルーンを突き入れてくる。

 一撃一撃が重くそして速い。


 「優斗ッ!」と俺の名を呼びながら加勢に入ろうとする隆成に腰巾着共が一斉に襲い掛かる。

 美織は結界を張り敵の侵入を防いでいるが、いつまでも結界を張り続けるのは無理があるだろう。美織とて消耗しているからな。

 俺が助けに向かえればいいが天一は思っていた以上に強かった。

 癪だが、消耗してなかったとしてもサシで勝負して勝てるかどうかは五分五分じゃねぇか?


「ふん、流石勇者と言うべきか? それとも勇者でありながらその程度と言うべきか?」

「うっせぇんだよッ! テメェこそ槍聖の力はそんなもんなのかよ!?」


 厄介なことこの上ない相手だが、どうにかこの場を凌がなくちゃならねぇ。

 魔術で一掃したいが、奴等とて人間、魔術の威力を誤れば殺してしまう。それは目覚めが悪い。

 天一とて強力な魔術を使う事が出来るのに使っていない。奴も俺を殺す気まではないと信じたい。


 そもそも魔術戦では、俺と美織では奴等の人数による手数には対応できない。

 隆成は攻撃魔術を持っていない。使うならここぞという時のフィニッシュブロウがいいだろう。


 天一の狙いはフィカスだ、ならフィカスが目を覚ませば状況が変わる。そう思ってか美織が結界の内側でフィカスに回復魔術を施す。

 それをみた腰巾着共が、


 「おい、魔物を回復させてんじゃねぇぞコラッ!」「テメェ等人類の敵は今ここで始末してやんよッ!」「終わったな時勇館ッ!」と騒ぎ立て、野郎三名が一斉に美織に跳びかかる。

 それを阻止するべく隆成が双斧を振るう。


「何なんだよお前達は! 人の話も聞かないで襲い掛かってくんじゃねぇよッ!」

「魔物を匿ってる時点で聴く耳持たんちゅーのッ!」

「テメェ等裏切り者の言い分なんぞ、知った事かよッ!」


 激しく打ち合いを始めた隆成と腰巾着。正直隆成に五人の相手はキツイだろうが、頑張って貰わなければならない。

 フィカスを見捨てる選択肢もあるにはあるが、それをしてしまえば俺の勇者の名に傷がつく。

 何? 魔物を庇う方が傷つくって? それは気のせいだ。俺はこの場でフィカスを助けるつぅー使命感が湧き上がっている。

 フィカスは俺達との戦闘で手加減していた、俺達を殺さない様に。それは別に俺達の事を思ってじゃねぇことは知っているが、そのお陰で俺達は今もこうして生きている。

 なら、これは借りだ。借りたモンは返さないとな。

 俺は自分の心にフィカスを助ける言い訳を考えながらも槍を弾き続ける。


 いろいろと考えたが、何よりもコイツ等の思い通りにさせるのが癪に障る。

 いつもいつもことある毎にいちゃもんをつけられ、既に俺達の限界は超えてるんだよ。もう、この際だ、フィカス云々は置いておき、今ここでコイツ等を潰してしまおうッ!


「天一テメェ、覚悟してんだよな! 勇者に刃を向けた報いは受けてもらうぞッ!」

「ふん、威勢だけはいい奴だ。よかろう、その報いとやらを見せてみろ」


 剣で槍に勝つには三倍の実力が必要だという、所謂剣道三倍段ってやつだ。元を正せば攻撃三倍の法則からきたドイツ陸軍の研究からの考えだ。

 本当かどうかは知らんが、剣で槍に勝つには確かな実力が必要であるのは事実。リーチの長さってのはそれ程に重要なことなんだよ。

 だが、問題となるのは手に持つ得物だ。武器の性能によっては問答無用で実力を覆してしまう。

 俺のアスカロンは竜殺しの聖剣であり、竜に対する特攻を持ち、肉体強化、槍への変形、自己再生、主人登録、手元に戻るの六つの特殊能力を持つ。


 では、ケルトハルルーンはどうだろうか?

 俺はケルトハルルーンなる武器の知識がない。だから名前から能力を想像することが出来ない。

 これまでの奴の戦闘からの見立てで分かっているのは、毒液、肉体強化、主人登録の三つだけだ。おそらくだが再生も可能だろうと予測は出来るが、それ以外は分からない。

 流石に変形は無理だろう。俺のアスカロンは槍への変形を可能とするが、槍では槍聖相手に勝てない。


 戦いは相手の情報を如何に入手するかってのは重要なことだ。

 俺はこれまでの戦闘でアスカロンの能力を隠すことなく披露してきた。天一はアスカロンの全ての能力を理解していると見ていい。

 だが、奴は知らない、知りようのない切り札を俺は持っていることを。


 俺にはつい先ほど入手に成功した武具があるんだよ。

 聖女奪還の報酬がいつの間にか支払われていた。

 その名も聖剣クラウ・ソラスと聖凱イジョス・ブリンジャだ。


 クラウ・ソラスは、アイスランドの光の剣と言われる聖剣とも魔剣とも呼ばれる剣だ。

 クレイヴ・ソリッシュの後付けの名とも言われる聖剣で、エリンの四至宝の一つでありダーナ神族の王ヌアザの剣。

 聖凱イジョス・ブリンジャとて現代社会では再現不能な性能を持つ鉄壁の鎧だ。


 この二つが俺の新たな切り札だ、これらは不思議空間へ収納されており何時でも取り出せる。

 いざとなったら人を殺す事になろうとも使うしかねぇ。

 

「どうした勇者、威勢だけで実行に移れないのか?」

「……」


 挑発には乗らねぇよ! もし、ここで俺が負けようものなら、フィカスは殺され美織は成畑へ攫われる。この戦い、何が何でも俺は勝たなくてはならない。

 フィカスとの戦闘で消耗し、人数でも劣っている俺達は不利だ。だが、まだ絶望する程でもない。正直フィカスの野郎を相手にしていた方が絶望的だった。

 今更天一相手に手こずる訳にはいかない。


 チラリと隆成を除き見ると、やはり五人を相手取り苦戦しているようだった。

 しかし、両手両足に細かな傷ができちゃいるが、大きな出血はなく上手くはやっている。


 だがこのまま何時までも打ち合ってるだけでは埒が明かない。一気にケリをつけてやる!


「天一、決着をつけよう。俺のアスカロンが上か、テメェのその魔槍が上か勝負だッ!」

「ふん、望むところだ。貴様の聖剣をへし折り、そこの魔物にトドメを刺してやる」


 俺は上段に構え天一へと斬りかかる。

 槍相手に上段の構えは無謀極まりないが、魔術がある以上どうとでもなる。

 俺は牽制用に組んでいた術式を、槍の一突きが来るのと同時に展開する。

 放った魔術は『ファイアブレット』つぅー火系の低級魔術だ。これは込めた魔力(マナ)に比例して数を増やす火の弾丸。

 殺傷能力は低いが使い勝手のいい魔術で、俺はコイツを好んで使うことが多い。人に当てても、それ程大きなダメージは与えないからだ。更に数を増やして撃てば目くらましにもなる。

 強力な魔物には通用し難いが、人間を沈黙させるには都合の良い魔術だといえる。


 俺の放った火弾の数は数十にも及ぶ。天一はこれらを槍を振るい払うだろう。その隙に一撃を叩き込む!


 ……が、俺の目論見は脆くも崩れ去る。


 「きゃ」っという悲鳴に振り向くと、美織の張っている結界に魔槍を突き付ける天一の姿が。

 奴は全ての火弾を無視して、俺の存在すらも無視して狙いを切り替えやがったんだッ!


「テ、テメェ、何美織に手ぇだしてやがんだッ!」「美織さん!」


 天一は何度も何度も魔槍で結界を攻撃している。それに伴い、穂先から染み出す毒液が撒き散らされる。

 毒液は結界や地面に触れると、ジュウジュウ音をたて煙を上げている。

 結界には細かいヒビが既に生じており、直に結界は破られてしまう。

 奴は俺との勝負に拘っちゃいなかった。奴が拘るのは魔物を殺すことだけだったんだ!


 俺にとっての天啓の日は天一にとっては悪夢の日となった。

 奴は彼女と2人で出掛けた帰り道、工事現場の横を通りかかった時に地震が起きた。

 工事現場の足場は一斉に崩れ落ち、散乱する鉄材の中で奇跡的に無事だったそうだ。

 2人はお互いの無事を喜び神に感謝した。

 が、散乱する鉄材の中から一体の魔獣が飛び出してきた。

 その魔獣は一目散に彼女に向かい喰らいついた。

 天一は咄嗟に鉄パイプを拾いあげ魔獣の眼球目掛けて全力で突き刺したそうだ。

 その一撃は致命傷となり魔獣は痙攣した後に動かなくなった。

 しかし、既に魔獣に噛られていた彼女は既に息絶えていたそうだ。

 奇跡的に助かった直後の彼女の死。奴の絶望は計り知れない。

 その事が原因でアイツは魔物を異常に怨むようになり、見かけ次第殺して回っている。


「くそっ」


 奴の恨みは理解できる。この世の中ではそんな奴等は少なくはないのかもしれない。

 勿論フィカスも怨みの対象だ。俺のことは只の障害程度にしか考えていなかった。

 俺との勝敗は眼中に無く、迷わずフィカスを狩りにいったって訳だ。

 って、悠長に考えてる場合じゃねぇな!


「美織!」


 急いで駆け出す俺に風の刃が襲い掛かる。風の低級魔術『ウィンドカッター』だ。

 天一の取り巻きである女子2人による妨害だ。

 俺が魔術を使ったことで相手も躊躇いが消えてしまったようだ。


 咄嗟に横へと跳び込む様に躱すが、風の魔術は低級でも厄介だ。

 視認し辛いため、そう簡単には躱し続けることができない。マナから生み出したモノだからマナを頼りに躱していくしかない。

 だが、取り巻き女子2人が俺へと向かったことで、隆成の負担が減り攻勢に転じていた。

 隆成が3人の男子を自慢の双斧を振り回し動きを封じてくれている。

 俺は女子達を掻い潜り天一の下へ辿り着けばいい。


「行かせる訳ないつぅーのッ! 足を止めろ『ウィンドカッター』!」

「キャハハッ、踊ってろ『エアボム』!」


 女子の妨害に俺は焦る。

 俺には飛刃や魔術による範囲攻撃があるが、それでは隆成や美織を巻き込んでしまう。俺は細かな魔術のコントロールが苦手なんだ。飛刃では一度に全員を無力化できない。

 クラウ・ソラスを抜くか?

 あれには【索敵】【必中】【分裂】といった能力が備わっており、この場の敵を一度に無力化が可能だ。

 しかし、使ったことのない武器をその場任せに使ってしまうには不安がある。おそらく何人かは殺しちまう。

 覚悟は出来ているつもりでも、いざとなると躊躇してしまう。


 ……どうする?


 この逡巡は致命的だった。

 天一のケルトハルルーンは美織の結界を砕き、そのまま一直線に彼女へと延びていく。


「美織ッ!」


 今からクラウ・ソラスを抜いても間に合わないが、何もしないよりもいい。

 俺は焦り不思議空間からクラウ・ソラスを抜こうとしたその時、キィーンと甲高い音と共にケルトハルルーンが跳ね上がった。


 何が起きた?


 それは、赤い太刀によるものだった。

 美織が庇おうと覆いかぶさるその下から伸びた腕に握られた赤き太刀が迫りくる魔槍を弾き、飛び散る毒液をも燃やし尽くしていた。


「おいおい、俺が寝てる間に何がどうなったってんだ? 人間同士が争ってんじゃねぇかよ」

「ち、目を覚ましたか鬼人がッ!」


 ケルトハルルーンを弾いたのはフィカスの握る太刀だった。


「何がなんだか知らんが、借りが出来ちまったらしいな、借りは即返してやるよ!」


 フィカスの目覚めにより、ある人物の運命が大きく変わった瞬間だった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ