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俺の彼女はダンジョンコアッ!  作者: やまと
1章
15/78

厄災 七九八日目

 俺の前に現われたのは鬼人のフィカス。

 奴は俺を見て担いでいた女性を乱暴に放り投げた。


「ちょっと、痛いじゃないッ! もうちょっと優しくしてもバチは当たらないと思うわよッ!」


 女、名を伊志嶺美織(いしみねみおり)といったか? 彼女はフィカスの扱いの悪さに対して文句を言っている。

 彼女の度胸は大したものだ、あの鬼人を前にして気後れしていないなんて。

 俺が初めて会った時は、息が詰まる思いだったってのに。


「ハッ、うるせぇ女だな。少し黙ってろよ、直ぐに終わらせてやるからよ。そのままそこで大人しくしてりゃ傷つけはしねぇからよ。動くんじゃねぇぞ」


 フィカスは伊志嶺に動くなと忠告している。

 軽く言っているが、もし不用意に動けば只では済まさないと言いたいのだろう。


「にしても、サフィニアの奴も哀れなことだ、この程度の男に敗れるとはな。持っている武器は大したもんだが、コイツ自体は大したことねぇじゃねぇか。あの女共と比べれば可愛いもんだ」


 あの女、女神紡(おみながみつむぎ)(あざな)のことだろう。

 それはさておき、フィカスは俺を下に見ているようだ。実際それは正しい認識、俺ではどう足掻いたところでこの男に勝つことは不可能だろう。

 サフィニア同様に油断してくれるのなら有難いんだが。


 サフィニアを相手した時同様、救済処置がなされれば活路も見えてくるのだが今のところその兆しはない。

 あの時は命を落とす危険があったから救済処置が施された。しかし、今はそうではないようだ。

 だが、それは可笑しい。何故ならこのフィカスはサフィニアよりも遥かに強く危険な存在だからだ。

 命を落とす確率でいえば前よりも今の方が断然に高い筈なんだ。なのに何故か救済処置が施されない。

 今と前との違いは何だ?

 それはサフィニアを倒した事で得たスキルの有無と、今握り締めている燭台切光忠だろう。

 この二つの要因で、死ぬ確率が低下しているのではないだろうか?

 もう一つ考えられるのは、直前に真の鬼を直接見ていることだ。

 鬼から感じたプレッシャーは、今目の前の鬼人が発するものとは比べ物にならない程の重圧だった。

 あの時の恐怖が、今感じている恐怖を上書きしてしまっている。その為に、危機感が薄らぎ恐怖をそれ程感じてはいないのが原因ではないだろうか? 簡単に言ってしまえば、見劣りするからじゃなかろうか?


 鬼と鬼人ではこうも違うのか?

 レベルが違うというか、生物として次元が違うというべきか、兎に角大したことないと錯覚してしまう。

 実際にはそんな事は無い。どう足掻こうが俺では勝てない実力差がある。

 それでも救済処置は施されない。

 諦める他ない、なら、どうやってこの場を切り抜けるかを考えなければならない。


「おいおい、前の時と違って危機感が足りてねぇんじゃねぇか? あの時の双子は居ないんだろ? このままじゃ、オメェ死ぬぞ」


 俺の危機感が薄れていることを敏感に察知するフィカス。


「黙れ、今考えてんだよッ!」

「ケッ、生き残れる筋道でも考えるってか?」


 師匠は、この光忠なら鬼人だろうと斬れると言った。

 なら、一か八かで勝負を挑むか? それとも逃げるか?

 いや逃走を謀るには、伊志嶺を連れてでは難度が高すぎる。

 ……ああ成程、彼女がミッションに記されていた【ヒロイン】なのか!?

 前に道場に来た時に訊いたロールは勇者の里山優斗(さとやまゆうと)君のだけだ。

 その後に、河合隆成(かわいたかなり)君のロールが里山君の従者だとは訊いたが、ヒロインのロールには触れていなかった。……そうか、彼女が【ヒロイン】なのか。

 って、今はその事は置いておこう。今はこの場をどうするかだ。


 ………………


 希望はある、それはロールだ。【主人公】のロールの効果は、どんなピンチでも逃げ道が一つは用意されていることだからな。

 では、その逃げ道とは何だ?

 文字通り逃げる事か? 違う、鬼人相手に背を向ければそれこそ終わりだ。

 なら、何だ? ん?

 奴の左肩から右胴にかけて深い傷跡が残っている。

 アレは前の戦闘で糾によって付けられたもの。しかし、その後に、更に抉られたように深く傷ついている。

 もしかしたら、あの傷は突破口になり得るのではなかろうか?

 そんな事を考えていたら、不意に伊志嶺の怒りの声が聞こえてきた。


「ちょっとアンタッ、私にこんな事して只じゃ済まないんだからねッ! 絶対に優斗が助けに来てくれるんだからッ!」

「ああん、優斗だぁ? 誰だソレ?」

「はぁあ、勇者よ勇者ぁ、アンタとやり合ってたじゃない。昨日の事も覚えてないの、どんな鳥頭よッ! バカなの! バカなのッ!」


 おいおいあの娘、フィカス相手に容赦ないな。刺激するのは危険なんだが、彼女に危機察知能力は期待できないようだ。

 二人は俺そっちのけで言い争いを始める。


「もぉおあったまきたッ! これでもくらえ」


 伊志嶺が仕掛ける。

 だが、何かをしたらしいが一見しただけでは何をしたのか分からなかった。

 不発? いや、その説明は受けたであろう本人がしてくれた。


「ハンッ、魅了かよ、テメェのヒロインのロールの能力か。残念だったな、そんなんが俺に利くかよ。実力差があり過ぎて何の問題にもならんわ」


 マジか! ヒロインの能力は魅了なのか!?


「テメェはそんなに自分に自信がねぇのかよ? 能力による魅了に頼るってことは自身の魅力に自信がないんだろ?」

「は、はぁあ~、アンタにそんな事言われる筋合いないわよッ! 私は優斗のヒロインで居られればそれで良いの! アンタなんか眼中にないのよ、アウトオブ眼中なのよッ!」

「言ってる意味が分からん。そもそもテメェは俺の捕虜だろうが、もちっと大人しく出来んのか?」

「うっさいわね! ちょっとそこのアナタ、黙って見てないでさっさと助けなさいよッ!」


 言われるまでもないが、フィカスには一切隙がない。

 下手に動けば返り討ちにあうのは自明の理。


「おいおい、無茶言ってやるなよ。コイツじゃあ俺の相手は務まらないぜ。せめてもう一人、同レベルの者がいれば可能性は無くも無いがな」

「ちっ」


 見透かされている。

 もう一人、せめて涼葉が居てくれたなら勝機はあった。しかし、今は涼葉が居ない。俺一人で対処するしかない。


 奴が俺に意識を向けている以上俺からは動けない。下手に動けばそれだけで命取りになってしまう。

 しかし、俺の主人公の能力を信じるなら、何とかなる筈なんだ!

 ロールの効果を信じて突撃してみるか? いや、不確定すぎて不安だ。

 俺が敗れれば伊志嶺が助からない。迂闊なことは避けるべきだろう。


 俺は師匠から譲り受けた光忠を構え奴を見据える。

 やはり、あの傷口くらいしか狙うべき場所はなさそうだ。


「ハッ、やる気なら相手をしてやるが、後悔するなよ。貴様にはあの女共を呼び寄せる餌になってもらう!」


 ――――ッ!


 フィカスの方から襲い掛かって来た。

 フィカスは自らの武器である異域の鬼すら抜かずに拳を握り締め殴り掛かってくる。

 だが、只の拳がとんでもなく速いッ! サフィニアより数段に速いッ!

 必死に避けるが、その拳圧により後退を余儀なくされる。


「オラ、ジャンジャン行くぞッ!」


 フィカスの振るう拳が無数に見える。

 嘗て、奴の動きは視認できなかった。が、今は辛うじて見て取れる、俺はたった数日で随分と成長できているらしい。

 奴の拳を躱し、いなし、時に相殺する。

 精神を集中させ、奴の動き一つ一つを注意深く観察する。どんな些細な動きでも見逃せば命取りになってしまう。

 不意に放たれた蹴りを反射的に蹴り返してしまった。

 俺の蹴りで鬼人の蹴りを相殺することは難しい、下手をすると蹴った脚が消し飛びかねない。

 だが、今のフィカスは全力を出しておらず、俺を見下している為か腰の乗らない力ない蹴りだったから相殺できた。

 コイツはサフィニアと同じ過ちを犯そうとしている。


「ハハッ、やるじゃねぇか。その調子で俺を楽しましてくれよッ! そら、少しずつ力を増していくぞ」

「くっ」


 言った通り、奴の攻撃の速度と力が徐々に増していく。


「ハッ、少々見くびってたか? そろそろ魔術も混ぜていくからな、油断すんなよッ!」

「くそ」


 今の状態ですらギリギリだ。魔術を使われたら反撃の糸口すら掴めなくなる。

 魔術を阻止する為にも反撃を試みるが、俺の攻撃など意に返さず――ッ、


「そらッ! ファイアボールだぞ。気ぃ抜くんじゃねぇぞッ!」


 あ、あほかッ!

 広い通路とはいえ、閉鎖に近い空間で大規模な炎の魔術なんて使うなよッ!

 奴の作り出した火球は俺の身長程もあるデカさだ。そんなデカい火の玉がフィカスの前にデンっと生み出されたんだ。


 昔討伐した魔物が使っていたファイアボールは人の拳大の大きさで、着弾と同時に爆発を起こしていた。

 あれだけの大きさ、爆発の規模など考えたくもない。

 俺がどうにか逃れられたとしても、伊志嶺が無事であるとは限らない。わざわざ攫って来た相手を殺す気かアイツはッ!

 いやいや待て待て、彼女はちゃんと防御行動を取れているのか? 大丈夫なのか?

 これだけデカい火球だ、視界は遮られ彼女等の姿は見えない。

 ええい、ままよッ!


 俺は火球を水歩を使い最速で避け、フィカスを回り込み伊志嶺が居る場所まで急ぐ。

 彼女は巨大火球を見て驚きの表情で固まっていた。

 爆発から彼女を護る為、前に立ち盾となるべく立ち塞がる。


「おいおい、女を盾に、いや、女の盾になるつもりかよ?」

「クソッタレがぁッ!」


 この状況を打開するには、彼女を連れて逃げるか、或は爆発を相殺するしかない。

 先ず、逃げるにはフィカスを退ける必要があるから不可能だ。それに、彼女を連れてあの火球を避けるのは難しい。

 次に相殺するには、冥閬院流(めいろういんりゅう)の奥義で爆炎を完璧に防ぐしかない。

 防いだ後も、爆炎による熱をどうにかする必要がある。

 この空間では熱は逃げずに、人の耐えられる温度ではなくなるだろう。速やかに冷却する必要がある。


 俺が扱えた唯一の奥義は、火之迦具土(ヒノカグツチ)、しかし、これは使えない。

 ヒノカグツチは闘気を燃やし刀身に炎を纏わせることで殺傷力を高め、更に纏った炎を飛刃として飛ばすものだ。

 同じ炎系の攻撃であり範囲攻撃ですらない。爆炎を弾き熱を抑えることは不可能だ。

 ではどうすか? 別の奥義を使うしかないだろう。

 今までに成功した試しがないが、やるしかない。このままでは伊志嶺諸共お陀仏だ。


冥閬院流(めいろういんりゅう)奥義――」


 意を決して奥義の構えに入り闘気を燃やす。

 使うは広範囲に影響を及ぼす冥閬院流(めいろういんりゅう)護りの奥義。

 攻撃特化のヒノカグツチとは対となる護りの奥義になる。

 通常、人間が扱える筈のない技、俺から見ればまさに魔法のような代物。

 ヒノカグツチですら俺には原理がよく分からない。しかし、闘気とは闘志、闘志とは燃やすものだ、百歩譲ってソレは納得しよう。

 だが、今から試すものは本当に理解の範疇を超えている。

 魔法や魔術のなかった世界で、当たり前のように魔法のような技を伝授された。

 成功するかどうかは分からない。

 今までは成功した試しはないが、今の俺ならやってやれない事は無い!と、信じるしかない。

 こうなりゃやけくそだ――ッ!


「さぁ行くぞ! ちゃんと女を護り抜いて見せろッ!『ファイアボール』ッ!」

「――井氷鹿(イヒカ)ッ!」


 俺は素早く光忠を上段から思いっきり振り下ろす。

 同時にファイアボールが俺達へと迫る。

 俺の闘気を消費して周囲に奇跡がもたらされる。

 即座に俺を中心とした広範囲に渡る空間、その内部の大気に含まれる水分が凍てつき冷気を発しだす。

 冷気は火球の光をキラキラと反射する氷の結晶となり、俺達の周囲に集まり出しす。

 急速に密度を増して固まりはじめ、俺達の周りに幾つもの氷の壁が誕生させた。


 ――せ、成功したッ!


 間に合うか? 耐えられるのか不安が募る。


 氷の壁は一つ一つが繋がり合い、俺達を綺麗に囲う氷のドームへと成長した。

 と同時にファイアボールが氷のドームへと接触し大爆発を引き起こす。

 火球は派手に爆風と炎を撒き散らして、周囲に破壊の触手を伸ばしていく。


 爆炎が舞う!


 炎は俺達を護る氷のドームを全方向から舐めまわし、俺達を焼き尽くそうと隙を伺っているようだ。


 氷のドームの厚さはそれ程の厚さはない、精々が数㎝の厚さだろう。

 だが、その厚さで鬼人の放ったファイアボールの爆炎を凌いでいた。


「きゃあぁぁ!」


 伊志嶺が悲鳴を上げ頭を抱えている。

 ドームの内側には爆炎の影響は無く少しの熱も感じられない。

 爆発は一瞬、だが、未だ舞い散る火の粉が辺りを照らしている。


「ほぉ、アレを防いだか。少しは見直したぜ。俺の見立てじゃあ、無傷で防ぐことは出来ないと踏んでたんだが、少々お前を見くびってたようだな。覚えておいてやるからよぉ名前を教えろよ」


 爆炎が収まると同時に氷のドームも砕け散った。

 同時に辺りの温度を急速に奪っていったようだ。

 危なかった。ギリギリ防ぎきれた!


 肩で息をする俺に名を訪ねるフィカスに、律儀に答えてやる。

 奥義を放った後は極端に疲れるんだよ。


「はぁはぁはぁ、――今、更、かよ? お、俺は剣南創可だ」

「剣南創可な、覚えといてやるぜ。とっとと息を整えろ、続きをやろうぜ、殺し合いのよぉ」


 時間をくれると言うなら有難い。その間に打開策を見つけなければならない、次は本気でくるだろう。

 今の体力で奥義は使えない。こうも疲労する技をポンポンとは使えないだろう。


 ……奥義か、原理の分からない技がどうして扱えたのか?


 俺はロールに気を取られがちだが、ジョブの【騎士】は特定の人物を護る際に剣、槍、盾に補正が掛るんだったな。

 特定の相手が誰なのか気になるところだ。ロールから考えれば、ヒロインの彼女の可能性があるが、騎士だと考えるなら忠誠を誓った相手の筈だ。

 俺は彼女に忠誠など誓っていないから対象外の可能性もある。

 どちらかと言えば涼葉の方が対象じゃなかろうか?

 では、騎士のジョブは関係がないということだ。

 なら、何故扱えた?


 思うんだが、冥閬院流(めいろういんりゅう)の奥義とは魔法の一種なのではないか?

 双子が、「魔法とは思いを具現化する」ようなことを言っていた。

 そう考えると納得できる部分もある。

 双子は生まれつき魔法が使えたという、つまり昔から魔法は存在してたってことだ。

 魔法があったのなら、冥閬院流(めいろういんりゅう)に組み込まれていても可笑しくはないんじゃないか?

 なら、奥義には魔法の効果が備わっていたと考えるなら納得できる。


 俺はイヒカが氷のドームを造るものだと知っていた。

 技を放つ際には強くイメージして行うんだ、そのイメージが魔法を形付けたのか?

 では、奥義を放つ際に違うイメージをしたらどうなるのだろうか?

 イメージした形で効果がでるのか? それとも発動しないのか?

 試すには相手が悪すぎるな。

 生きて帰れたら師匠に相談してみよう。

 兎に角、今は生き残る事を考えよう。


 ……何も思い浮かばない、小細工が通用する相手じゃない。

 もう奥義が魔法じゃないか?って事しか考えられなくなってる。

 ヤバいな、このままじゃ殺されてしまう。


「おう、もう良いだろ。そろそろ始めようぜ」


 マジでヤバイ! 何も対策が思いついていないッ!

 内心の焦りを表に出さない様にしながら、伊志嶺のことを気に掛ける。


「ああ、伊志嶺はそこで大人しくしてろ、下手に動けば巻き沿いを喰うぞ」

「ちょ、ちょっと、大丈夫なの? 優斗が来るまで逃げればいいじゃない」

「いつ来るか分からんだろ、第一、相手が逃がしてはくれないよ!」


 言い終わると同時にフィカス目掛けて駆け出す。

 対策なんてないが、それでも動かない訳にはいかない。


「ちょっ、あぁんもう!」


 そこからは刀と拳のぶつかり合いだ。

 ひたすらに攻撃を仕掛けては、お互い躱し、防ぎ、いなしていく。

 だが、やはりフィカスの実力が上回り、少しずつ俺の身体は傷ついていった。

 再び息が上がり、動きが鈍り始める。

 動きが鈍ればフィカスの攻撃をもろに受けてしまう訳で……。


「ガハッ!」


 俺は強烈な蹴りを真面に受けて、ダンジョンの壁へと吹き飛ばされた。

 そのまま床へ倒れ込むと、ヒンヤリとした床はヌルりとした液体で上塗りされていった。

 生温い不快な液体に手をつき、上半身を持ち上げるが上手くはいかない。

 くっ、内臓をやられたのか、吐血が止まらない。

 顔だけでフィカスを見ると、ゆっくりと歩き近づいてくる最中だった。


「ケッ、残念だぜ、その程度とはな。さっきのファイアボールを抑えたような、スゲェ技を見せて見ろよ。他にも有るんだろ? 出し惜しみなんぞしてっからそんな目にあうんだよ!」


 不意に速度を上げ接近したフィカスに、またもや蹴り飛ばされる。


「や、やめなさいよ、死んじゃうじゃないッ!」

「テメェは黙ってろ。これは男と男の戦いなんだよ。余計な口出しして邪魔すんじゃねぇ!」


 今までにない怒気の籠ったフィカスの叱咤に「ひっ」と短く声を上げる伊志嶺。

 女に当たるんじゃねぇと言いたいが、口から出てくるの血ばかりでしかない。

 このままでは死ぬ可能性が高い。しかし、救済処置は未だにされていない。

 なら、無茶でも何でも奥義を使うしかない。

 使えば体力を著しく損なうが、コイツを倒しさえすれば後の事は後で考えればいい。

 しかし、その決意は些か遅かったか!?

 俺には立ち上がる力も残ってはいなかった。


「マジでこれで終わりかよ、つまんねぇなぁ。期待外れもいいとこだ、役立たずの木偶の坊、もちっと本気出してもバチは当たらんと思うんだがな」


 再度蹴り飛ばされ距離の開いた俺に、悠々と歩き向かって来るフィカス。


「や、やめなさいって言ってんのよッ! もぅ、聖域ッ!」


 な、なんだ?

 伊志嶺が結界の様なものを張った。その瞬間から傷の痛みが僅かに和らぎ、徐々にだが癒えていくのが分かる。

 逆にフィカスは不快な表情を浮かべ伊志嶺を振り返ってみていた。

 どうやら重圧を感じているのか、重々しく身体を動かした。


「チッ、聖域か余計なことしやがって!」


 忌々しそうなフィカスが再び俺を見る。と、倒れている俺との中間地点の天井から、パラパラと砂が落ちてきた。


「あん?」


 何だ? パラパラとした砂が、次第にガラガラとした石へと変わる。


「おいおい、崩落するんじゃねぇだろうな!? 嘘だろ、ダンジョンが傷つくなんて聞いた事ねぇぞッ!」


 フィカスが叫び声を出した瞬間に、ドゴンッと轟音を立てて粉塵を巻き上げながら一部の天井が崩れた!

 ダンジョンを構造する物質は、先程のファイアボールの爆発ですらダメージを負わせられない程に硬い。

 そのダンジョンの天井が崩落することは常識の範疇を超えている異常事態だ。


「いってぇー、いきなり床が抜けるなんて訊いてねぇぞッ! おい、大丈夫か隆成」


 岩盤と共に降って来たのは、この間師匠宅までやって来た勇者の里山優斗と、その従者である河合隆成だった。


 何故急にこんな事が起こったのか?

 思いつくのは、主人公のロールの効果と運命誘導のスキルだ。

 主人公のロールには、不幸に対し必ず一つは回避する道があるってものだ。

 俺はそれが救済処置のことなのかもと思っていたが、真相は分からない。

 次に運命誘導だ。これは自らの運命を幸運へと誘導することで他者をも巻き込むことがある。

 少しはた迷惑なスキルだったりする。巻き込まれた者の運命は、幸運に向かっているのか分からないからだ。


 俺の考えでは、この二つがそれぞれ動いているんじゃないだろうか?


「つぅー、俺は大丈夫。優斗は大丈夫か?」

「ああ」


 突如として降って湧いた二人。

 これも運命誘導の効果だろうか? 強力な助っ人、勇者とその従者が現れた。これは、現状を打開しえる戦力ではないだろうか。

 二人はケツを抑えながら立ち上がり眼前に居る鬼人に驚愕し、その後方にいる伊志嶺を見て安堵したようだった。


「ゆ、優斗ぉ~!」

「見つけた! 美織、今助けてやるから泣くなッ!」

「美織さん、無事で良かった」


 突如現れた闖入者にフィカスが声を掛ける。


「あぁん、テメェ等は先日の雑魚共じゃねぇか。ははぁん、テメェが勇者の優斗ってか?」

「ああぁん、テメェこそ、その雑魚相手に古傷抉られたクソ雑魚じゃねぇんかよッ!」

「見逃してやったってのに威勢が良いな。だが、この女を落とせば、その古傷を治るってもんよ!」


 古傷、糾にやられた傷のことか。

 見た目は癒えているように見えるが、内部には深刻なダメージが残っている。

 その事には気づいてはいたが、フィカスの奴はその傷を餌にして俺の攻撃を誘導し、そして強烈なカウンターを仕掛けてきていた。

 自らの弱点を餌にするには、それ相応の覚悟と実力が必要だ。

 その点で言えばフィカスの奴は大した器の持ち主だと言える。


「だ、誰がアンタなんかに落とされるのよッ! 私は優斗の女なんだからねッ! アアアアンタ、実は魅了が効いてるんじゃないのッ!」

「ば、ちぃげーよッ! 勘違いすんじゃねぇ。落とすってのは闇に落とすって意味だ。魔物側の手勢に加えるってことだ馬鹿がッ!」

「なによッ! 紛らわしい言い回しする方が悪いじゃないのッ!」


 やはりどこか仲が良いな、あの二人。


「って、テメェは主人公の剣南じゃねぇか! どうりで道場に居ない訳だ。」

「ああ、剣南さん、既に動いてくれてたんスねッ。って、既にボロボロじゃないっスかッ!」


 俺の姿を見た二人からの言葉だ。

 そうか、俺を探して道場に行っていたのか。その為に、このタイミングで真上に居たってことは、これも運命誘導の効果なのだろうか?

 二人はヒロイン救出ミッションのことで俺を訪ねたのだろう。いや、俺というよりも、確実に伊志嶺を救出できる師匠や双子が目当てだったのかも?


「はっ、道場に誰も居ないと思ったらこんな所に居やがったか。おい、双子はどうしたッ! あの双子ならこんなクソ雑魚、相手じゃねぇだろう?」

「あ、ああ、双子は今、下の階で鬼と戦闘中だ。ここには来られない」

「ああん、鬼だぁ。コイツとは違うのかよ!? ちっ、当てが外れたが、お前は少し休んでな。聖域が展開されてっから、時間が経てば傷も癒える筈だぜ」


 有難い事に、先程から傷の具合がいい、目に視えて傷が塞がっていってるんだ。

 彼女の張った聖域とやらの効果らしい。


「俺達で時間を稼いでやるから、動けるようになったら手を貸せッ! 悔しいが俺達だけじゃコイツは倒せねぇッ!」

「あ、ああ、済まない、有難う。少しの間時間を稼いでくれ」


 こうして、鬼人との第二ラウンド、いや、第三ラウンドなのか?が、始まるのだった。



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