天啓 七九七日目
「女神家からの移住の話は以上だ。では、解散してくれ、ああ、優斗君と美織、美咲君と隆成君は残ってくれ、少し話がある」
時勇館では、毎朝朝礼の様な会議を行うことが通例となっている。
食料を管理する者や建築を担当する者、防衛を任される者や広範囲に渡って探索を行う者、資材を纏める者やダンジョンを攻略する者達のリーダー達が集まり毎朝会議を行っているんだ。
今日も今日とて会議室には時勇館の主だった人物が集まっていた。
何時もの朝礼の様な会議が終わり、暁識が俺達を引き止めた。
何だと疑問に思っている中、呼ばれなかった者達はガヤガヤとくっちゃべりながら会議室から退出していった。
「おい、移住の他にも未だ厄介ごとがあるのかよ」
「どちらかと言えば、此方の方が問題だ。少し時間を取らせてもらおう」
暁識の表情は明るくはない。話とやらは移住の話よりも話づらい事なのだろう。
俺達だけに話すということは、他の人には聴かせられない話ということ。それはつまり、俺にとっても良くない話で、あまり聴きたくはない話だということだ。
「はぁ、言いづらい話なんだな。良いぜ、聴いてやるからとっとと話してくれ」
俺は昨日、双子の片割れと試合った。俺は見事に敗れ、勇者としてのプライドはズタズタになっていた。
意気消沈する俺に、これ以上の追い打ちをかけるってのかよ。
「非常に言い難い話なんだが……」
コホンと咳払いを一つして暁識が話し出した。
「優斗君、君は自分の事を今の世の主人公だと思っている節があるね? 残念な事にそれは誤りだったようだ」
「何だ急によ、確かに俺は調子に乗っていたよ。悪かったな! 今はそんな自信なんてねぇよ、主人公ってのはお強い女神姉妹が勝手にやってれば良いさ。いっその事アイツ等だけでダンジョンをクリアしてくれれば良いじゃねぇかよ」
ハッキリ言って英雄の役割を持つ俺よりも、余程英雄らしい実力を持ってるんじゃねぇのか。
「確かに彼等が動いてくれれば簡単だろう。しかし、彼女達は役割を与えられてはいなかったんだ」
与えられては?
「暁識それは違うぞ、役割は覚醒するものだ。与えられるものじゃねぇんだよ。お前も見ただろ、役割に覚醒したと表示された筈だ。覚醒ってことは、眠っていたものが目覚めたって意味だろ? それってつまり、元々備わっていた素質が目覚めたってだけの話だろ?」
魔物を一匹でも討伐する事が出来れば、人は役割に覚醒する。
覚醒ってのは、目覚めること、迷いから覚め過ちに気づくことって意味だ。
神だか何だか知らないが、そんな不確かな者に与えられたモンじゃねぇってことだな。
「それによ、魔物を一匹でも倒せば覚醒する筈だ。アイツ等が役割がないってのは可笑しい。少なくとも鬼人を倒してるんだろ? そうでなくとも、あれだけの実力者だ、今までに一匹も魔物を倒していないなんてありえんだろ」
「その事なんが、彼女達が鬼人を倒した訳ではないようなんだ。実際に倒したのは双子と共に居た二人、剣南創可と柏葉涼葉によるものなんだ」
何だと! 双子じゃなくてあの二人が鬼人を倒したってのか!?
奴等、のほほんとしてたから気付けなかったが、それ程の実力を持っていたのかよ。
暁識の持つアーカイブは世界の記憶にアクセスできるスキルだ。奴はそのスキルを使って今の事実を知ったのだろう。
「ここで最初に言った主人公が出てくる。剣南創可、彼の役割が【主人公】なんだ」
「え!?」
【ヒロイン】である美織が動揺を隠しきれず声を上げる。
そうか、女主人公が居るのなら男の主人公が居ても可笑しくはないか。
物語では主人公とヒロインは結ばれる運命? ふざけんなよッ! 美織は俺んだ、誰にも渡さんッ!
それとも、別々のストーリーを描いていくのだろうか?
「優斗君には耳に痛い話であり、美織は困惑するかもしれないがここは呑み込んでくれ。剣南創可、彼が主人公であり鬼人を倒せる実力をも持ち合わせている。しかし問題なのはここからなんだ。彼と共に居た女性、柏葉涼葉のロールだが――――」
間を開け暁識。
その間はえらく長く感じ、皆が視線だけで先を促す。
「彼女のロールは【ダンジョンコア】だ」
――――ッ!
「はぁー、ダンジョンコアだとッ!」「ちょ、ダンジョンコアってッ!」「おいおい、マジかよ」
今まで黙って話を聴いていた美咲や隆成まで声を荒げている。
それもその筈、コアは人類の敵だ。コレを黙認しているだけで、人類の敵対者だと見なされても可笑しくはない。
「そう、彼女は厄介であり危険な存在だ。だが、彼女を匿っているのは女神家だ。そこで、この先我々がとる方針を決めておきたい」
「方針っつってもよ、コアを放置して良い訳ないだろ。コアは破壊の対象だと言ったのは暁識、お前じゃねぇか」
「でも、でも、涼葉さんはクロとエンをくれた優しい人だよ!? そもそも、あの家の人達はその事を知っているの?」
クロとエンは譲渡された黒い子犬の名前だ。
犬種はニューファンドランドという大型犬らしい。俺の知らない犬種だが、暁識が言っていたから間違いないだろう。
美織も美咲も、時勇館の女性陣は二匹の子犬に夢中になっていた。
その子犬達をくれた柏葉を、悪だと断定できないのだろう。
「知ってるだろうな。アイツ等程の者が、そんな大事に気付かないなんて有り得んだろう?」
奴等は馬鹿じゃない。自らの住居に住む者のロールぐらい確認していて当然だ。
それにしても参った。既にダンジョンコアは魔物を産みだす危険な存在だと周知の事実になっている。コレに味方するとなると、俺達まで人類の敵と認定されてしまう。
「彼女は自然に出来たダンジョンのコアではなく、現段階で人類の敵になるかどうかは不明だ。しかし、彼女を敵とするならば、優斗君でも敵わなかった女神家が敵になってしまうのは確実。それは自殺行為と言えるだろう。かと言って、味方となれば全国民が敵になり得る状況、これも同じことだ。これは慎重に考えねばあっという間に詰むことになる」
なんて厄介なッ!
最良は関わらないことだろう。だが、既に関りを持ち、女神家から移住者がわんさかと来る。流石に知らぬ存ぜぬは通らないだろう。
「味方するか敵になるかの究極の二択かよッ!」
「俺としては味方したいと思っている」
「暁識さん、この国どころか全人類を敵に回す事になりますよ」
「理由は、柏葉涼葉はまだ人類の敵にはなっておらず、何より女神家と敵対したくないからだ。双子の姉妹を鍛え抜いた人物が、あの家に居る!」
女神文月、冥閬院流道場の師範で、おそらくは双子の姉妹を鍛えた人物。
初めて目にした時には正直只のド素人かと思った程気配が稀薄だった。
しかし、あのおっさんが自身の娘よりも弱いって事は考えづらい。おそらく俺では理解できない次元の強者、つまり、化け物がまた一人。
「それに、あの家の住人はメイドに至るまで全員が異常だった。俺の世界記録保管界でも見通せない人物ばかりだ。それに隆成君、君は家の中で白狐を捕まえようとしていたね?」
女性陣が騒いでいた白い狐のことか?
「え? あ、うん。でも、捕まえられずに逃げられたけど」
「そう、逃げられた、英雄の従者たる君がね。今の君の身体能力で、たかが狐一匹捕まえることぐらい簡単な筈だ。では、どうして逃げられた?」
「え? そう言えばそうだな。今の俺の身体能力はオーガなんかよりも上の筈なのに、何で逃げられたんだ?」
俺達は多くのミッションをこなし、あらゆる報酬を得てきた。その中には、肉体強化や身体能力を向上させるものも多い。
それなのに、只の獣一匹捕まえられないってのは不自然だ。有り得ない事だと言っても過言ではない。
「感だが、あの狐は只の狐ではなく、おそらく魔物の一種だと俺は考えている。でなければ説明がつかない」
断定できないってことは、あの獣にしてもアーカイブに乗っていないイレギュラーな存在だと言っていいだろう。
「な、それってつまり、ダンジョンコアによる魔物の召喚が既に行われているってことっすか!?」
「それは分からない。柏葉涼葉の職は魔物操者だ、テイムした可能性もある。どちらにせよ、あちらの戦力は時勇館の総力を大きく上回っているのは確かだ」
ちっ、ペットすら戦力に数えられるんなら、それこそダンジョンを攻略してくれよ!
「何故女神家はそれだけの戦力を保有しながらも動きを見せなかったのかは謎だが、彼等が動けばダンジョン攻略も夢では無くなる。そんな相手を敵には回したくないと俺は考えている。君達の意見を訊きたい」
会議室に沈黙が訪れる。この場の全員が熟考し黙り込む。
皆深く考えすぎじゃないのか?
簡単に考えればいい、――バレなきゃ良いんだ!
世界に柏葉の事がバレさえしなければ問題ない。
その為には擬装隠蔽に属する何かが必要になるだろうが、構やしない。
バレた時はその時だ。知らぬ存ぜぬは通らないだろうが、あの女が悪さをしでかしたら殺せばいい。
それからでも遅くはあるまい。いや、ダンジョンを創造されたら遅いのか?
「私は賛成だよお兄ちゃん。だって、主人公の傍に悪人が居るなんておかしくない?」
美織だ。美織は単純でいい。世の中ダークヒーローってのがいるが、ヒーローってのに変わりないからな。
「私も賛成。彼等は私達の仲間を救ってくれた。そんな人を疑いたくない」
美咲だ。コイツは真面目で取っ付きにくいところがある。正義感に溢れ、仲間の為には命を投げ出す、そんな女だ。だからこそ、危険を承知で仲間を助けた柏葉を信じたいのだろう。
「俺は優斗の従者だ。優斗の考えに従うよ」
隆成は英雄の従者っていう良く分からん役割だ。
……少しは自分の意思を示した方が良いぞ!?
「はぁ…、そもそもロールってなんだよ。何の役に立つのかも分らんし、役割に強制力が有るのかどうかも分かってないんだよな?」
俺は暁識の眼を見て問う。
漠然とした回答はあるが、ハッキリとした答えの出ていないロールにジョブ。
俺の認識ではロールとは元々備わっていた性質だと思う。ジョブはその性質にあった職業じゃあないだろうか?
「先程優斗君が言ったように、ロールとはその人が生まれ持った素質だと思われる。ロールには幾つかのジョブが発生し、成長することでジョブは進化していく。ロールには特殊な能力が備わり、ジョブには多種に渡る能力補正が掛かる。俺のロール【相談役】で言えば、相談に対して的確な回答を用意でき、ジョブ【アドバイザー】は相談役としての能力向上だ。俺の相談役とアドバイザーは重複しているとも言えるが、相乗効果は確かに凄く、俺自身知らない知識すら取得でき答える事が出来る。加えて、ロールにはミッションが発生し、役割に沿った報酬が用意されている。俺のアーカイブがコレに当たるな」
暁識のロールとジョブはこの国の言葉か外国語かの差だ。二つが合わさる事で、片方では不可能な事も可能になるのか。
俺のロール【英雄】は、敵一体に対して一度だけ任意のタイミングでクリティカルヒットを出せると言うものだ。このクリティカルヒットは、相手との実力差が威力に加算される。俺が強かろうが、相手が強かろうがどちらに差があろうとも威力は加算されていくんだ。一度行った相手に対して再度行うには丸一日のクールタイムが必要になる。
ジョブの【勇者】の方だが、コイツは大幅な全能力上昇に、武器補正が多少掛る。
因みに隆成の【英雄の従者】は、英雄の傍にいる限り死に難くなり防御力と治癒能力が上昇する。【戦士】の方は筋力強化と武器補正だ。
美咲の【好敵手】は、ライバルへの意識が能力上昇へと繋がる。意識する程能力の上昇率が上がると言っていた。【狙撃手】の方は飛び道具と照準に補正が掛る。
美織の【ヒロイン】は、異性を引き付ける魅了と、自ら望んだ未来に辿り易くなるって言う反則級の効果だ。
【聖女】の方は、光、回復、結界の魔術に適性を持ち、聖域と言う特殊フィールドを作り出せる。
こうしてみると、理想的なパーティーではないだろうか?
アタッカーの俺にタンクの隆成、後方支援の美咲と回復と護りそれでいて光魔術で自らも攻撃が可能な美織、そして的確な判断が下せる暁識。
この面子ならダンジョンの攻略も不可能じゃない。
「俺達、何気にスゲェパーティーじゃなぇか」
「ああ、バランスの良いパーティーだよな優斗、俺達最高の仲間だぜ」
俺と隆成が今更ながらに気付いた事実に喜びの声を上げると、茶々を入れる人物がいた、暁識だ。
「喜んでいるところ悪いが、それでもあの女神糾独りにも勝てないだろう」
「ちっ、うっせぇな。それ位分かってるってんだよ。折角の気分が台無しだぜ」
暁識の言いたいことは分かる。要は調子に乗るなって言いたいんだろ!
「このロールやジョブと言ったシステムはおそらく神が仕組んだことだろう。まさか人間にこんな真似は出来ない。俺のアーカイブでは神の考えまでは分からないが、何か考えがあってのことだろう。その事を踏まえて、女神家、───な、にッ!」
「「「───ッ!!!」」」
『全人類クエスト発生 人類の総力を以て全てのミッションをクリアせよ。
*72時間以内に全てのクエストをクリアできなかった場合、世界全域に点在する全てのダンジョンから魔物が溢れスタンピードが発生します。
ミッション1・各国とも三か所のダンジョンのコアを破壊をせよ。
ミッション2・一つのダンジョンに一つだけ存在する特殊なコインを各国五つ入手せよ。
ミッション3・各国のロール【王】の持つジョブ【国王】を一つクラスアップさせよ。
報酬・全魔物の一時的弱体化。
*強力な魔物程影響を受け易く、大きく弱体化する。
同時に全人類シナリオ【希望と絶望】が開幕します。
皆様、お楽しみ下さい!』
会議の最中に眼前に浮かび上がる文字。
「おいッ何だよコレッ! スタンピードだとッ!」
「う、うそっ、クエストもシナリオも初めてだよ! どうするのよコレ!?」
「落ち着けッ! 慌てても解決できないぞ」
「そんな事言ったってよッ!」
「ちょ、ちょっと、三か所もコアの破壊が必要って、三日間じゃ無理じゃないッ!」
「それもそうだけど、五つの特殊なコインって何ッ?」
「で、でもよ、達成すれば報酬は破格だ!」
「出来ればね」
くそっ、無茶なミッションばかりだろうがッ! どうやってクリアすんだよコレッ!
一つ一つのミッションが高難度過ぎるだろう。どれもクリアの見通しが立たない。
今まで二年の間にダンジョンコアを破壊した人間は居ない。
特殊なコインとやらの正体も不明。
クラスアップの仕方すら分からない。
一体どうやってクエストクリアしろってんだ!
72時間後には全てのダンジョンから魔物が溢れ出して来る。そうなれば要塞と化したこの時勇館とて無事では済まない。
それにシナリオってのは何なんだよッ! くそっ、どうすれば良いんだッ!
「落ち着け皆、希望はある! 俺達で一つ、女神家に二つのダンジョンを担当してもらいコアを破壊しつつコインを見つける。その後、直ぐに他二つのダンジョンに赴きコインを探す。国王の進化は俺達ではどう仕様もない、当の本人に任せるしかないだろう」
時勇館に所属する者は多い。しかし、ダンジョンを踏破できるだけの実力者はまず居ない。強いて言うなら俺達だけだろう。但し、俺が鬼人に勝てればの話だ。
鬼人を直に見ていないので何とも言えないが、話を聴く限り俺では倒すのは難しい。
そうなると、全てのダンジョンを女神家、或は見知らぬ誰かに委ねなければならない。
「へぇ、面白れぇ事になったなぁ。全魔物クエストかぁ」
不意に聞こえる独り言。
慌てて声のする方を見ると、窓枠にヤンキー座りしている人物が居た!
その人物の額から細長い角が二本天へと向けて伸びている。
「な、テメェは鬼人かッ! いつからそこに居たッ!」
無理だ。悔しいが、俺ではコイツに敵わないってのが一目で理解できてしまった。
それに気になるのは奴の言った全魔物クエストだ。
全人類クエストの間違いじゃねぇのかよッ! まさか魔物にもロールやジョブがあるんじゃねぇだろうなッ!
視界の端に映る俺の仲間達は、鬼人の発するプレッシャーに圧されて動く事はおろか声を出す事さえも出来ないでいる。
「ああ鬼人だぜ、今来たとこだ。面倒クセェが【聖女】を独りかっ攫えってぇミッションが有ってよ。ご丁寧に地図まで表示されたもんだからよぉ、攫いに来たんだわ」
はぁ、コイツの狙いは美織かッ!
クソッタレ、魔物にもロールやジョブがあるのは確定か!
「待ってくれ。今、君は全魔物クエストと言ったのか? 魔物にも役割が有るのか?」
逸早く立ち直ったのは暁識だったか。戦士の隆成じゃないのが不安だな。
「ん? 有るに決まってんだろ? お前達だけじゃあ不公平ってもんだろうが。内容は三日間ダンジョンコアを護り抜けだとよ。他にもあるが説明するのも面倒クセェわ」
「馬鹿なッ、それでは魔物達は防衛に力を入れ、我々攻め手の人類が不利になり過ぎる」
「ああん? そんなん知るかよ。文句はこっちの神に言えよ、俺達だって迷惑被ってんだからよ。まさか折角あと少しで世界が手に入るって時によ、追い出されるとは思っても無かったぜ。あっちの神官達は優秀だったってことだな」
何言ってんのか分からんが、コイツの狙いが美織なら黙って聴いてる訳にはいかねぇ!
たとえ俺がコイツよりも弱くても、美織を連れ攫われる訳にはいかねぇよッ!
「来いアスカロンッ! 美織に手ぇ出そうってんなら容赦しねぇぞッ!」
「面白れぇ、最近ちと不快な事があってよ、憂さ晴らしに付き合って貰うぜッ! 俺の名前はフィカスだッ、覚える必要はねぇよ!」
名乗りながら瞬時に肉薄し、蹴りを放つフィカス。
アスカロンを盾にして凌ぐが、威力は殺しきれずに壁をぶち抜いて吹き飛ばされた。
「きゃ――、ちょっと優斗になにすんのよッ! くらえぇ『フラッシュボム』ッ!」
美織による光魔術。三つの光玉が精製され、その内の一つがフィカスへと迫る。
フィカスは羽虫でも払う様に弾くが、触れた瞬間光は弾け、激しく眩い光で奴の両目を焼いた。
「チッ、小賢しい真似すんじゃねぇよ」
しかし、奴には何の痛痒にもならなかったようで、何事も無く美織に詰め寄る。が──、
「妹に近づくなよ! 『シャドウバインド』ッ!」
曉識の放つ影魔術、フィカスの足元の影から幾つもの黒い鎖が延び鬼人の身体に絡まりつき動きを封じる。
「だからよ、無駄な足掻きだって気付けよ」
心底面倒臭そうに言うフィカスは、自らの身体に巻き付く鎖を煩わしそうに摘み上げている。
そんな隙だらけのフィカスに、隆成が双斧で斬りかかる。
「無抵抗のままでいられるかよ──ッ!」
大振りに振るう二振りの斧は、いとも容易く鬼人の腕に防がれてしまう。
「なッ!」
「テメェはダメだな、まるでなってねぇ」
フィカスの殺気が膨れ上がる──ッ!
「隆成くん避けてッ!」
美咲は隆成の背後、死角から弓の狙いを定めている。
彼女は渾身の力を込めて弦を引き、隆成が離れると同時に指を離す。
同時に、壁だった残骸の山が弾け飛ぶ!
「「「優斗」くん」君ッ!」
弾丸と化し鬼人に迫る俺と、疾風の如く一直線に疾空する矢。
「はぁああああぁぁ───ッ!」
俺は今出せる限界まで高めた力で加速する。
最早景色は目に映らず、標的であるフィカスしか眼中にない!
フィカスは動かない。
奴の前方から豪速で迫る矢、後方からはアスカロンを掲げた俺、いくら何でもこのタイミングと速度で逃しはしないッ!
取った───ッ!
と、確信した瞬間、鬼人の姿が不意に消えた。
まるで幻でも斬ったかのような手応え、俺のアスカロンが斬ったのはフィカスではなく、美咲の放った矢でしかなかった!
「キャッ」
「はっ、美織!」
短い悲鳴に振り向けば、其処には美織を右肩に担ぐフィカスの姿があったッ!
奴は一瞬で鎖の呪縛を引き千切り、美織を気絶させ肩に担いだんだ。
「なッ、いつの間にッ!」
「はん、テメェ等は遅すぎなんだよ。じゃあな、お前達じゃあ憂さも晴れん」
そう言ったフィカスは開け放たれている窓へと向かう。
「行かせるとでも思ってんのかよッ!」
「美織さんッ!」
俺と同時に隆成も動いていた。
隆成は奴の背後に回ろうと駆け出し、暁識がありったけのバフを魔術で掛けてくれる。
俺は隆成を援護するようにフィカスの眼前に立ちアスカロンを振るう。
しかし、美織を担いでいる為に狙いが定まらない。
「優斗君、奴を袈裟斬りにするんだ! 奴は左肩から右胴にかけて深い傷を負っているッ!」
「チッ、目聡い奴が居やがるな」
深手を負ったのは女神がやったのか? 傷の事は隠しておきたかったのだろう、一つ舌打ちをして暁識を睨むフィカス。
だが、美織の存在が盾となり少しのズレも許されない状況で、俺の真価は発揮されず、美咲の援護射撃も期待できない。
美咲の射撃は正確で的を外す事は無いが、相手が鬼人であり美織を奪われた動揺から弓を射れないでいる。
「うをぉぉぉぉッ!」
そこで、隆成がフィカスの背後から斧を振るった。
ブンッと鈍く重い音を立てて振り下ろされる斧は、鬼人のたった一歩の移動で躱されてしまった。
そして、フィカスはクルリと回転して回し蹴りで隆成を吹き飛ばす。
本気ですらないアレの蹴りだが、馬鹿に出来ない威力を持っている。
俺もさっき蹴とばされたが、一瞬気を失った程の威力だ。
「「隆成」くんッ!」
隆成はそのまま窓の外へと吹き飛ばされていった。
ここは時勇館の四階だ。校舎は可成りの改造がされており、ここの四階は通常の四階と比べ1,5倍は高さがある。
今のバフの掛かった状態の隆成でも落ちれば只では済まないだろう。特に俺から大きく離れると、英雄の従者としての特殊能力である不死性が失われてしまう。
尤も、不死性は完全ではなく、あくまでもモドキだが、それでも機能していればこの高さからでも死にはしない。急いで近付かなければ隆成の命はない!
隆成は、そのまま弧を描き落下していく。
落ちていく隆成の姿を確認した俺には隙が生まれた。
気付けば奴は隆成が落ちていった窓枠に足を掛けていた!
「な、くそっ、逃がすかよッ!」
出せる最速の速度で追いかけるが、まるで俺達を嘲笑うように美織を抱えたまま窓から飛び降りてしまった!
「クソッタレがぁッ!」
「ちょ、ここ四階よッ!」
俺も覚悟を決めて窓から飛び降りた!
美咲の声が聞こえた気がしたが構っている場合ではない。
隆成も俺が近付けば、即死でない限り無事でいられる筈だ!
このまま逃せば隆成も美織の運命も尽きてしまう。
俺の直ぐ後に暁識も飛び降りてきた。
「無茶をするッ、『フライ』」
暁識の飛翔魔術、俺は速度を上げフィカスに接近を試みて、暁識は少し距離を取るように滑空する。
「おいおい空中戦が望かよ」
フィカスが上を仰ぎ向き腕を上げる。
同時に火球が放たれる。
火球をギリギリで躱し、アスカロンを槍の形状に変化させて奴の肩を一突きする。
フィカスが地面に着地するのと、槍が肩へと触れるのは全くの同時だった。
――――ッ!
だが、俺のアスカロンの槍の穂先は一ミリたりとも刺さってはいなかった。
奴の防御力が俺の攻撃力を大きく上回っている証拠だろう。
信じられん、今の一撃は俺のロール【英雄】の特殊能力であるクリティカルヒットを使った渾身の一撃だったのにッ!
言いたかないが、俺とコイツとの実力の差は雲泥の差だと言える。その差の分だけクリティカルに上乗せされているのにノーダメージかよッ!
くそっ、女神の双子はコイツにどうやってダメージを与えた、俺と双子ではそれ程の大きな差があるってのかッ!
「おお、今のは良いぞ、やりゃできるじゃねぇか。だが、補佐の方は駄目だな、フライではなくグラビティを使うべきだった!」
勝ち誇った顔のフィカスが拳を振るう。
「いや、これで良いのさッ!『ダウンバースト』ッ!」
まだ空中で槍を押し付けている俺の背後から追い風や吹く。
それも尋常成らざる突風、その風は俺を真上から押し付け援護してくれる。
「ぐ」
突風は上からフィカスを押さえ付け、美織を地面に落としてしまう。
おいおい、これじゃ美織もダメージ喰らっちまうぞッ!
だが、そのお陰か槍は少しずつ肉に喰い込んでいき、嫌がり身動ぎした鬼人の左肩からズレた。
「ガァアアア――――ッ!」
突風は俺を槍ごと地面に叩き付け縫いつける。
が、何とか顔を上げると、そこには袈裟に沿って大きく傷口を開いたフィカスの姿があった!
「テ、テメェ等ぁあああぁぁぁ――――ッ!」
――――――――
俺の意識があったのはここまでだ。
気付けば医療室のベットの上で暁識と共に包帯でグルグル巻きにされて寝かされていた。
隆成と美咲が椅子に腰掛けていた。良かった、二人は無事だったか。
二人は何があったのかを涙ながらに話してくれた。
あの鬼人の絶叫の後、俺達は二人で宙を舞い、傍目からは独りでに傷ついていったように見えたそうだ。
鬼人の姿は全く見えずに、俺達の姿だけが右に行ったり左に行ったりと中空で踊っていたらしい。
奴は女神にやられた傷をそのまま抉られた事が相当に悔しかったらしい。
鬼人は気が済むと美織を連れて何処かへと去って行った。
その後、医療班が俺達を救助し治療してくれたらしい。
俺は兎も角、暁識はヤバかったと言っていた。暁識の右腕は引き千切られ、聖女である美織でないと再生は不可能だと言う事だ。
美織が居ない今、暁識の利き腕は不在だと言う事になる。
あと少しでもやられていれば死んでいても可笑しくなかったと。今は一命を取り留めたが、暫くは安静にしていなければならないそうだ。
「美織、…くそッ! ………はっ、そうだ、クエストはどうなったッ!」
「うん、それなんだけどね。貴方達は丸一日寝ていたわ」
「ち、一日無駄にしたのか!?」
「まだ二日あるわ。今戦える者で攻略に向かってるけど、芳しくはないわね」
「俺も着いて行きたかったんだが、俺も落下のダメージが残っていて行くなと言われたんだ」
ダンジョン攻略には戦える者が総出で取り掛かってるから、防衛のためにも隆成には残っていて欲しかったらしい。
「女神家は動いていないのか?」
「さぁ、正直それどころじゃなくて確認が取れてないの。あそこには主人公がいるから動いてくれてるとは思うけどね」
今度は隆成がハッと気づいたように俺に聞いてくる。
「俺、ミッションが発生してるんだけど、優斗も発生してないか? お前とその主人公とでヒロインの救出しろってのが?」
「ああん?」
『英雄最高難度ミッション発生。
主人公の力を借り従者と共にヒロインを鬼人の手から奪還せよ。
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注・主人公と従者以外の力を借りた場合、失格とする』
ちっ、無茶ぶりにも程がある、三人だけで鬼人から美織を救出しろってのかよッ!
ミッションは諦め、双子の力を借りるしか道はないだろうな。
主人公の力は知らないが、見たところ俺と大差はないと思える。
確実に美織を助けるには、やはり双子の力を借りるしかあるまい。
「俺にもミッションが発生しているが、馬鹿正直に従う必要はないだろうよ。女神の双子にも手伝って貰おう。そうと決まれば急ぐぞ」
未だ癒えぬ身体に鞭打って起き上がる。
美咲に止められるが、止めきれない。俺以外、この時勇館の面子ではクエスト達成不可能だと理解しているからだ。
尤も、俺でも無理だけどな。
美咲に暁識の面倒を見てもらい、俺と隆成で取り敢えず女神家へと赴く事になった。
やれやれだ、まさかあの双子の力をアテにする日が来ようとはな。