七九八日目 北のダンジョン
凄いんだよ!
蔦絵さん、ううん、蔦絵お姉さんの強さはホントに凄いんだよッ!
会う敵会う敵全てを一撃で仕留めてるんだよ。それもボクが認識した時には爆ぜてるんだよ!
それも、ボクの持つ広域気配探知に引っ掛かった瞬間にだよ!
どうやって攻撃してるんだろう?
訊いてみたんだよ。
そうしたらお姉さんは鞭を手に持ってニッコリと微笑んでこう言ったんだよぉ。
「私の鞭に届かないなんてあり得ません。障害物も距離も、次元でさえ超えて敵を屠ります」
きゃー、かっこいいぃー!
ボクもう蔦絵お姉さんのファンになっちゃったんだよ!
って、あれ? 鞭の先に何かが巻き取られてるんだよ?
それって? え? ……コイン?
「これが特殊コインですか。案外簡単に見つかりましたね」
いつの間に見つけたのかな?
鞭の先には小さなコイン。ううん、コインにしては大きいのかな? 直径が10㎝ぐらいあるコインで、まるで記念硬貨のようなんだよ。
銀色に輝くコインの片面には、美女の横顔が描かれて、反対の面にはどこかの湖なのかな? 湖に佇む美女が描かれてるんだよ、片側の美女っぽいなぁ。
これをあと四つ入手しないといけないのか。
簡単に見つけられたけど、残り四枚はなかなかに多いんだよ。時間内に集められるかな?
創ちゃん達は大丈夫なのかな?
創ちゃん、強くなってるけど、蔦絵お姉さんの強さと比較しちゃうと全然なんだよ。それはボクも同じで、少し自信喪失ぎみ。
だって、強さの次元が違い過ぎて思うところがあるんだよ。多分この国で、ううん、世界で一番強い人間が女神家の人達なんだよ。
創ちゃんやボクは、そんな人たちに師事して貰っていても未だ足元にも及ばない、これじゃ不安にもなるってもんなんだよ。
女神家の強さの秘密は女神流に有ると思うんだ。
だって、女神流を扱う人達は皆超一流の戦士なんだよ。
師匠は勿論のこと、娘の蔦絵お姉さんや紡ちゃんと糾ちゃん達もずば抜けて強い。あの鬼人を圧倒出来ちゃうんだから。
女神流っていうのは、冥閬院流の上位に位置する流派だと思うんだよ。
だって、冥閬院流の上弟子達、上弟子って言うのは、冥閬院流の奥義を習得し、秘奥をも窮めた謂わば免許皆伝者達のこと。
その上弟子達ですら女神流の技を一つも扱えない、余りにも複雑で高難度の御業、それが女神流なんだよ。
あまりの高難度な技の数々、師匠曰く、「神ですら習得不可能」だそうなんだよ。
神様ってホントに居るのかな? あ、このロールだのジョブだのいうシステムを創り出したのが神様だったっけ? どうでもいいか。
これから先、そんな女神家の人達に少しでも近付けるんだろうか? ボク達はこの狂ってしまった世界で、師匠達の力を借りる事無く生きていくことは出来るのかな?
流石に一生面倒見てもらうのは申し訳が立たないんだよ。
恩返しもしたいし、強くなって認めても貰いたい。弟子の役目は師を超えること、でも、それは不可能だと思う。
目標が余りにも遠すぎるんだよ。追い付くどころか追うべき背が視えもしない。
なんて考えてたら少し落ち込んできたんだよ。
でも……、
「大丈夫よ、涼葉ちゃんも創可くんも、今よりももっとずっと強くなれるから焦っちゃダメよ」
蔦絵お姉さんが慰めてくれたんだよ。
少し口調も変わったかな?
「貴方達の秘めた力は父も認めてるわ、勿論私も。今は未だ私達の背を見ることが出来なくても、それは仕方がないことよ。大丈夫、直ぐに見て取れるようになるわ。そうなれば、距離なんてあっという間に縮めることが貴方達には出来る。だから焦らないで、じっくり時間を掛けていい。少しずつでいい、成長するまでは私達が貴方達の前を歩いていくから、ね」
心に沁みるんだよんだよ。
「焦って強さを求めて、道を踏み外した人を知っているわ。涼葉ちゃんも創可くんもそうはならないでね?」
滲んだ涙を手の甲で拭き取り、「はい」と答えて前を見据える。
だって、ピンポイントで欲しい言葉をくれたんだから感動しちゃっても仕様がないんだよ。
慰めてもらった、だから、時間も惜しいから走り出すんだよ。
蔦絵お姉さんは凄く速く走れるんだけど、ボクが追いつけないからボクに合わせて速度を落としてくれてる。
それでもこの短時間で可成りの下層まで来てるんだよ。
このダンジョンの最下層は36階層だと思われ、現在居る場所が34階層なんだよ。
あと2階層ぶん下ればコアが在るであろう階層に着くんだよ。
既に一日は立ってるから、残り時間は大体二日だね。
この調子なら時間内にこのダンジョンはクリアできそうなんだよ。
コアまであと少し、その間に女神流の話を訊いてみたんだよ。
女神流は、師匠がその師匠から受け継いだ流派なんだって。習得するには、師匠でも長い年月が掛かったそうな。
その師匠がいざ弟子を取り伝授しようとした結果、誰も扱う事が出来なかったそうなんだよ。
困った師匠は、女神流を細分化させ、グレードを極端に下げ、誰にでも扱える流派を創り出した。それが冥閬院流なんだよ。
冥閬院流の冥とは死者の国を表し、閬は高くて大きい門を意味するんだって。院は人の多く集まる所、だから、冥府の門に集まる人達ってことになるんだよ。
ちょっと怖い表現になってるんだよ。師匠は何でこんな流派名にしたのかな?
なんて話をしていたら最下層まで着いちゃった、結局、魔物を見る事はなかったんだよ。
そこは巨大な地底湖が眼前に広がる大きな空間。
流石の蔦絵お姉さんもこの光景には驚いたのか大きく瞳を開けてるんだよ。
そうだよね、この光景は神秘的なんだよ。
上層から降りるとそのまま地底湖が見えてくる。
天井からは淡い光が何処からか差し込んで、波のたたない真っ青な水面に反射している。
はっ、まさか、この湖の中にダンジョンコアがあるのだろうか?
そうだったら潜る必要があり、ボクがコアを破壊しないと意味がないかも知れないから、潜るのはボクの役目なんだよ。
そう、女神家の人達にはロールやジョブが存在していない。
システム外に存在する蔦絵お姉さんがコアを破壊したとしても、正確にクエストクリアとして換算されるかが不明なんだよ。だからシステムの影響下にあるボクがコアを破壊する必要があるんだよ。
この広大な湖に潜り、どんな形をしているかも分からないコアを探し出し破壊する、これは可成り時間が掛かりそうなんだよ。
「蔦絵さん、この地底湖の何処かにダンジョンコアがあるんですよね? ボク、正直に言って探し出せる自信がないんですけど……」
「だ、大丈夫よ。ええ、それは大丈夫なんだけど……」
珍しく言い淀む蔦絵お姉さん。
どうしたのだろうか、場所は分かるってことかな? でも破壊するのが難しいのかもしれない。
「場所が分かるんですか? でしたらボク、直ぐに破壊してくるんだよ」
「あー、えっとね、……この地底湖の湖水、その全てがダンジョンコアみたいなのよ」
……………………
「………………はぁ?」
何を言ってるのかな……?
……って、この水全てまとめてダンジョンコアってことぉ――ッ!!!
「多少蒸発させた程度ではその存在を消滅させることは不可能なの。ハッキリに言って、今の涼葉ちゃんでは無理だわ」
「………………」
どうしよう?
「そうね、神の眼を逸らして私がやるか、あるいは涼葉ちゃんに強力な強化魔法を掛けるかのどちらかかになるわね」
え? 強化魔法? 蔦絵お姉さんは魔法使いだったの?
「神の眼を逸らし私がやってもいいのだけど、確実にカウントされるかは分からないわ。なので涼葉ちゃんに強化魔法を掛ける方が無難だと私は思うわ。どうする? 自身が持てないなら私がやるわよ?」
ここは素直にお任せするのが確実だとは思うんだ、だって、地底湖の殺し方なんて分かんないんだよ。
でも、カウントされないのは問題が有る。
魔法を掛けてもらって私がやる? でも、魔法って?
「大丈夫よ。私が魔法を使って涼葉ちゃんを強化するから、涼葉ちゃんは湖面に向かって冥閬院流の奥義を――――、な、……これは」
突如驚きの声を上げる蔦絵お姉さん。
慌てて蔦絵お姉さんの視線を辿ると、波一つ立っていない湖面に光る文字が浮き上がってたんだよ!
え? なにこれ、神様からのメッセージ?
『女神蔦絵の介入を禁ずる。
これに違反した場合、即失格としクエストの失敗が確定し魔物側に報酬が支払われる。
魔物への報酬・全人類の弱体化 魔物の増強』
名指しされたんだよッ!
蔦絵お姉さんの名前がデカデカと湖面に映し出されてるんだよッ!
これっ、神様の仕業なんだよね!
あああぁ、これで蔦絵お姉さんの力を借りられなくなったんだよッ!
どうする、どうする、どうすんのこれッ!
ボク一人でこの湖面コアを殺すなんて不可能なんだよ。
諦める? 急いで他のダンジョンに行く? 間に合う? 四つ目のダンジョンは確か100㎞以上離れた場所にあるんだっけ? ムリムリ、ムリだよッ!
「そ、そんなぁ~」
「生意気な神ね。私に喧嘩を売るなんて」
えッ!?
「涼葉ちゃんは少しここで待っててくれる? 私はこの生意気な神と話をつけて来るからッ!」
ええッ!
「え、ちょ、蔦絵お姉さん!?」
「ああそうね、一人でこの場に残るのは不安ね。ええ、では寂しくないように一人私の友を残してくわ。あまりこの男は呼びたくはないのだけど……」
え、ちょっと待って!
お姉さん、独りで話を進めないでッ!
「来なさい我が魂に繋がれし古き友よ! コール『光を掲げる者』ッ!」
蔦絵お姉さんが呪文?を唱えると同時に、お姉さんの足元に光り輝く魔法陣が描かれたんだよ。
その後、お姉さんの眼前の空間が歪み、光を屈折させ、不意に人の腕が生えてきた。
「わッ!」
腕が生え、肩が生え、脚が生え、空間の向こう側からこちら側へと移り行く。
次第に全容が露わになる。
それは男、黒いストレートの髪を背中で括り、深淵の様な深い闇色の瞳は細く切れ長、高い鼻に薄い唇、整った顔立ちは正に神ッ!と言える程整ってるんだよ。(創ちゃんには劣るけどね)
線は細く背は高い、おそらく180㎝は超えてるんだろうなぁ。
正に美男子と言っていいんだよ。そんな彼が着用している服は何故かタキシード。
彼は全容を表すと直ぐに蔦絵お姉さんの前に片肘をつき頭を垂れ礼を尽くす。
「お久しぶりで御座います、我が君。ですが些か呼び出しが遅いような気が致します。不肖このルシファー、もっと早く読んで頂ければ幸いです」
「ええ、お久しぶりですね。貴方を呼ぶ程の状況にはなっていないので呼ばなかっただけよ」
蔦絵お姉さんは私に向き直り、ルシファーと呼ばれる男に命令を下した。
「私が戻るまで、この柏葉涼葉を護り抜きなさい。怪我一つ負わせることは許しません。私はこの世界の神に話がありますので、そちらへ向かいます。私が戻るまで、貴方に涼葉ちゃんの事を頼みます」
「ははッ! 畏まりました。そこな娘、柏葉涼葉をこの身に代えて御護り致します」
「では、私は行きます。涼葉ちゃん、この男が貴女の身の安全を約束してくれるわ。私が戻るまで暫く間、此処で大人しく待っていてね。直ぐに戻るわ」
「え」
そう言葉を残し蔦絵お姉さんの姿が忽然と消え失せちゃった。
「え、ええっと、ボクは柏葉涼葉。貴方はルシファーさんでいいの?」
ボクが水を向けると、
「ああぁ、麗しの蔦絵お嬢様ッ! 相も変わらずにお美しいッ! この世のどんな花より美しく、どんな星の輝きよりも眩しい、お嬢様の前では花はその身を恥、星は輝きを無くすだろう。美を司る女神など足元にも及ばず、知恵の神を遥かに凌ぎ、軍神さえ片手で跳ね退く完全なる全知全能。ああ、気高く美しい私のお嬢さまぁあああぁああぁぁぁ」
………………え˝ッ!
「暫く見ない内に美しさに磨きが掛かっておいで、やっっべ、マジ陥落」
恍惚とした表情を浮かべ独りで盛り上がるルシファーさん。
うそっ、ボクとルシファーさんとでこの場に残るの!?
ま、間が持たないかも……。
蔦絵お姉さん~、早く帰って来てぇ~~~ッ!