厄災 七九七日目
「また無茶な要求をしてくる神様だなあ」
早朝からの畑仕事が一段落し、全人類クエストと「希望と絶望」のシナリオに家畜の世話をしていた時に気づいた。
直ぐに師匠に相談したら、呆れているよう言った言葉だった。
「お前達からミッションの話を聴いて、いつかはダンジョン攻略が入るとは思っていたが、三日以内に3ヶ所とはな。普通に考えれば不可能だろう」
「はい、ですが達成しないことにはスタンピードが発生します」
従来のダンジョン攻略とは、何日間にも渡って潜り続け突き進めていくものだ。
それをたった三日で三か所、それはもう人類が対処できる限界を超えていると言える。
失敗した場合、全てのダンジョンから魔物が溢れ出るスタンピードとやらが発生する。
何としてもこのクエストはクリアせねば人類に明日は無い。
「まぁ、何とかなるだろう。幸いこの地域には丁度3ヶ所ダンジョンが存在する。ワザワザ攻略せずに残しておいたのは正解だったな。最悪俺達が失敗したとしても、この国の各地に存在するだろう猛者達がこの状況を黙って見ているとも考えづらい」
他人任せになるが、俺達では不可能だったとしても他の誰かが達成してくれる可能性はある。
師匠程の実力者が、今の今まで本格的にダンジョン攻略に動かなかったのはこの日の為だそうだ。
コアの破壊が必要になった場合、速やかに達成できるように情報を集めながら見張っていたという。
師匠はコアを破壊しないために、ダンジョンから出てくる魔物達を弟子達と駆除して回っている。
勿論100%とはいかないが、その為にここらの魔物は非常に少ない。
同時に何時でも攻略出来るように、内部の構造を調べる事もしている、これは上弟子達の仕事だった。
完全とはいかないが、ダンジョン内の地図を作成中で、鬼人のダンジョンでは12階層までの地図が完成している。しかし、ダンジョンは成長によって内部構造を変化させる。
定期的に地図を更新しているが、今この瞬間にも変化していることも有り得るという。
3ヶ所の中で最も大きなモノは、西に存在する魔獣を排出するダンジョンだ。
コレは半島の先端に存在し、この場との距離は35㎞を超える最も遠い場所に存在している。
このダンジョンは動物が元となった魔物が排出され、三か所の中では最大の深さを誇る。
現段階で分かっている範囲でだが、その階層数は52階層にまで達している。
対し鬼人のダンジョンは12階層で打ち止めらしい。つまり、鬼人のダンジョンに至ってはダンジョンコアの場所が判明している。
この時点では、鬼人のダンジョンには鬼人は存在していなかったという。強い個体でもオーガの特殊個体だったそうだ。
特殊個体ってのは気になるが、鬼人程の強さは無いという。
ダンジョンの大きさは、そのまま攻略難度に直結している。
3ヶ所の中で最も攻略が難しいのが魔獣のダンジョンであり、より強力な魔物が蔓延っているのは間違いない。
「この国の全域では鬼人より強力な魔物も存在している可能性もありますよね。攻略に時間が掛かり師匠達よりも早く攻略できるとは思えません。とても三日では無理なのでは?」
師匠は「普通ならな」とぼそりと答えた。では、普通でないやり方なら可能なんですか?
疑問を口にする前に、ドタバタと足音を立てて元気一杯の人物達が乱入してきた。
「ししょ~ししょ~、大変なんだよぉ~。あ、創ちゃん発見ん~」
能天気に……いや、努めて明るく登場したのは涼葉だ。
明るく努めてはいるが、彼女が事の重大さに分かっていないなんて事は有り得ない。このクエストで、人側で最も被害を被るであろう人物が涼葉なのだから。
クエスト内のミッションにはコアの破壊が含まれ、彼女こそがその【ダンジョンコア】なんだから。
ダンジョンの外に存在しており、最も簡単に接触できるのが彼女なんだ。
彼女の存在が世間にバレれば、彼女は全人類から狙われる立場になってしまう。
たとえ今のクエストを無事にクリアしたとしても、今後同じようなミッションが発生しないとは言い切れない。
「お父さん、涼葉さんがクエストの発生を確認しました」
「力を貸してあげてよお父さん!」
紡と糾も一緒に登場だ。
「今創可と話してたとこだ。悪いが蔦絵を呼んで来てくれないか。蔦絵の力も借りたい」
「「は~い」」
双子は元気よく返事を返し、自らの姉を呼びに行った。
「失礼します。お呼びですか父上」
現れたのは女神家の長女、女神蔦絵さん。
彼女の実力は師匠のお墨付きで、師匠に次ぐ実力者だと言う。あの妖狐の燿子さんが自身よりも強いと謂わしめた程だ。
ハネのない長く真直ぐな黒髪に、気を抜けば吸い込まれてしまいそうな漆黒色した魅惑の瞳。
女性としてはやや長身で肌はキメ細かく、手足も長くモデルの様な体形の美女だ。
性格は冷静沈着で常に一歩引いて物事を見極め、必要とあらば前にも出てくるしっかり者。
彼女の母親であるセフィーさんとは対照的な大人の雰囲気を醸し出している女性で、歳は訊けないが、きっと俺よりも年上だろうと思っている。
「悪いな蔦絵、少し力を貸してくれないか」
「勿論構いませんが、何かあったのですか?」
師匠はこれまでの事を詳らかにする。
「成る程、……国王のクラスアップが一番のネックですね。果たしてあの御仁に進化できるだけの甲斐性が有るのかどうか?」
? 蔦絵さんは王とは知り合いなのだろうか? まるで知人を語るような気軽さだな。
それに答える師匠も同じだった。
「だな。まぁ、アイツは俺が何とかするさ。でだな、蔦絵さんや、悪いが一ヶ所頼まれてはくれまいか?」
出来るのか? 人をクラスアップさせる方法を師匠は知っているのだろうか?
「差し支えありません。父上は西へ赴かれるのですか?」
「ああ、西のダンジョンには俺が行く。問題はロールやジョブを持っていない俺達がコアを破壊しても、ちゃんとカウントしてくれるかだな」
「では、誰か一人システム内の者を連れて行き、コアの破壊はその者に任せるのはどうでしょう?」
「そうだな。それが良さそうだ」
「それでしたら私は………」
それからも話は暫く続き、決まった事は以下の通りだ。
師匠はリョカとホワィを連れて西のダンジョン攻略&特殊コイン入手。
蔦絵さんと涼葉で北のダンジョン攻略&特殊コイン入手。
俺と紡と糾とで鬼人のダンジョン攻略&特殊コイン入手。
ダンジョン攻略後は速やかに他のダンジョンへと赴き特殊コインを探す。
師匠はコインが揃い次第それを持って王の進化へと赴く。
大丈夫だろうか? 特に特殊コインは今まで存在すら知られていなかった物だ。しかも、一つのダンジョンにたった一つしか存在しないという。
特殊コインを見つけられなければ、この国の何処かで、誰かが見つけていることに賭けるしかなくなる。
時間の問題もある。
底の浅い鬼人のダンジョンとて12階層は存在しているという。踏破するには五日から六日は欲しいところだ。三日というのは余りにも短すぎる時間だと言える。
「文句を言っても仕方あるまい。時間がない、直ぐに行動に移すぞ。ああ、それと創可、コイツを渡しておこう。お前の刀はもうボロボロだろ?」
師匠が俺に向けて一振りの刀を差し出す。
何処から取り出したのだろうか?
「これは?」
「ああー、それ私が欲しかったのにぃ~」
「こら、糾! はしたないよ」
「ぶ~」
糾が叫び声を上げる。そんな妹を窘める姉の紡。
「コイツは俺が若い頃使っていた愛刀でな、燭台切光忠という。銘は無銘、号は燭台切り、作刀者は光忠だ」
「お借りしても?」
「やるよ、返す必要はない。きっとこれから先はソイツが必要になる。ソイツなら鬼人だろうが鬼神だろうが斬り裂けるだろう」
「き、鬼人を……、有難うございます。生涯にかけて大切にします」
「お、おお、気負わずともいいぞ。だが、その気持ちはソイツも喜んでくれてるだろうさ」
俺は受け取った光忠を鞘からスラリと抜刀する。
ああ、見事な刀身、魂すらも斬られそうな鋭利な刃は今まで見た事も無い程の美しさだ。
「おおっと、無暗に抜くと結界すら斬り裂いちまうから気をつけろよ。ここの結界はそんなヤワじゃないから良いけどな」
「へ?」
古刀の類はそれ自体が力を持つという。
古くから存在し神格化した付喪神へと昇華し、抜けば力の解放を意味するとか。
抜いただけで並みの結界では耐えられずに消し飛んでしまうし、並みの魔物も近付くことすら困難だという。
って、この道場に結界が張ってあるなんて初めて聴いたんですけどッ!
え? 退魔用の結界が張ってある? はい、そうですか。分かりました、無暗に抜く事はしません。抜くのはダンジョン内にしておきます。
そうして俺達はそれぞれの攻略対象であるダンジョンへと向かった。
涼葉が俺と離れることを残念そうにしていたが、それは仕様がないと諦めたようだ。
鬼人のダンジョンへは直ぐに辿り着いた。たかが五㎞など今の俺達にはご近所だ。
「創可さん、いよいよですね。準備はいいですか?」
紡が訊いてくる。
俺は無言で頷き一歩を踏み出す。
「またあの変態鬼人と殺り合うのかな? あの鬼人とはあんまり会いたくないね」
「ええ、そうね。次に会ったら問答無用で切り捨てちゃうかも……」
紡と糾が頼もしい事を言っている。
「兎に角、時間がありません。創可さん、私達が先導しますので、全力で着いて来てください」
「お兄ちゃん大丈夫ぅ? 私達相当に速いよ?」
「ああ、足を引っ張らない様に着いて行くよ」
そして俺達はダンジョン内部へと深く入り込んでいった。
先日訪れた時には暗い闇の中を進んでいった記憶があるが、今の俺には鬼人サフィニアを倒したことで得た真眼がある。俺の視界は、まるで昼間の様に暗い筈の洞窟内部が見えている。
「前も思ったけど、紡達はこの暗さの中でもちゃんと見えてんだな?」
「ええ、前は夜目が利くと言いましたが、私達の眼は闇夜も昼間の明るさも関係がありません」
「うん、寧ろ闇中の方が調子が良いよね」
「どういうことだ?」
「そんな事よりも、今は先を急ぎましょう。私達のダンジョンが一番浅いとは言え、何が起こるか分かりませんから」
そう言って速度を上げる双子。俺は身体強化をフル活用して後に着いて行くが、いかん! 気を抜けば引き離されてしまう。
双子はスキルすらないのにスキルをフル活用している俺よりも遥かに速い。
それでも二人は本気を出してはいないのだろう。時々俺が遅れてないかを確認している。
暫く進んだが、前の様に魔物が出てこない。
これはどういうことだと思ったら、双子達が殺気をバラ撒き雑魚共を牽制している為だそうだ。
俺に一切気づかせずに周りに殺気をバラ撒くってどういう事だろうか?
俺達は真っ直ぐに二階層へと続く階段まで駆け抜けた。その間、一体たりとも魔物とは出会う事はなかった。
「この下に鬼人は居るのか?」
「いえ、気配はもっと深くから感じます」
「うん、かなり深いくに居るね? でもあの変態は感じられない」
前は鬼人が撤退した時に涼葉は広域気配探知を使っても気配を探れなかったと言っていた。
もし、鬼人が前の時と同じ階層に居るのなら、双子の気配探知能力は涼葉の広域気配探知を超えて優れていると言える。
あの時は鬼人が気配を消していたのだろうが、今はどうなのか?
変態鬼人の気配は掴めないというなら気配を消しているのかも知れない。
意を決して階下へと進む、ここから先俺にとっては未知の領域だ。
いくら事前に情報を得ているとはいえ、訊いていたのと実際に目にするのは随分と雰囲気が異なる。
そんな中でも双子達は迷わず前へと進んでいく。
二階層はだだっ広い只の広場だ。可成りの広さがあるが、視界が開けているだけやり易い。
その為か、直ぐに三階層へと繋がる通路を発見できた。
いくら双子が殺気を撒いて敵を遠ざけても、ある程度の実力を持つ魔物には通用しないだろう。
そろそろ敵が出て来ても可笑しくないかな?
そんな事を考えたのがマズかっただろうか?
三階層へ降りた途端に身長3mを超えるであろうオーガが三体も現れた。
「構っている暇はありません。速攻で仕留めます!」
「了解だよ」
双子は俺の返事すら聞かずに姿を消してしまった。
次の瞬間には二体のオーガの首が飛んでいた。
俺も負けじと残りのオーガに向けて抜刀するが、抜いたと同時にオーガが倒れた。
あれ? っと思っていたら糾が説明してくれた。
「大丈夫だよお兄ちゃん。その燭台切光忠はとても強い退魔の力を宿してるんだよ。だから、魔に対して斬る意志を持って抜刀したなら、その時点で抵抗出来ない魔物は斬れちゃうんだよ」
なんとも恐ろしい刀だ。が、頼もしくもある。
斬ると意識して抜けばその軌道に居る者を斬るという。
魔に対してということは、誤って双子を斬ってしまう事は無い。
それでも扱いには細心の注意が必要だろうが、今の状況ではこれ以上ないって程頼もしい。
「さあ、先に進みましょう。まだまだ先は長いですよ」
「ああ、分かった」
俺達は更に進む。
三階層は太い道と細い道が入り乱れている迷路のような場所だった。
事前の情報が無ければ迷う事必至の迷宮だ。
双子達はその情報の全てを頭に叩き込んでいるのか、迷うことなく道を進む。
何故か俺にはその道筋が目的に沿った正しい道だという事が分かった。おそらくこれこそが真眼の本当の能力なのだろう。
魔物もチラホラと出始めたが、出会い頭に双子達が斬り刻んでいく。
この調子なら何とか時間内にコアの破壊は可能ではないだろうか?
そんな事を考えながら双子に続いて走る。ひたすらに走る。更に走る。
流石に体力が持たないと思った頃に双子はその脚を止めた。
「四階層に続く通路です」
「下に何か居るね」
「鬼人か?」
「いえ、鬼人ではありません。この気配は……」
「珍しいね、女性型のゴブリンだよ」
「女性型? ここからそんな事まで分かるのか?」
分かるらしい。
本来ゴブリンは男性型が圧倒的に多く、女性型は一割にも満たない珍しい存在らしい。
通常、男性型ゴブリンは他種族の女性を攫い子孫を増やす。が、女性型ゴブリンが居る群れは、女性型に際限なく子を産ませることが出来るという。その為、群れは大きくなり、変異体の様な極めて強力な個体も誕生するという。故に女性型ゴブリンはこう呼ばれる、ゴブリンクィーンと。
「クィーンが居るなら、可能性としてホワィの母親であることも有り得ますね?」
「ホワィのお母さんを殺しちゃうのは気が引けるよね?」
「おいおい、どうするんだ? 倒さずに突っ切るのか? まさか今からホワィに確認させることも出来ないぞ?」
双子は暫く考え込み答えを出す。
「ここは拉致しましょう」
「涼葉ちゃんが居れば簡単だったね」
「な、連れて帰るのかッ!」
いったいどうやるって言うんだ!?
「私達は魔法が使えますから」
「魔法使いの私達に任せなさい」
そんな事を言い出す双子。
魔法? そうい言えばサフィニアが魔術と魔法の違いがどうのこうの言っていたのを思い出す。
確か、『神の力か自身の力』と言っていたか。
魔術は自身に宿る魔力を消費し、魔法は神から受け取った力を使って行使する奇跡だという。
俺には詳しい仕組みが良く分からん。
只の人間である紡達が何故魔法を使えるのか?
彼女達のずば抜けた戦闘能力は何なのか?
女神家の人達はどうなってんだ?
疑問は絶えないが今は考えないでよこう、今は進む事だけに集中だ!
「魔法を使ってどうするんだ?」
正直に言って魔法が使えると言っても、拉致るって行動に対してピンとこない。
「魔法とは願望を叶えるようなものですから、そう願えばいいだけですよ」
「そうそう、難しく考えないで、ただ拉致りたいって願うだけだよ」
なんだそれ?
疑問に思うが口にはしない。もう、どうにでもなれという心境だ。
そのまま階下へと降り、出会い頭のゴブリンクィーンに魔法を行使する。
「眠れッ!」
「拉致ッ!」
紡の言葉と同時にクィーンが眠るように倒れ込む。
糾の言葉が発せられ、完全に倒れる前にクィーンの姿が掻き消えた。
……………………。
もう、全部それで解決じゃねぇ?
「「はぁはぁはぁ――ッ」」
ところが、今まで全力?でここまで走り抜けてきて尚、息切れなどしなかった双子が肩で息をしていた。
「二人とも大丈夫か!?」
この双子がここまで疲労を顕わにしているところを初めて見た。
相当に魔法とは体力を使うものなのだろうか?
「ふぅふぅ、もう大丈夫です。今の私達には魔法は消耗が激しすぎたようです」
「ふぅー、ここまで消耗するとは思わなかったよ。抵抗が強かったのかな?」
二人はこのまま進むのは危険と判断し、大事を取って暫しの休憩を取る事にした。
消耗した双子に代わり、光忠の退魔の力に頼り魔物の接近を防ぐ。
休憩の間に魔法の事を訊いてみた。
魔法とは神へ祈りを捧げる事で神気なるものを受け取り、その力で奇跡を起こす行為だそうだ。
完全に神頼りの力で、神の寵愛を受けていない者には決して扱えない。
魔術と違い型がなく、想いを形にする為に強固な想像力が必要になる。
魔法に不可能は無く、想像できることなら物理法則すら無視して行使可能。
デメリットとして、想像もできないものを無理やり行使すると、頭がプーになるそうだ。
更に、想像が曖昧の場合は発動すらしない。
精神力の強い者に作用させるような魔法を使った場合、抵抗される事も有るとか。その場合、より強くより複雑に想像する必要があり、必要となる神気の量も必然的に多くなる。
神気は人の身には毒となる場合もあり、余り使いたくはない力だそうだ。
同じ魔法使いが相手の場合、同じ神を信仰している場合とそうでない場合で結果が異なる。
同じ神に祈った魔法では、神がより強く寵愛している者の方が魔法を行使できる。同等なら魔法は何方も発動しない。
異なる場合は信仰神の格が高い方が有利で、低い神を信仰している場合はより多くの神気を必要とする。
多くの神気を身に宿せば、それだけ身体に掛かる負担も大きくなる。
…………アレ? 魔法を使う前の双子は、「願うだけ」とか「難しく考えない」とか言ってなかったか? いや、深く考えるまい。
そもそも彼女達双子は何時からそんな力を身につけたのか?
生まれつきらしい。
両親が魔法を使え、その子供である彼女達も気が付けば使えたそうだ。
それはつまり、世界が改変してしまう前から魔法を扱えたことになる。
女神家の謎が深まったようだ。
因みに今、ゴブリンクィーンは双子の固有の亜空間で眠っているという。
意味が分からない。
「さて、そろそろ出発しましょう」
「うん、大分時間をロスしちゃったからね」
「まだ大丈夫じゃないか? もう少し休んでも良いと思うぞ?」
休憩してからまだ15分も経ってはいない。
彼女達が攻略の鍵である以上、体調は万全にしておきたい。
「ん? もう大丈夫だよ」
「はい、再び魔法も使えそうです」
やせ我慢でないなら良いのか。
俺達はそのまま奥へと進んでいく。
四階層は三階層と同じような構造をしていた。
くねった道が大小入り乱れる迷路、それでも双子は迷うことなく突き進む。
大した敵も出てこない。
このまま進めば時間内にこのダンジョンは攻略できるだろう。しかし、まだ鬼人の姿を見ていない。
俺達が出くわした鬼人の他にも居る筈だ。
かなり深い位置にいると言っていたから、更に潜ればいずれ会う事になるだろう。
ところで、ダンジョンと言ったら罠が有ると思うのだが、今まで罠らしい罠がない。
双子に訊くと、先行して入っていった者達が罠を解除しているとかなんとか。
時間が経てば再度設置される為、そういう意味でも急いでいるという。
「まだ半分も来ていません。急ぎましょう」
「うん、お父さん達はもうクリアしたかなぁ」
「いやいや、いくら何でも流石にまだでだろう」
糾の疑問にツッコんでしまう。
俺達がダンジョンに潜って24時間は経っただろうか?
たった一日でダンジョンクリアは早すぎるだろ。
と、思っていたら、俺の視界の端でアイコンが点滅していた。
またかと意識を向けると浮かび上がる文字の列。
『主人公最高難度ミッション発生。
英雄とその従者、二人と力を合わせ鬼人に攫われたヒロインを救出せよ。
報酬・聖騎士の勲章 空間魔術適性 空間魔術の知識 ガチャ一回無料権
注・現段階では達成不可能 英雄と従者以外の力を借りた場合は失格』
「はぁ、何だコレは? ヒロイン? 救出だと?」
「どうされました?」
「?」
突然疑問を口にし立ち止まる俺を見て訝る双子。
簡単に説明すると、難しそうな表情を見せた。
「つまり、鬼人に攫われたヒロインのロールを持つ女性を助け出せってことだよね?」
「問題は鬼人がダンジョンの外へ出た可能性があるという事です。まさかヒロインがダンジョン攻略には来ないでしょうから」
護られるのがヒロインだからか?
今は戦うヒロインってのも居ると思うぞ?
が、それよりも。
「もし鬼人が外へと出ていたらどうなんだ? 何か不味いのか?」
「ダンジョンコアは自身を護る為にも強い魔物をダンジョンに閉じ込めておくんです。ですからラビリンスではなくダンジョンと呼ばれるのです。魔物にとってここは正に地下牢なんですよ」
「より強い魔物はダンジョンから出られない。逆にコアを護るに足りない実力者は外へと自由に出入りできちゃう」
「強い者はコアを護る守護者となり、弱い者は外へと出て自らを鍛えるんです」
それはつまり、鬼人すらこのダンジョンでは弱者だということか!?
鬼人が自らダンジョンの外へ出たかは定かではないが、もしそうならこのダンジョンには更なる強者が存在していることになる。
「鬼人よりも強い魔物ってどんなのか分かるか?」
「鬼人とてピンからキリまで存在しますが、種属の限界値で言えば中の上と言ったところでしょうか?」
「明確に強いとなると、キングの名を持つオーガキングとか、ジェネラルとかも強いのが居るよ。ただ、鬼人の直属の上位種となると、純粋な鬼とか鬼神かな?」
鬼、鬼人のように人が混じった存在ではなく、純粋な鬼の事らしい。
鬼は鬼人よりも全ての能力において勝り、比べるのも烏滸がましい程の実力差があるという。
鬼神に関しては神であり、魔物の枠から外れる存在だそうだ。もはや次元が違い過ぎて想像できない。
「となると、この下には鬼やら鬼神が居る可能性があるということか……」
「いえ、流石に鬼神はいません。ダンジョンコアが神を召還することは不可能です」
「そうだよね。となると純粋な鬼がいるのかな?」
「このダンジョンでは鬼系の魔物を排出していますから可能性は無くは無いと思いますが、たかが12階層しかないダンジョンで、そこまで強力な魔物が召喚されるなんてあるの?」
「最悪を想定するとなると、有ると思った方が無難だろうな」
「そうですね。では、鬼が居ると想定して動きましょう」
「そうなると、少しペースを落とした方がいいかも。不意を突かれるといくら私達でも危険だよ」
ここから先は慎重に進むことにする。
そして、五階層へ辿り着いた直後に双子が反応を示した。
「やはり最悪を想定していたのは正解でした。鬼です!」
「ひゃ~、やっぱり居たのかぁ~」
俺達の前に立ちふさがる様に立っているのが鬼なのか。
その姿は人に近い。背は2m以上と高くはあるが、オーガの様に筋骨隆々といった雰囲気はない。
身に着けている衣服は着物の様な和装だ。肌は俺達と同じだが、その瞳は驚く程に赤く血の様に見える。
額から伸びる二本の角、口元に覗き見える牙、全ての指には鋭く伸びる爪、正直に言って、見た目でいえば鬼人との違いが分からない。
「あれが鬼なのか?」
「見た目に騙されてはいけません。真眼で以て見て下さい。奴の真の姿が見える筈です」
言われるままに真眼のスキルに意識を向けて鬼を観察すると、鬼の内部と言うべきものが見た!
汚泥のようなドロドロとした得体の知れないモノ、それは見た目とは別の身体を有していた。
まるで、この世の負の感情を凝縮させ一所に固め命を持たせたような存在。
目の前の肉体はあくまでもこの世に必要だからと用意したに過ぎない入れ物。
本体は別次元に存在し、呪の様に禍々しく、目に映る物全てを呪い絡みつく。
何よりも鬼人とは比べ物にならない力の奔流を感じ取れる。
こんなモノが居るのなら、わざわざ鬼人にコアを護らせる必要がないことにも頷ける。
「……ふん、我という存在に呑まれたか?」
鬼が俺を見て言う。
呑まれた? ああ、俺は奴の存在に気圧されているのか? 恐怖しているのか?
身体は震えて動かない、しかし俺には不屈があるんだ。強い意志で恐怖など打ち負かせる筈だ。現に今、冷静に鬼を見ているだろう。
不屈のスキルによる精神強化、だが、やはり身体は動かない。
くそっ、動け、今俺が生きているのは鬼に俺を殺す意思がないからに過ぎない。
奴がその気なら俺は抵抗する事も出来ずに殺されているだろう。
死ぬだけならまだいい。死ぬだけなら、それは一つの救いとも言える。
だが、奴という存在に殺されれば死ぬだけでは済まないだろう。おそらく死による安寧は訪れない。
死して尚、俺の魂はあの汚泥に囚われ永遠の苦しみを味わう事になるだろう。
「お兄ちゃん、大丈夫だよ。アレは私達に任せて!」
「アレには強い精神力ではなく、強力な呪い耐性が必要になります。気になさらずに休んでいて下さい」
双子が俺を気遣う様に言ってくる。
良いのかよ俺ッ、あの化け物の相手を双子に任せてもッ!
いくら強い双子だとはいえ、純粋な鬼に立ち向かうには勇気が必要だろうに。
手遅れかもしれないが、この恐怖を双子に味合わせるのは許容できないッ!
師匠に顔向けできないだろうがッ!
俺の全身からは嫌な汗が嫌って程流れ、気付けば涙までもが流れている。
それらを振り払うように、
「うぉおおおおお――――ッ!」
雄叫びを上げるとともに光忠を抜く。
「ほう」と感心するかのような鬼の声が聞こえたが無視だ!
恐怖を打ち払え、呪いなど弾き飛ばせッ!
光忠よ、お前は強力な退魔の力を持った筑寄神なのだろうッ!?
俺に力を貸しやがれッ!!!
「駄目です創可さんッ!」
「紡ぃ!」
「ええ!」
俺が鬼に向けて一歩を踏み出す。
それを見た双子が腕を俺へと掲げた。
「ぬ、逃がさぬわッ!」
鬼まで俺へ向けて腕を伸ばす。
途端俺の足元に光り輝く魔法陣が浮かび上がった。
何だッ! 紡達が何かし、鬼がソレを阻止したのかッ!
そして、俺の視界が歪み始めた。まるで世界全体が酔っ払っているかのようだ。
「鬼如きがよくも邪魔をしてくれましたね!」
「ほう、鬼を如きと称すか」
「紡、私はお兄ちゃんを探しに、」
「そうはさせん」
「よう、三男坊、俺も混ぜて貰うぜ」
「あら、私一人除け者にはしないよね?」
「ち、鬼が二体追加ですか、面倒ですね」
「お兄ちゃん大丈夫かなぁ?」
鬼三体と双子の戦いが始まる。
一方、
…………………………。
気づけば俺は何処とも分からぬ場所に立っていた。
ここは間違いなくダンジョン内である事は確かだが、俺の知らない場所だ。
太い通路の真っ只中、通路には横へと延びる細い道が幾つも繋がっている。この特徴は三階層から四階層か?
どうなってる? 双子が何かしようとし、鬼が邪魔をした結果ここへ?
な、なんて事だ! 双子を鬼の前に残して俺だけが逃されたのかッ!?
このまま戻っても、俺だけではあの娘達を助け出せない。
師匠に助けを、いや、師匠達もダンジョン攻略に向かっている筈だ。今は連絡が取れない!
いや、家には燿子さんが居る筈だ。家の最大防衛力だが、今はそんな事は言っていられない。
燿子さんに助けを求めよう。
その為にもダンジョンから一度出ないといけない。
俺が燿子さん双子の救出を求めに踵を返した時だった。
「ああん、お前はサフィニアを倒した男じゃねぇか!」
横手から一人の鬼人が現れた。
「ちょっと、いい加減放してよッ! このッこのッ!」
ソイツは肩に一人の女を抱えて此方を見ている。
女は必死に逃れようとしているが、鬼人は意にも介さない。
「お前はフィカスッ!」
こうして俺は鬼人の頭領の息子と再会したのだった。