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俺の彼女はダンジョンコアッ!  作者: やまと
1章
20/78

七九八日目 共闘2 鬼人のダンジョン

「う……、ううぅ~……」


 伊志嶺美織(いしみねみおり)の苦悶が耳に届く。

 振り向けば伊志嶺はフィカスに首に腕を回され捕らわれていた。

 彼女はフィカスの腕の圧により意識を失ったようでぐったりとしている。


 俺達剣南創可(けんなみそうか)、勇者里山優斗(さとやまゆうと)、従者河合隆成(かわいたかなり)、そしてヒロインである伊志嶺美織は鬼人フィカスから何とか隙を作り逃走するも失敗した。

 フィカスは俺達の全力のダッシュに追い付き、伊志嶺を拘束し異域之鬼の刃を喉に突き付け笑みを浮かべる。

 意識を失っている伊志嶺の魔術やスキルは使えない。つまり【聖域】が使えないのだ。

 既にこの場は聖女のスキルである聖域の効果範囲外に出ていた。

 今のフィカスは鬼人としての能力を十全に扱える状態にある。重圧を受け尚、俺達を圧倒した鬼人の力を。


 奴が元々居た場所は聖域の範囲内だった。

 聖域とは、味方には強力なバフと回復を掛け、敵だと認識している者にはデバフと回復阻害を掛ける領域を創り出すスキルだ。

 聖域の重圧の掛かる中、奴は俺の放った井氷鹿(イヒカ)を破り追い付いてきた事になる。

 イヒカはフィカスの属性と反する水属性だ。その相反する属性が破られたということは、奴の火属性が俺の奥義をモノともしない程強力だということだろう。


「くそっ、もう追い付いてきやがったのか。美織を放せッ!」

「け、剣南さん、アイツを倒せる魔術はもうないんですかッ!? せめて美織さんを解放できないと俺達手を出せないですよ」


 河合が俺に訊いているが、そんなのあるならとっくにやっている。そもそもイヒカは魔術ではないからそう簡単には繰り出せない。正直に言って俺は疲労困憊であり、奥義の連発なんて到底不可能だ。

 その事を教えてやると、えらく酷い顔をして項垂れていた。


「はん隆成、人質を取らなきゃ戦えないような臆病者にビビッてんじゃねぇよ」


 里山の威勢のいい啖呵にフィカスが言い返す。


「ハッ! 臆病だってんならそれは逃げ出したテメェ等だろうが。テメェ等が尻尾巻いて逃げるから、逃げねぇってんなら人質なんざ要らねぇんだよ。尤も、俺のミッションに必要な人物なんで逃がさねぇけどな」


 そうだ、コイツ等魔物勢にもロールやジョブが存在し、クエストやミッションといったふざけたシステムがあるらしい。

 人類側にのみ施されたシステムなら可成り有利な展開に持っていけたに違いないが、魔物側にも施されているのなら人類滅亡の危機だと思ってもいい。

 時間の問題だろうが、そのことが知れ渡れば恐怖の余りに自ら命を絶つ者も出てくるだろう。

 そうなる前に勇者の様な希望の象徴となるべき人物を成長させなければならない。それ即ち、里山優斗の成長ということになる。

 少なくとも彼は未熟なれど鬼人と向き合っても気圧されない精神力と、瞬殺されないだけの実力を持っている。これから先、彼は希望となるべく力を付けていくだろう。


 故にこの場で死なせる訳にはいかない。


 そうなると協力してフィカスを倒さなくてはならないが、俺達の力では奴に勝てない。伊志嶺美織がフィカスに囚われている以上彼が逃げるという選択肢はしない。


 じゃあどうするか?


 緊急救済処置は当てにならない。回していないガチャを回す手もあるが、不確定要素が高すぎる上に隙が大きすぎる。


 くそっ、考えが纏まらないッ!

 焦らずに考えろ! 俺に出来る事はないのか?


「おいおい、マジでビビってないだろうな? 俺は何もテメェ等を嬲るつもりはねぇんだぞ?」


 考えに没頭し動かない俺達に対して呆れを隠すこともなくフィカスが言う。

 人質をとり片腕を封じているフィカスだが、迂闊に跳び込めば魔術を使われる。

 魔術を元々使えなかった人間には未知の力、無謀に突っ込む訳にはいかない。

 かと言って人質を解放して両腕を使われれば、圧倒的な力に成す術はない。

 が、どちらがマシかと言えば人質が居ない方が遥かにマシだ。先ずは伊志嶺の安全を確保しなくてはならい。


「フィカス、もう逃げるのは無しにする、彼女を放せ。お前の修行に付き合ってやるよ」


 フィカスは(つむぎ)(あざな)に対抗できるだけの力を得る為に俺達を練習台にしている。なら、そこをつつけば少しは隙を見せるかもしれない。


「ハッ、漸く諦めがついたか。お前達が力を合わせたところで俺には到底及ばないのは理解できてんだろ? だったら逃げるしかねぇのは分かるがよぉ、だからって逃がしてやる道理はねぇよな。死力を尽くして抗って見せろやッ!」

「はっ、双子の姉妹に手も足も出なかった癖に偉そうに。俺達を倒したところであの二人に勝てるだけのレベルアップは難しいと思うけどなッ!」


 フィカスは伊志嶺を放り捨てる様に解放し、異域之鬼である深紅の大太刀を掲げ俺に向けて突進してくる。

 放り出された伊志嶺に河合が駆け寄り助け起こす。

 そうしている間にフィカスの振るう太刀を何とか光忠で捌きながら後退していく。出来るだけ伊志嶺から引き離したいからな。


「ちっ、チンタラやってられっかよ! 一気にケリをつけてやる、勇者なめんなよッ!」


 防戦一方な俺を見かねてか里山がアスカロンを掲げ加勢に入る。


「【ヒートソードアタック】!」


 マズい、フィカスにあの技は効かないのは先刻承知の事実だ。


「アホかテメェはよぉ、火属性は俺には効かねぇって言ってんだろうがよ。猿には理解できなかったのかッ!」


 案の定、炎を纏ったアスカロンをフィカスは素手で掴んで止める。


「んなこたぁ分かってんだよこのタコがッ! 『アイシクルランス!』」


 アスカロンを止め動きを止めたフィカスに里山が魔術を使った。

 アイツ魔術も使えたのか!

 里山の腹部辺りから、氷の杭の様な太い槍が生み出される。


「一度ボコボコにされといて吠えるなよッ!」


 その氷の槍が短距離から勢い良くにフィカスへと襲い掛かる。しかし、フィカスがその手に持つ深紅の大太刀を振るうと炎が立ち上がり氷の槍を打ち消してしまった。


「残光ッ!」


 だが、その瞬間に隙が生まれる。その隙を見逃す俺ではない。

 一瞬の間すら置かずにフィカスの背後から首筋に最速抜刀術を見舞う。


「ケ、無駄なんだよッ! いくら速度を上げようと俺には届かねぇー」


 完璧に捉えたと確信した瞬間に声だけ残してフィカスの姿が掻き消えた。抜刀術は空振りに終わった。

 冥閬院流(めいろういんりゅう)残光は最速の剣速を誇る。それを難無く躱されたということは、まともに打ち合っても俺にはフィカスに刃を当てる事は難しいということだ。

 それは俺だけのことじゃない、里山は俺よりも剣速が遅い。となれば彼でもフィカスに攻撃を当てるのは不可能、不意を衝く必要がある。

 速度は疑いなくフィカスが上だ。防御力、耐久力は俺の奥義や里山の勇者としての攻撃力が突破できると信じるしかない。

 問題は即席チームの俺達に連携が可能なのかだ。

 河合と里山の連携は見事なものだった。俺と里山では、互いに攻めに特化したスタイルの為に相性が良いとは言えない。

 一人が打ち込み、次にもう一人が打ち込む。その繰り返しになってしまう。

 俺と涼葉のように長年の付き合いから搦め手を交えた阿吽の呼吸は不可能だろう。

 どうにかこの戦闘中に里山の癖を把握して俺の方から合わせなければならない。


「それにしても解せんな? 先日テメェに与えた傷はこんな短時間に回復する程の軽い傷じゃねぇはずだが? どうやってあの傷を癒した?」


 ここに来る前の話か?


「うるせぇ、あん時はちょっと油断しただけだっつぅーの。傷なんざ白い狐がチャチャッと治してくれたよ」

「白い狐だぁあ? おいおいその狐、聖女以上の回復要員じゃねぇのか?」


 白い狐? まさか燿子さんか? いや、回復を得意とする白狐はもう一人いたな。彼女の娘さんの美耀(みよう)だ。彼女は母親の燿子さんよりも回復能力に長けていると師匠が言っていた。

 フィカスは燿子さん達を知らないから驚いているようだな。


「美織以上の魔物がいてたまるかよッ! 聖女を舐めてんじゃねぇぞ!」


 いや多分、美耀の方が上な気がする。何故って燿子さんの娘さんだからな。


「ケッ、今はどうでもいいか。テメェ達を倒した後にその狐も始末してやるよ」


 多分無理だろうな。燿子さんはあの双子よりも強いんだぞ。


「はんっ、やれるもんならやってみろってんだッ!」


 勇者と鬼人がぶつかり合う。

 が、その時――、


 IYAHAAAAAAAAAaaaa


 まるでダンジョンが発した断末魔のような、悲痛さを感じさせる音が通路を駆け抜けていった。


「何だ!?」「何が起きた!?」「なんつぅ~音だよッ!?」


『全人類クエストの達成を確認しました。

  報酬が支払われます。全魔物は一時的に弱体化します。

  *報酬効果は個体により効果時間が異なります。

 同時に【希望と絶望】が閉幕します。

  一部から苦情が届きましたが、一部で喝采が上がりました。

 全人類に報酬として進化の種子が支払われます。 

 今後もお楽しみください』 


 ――全人類クエストクリアッ!


「……なんだと」


 最初に声を上げたのはフィカスだった。

 奴は今全人類クエストクリア報酬の影響を受け、強大な力が急激に萎んでいくのを感じている筈だ。

 一目見て感じ取れる、見るからに力が落ちていくのが。

 パンパンに膨れ上がった風船の栓が抜け、空気が急激に抜け萎んでいっているようだ。

 身が竦む程に感じられていたプレッシャーは、今では微塵も感じ取れない。

 いったい誰がクリアしてくれたのかは知らないが、いや、女神(おみながみけ)家しか考えられないな。

 全てのミッションをクリアしクエストを成し遂げた。なんていうグッドタイミングで達成してくれたんだ、流石師匠達だ。

 まさか先程の音はダンジョンコアが破壊された事によるものだったのか。だとしたら紡と糾がやってくれたんだろうか?

 なんにせよ今が好機だッ! 考える事は山ほどあるがそんなことは後回しだ。


「うをぉおおおおおぉ――ッ!」


 考える事は放棄した。弱体化に時間制限があるのなら、ここで決めるしかないッ!


「な、舐めるなぁあああぁぁぁッ!」


 俺の光忠とフィカスの深紅の大太刀がぶつかり合う。フィカスの余裕は消えていた。

 先程まで余裕を持って対処していたフィカスが、今では見る影もなく冷汗をかいて必死に太刀を振るっている。


「クッ、ちょ、調子に乗るなよ小僧共ッ! 野郎共【牽強傅会(オレニシタガエ)】!!!」


 前にも見たフィカスのスキルが発動する。

 確かこのスキルは、死んだ者を蘇らせて操るものだ。

 だが、蘇った者は魂の宿らない只のゾンビ、今の俺達には只の雑魚だ。

 しかし、いくら魂の宿っていない雑魚だとはいえ、数に圧されればフィカスを取り逃がす可能性もある。

 フィカスは何としても今この場で仕留めなければならない。でなければ、この好機は二度と無いだろう。今しか奴を倒すチャンスはない!


「くそっ、畳み掛けろ、この機を逃すなッ!」


 俺の叫びに反応し、里山と河合も攻勢に参加する。


 この場に向けてヒタヒタと歩み寄ってくる多くの足音が聞こえてくる。まだ姿は見えないが、直ぐにでもやって来るだろう。

 スキルの効果範囲がいか程かは知らないが、かなりの数の足音だ。


 フィカスは俺達三人の猛攻に辛うじて耐え忍んでいる。弱体化しても尚、俺達三人の猛攻を凌げているのだ。このまま逃がしてしまえば次回相まみえた時、勝てる保証はない。


 急がなくては、ゾンビどもが近い。姿がチラホラと見えてきている。

 ダンジョンに挑み心半ばで散った者達、その者達に倒されてきた魔物達が蘇り、生ある者憎しと大挙して来る。


 くそっ、間に合わないのかッ!


「私に任せてッ!」

「美織ッ! お前大丈夫なのか!?」

「うん、大丈夫だよ。見てて【聖域】『ターンアンデッド』『プュリファイ』!」


 ここにきて聖女の援護射撃、伊志嶺が意識を取り戻し最高のタイミングで援護してくれた。

 聖域によるバフにデバフ、ターンアンデッドによりゾンビどもの浄化し、ピュリファイによりこの場を清める。

 清められたこの場では新たなアンデッドは生まれない。浄化された者は灰へと化し、聖域によってフィカスを更に弱体化させる。

 間違いなく必勝の瞬間だ。


「やるぞッ!」

「おおぉぉ、調子に乗り過ぎなんだよッ!」


 異域之鬼の太刀が炎を纏う。弱体化する前とは比べるべきもなく貧弱な火。


 身体に無数の傷を負いながらも抗い続けるフィカスを見て思う。

 哀れだと。

 神の悪戯でこんな世界へとやって来て、またしても神の気まぐれで力を封じられる。

 もしも本来の世界で暮らせていたのなら、こんな暗いダンジョンなんぞで命を落とす事など無かっただろうに。

 この世界に来なければ、この世界で双子に会わなければ、きっと違う人生があっただろう。


 だからといって加減など出来ない!

 同情なんぞで手を緩めることは出来ない。

 それはフィカスへの侮辱でもあり、人類に対する反意でもある。

 奴は敵、人類に仇なす存在、必ずこの場で倒す!


「いい加減に死ねよ! 鬼人さんよぉ――ッ!」


 里山の雄叫びが聞こえる。

 河合もこの機を逃すまいと必死に双斧を振り回す。

 伊志嶺も迫るゾンビ共に魔術を繰り出している。


「うぉおおおおおぉぉぉ――」

「これで終わりだッ!『アイシクルレイン』!」


 里山の放つ氷槍の雨、フィカスの身体から飛び散る血が辺りを赤黒く染めていく。

 大量の流血によりフィカスの体力は底を尽きる。既に勝敗は決したと言えるだろう。

 『アイシクルレイン』、嘗てサフィニアが使った魔術とは違うようだ。

 彼女の使った『アイシクルショット』は拳大の氷の固まりだったが、里山の使った魔術は氷の槍のようだ。

 細いが貫通力に特化した氷の槍が雨あられと降り注ぐ。


「ハァハァッ、き、貴様ぁ……、ゴフッ」


 フィカスの身体に一本の氷槍が突き刺さっている。

 多くの吐血を吐き出しながら、鬼人は氷の槍を叩き折り勇者を睨みつけている。

 フィカスは決して膝をつかなかった。


「はぁはぁ……ハハッ、こうも簡単に形勢を逆転されるとはな。ク、クソッタレな神がぁ、弄びやがって……」


 怒りに満ちたフィカスの声は今にも事切れそうな程細やかだ。


「本来なら俺達に勝ち目は無かったんだよな、運が良かった、これなら勝てる!」

「けっ、弱体化が無くても、どうせあの双子に斬り殺されてただろうよ」

「……そうならない為のテメェ等だったんだがな。運がねぇのは確かか。だ、だが、只では、只で死んでやるものかよ、テメェ等の内誰か一人でも道連れにあの世へ送ってやるッ!」


 弱体化は奴にとって痛恨の極みだろう。フィカスは弱体化により俺達に敗北する事になる。故に死力を尽くす。

 覚悟を決めたフィカスが最後の力を振り絞る。

 弱体化しても尚、命を賭け放たれるプレッシャーは以前と引けをとらない程膨れ上がっていく。


 放つ殺気で俺達を圧し、

 迸る闘気で大地を震わせ、

 膨大な魔力(マナ)により大気は弾けるような音を奏でる。


 灯火消えんとし光を増す、とはこの事だろうか。

 既に致命的な傷を負うフィカスからは考えられない程のプレッシャー、命を削っているんだ。

 だが命をかける、それだけの危機的状況であり、脱するにはそれなりのリスクを伴わなければ脱却できない。いや、既にその気はないのか? 奴は相討ちを狙っている。

 俺達にとって問題となるのは、どの様な手を使うのか? だ。


「くそッ、悪足掻きすんじゃねぇよ。行くぞ隆成ッ!」

「お、おうっ!」


 里山と河合が、動かずにいた俺の両脇をすり抜け駆け抜けて行く。


「うぁおおおおぉ――ッ、調子に乗るなよ人間ッ!」


 フィカスの闘気が一段と膨れ上がる。それに従い揺れていた大地に、壁に、天井に亀裂が入っていく。


「!!!」


 本来不滅のダンジョンが崩れようとしている。やはりこのダンジョンは死んでいるんだ。

 クエストのクリア条件を満たしたのはこのダンジョンのコアが破壊された事も含まれているんだろう。

 システムの影響を受けていない双子の姉妹がどうやってコアの破壊判定を受けたのは知らないが、ダンジョンが死んでいることだけは確かだ。


 だが、その為にダンジョンの崩壊が可能になってしまっている。フィカスの狙いは俺達に勝つことじゃない! 奴の狙いはダンジョンを崩壊させ、俺達を己ごと生き埋めにすることだ。

 崩壊したら俺達は誰一人助からない。漫画やゲームじゃないんだ、ご都合的に転移して脱出、死んで蘇生なんて出来ない。いや、涼葉ならリョカの影移動で脱出できるだろうが、俺にはそんなスキルはない。


 俺達が助かるには、崩壊が始まる前にフィカスにトドメを刺すしかない!


「――――ッ、や、やだ、ちょっと何よアレッ!」


 俺もフィカスに向かって駆けだそうと一歩を踏み出した時、伊志嶺が悲鳴を上げるのが聞こえた。

 振り向けばそこには2m以上の背丈の鬼が三体。

 アレ等には、五階層で俺が出会った鬼が一体含まれている。


 驚く程に赤く輝いていた瞳は見る影もなく黒く淀み、内部の汚泥の様な負のエネルギーは一切感じられなくなっている。

 アレは、鬼がこの世に顕現する為に用意した器だけで、中身が伴っていない。

 流石と言うべきか、紡と糾があの三体の鬼を倒したのだろう、鬼からは一切生命力(オド)を感じない。


 里山と河合が足を止め鬼を見る。フィカスまでもが呆然と鬼の様子を窺っている。


 「な、何だよアイツ等は!」「き、気持ち悪いよ。どうにかしてよ優斗!」「どうにかって、何なんだよアレはよ」と、聞こえてくる。


 答えは、フィカスの【牽強傅会(オレニシタガエ)】により蘇った鬼の抜け殻がゾンビ化したものだ。

 だがっ、抜け殻といっても今のフィカスよりも強い!

 最早この区間に存在するゾンビはその三体の鬼だけだが、ここに来て最大の障害が現れるとはッ!


 フィカスは構わずにダンジョンの崩壊を狙い力を放出を継続している。このままでは全滅は必死だろう。

 だが、優先すべきはフィカスだろう。

 鬼ゾンビはヒロインで聖女の伊志嶺に任せて、先ずはフィカスの力の放出を止めるのが最優先だ。


「伊志嶺ッ! 奴等は鬼のゾンビだ、お前の聖女の力で何とか時間を稼いでくれ。俺達でフィカスを止める!」


 俺が伊志嶺に言うと、慌てたように里山と河合が戻ってきてしまった。


「待てよッ! 美織に何させようとしてやがんだッ!」

「そうですよ剣南さん。鬼って、アレを独りで抑えるなんて無謀ですよ」


 二人は伊志嶺が心配で判断を誤っている。

 確かに鬼のゾンビはこれまでの有象無象とは訳が違う。存在感が段違いだ。

 だからといってダンジョンの崩壊を狙っているフィカスを放っておけば全滅だ。


「フィカスを止めないとダンジョンが崩壊して生き埋めになるんだぞッ! お前達に崩壊したダンジョンから生きて脱出できるスキル持ちはいるのか!」

「そんなスキルはねぇけど……」

「だからって……」

「なら――」

「だ、大丈夫、私やるよ二人共」

「「美織」さん」


 ダンジョン内の亀裂は刻一刻と増している。

 天井から降る土砂はパラパラからガラガラへと変化し、急がなければ手遅れになるだろう。


「無理は承知だ。だが、無理を押してでもフィカスを倒し崩壊を止めるまでの間だけでも、俺達の邪魔にならないように足止めして欲しい」

「う、うん。どこまで出来るか分からないけどやってみる」


 やって貰わなければ困る。ここより更に下層にはあの双子もいるんだ。ここで死なせてしまえば師匠に合わせる顔がなくなってしまう。


「頼んだ。里山、河合行くぞ」

「分かりました」

「俺に命令すんじゃねぇよ」


 俺達はフィカスへ、伊志嶺が鬼ゾンビへと向かい駈け出そうとした。その時、俺とフィカスとの間の天井の一部が轟音と共に崩れ落ちた。

 くそっ、もう本当に時間がない。

 急いでフィカスを倒す為に駆け出す。が、崩落した天井と共に現れた人物が立ちふさがった。


「悪いが、その辺で勘弁願おうか。愚息とはいえ、可愛い我が子なのでな」


 その人物が言葉を発すると同時に剣を振るう。

 振るわれた剣が剣圧を発生させ俺達は押し返されてしまう。

 くそっ、コイツ、あの時フィカスを助けに来た父親か! どうする、このおっさん、弱体化している筈なのに、以前のフィカス並みの力を感じるぞッ!


「なに、只で見逃せとは言わん、代わりにそこな鬼の末路は私が相手をしよう。彼奴等は残念ながらフィカスの制御を離れている。私が相手をしている間に、お前達はこのダンジョンから抜け出せばよい」


 「はぁあ!?」「どう言うつもりだ」「えぇ、どゆこと!?」三者の声が同時に発せられる。


「お前達にとって悪い話ではなかろう。アレを止めてやると言っているのだからな。急いてこの場を離れるがいい。ダンジョンの崩壊はもう止められん、ただし、愚息も連れて行って欲しい」

「な、何言ってやがる親父!」

「貴様は黙っておれ。……良いか、助かって力を取り戻したとしても、この場に居る者達への暴挙を禁ずる、良いな!」

「だ、だからな、何言ってやがんだ親父ッ!」


 話が勝手に進んでいる。え? フィカスを連れて脱出しないといけないのか?


「は、はぁ、勝手に話進めてんじゃねぇよ。何で俺達をここまで追い詰めた奴を助けなきゃなんねぇんだよ!」

「ま、待て優斗。これはチャンスじゃないか? 全員が助かるには話に乗るしかない」


 確かに全員で逃げ出す最大のチャンスだ。

 だが、俺は残らなければならない。双子はこの下に今も居るからだ。


「そこな嬢ちゃんに三体の鬼の相手は務まるまい。いくら死して弱体化したとて鬼は鬼、弱体化前のフィカス並みの力はある。あの嬢ちゃんを死なせたくなければ素直にフィカスを連れて逃げよ。愚息を頼む」

「ふ、ふざけんなよ親父、何かっ手に決めてやがるッ!」

「話を勝手に進めるんじゃねぇよ! 俺達の背後から斬りかかられても困るんだよッ!」


 当然の懸念だ。

 これが罠で、背を向けた瞬間に斬りかかられたら堪らない。


「その時はフィカスを殺せばいい。私は決して息子を裏切りはしない。さあ、時間は無いぞ、急いで行け」


 ゾンビの動きは緩慢で遅々として進まないが、戦闘となれば話は別だろう。仮にも彼等はこのダンジョンの頂点に君臨していた魔物なのだから。

 フィカスの親父とて三体の鬼ゾンビには苦戦を強いられるだろう。寧ろ勝つ方が難しいと思うが、どうするつもりなんだ?


「里山、ここは彼に従おう。里山はフィカスに肩を貸してやってくれ。河合は周りの警戒を、伊志嶺彼等に着いて行ってくれ」

「はぁ、何勝手に決めてんだよ。テメェだけの話じゃねぇんだぞッ!」

「そうですよ。罠だったらどうするんですかッ!?」

「私は早くここを出たいんだけど……」


 嗚呼、そうなるよな。だけど、本当に時間がないんだ。


「見ろッ! 四の五の言っている場合じゃない事は分かるだろう」


 崩落が始まった。彼方此方の天井から次々に土砂が降りだしている。


「俺もこの場に残る。もし奴が背後から狙うのなら、俺が命を懸けて止めてやる。だから、今は何も考えずに脱出しろッ!」

「の、残るってッ!?」


 伊志嶺が驚きの声を上げる。


「どの道俺は双子の姉妹を探しに下層へ行く積もりだったんだ。ここに残るのはついでだ。里山、お前は伊志嶺を助けに来たんじゃないのか? だったらとっとと行けッ!」

「ちっ、分かったよ。けどよ、アイツも連れてかにゃあならんのがなぁ」


 里山が渋る。フィカスを連れて行くのに抵抗があるのは分かるが、これは奴の父親と交わした約束事だ。

 約束を守るかどうかでその人物の性格が読み取れる。


「里山優斗、お前は勇者だ。なら約束は守れ、たとえ只の口約束だとしてもな。信用される人物になれ!」

「けっ、分かった。美織、隆成、行くぞ」


 里山はいつの間にか気を失っているフィカスを背負い、河合と伊志嶺はそんな里山について駆け出していった。


「お主は行かんのか?」


 この場を離れるのを見た鬼ゾンビが急加速で此方に迫ってくる。


「あんた独りであの三体を相手にするには無理があるだろう。俺も手伝うよ」


 おっさんが一体の鬼ゾンビの振るった拳を受け止め、俺がもう一体の突進を冥閬院流(めいろういんりゅう)で受け止めた。


「フッ、人間とは愚かだな。だが、そこがいい。死ぬなよ小僧」


 最後の一体が俺達をすり抜けて行く。

 と、『クリスタル・フレイム』とおっさんが魔術を放つ。

 おっさんが振り向く事もなく放った魔術は、俺達の後方、最後の鬼ゾンビが向かう先に展開された。

 それは炎を凍らせたかの様な壁で通路を封じた。氷の中で炎が燃え盛っているかのような壁だ。

 炎の壁と違い物質としての障壁だ。これは助かる、便利な魔術だな。


 行く先を阻まれた鬼ゾンビはその壁に体当たりをかますが、触れた瞬間に全身が燃え上がった。


「迂闊に触れれば火傷では済まんぞッ!」


 すげぇ、触れれば燃え上がる攻防一体の魔術、そんな魔術を振り向きもせずに片手間でこなしたおっさんの実力は本物だろう。

 が、鬼ゾンビも流石にそれだけでは倒せない。大したダメージも見て取れない。

 三体目の鬼ゾンビが此方を振り向き駆け出してきた。

 二対三の状況で更に実力は相手が上。絶望的だが、希望もある。

 奴等には魂と呼ばれるようなものがない。故に動きは単調で判断力に乏しい。只単純に目の前の敵を倒す事だけが行動原理となっている。

 付け入る隙は必ずある筈だ。

 早急に三体を倒して紡と糾を助けに行かなければ!

 そんな時、


「あれ? お兄さんが鬼人と共闘してるけど、どういう状況?」

「あらホント、どうしたのかしら?」


 希望が現れたッ!


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