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俺の彼女はダンジョンコアッ!  作者: やまと
1章
19/78

七九八日目 北ダンジョン2

「あぁ~ああ~、我が君はまだお戻りになられないのですか? このルシファー、どれ程時が経とうともお嬢様のことをお待ちしますとも、たとえこの世が果てる時まででも。色褪せる事のない美しきお姿は決して私の両の瞳から離れることはありません。ですがどうか、どうか一刻も早いお帰りを願っておりますぅ!」


 ルシファーさんが最下層全域に響き渡る程の大声で叫ぶ。帰るも何もさっき行ったばかりじゃん。

 大袈裟に身振り手振りを交えながら、涙を流して踊るように叫んでるんだよ。

 恥ずかしい、誰も居ないけど、誰も見てもいないけど、この場に居るのがとても恥ずかしいんだよぉ~。

 ボクの事は見もしないから居ないものだと思ってるかも。

 あ~、ボクだって創ちゃんに早く会いたいんだよ!


 ルシファーって言えばキリスト教だっけ? 元天使長さま。堕天して悪魔の王となった存在。

 ボクは詳しくは知らないんだけど、サタンの別名だったよね?

 サタンは、七つの大罪“憤怒”を司る全悪魔の支配者?

 元々の名はルシフェルだったりルキフェルだったけど、確か最高位を表す“エル”の名を剥奪されてルシファーになったんだよね?

 蛇になってイブを唆し禁断の実を食べさせたり、アダムとイブの息子、人類最初の殺人者カインに弟であるアベルを殺す様に唆した張本人だったりする。

 天使の中でもずば抜けた実力を持ち神に成り替わろうと反旗した。とか、アダムとイブに仕えよって神様に言われて反旗したとか、堕天した理由は宗教によって様々だったと思った。


 目の前のルシファーさんがそのルシファーさんなのか分からないけど、もし、本人だったら少し、ううん大分イメージが違うんだよ。ってか、もし本人だったら可成りショックだったりする。

 見た目だけはイメージ通りなんだけどなぁ~。


「娘、余り私から離れないように、湖に近付くな、動くなジッとしていろ。離れて何かあれば、私がお嬢様に叱られてしまいます」


 なんて言うんだよ。ボクの守護を任されてるんだからボクの方に付いて来て欲しいんだよ、護って貰う立場で言うのも何なんだけどさ。

 ルシファーさん、さっきから蔦絵お姉さんのことばかり独りで喋ってるんだよ。

 昔は可愛かった、でも今は美しくなられた。とか、昔はやんちゃで困った。でも、今は落ち着きを持ち、実力もついた、とか。

 昔の蔦絵お姉さんの話が聴けるのは嬉しいけど、自慢話が聴きたい訳でもないんだよ。


 彼は、まだ蔦絵お姉さんが産まれる前に師匠に仕えてたらしいんだよ。

 理由は師匠に喧嘩を吹っ掛け返り討ちにあい、命を助けてもらう代わりに執事となったとか。

 後に蔦絵お姉さんが産れ世話役になったとかなんとか。 


「お嬢様が産れたのは満月の夜、月に祝福されて産れたのです。それはそれは産声さえも可愛らしく、この世の天使とはお嬢様の事を言っているのだと感じましたッ! 数日後には――」


 あぁあ~、更に生い立ちをイチから語り出しちゃったんだよ! 元とはいえ正真正銘の天使だった人が何言ってんの!?

 魔物も出てこないから別に良いんだけどさ、ほっとかれると寂しいんだよ。

 体躯座りで湖水に向かって石投げちゃうんだよ。

 ポーイッと……、「きゃ」、地底湖が怒ってきたんだよッ!

 波一つ立てて無かった湖面が、ザワザワと唸り出したよ。

 波は次第に大きくなってこっちに襲い掛かってくるんだよッ!


「……何をしている、娘」


 ボクの上げた悲鳴にルシファーさんが呆れたかのように此方に顔を向けてくる。

 さっきまでだらしない顔だったのに、今は少し不機嫌そうなんだよ。

 だって、しょうがないじゃん、寂しいから湖面に向かって石を投げたら怒るなんて思わなかったんだよ。


「まったく、私の後ろまで下がりなさい、――ええ、そこでよろしい」


 ボクがルシファーさんの背後まで下がると、彼は片手を地底湖に向けて伸ばし、何かの力を使ったのか波を一気に静止させてしまったんだよ。

 静止していた波は急速に元の位置へと戻っていく。

 ふぉあ? 何をしたんだろう?


「水面上に蓋をしただけです。これで此方にちょっかいは出せないでしょう。人間とは先を考えずに動く生き物なのですか? 目を離せば直ぐにこれです」

「ご、ごめんなさい」


 素直に謝るんだよ。ボクが悪いのは明らかだからね、コアってこと忘れてたよ。

 でも、この湖水がコアならどうやって倒したらいいんだろう?

 水を倒す? 蒸発かな? それとも電気分解? う~ん?


「――こうして産れたのが(つむぎ)お嬢さまと(あざな)お嬢さまなのです。ですから――」


 う、うそでしょッ!

 蔦絵お姉さんの話をしてたから放っといたら、紡ちゃんと糾ちゃんの話にまで発展してるんだよッ!

 なんなのこの人! どんだけ女神(おみながみ)姉妹のことが好きなのッ!


 そんなルシファーさんの施した蓋、地底湖を見ると完全に抑えられ波が立たない。能力だけを見ると凄いんだけど、お嬢様お嬢様って煩いんだよ。

 お姉さん、お願いだから早く帰って来てッ!


 ってお姉さん、神さまと話をつけて来るって言ってたけど、どういう事だろう?

 まさか神さまに会いにいったの? そんな気軽に会いに行けるものなのかな?

 そもそも神の存在を信じていなかったボクはどうしたら良いのかな? 神さま、実在してたのかぁ!?

 でも現に蔦絵お姉さんは行ってしまった訳で、もうこのまま魔物の事も何とかしてくれないかな?

 流石に神さま相手にそんな都合よくはいかないか。

 神さまってどんな感じなんだろう? イメージ的には傲慢で自分勝手な奴って気がするんだよ。

 でも、システムを創ってくれたりしてるからいい神さまなのかな?

 でもでも、質の悪いミッションだのクエストだの困らせてもくれてるから悪い神さま?

 あや? 直ぐ傍に神さまに詳しそうな人がいたんだよ。

 でも、彼に話を訊くには勇気がいるんだよ。だって、変人だもん。

 ん~、いいや、訊いてみよう!


「あ、あのルシファーさん? 少しお尋ねしたい事があるんですがいいですか?」


 はー、声を掛けるだけで疲れるんだよ!


「何です娘? お嬢様のことを語るなら一日や二日では足りませんよ?」


 何なんでしょうこの人ッ!? さっきまで散々に語ってたでしょ。


「いえ、蔦絵お姉さんが会いに行った神さまのことでちょっと。神さまってどんな感じなのかなって思って?」


 お姉さんの心配をするのが普通なんだけど、あの蔦絵お姉さんがどうにかされちゃうなんてイメージできないんだよ。


「ああ、あの神ですか。いいでしょう、知っていて損はありません、教えて差し上げましょう。非常に語るには不快な神ですが仕方ありませんね」


 ルシファーさんは端正な顔を歪め嫌そうな感じなんだよ。その様子から少し神さまのことが分かった気がする。

 ルシファーさんが大袈裟に身振り手振りを交えて語り出した。


「お嬢様が会いに行かれたのは、この世界を管理する神の一柱です。名前は伏せておきましょう、名前にも意味があり、知ってしまえば因果が生まれかねませんからね」


 と前置きして話始めるルシファーさん。

 世界を管理する一柱って、複数の神が管理しているのかな?


「知っての通り今貴方方には役割(ロール)(ジョブ)が与えられていますね。それはお嬢様が会いに行かれた神が人類に施したものです」

「うん、私は【ダンジョンコア】のロールと【魔獣操者(モンスター・テイマー)】のジョブを与えられてるんだよ」

「【ダンジョンコア】ですか、少々厄介ではありますね。同情はしますが、今は置いておきましょう。先ず最初に、何故ロールやジョブなどというものを神が人類に与えたのか? それは、人類の為ではありません。何故なら、魔物側にも同じくロールやジョブを得ている者が存在するからです」


 え! 魔物にもロールやジョブがあるの!?


「貴女方もそうですが、ロールやジョブは敵を倒して初めて与えられるものなのです。難を逃れ、逃げ隠れしている者には与えられていません。魔物も同様に人間を倒した者にしかロールやジョブは与えられていません」

「そ、そうなんだ」


 言われてみれば、ボクがあの変なアイコンに気が付いたのはゴブリンを倒した後だったけ。


「そうなんです。神が双方に与えたのはお互いを争い合わせる為です。何故なのか? その理由は二つあります。一つはお互いを争わせることで種を高みに押し上げ、より優れた種を残すこと、種として一段階上の段階まで昇華させるため。ロールもジョブも無しに魔物を倒し続けるのは不可能ですからね。ですがあの神にとっては此方はついででしょう。問題はもう一つの方で只の道楽です、暇を持て余している神の道楽なのです」


 ど、道楽って……。


「嘗てこの世界の神は最上位の地母神が行っていました。地母神が管理していた頃の地上はまるで楽園そのもの、争いなど無く平和な世の中だったのです」


 ボク達が住むこの惑星の名は“セカンドアース”と呼ばれているんだよ。何でセカンドなのかは誰も知らないんだけどね。

 一度この惑星が滅んだって説があるけど、どうなんだろう?

 誰がセカンドアースと名付けたのかすら分からないんだよ。不思議だよね。


 で、そのセカンドアースは、人類が誕生して歴史は浅いんだけど、歴史上戦乱の世なんてものは存在してないんだよ。人々は手に手を取り合って平和な世を築き上げ、維持し続けてきたんだよ。勿論、多少のいざこざはあったけど、多く人口を減らす程の争いは未だ曽てないんだよ。

 戦いが存在するのは物語の中だけ、この世界には争い合った歴史が存在しない。物語の中には架空の武士や武将、騎士や英雄などといった傑物が存在するけど、実在していた事実はないんだよ。

 そんな平和な世の中を生きてきた人類には、今回の様な魔物との命の遣り取りは危険極まりない。実力も覚悟も知識も全然足りないからね。

 故にこの世界に兵器と呼ばれる存在は極めて少ないんだよ。無くはないんだけど物語の中に出てくるような極大爆発を起こしたり長距離弾道ミサイルなんてものはない。

 精々が自衛隊の装備する機関銃や拳銃の類がチラホラしているだけなんだよ。


 人は物語に登場する傑物に憧れを持ち、自らを鍛えるようになった。けど、実際に戦闘経験のないボク達人類はハッキリ言って弱いんだよ。

 でも、希望はあるんだよ。師匠の様に戦闘に長けた実在する傑物も確かに存在しているんだから。

 師匠がどうやってあれ程の強さを得たのか分からないけど、今、人類に必要なのは師匠の様な人材なんだと思うんだよ。


「時代は流れ文明が発達した頃に管理神が交代なされたのです。その神こそが現在この世界を管理する神々なのです。その内の一柱に蔦絵お嬢様はお会いになられたのです。元々管理なされていた地母神と比べ下位も下位、最下級の神ですが、神は神、人の及ぶ存在ではありません。怒らせないのが無難ですね。尤も、お嬢様なら問題にもなりませんが」


 管理神の交代って普通にある事なのかな?

 そのまま優しい神さまが管理してくれれば良かったのに、どうして交代しちゃったのかな?

 それよりも気になるのが蔦絵お姉さんが神さまを怒らせても問題にならないってどういうことだろうか?


「新たに就任した神は自堕落で傲慢、我儘で甘ったれと一見して駄目な神なのです。放任主義とでも言いましょうか、その神は地上の管理など殆ど行ってはいません。ですが、別世界からの干渉により世界の壁に穴が空いてしまい、駄目な神も重い腰を上げた訳です。いえ、少し違いますか? 嬉嬉としてシステムを創り上げたのです、ロールとジョブですね。それに救済処置の一環としてガチャなる物まで創りました。これは自ら溜め込んだ、或は創り出した資材を、自らを楽しませた褒美としてランダムで与える為のシステムです」


 そうだったんだ。ガチャって救済処置だったんだね。

 ボクもガチャには助けられたんだよ。リョカもそうだし変な木の実もそうだしね。


「この神は地上を舞台と見立て、自らは監督気分を味わっているようです。人に役割を与え、他の神を観客とし、神界を観客席として観覧しています。客を沸かせた相手に褒美を取らせ、より良い演劇を期待しているのです。今回の事もそうです。蔦絵お嬢様がこのコアを破壊するのは簡単で客を沸かせる事は出来ません。しかし、貴女が悪戦苦闘の末にコアを破壊すれば客は沸くのです。神はそんな状況を楽しんでいるのですよ」


 なんて迷惑な事を考える神さまなのかな!

 いい迷惑なんだよ、ボクじゃこの地底湖であるコアを破壊する事なんて出来ないんだよッ!


 ルシファーさんは更に続けて語り出すんだよ。


「クエストとミッション、イベントなんてのも考えているようですね。ミッションは単発の任務、クエストは複数のミッションの掛け合わせ、イベントは任務ではなく催し物のようですね。更にシナリオ、これがこの舞台の見所だと言いたいのでしょう。ふっ、これが神を名乗る者のやる事ですか、仕様もない」


 ルシファーさんが呆れたように肩を上げる。

 ボクだって呆れてしまうんだよ。もっとやり用はあっただろうにね。


「確かに、このシステムのお陰で人類は救われる道が見えました。ジョブにはその職の知識と経験が付随します。戦闘能力のない人物であれ、ジョブが有れば戦えるでしょう。が、しかしですね、同時に魔物まで強化の対象にした意味が分かりません。魔物に対抗するために人類を強化したのに、魔物まで一緒に強化するならあまり意味がないと思いませんか?」

「うん、思うんだよ! 神さまは何で魔物まで強化しちゃったのかな?」

「単純に贔屓は良くないとでも思ったのかも知れませんね。若しくは一方的な展開にでもなると思ったのか? 魔物の強さはピンからキリまでですが、ピンは一体でも世界を滅ぼしかねない力を持ち、キリですら人が対抗するには厳しい強さを持っているというのに。種の昇華という意味なら人類だけを強化した方が余程効果的で――、どうやらお戻りになられたようですね」


 ルシファーさんがボクの背後に顔を向けて恭しくお辞儀してる。

 慌てて振り向くとボクの背後の空間が歪んでいるんだよ。

 そこから蔦絵お姉さんが現れた。何も無い所からヒョイと現れる姿は少しビックリするからヤメテ欲しいんだよ。


「お帰りなさいませお嬢様。お早いお帰りを嬉しく思います」

「ご苦労様ですルシファー。何事もありませんでしたか?」

「勿論です。魔物一匹近付けさせてはいません」

「そうですか。涼葉ちゃん、この男と居て疲れたかもしれないけど、もうひと頑張りお願いね」


 蔦絵お姉さんがボクの肩に手を置いて言うんだよ。

 頑張るって何をどう頑張ればいいのかな?


「神と話をつけてきました。私自身がコアの破壊を行うとクエストとやらのカウントには入れないと駄々を捏ねられてしまいましたが、力を貸すだけなら問題が無いように話をつけたわ。私が魔法を使い涼葉ちゃんに力を与えるから、涼葉ちゃんはその力を使ってブラックホールを創ってくれれば大丈夫よ。後は自動で全ての湖水を吸収してくれるから」


 え˝! ブ、ブラックホール!?


「重力は唯一次元の壁を突破して高次元へと影響を与えられる力なの」


 現実世界とフィクションの壁のことを第四の壁って言う不可侵領域なんだけど、その壁を突破するって話かな?


「少し違うわね。第四の壁は目に視えない、例えば舞台と客席との間にできる不可侵領域のことよ。重力は三次元や四次元と言った低次元から五次元や六次元と言った高次元へ、いえ、神の次元にまで力を及ぼせるただ一つの力なの。二次元から三次元に影響を及ぼす事は不可能な絶対不可侵領域、でも、重力はそれを可能とするの。コアの破壊など造作ないわ」

「ボ、ボクがそれをやるの?」

「ええ、大丈夫よ。私が涼葉ちゃんを通して力を行使するから、涼葉ちゃんは只、私から力を受け取り放出してくれるだけで良いわ」


 それぐらいなら出来るかな?

 言ってることの意味はイマイチ分からないけど、蔦絵お姉さんが言うのなら問題ないよね。

 そう思っていたらルシファーさんが否を唱えたんだよ。


「ですがお嬢様、この娘にお嬢様の力を受け止めるだけの強度が有るとは思えません。どうでしょう? 一度お嬢様は私の召喚を解き、この娘に私を召還し直させ私が直接魔法を行使した方が無難だと愚考します。如何でしょうか?」

「ルシファー、貴方の本当の主は誰ですか? 貴方の真の主は私ではなく父上ではないのですか? たとえある程度の権限を渡されているからといって、父上の従者を私が好き勝手に扱うことは憚れます。そう心配しなくとも大丈夫です、黒穴を創ると同時に彼女の強化を施します」

「おお、流石はお嬢様です。一つの魔法で二つの効果を、それならばこれ以上私が口を挟むことはありません。私もあの娘の強化に力を注ぎましょう」


 お姉さんはルシファーさんに「ええ、お願いね」と声を掛け、ボクの事を凝視してきた。

 ……て、照れるぜお。


「それじゃあ涼葉ちゃん、貴女は湖水の中心部に向かって力を放出するようにイメージして」

「は、はい!」


 ボクは湖水に向かって両手をつき出し、ボクの後ろにお姉さんが立つんだよ。ルシファーさんはお嬢様に付き添う様に並んだんだよ。


「それじゃあ行くわね。少しづつ力を流していくから」


 お姉さんは私の背中にそっと手を当てて少しずつ力を流し込んでくる。

 何だろうこの力は? 今までに感じたことのない暖かく温もりに満ちた力は? ジワジワとボクという存在を満たしてくれるんだよ。

 まるでお母さんに抱かれている時みたいな、全てを包み込まれているような安心感を覚えるんだよ。

 とても優しく心地よく、それでいて力強い不思議な力がボクを満たしていく。このまま何時までも身を委ねていたくなる。

 次第にボクの意識がぼやけていく、世界とボクとの境界線が曖昧になっていくような、まるでボクが世界に溶け込んでいくかのような錯覚に陥るんだよ。

 これが魔法なのかな?


「さあ、そのまま受け取った力を放出して」


 正直に言ってこの力を手放して放出してしまうのは勿体なく感じてしまうんだよ。けど、そうはいかないのは分かってるんだよ。

 今のボクはボクという存在を認識できなくなってきてるんだよ。だから力の放出ってのがイメージできなくなってる。

 ボクが存在してないのに、ボクから力を放出するってどうやるんだろう?

 ボクはもう世界に溶け込んだよう、だからここの空間そのものがボク自身なんだよ。その為に放出がイメージできないんだ。


「涼葉ちゃん早く、長時間は涼葉ちゃんの身体が持たないわッ!」

「娘! 何をしている、早くしないかッ!」


 急がないと、ボクの中に力を集中させるイメージならどうだろうか?

 うん、これならいけそうなんだよッ!


「そう、上手よ。その調子で良いわ」


 地底湖の中心部分の上空に一つの小さな黒い球体が生まれたんだよ。ソフトボール位の大きさかな?

 まだその球体には力がないのか湖水を吸い上げてはいない。でも、ルシファーさんが結界を解いた途端に水面全体がタップンタップンと揺れ始めたんだよ。

 黒い球体へ向かって小波が立ち、徐々に規模を拡大していくんだよ。小波は次第に大波へと変化を成し地底湖の中心地へと向かいぶつかり合い消えていく。

 徐々に力を増していくブラックホール。不思議とボク達や周りの物への影響は無く、湖水だけが影響を示しているんだよ。

 意識が世界へと溶け込んだ様な状態の今のボクには良く分かるんだよ。このブラックホールはダンジョンコアにのみ重力を造り出してる。


 ブラックホール、それは光すら逃れられない超々重力天体球。光どころか時間軸にすら影響を与える程の力を持ってるんだよ。

 規模によると思うけど、ブラックホール内の1年は地球時間の80年に相当するって聞いたことがあるんだよ。

 それ程の力を持つブラックホールをコアだけに作用するようにコントロールするのは至難の業だと思うんだけど、お姉さんは汗一つかかずにやってのけてるんだよ。


 ほら、ぶつかり合った波がブラックホールへと到達した。

 途端に波の全てが吸い寄せられブラックホールの周囲を回転しながら吸い込まれいく。正確に言うならブラックホールの中心地、特異点へと湖水が落ちていってるんだよ。

 急激に力を増した上空のブラックホールに、湖水が上に向かって落下していく。

 みるみる内に地底湖の水は減っていくんだよ。


 GYAHAAAAAAAAAA!


 目に視えて減っていくダンジョンコアの悲鳴なのか不気味な音が鳴り響き始めたんだよ。

 コアは重力から逃れようと蠢き抵抗するも無駄に終わる。次にコアは無数の魔物を呼び寄せるも即座にブラックホールに吸い込まれていくんだよ。

 吸い込まれる魔物達は、極限的な潮汐力の影響を受けスパゲッティ化現象を起こして吸い込まれて消えていく。


 YHAAAAAAAAAAAA!


 コアの悲鳴が悲痛に感じる。

 ボクは何だか可哀想に思えてきちゃったんだよ。

 この子だって好きでコアやってるんじゃないと思うんだよね。

 ボクの様に知りもしない神さまに無理やりやらされているのかも知れないし。

 だったらこのまま消滅させちゃってもいいのかな?


 IGYHAAAAAAAAAAAAA――ッ!


 やっぱりダメなんだよッ!


「涼葉ちゃんッ!」

「娘! 何を勝手な事をしているのですッ!」


 ボクは余りにも一方的なこのやり方に納得できなくて、ついつい力の放出を止めてしまったんだよ。

 世界に溶け込んだかのような感覚は無くなり、代わりに元に戻った意識の中で荒れ狂う力の奔流が体の中を駆け巡る。

 その力は体の外へと出ようと内側からボクを攻撃するかのように激痛を与えてくるんだよ!

 あれ程暖かく優しい力だったのに、今では意志を持ってボクを攻撃しているようなんだよ。


 い、いたい!


「涼葉ちゃん、直ぐに力を放出してッ! このままでは身体がもたないわッ!」

「馬鹿なのですかッ! 魔法をその身で留めておくなど自殺行為ですよ!」


 だ、だって!

 身体の中で駆け巡る力が出口を求めて暴走しているのが分かるんだよ。だからってこのままこの子を殺しちゃうのは間違ってる気がするんだよ。


「だって、……このまま、有無を言わさず、この子を……殺しちゃうのは可哀想なんだよッ!」


 少し喋り辛く語尾に力が入ってしまうんだよ。


「涼葉ちゃん……。致し方ありません。力を抜き取ります」

「しかし、この娘に二度目の魔法は耐えられません」

「大方は吸収しています。このままでも大丈夫でしょう。涼葉ちゃん、力を抜いていくからもう少し頑張ってね」


 お姉さんがボクの中で暴れている力を抜いてくれてるんだよ。

 痛みが急激に和らいでいく。でも、その所為でブラックホールは力を失い消滅してしまった。


「貴女は何をしているのですかッ! 折角お嬢様がお力添えして下さったというのに」

「ご、ごめんなさい」


 ルシファーさんがボクを見て呆れたように言うんだよ。

 だってしょうがないじゃん。見ていて可哀想だって思っちゃったんだから。


「相手はダンジョンコアであり、貴方方人類の敵なのですよ! いちいち敵に同情していてはこの先生き残るのは難しいでしょうね」

「ルシファー、その辺にしてあげて。涼葉ちゃんは優しく、とても人間らしいのよ。少し羨ましいわね。私にはもう無い感覚だから」

「何を仰いますか、お嬢様は優しく誰よりも人間らしく尊いお方です」

「あら、有難うルシファー。涼葉ちゃん身体は大丈夫?」

「あ、はい。その、済みません折角ボクのために力を使ってくれたのに……」


 あの激痛は、魔法の力が行き場を失い外へと逃れようと暴れていた結果なんだって。

 ボクの身体を二人掛で保護してくれていたから無事に済んだんだって教えてもらった。二人には感謝してるんだよ。


「良いのよ。ほら、残りの水は殆ど残っていないわ。コアとしての力も既に無く、ダンジョンの機能も停止してるから。コアの破壊という意味では達成しているわ。それに、涼葉ちゃんの思いが届いたのか完全に死んでないみたいよ」


 お姉さんは優しくそう言ってボクの頭を撫でてくれたんだよ。

 頭を撫でられながら地底湖を見ると、残りの湖水は極僅かになっていた。

 その極僅かな水がモゾモゾと動きだし1ヵ所へと集結しだしたんだよ。

 その集合体はボールの様に丸く、自らの意志で形を変えれるようで横に伸びたり縦に伸びたりと忙しい。


「これはお嬢様、固定型の粘体生物スライムなのですか?」

「そのようね。けど、只のスライムではないようね」


 一ヶ所に集まった湖水の残りがプルンプルンと身体を揺らす。此方を見ている様な気がする。

 サッカーボール程の大きさの水の固まり。その光沢は何処か七色に輝いているようにも見える。

 見た目はそんな感じなんだけど、肌に伝わってくる力は只のスライムらしからぬモノをビシビシと感じ取れるんだよ。


 そんなスライムが、ひとっ飛びしてボクの目の前までやって来た。

 敵意を感じないせいかお姉さんもルシファーさんも動かないんだよ。

 スライムはボクの前でプルプルと揺れているだけで何かしてくる訳でもない。


「あ、あれ? どうしたのかな?」


『魔物操者の能力により、変異体スライムのテイムに成功しました』


 はうっ、いつの間にかスライムさんをテイムしちゃってたんだよッ!



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