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俺の彼女はダンジョンコアッ!  作者: やまと
1章
11/78

天啓 七九五日 PM

 天啓の下ったあの日から、俺、里山優斗はうっきうきの上機嫌だ。

 何故かって? そりゃ俺が選ばれた勇者だからさ。

 勇者とは魔王を倒す者、それ即ち物語でいう主人公だ。俺はこの世の主人公になったんだ!

 その証拠に、あの日を境にして途端に女にモテるようになった。

 女だけじゃない、会う人会う人皆俺に期待を寄せてくる。

 何処に行っても勇者だ、救世主だと持て囃されるのは気分が良い。

 その内の一人にヒロインがいた。

 役割【ヒロイン】職【聖女】と俺にうってつけの良い女だ。


 彼女の名は美織、伊志嶺美織(いしみねみおり)という。

 明るく活発な18歳の娘で、誰が相手であろうと自分の意見を臆することなく、ハッキリと言える勇気ある女性だ。

 見た目は茶髪でフワッフワッのロングソバージュ、薄茶の瞳は垂れ目がちで愛嬌がある。

 身長は平均的で160㎝程、太くはないが肉付きは良く、腰は細いが胸は大きく張り出している。

 なだらかななで肩で、よくバックの紐が肩からずり落ちると嘆いている。


 彼女との出会いは1年前だったか、魔物に襲われているのを助けたのが初めての出会いになる。

 その時襲っていたのはゴブリンの群れだった。

 俺の手に掛かれば只のゴブリンなどたとえ群れであろうと雑魚だ。簡単に助け出す事が出来た。

 俺は勇者にしてヒロインの彼氏ということで、今では学校内で王様の様な存在になっている。


 今や時勇館は職【建築士】の力により大きく拡大し、攻め難く護りやすい要塞と化した。

 近づく魔物は鍛え抜かれた精鋭に速やかに排除され、助けを求めてやって来た者の受け皿となった。

 その時勇館の王たる俺が、人から敬われるのは自然の摂理だったのだろう。

 人数は900人位だろうか、1000人にはまだ届いていない。が、いずれはもっと大きく拡張させ世界の中心になる予定だ。

 つまり俺は世界の王となる!

 世界には王の役割(ロール)が居るらしいが、そんな事は知った事じゃない。

 俺は勇者で終わる気は無い、俺こそが王に相応しいと思わないか?

 俺は魔王を倒す存在、英雄なんだからなッ!


 そんな俺は今、女共を侍らせ茶を楽しみながら自室で今後の方針を決める会議中だ。

 こうなる前の世界でも、こんなに美味い茶を飲めた事は無く、こんな楽しい話し合いもなかった。

 俺の横には美織と春香という女性、元弓道部の女性だ。

 他にも数名の女性がいるが、特にこの二人を可愛がっている。

 勿論、皆裸だ。羨ましかろう。


 そんな折り、勢い良くノックも無しに扉が開かれた。


「た、大変だッ優斗、大変な事になったぞッ!」

「「「きゃぁぁぁッ」」」

「ああん、隆成、テメェ随分じゃねぇかよ。ノックぐらいしろっての!」


 女性陣が急ぎ服を着だす。


「そ、それどころじゃねぇよ! 大変なんだって、南のダンジョンに鬼人が出たッ!」


 鬼人、オーガや人の上位種だ。だからか、人が束になっても届かない存在だと言われている。

 その情報は、役割【相談役】の職【アドバイザー】が特殊なミッションをクリアして得たスキルによるものだ。

 アドバイザーは伊志嶺曉識(いしみねさとる)、美織の実兄だ。現在25歳の長身細身、細長い眼鏡が良く似合う男だ。

 曉識は俺の口やかましい相談役となっており、俺が何かを成すとき相談に乗ってもらっている。

 曉識は世界記録保管界(アーカイブ)というスキルを使い、あらゆる情報を網羅する。ミッションをクリアして取得したスキルだ。

 曰く「鬼人は人類の勝てる相手ではない」、出会えば「即逃げろ」だそうだ。

 舐められたものだ、俺は魔王を倒すってのに、鬼人如きに遅れを取ると思われていることが、甚だしく不愉快だ。

 俺は暁識が嫌いだ。俺を過小評価し、やる事なす事全てに口を挟んでくる、正直鬱陶しい。


「漸く出てきやがったか。曉識の奴、俺では鬼人に勝てんとか言いやがって、今こそ俺の実力を見せつけてやるぜッ!」

「ま、待て優斗、お前に何かあったら取り返しがつかないんだぞ! わざわざお前が行く必要はないだろう!」


 隆成が焦ったように俺を引き留める。

 馬鹿か隆成の野郎がッ、俺が鬼人に負けるとでも思ってやがるのかッ!?


「俺がやらずに誰がやるんだよッ!」

「バカッ、鬼人を甘く見るんじゃねぇよッ! 良いか、お前はここ時勇館の希望なんだぞ。何かあったらどうするつもりなんだよッ!」

「どうもこうもあるかよ、俺は負けねぇ。ビビんなっての、第一魔王を倒す俺が、鬼人如きも倒せないようじゃそれこそ希望がねぇだろうが」


 どうもコイツは臆病な所が抜けない。

 俺達はそれなりに付き合いが長く、お互いに修羅場を数多く潜り抜けてきた。それなのにコイツは自分に自信が持てない、と言うよりも自分の力を信じていないようだ。

 さて、どう言いくるめようか?


「分かってくれ優斗。三体の鬼人に拓真も歩美も康太も、成す術無く殺されたそうだ。他にも敦や斗真、美玖に紗枝も死んだ。仇は討ちたいが、これ以上の犠牲を出す訳にはいかないんだよッ! お前一人で行かせる訳にもいかないんだから」

「俺は一人で十分だ」


 何言っても無駄だなこりゃ。


「あら、優斗が行きたいって言ってるんだもん、行かせてあげれば良いじゃない?」


 ここで美織の援護射撃。ナイスだ美織!

 隆成は嫌そうな顔を覗かせるが、文句は言ってこない。

 前に美晴を泣かせていたので、俺がど叱ってやったからな。


「生き残りは何人なの?」

「二人帰って来た。もう二人生き残ったらしいが、出口で鬼人が出てこないか見張っているそうだ」

「その人たち良く逃げ切れたわね? 見逃されたのかしら?」

「いや、なんでも助っ人が来てくれたらしい」


 ん? 聞き捨てならん事を言ったな?


「どういうことだよ? 鬼人相手に足止めした奴等がいるのか?」

「ああ、今頃もう殺されているだろうが、その人達のおかげで四人助かった訳だ」

「おいおい、そりゃねぇだろ。死んだかはまだ分かんねぇだろ? わざわざ命懸けで助けに来た奴を、見捨てることになるぞ。俺はそいつを助けに行くからな」


 くくくっ、こりゃ丁度いい、その助っ人とやらを理由にして鬼人討伐に漕ぎ出そうじゃないか。


「ま、待て優斗! そ、そうだ、暁識(さとる)さんに相談しよう。彼はこの為に居るんだから!」

「そんな暇はねぇだろうがよ。この瞬間にでもその助っ人とやらが殺されてるかもしれんだろうが!」


 と、タイミング悪く話題の人物がノックもせずに部屋へ入って来やがった。

 ちっ、どいつもこいつも勝手に人の部屋に入りやがって!


「ふむ、丁度よかった。優斗君、行けば君は殺される。今の優斗君では鬼人に勝てない。まして三体も居るのなら尚更だ」


 コイツは本当に鬱陶しい野郎だ。美織の兄じゃなきゃとっくに縁を切ってるぜ。


「お兄ちゃん、優斗が負ける訳ないじゃないッ!」

「いや、負ける。お前は優斗君を殺したいのか?」

「そんな訳ないッ!」


 兄妹で口論しだした。暁識が相手では美織に勝ち目は無いな。


「暁識よ、俺が負けるかどうかは、やってみなけりゃ分からんだろうが」

「いや、分かる。格が違い過ぎる。優斗君では鬼人一体すら倒せないだろう。俺のアーカイブがそう告げている」

「何だとッ! テメェのスキルは絶対じゃねぇだろうがよッ! 俺を侮辱するのもいい加減にしやがれッ!」


 いい加減コイツをぶち殴ってやろうとした時、再三の不法侵入。どうなってんだ、俺の部屋はよッ!


「あ、あのぅ、結翔(ゆいと)悠真(ゆうま)が戻りましたが、話がしたいと言っていますが、連れて来ても良いですか?」


 無断で入って来た女、(あおい)が恐る恐ると告げてくる。この女も生き残りの一人だ。因みにもう一人は陽菜(ひな)と言う。


「ああ? おいおい、鬼人が出てくるかもしれないのに見張りは無しかよ!」

「そう言わずに話を聞こうぜ。何か分かるかも知れないだろ?」

「彼等から得られる情報は必要だ、聴こうじゃないか。君、連れて来てくれ」


 隆成に続き暁識も賛成のようだ。勝手に話を聴く事になっちまった。

 それから直ぐに二人はやって来た。


 ………………

 …………

 ……


 二人の話は興奮しているのか要領の得ない話だったが、暁識の奴が理解できたらしく要約してくれた。


「ああん、つまり何か、その助っ人とやらが鬼人を倒したってのかよッ!」


 助っ人は四人らしい、その四人で鬼人二体を倒し、一体は逃げ帰ったと言う。

 信じられるかッ!


「ふざけんなッ! おい、暁識さんよぉ、鬼人は人では勝てないんじゃなかったのかよッ!」


 面白くない、俺では勝てないとか言っていたのによぉ。人間が俺では勝てない鬼人を倒したって言ってんだぜ。面白い訳がねぇッ!


「信じられん。俺のアーカイブによれば、現在鬼人を倒せる程鍛えられた人物はいないと出ている。ソイツは本当に人間だったのか?」

「ああ、人間だ。ってか、優斗さんも知ってる人物がいた。ほら、どの部活にも引っ張りだこだった双子の姉妹がいただろ? 名前は女神(おみながみ)だったかな」

「!!!」


 女神(おみながみ)(つむぎ)(あざな)かッ! とことんふざけた女どもだッ!


「ッざけんなッ! 何であの双子が出てくんだよッ! 今まで名前の一つも聞かなかったじゃねぇかよッ!」


 これだけ騒ぐ世界で名前が聞こえてこなかった。

 現状、強い者は名前は知れ渡る。俺の名が売れ、その影響でこの時勇館に人が集まって来たんだからな。

 だが、鬼人を倒せる程の猛者の名前を聞かなかったってのは腑に落ちない。

 名前を聞かなかったから、とっくに死んだもんだと思っていた。

 ざまぁと思っていたのに、あの双子は生きていた。それも、俺よりも強いと思われているのが無性にムカつくぜッ!


「双子? 誰だ? その双子とやらは何者だ? アーカイブに検索を掛けても引っ掛からない」


 暁識が不思議そうに聞き返している。コイツは学校も違えば学年も違うからな、あの有名な双子を知らなくても無理はない。


「ああ、暁識さんは知らないか。彼女達はこの時勇館で超が付く有名人で、どの部活でも無双していた、文武両道の天才児なんだよ」

「妙だな、それ程の人物ならアーカイブに情報が乗っていてもおかしくない。だが、そんな人物の名前は乗ってはいない。どういうことだ?」

「だから、テメェのアーカイブは完璧じゃねぇんだよッ! ちっ、お前の所為で鬼人を倒し損ねたじゃねぇかッ!」

「いや、優斗君が鬼人に勝てない事は分かっている。何故なら優斗君と鬼人の情報はアーカイブに乗っているからな。……その人物、気になるな。住所は分かっているのか?」


 コ、コイツ、まだ俺では勝てないって言うのかッ!? しかも、アイツ等に会いに行くつもりかッ!


「いい加減にしろッ! その情報が誤りだって言ってんだろうがッ! 俺は鬼人よりも強いんだよッ! それにな、あの姉妹に会いに行くつもりなら止めておけ、行くだけ無駄だ。名前も聞かなかったような奴だぞ、そんなんが強い訳ねぇだろうがッ! どうせ、他の二人が何か細工でもして鬼人を倒したんだろうさッ! 若しくは鬼人ってのが大したことねぇんだよ」


 ここに来てまで双子の面なんざぁ見たかねぇんだよ。


「いい加減にするのはお前だ優斗、皆鬼人に殺されてるんだぞ。その四人が来てくれなければ結翔(ゆいと)達だって死んでいたんだ。お礼を言いに行くくらい問題ないだろうが」


 隆成の奴、あの双子に礼を言うつもりかよ。あの双子によッ!


「ああ、隆成テメェ、いい気になるなよ。テメェが大きな顔できるのは勇者である俺の従者だからだろうがッ!」

「そんなの今は関係ないだろうがッ!、お前最近少し変だぞ。変わっちまったなお前、昔のお前なら、何よりも友達の心配をしていただろうに、今は自分の事ばかりじゃないか。生きて帰って来てくれた四人を労う事も出来なくなったのかよ」

「――黙れよッ!」

「「「!!!」」」


 隆成を殴った。かなり加減してやったが、隆成は背後の壁まで吹っ飛んでいった。ほら見ろ、俺は強いんだよ。

 隆成は失神して倒れている。


「ちょ、ちょっと優斗、いくら何でも殴るのは可哀想じゃない? 別に悪い事した訳じゃないでしょ。ちゃんと謝りなよ」


 美織が隆成を庇い、回復系の魔術を施す。くそっ、まるで俺が悪者みたいじゃないかッ!


「良いんだよ、少しくらい痛い目に合わねぇと分かんねぇんだからよ」

「優斗君、癇癪は直した方が良いだろう。それよりも、今は双子の姉妹とやらに会いに行った方が良い。彼女達が鬼人を倒せる程の実力を持っているのなら力を借りられれば心強い」


 はぁあ、コイツまさかあの双子をここへ連れてくるつもりじゃないだろうなッ!


「心強いって、まさか、連れてくるつもりじゃないだろうな」

「出来れば連れて来ようと思っている。俺の情報でも見通せない人物だ、研究する価値はあると思っている」


 研究材料かよッ! コイツも大概に酷い奴だよな。けど、コイツに良い様にされる姉妹を見るのも面白いかもしれん。


「ふん、まぁ良いだろう。会いに行ってやろうじゃなねぇか。一手手合わせ願いたいもんだしな。俺がソイツに勝てば俺は鬼人に勝てると証明できる。ああ、それは良い考えだ」


 皆の目の前で双子をボコボコにしてやれば、いくら何でもこいつ等にも分かる筈だ。俺が最強だってことがな!


 それから俺達は古い学生名簿を探し出して双子の住所を調べる事から始めた。

 住所は直ぐに見つかり、俺、隆成、美咲、暁識、美織の五人と、助けられた結翔、悠真、陽菜、葵の四人を足し、計九人で出向く事になった。

 少々人数が多いが、今の世の中少人数で出歩けば魔物達の餌食になるのは常識とされているので問題ない。


 翌日、俺達は通学バスに乗り女神(おみながみ)家へと出向く。

 わざわざ出向かなくても向こうに来させれば良いと言ったら、それでは礼に欠けると言われ渋々に此方から出向くことになった。


 バスに揺られること30分、目的地へと辿り着いた。

 ここまで一匹も魔物と出くわさなかったのは奇跡だろう。

 そして驚きだ、女神(おみながみ)家はデカかった。バカデカいと言ってもいい。

 いや、流石に今の時勇館程ではないが、敷地の半分ぐらいはあるんじゃないか?


「でけぇ、あの双子、金持ちの娘だったんだな……」


 隆成がポツリと独り言。


「わぁ、こんな一軒家見た事ないよ。道場って儲かるんだね?」


 と、美織。


「馬鹿な、こんな場所は知らない」


 と、暁識。

 思い思いの感想を呟いている。俺もここまでデカいとは思っていなかったけど、家の大きさにビビッていても仕様がない。


「とっとと行くぞ」


 皆を促しバスを降りる。

 見上げる程高い壁が敷地をぐるりと囲い、一ヶ所に大きな門があたので呼び鈴を鳴らす。

 応答は直ぐにあった。綺麗な女性の声だ。

 俺達は先日に助けられた礼に来たことを伝え中に入れてもらう。

 俺達を案内してくれるのは、アシアと名乗ったメイド服を着た外国人の女性だ。

 その立ち居振る舞いは見事で、身体の中心線が一切ブレない。動作の一つ一つが洗練されている。相当な手練れだろう。

 まぁ、俺程でもないがな。


「うお、中に入ると尚の事デカく感じるな」


 壁の内側は外から見るよりも広く感じられ、家もデカく感じる。

 完全な和の家で、二階建てぽいが長屋の様に長く、道場へと繋がる通路もあり、脇には土蔵の様な物まである。


 完全に一般家屋なのに、何故メイド?


 庭も驚く程広く、何故だか馬が何頭か駆け回っている。いや、それだけでなく、広い畑の一角まであるようだ。


「わぁ、見て見てお兄ちゃん、鹿のおっきいのが居るよッ!」

「美織、アレはヘラジカだ。――ヘラジカッだと!」

「おっきいねぇ」

「馬鹿な、何故この国の個人宅にヘラジカが居るんだッ!」


 兄妹が二人で盛り上がっている。

 まぁ、珍しくはあるが、俺には関係がない。

 色々と可笑しくはあるが、俺の目的は動物を見に来た訳でも、まして礼をしに来た訳でもない。

 俺の目的はただ一つ、女神(おみながみ)紡と糾に勝負を挑む事だ。

 俺の力を暁識に見せつければ、今後うるさく言われる事も無くなるだろうからな。

 それに、俺は昔からあの双子が気に入らなかった。

 昔はどうあっても勝てなかったが、今なら勝てる筈だ。あの因縁の双子にッ!

 そんな事を考えながら屋内に案内される。

 中も広いとはそろそろ嫌味に感じてくる。

 応接間へと通され、白狐の親子らしき姿が目に映る。

 美織と美咲が触ろうとし、途端に逃げられていた。


「「あ~、触りたかったなぁ~」」


 と、二人して残念がっていた。

 すると、願いを叶えに来た訳ではないだろうが、狐ではなく猫がやって来た。


「「わ~、可愛い~~~」」


 アメショーかな? まだチッさい子猫だ。

 子猫に夢中な二人は置いておこう。

 家主だと言う男が入ってきたからだ。


「やあ、待たせて悪いね。少し待っててもらえるかな? あの娘達も直ぐに来るから」


 と、全員分の茶と菓子を配膳する家長。

 そんなのはメイドが居るんだからやらせればいいのに、と思わなくもない。


「お、その子が気に入ったのかい? 名前はタマって言うんだよ」

「「タマちゃんッ!」」


 今どきネコにタマかよッ!


「その子は人懐っこいから可愛がってやってくれ。っと、自己紹介がまだだったね。俺はこの家の家長で女神文月(おみながみふづき)と言う。よろしくな」


 この男が双子の父親か? でも、若いだろ、どう見ても20代に見えるぞッ!

 文月の外見に納得いかないと思い隣を見ると、暁識がブルブルと震えていた。


「おい、大丈夫か暁識。どうした?」

「い、いや、何でもない。……何故乗っていないんだ? この男もアーカイブに乗っていないだと。面と向かっているのに正体が掴めないだと……」


 何やらぶつくさと呟き出したぞ。本当に大丈夫なのか?

 コイツはスキルに頼り過ぎじゃないのか? 頼っているから通用しない時に動揺するんだよ。


「お、来たようだな」


 文月のセリフに振り向けば、四人の人物が入室してきた。


「では、紹介しよう。先ずは右から紡と糾、俺の娘達だ。その横が柏葉涼葉、更に隣が剣南創可」

「どうも、よろしく」


 一通り紹介を済ますと、文月は部屋を出て行った。

 紹介され、一拍の間を置き暁識が声を上げた。


「馬鹿なッ!」


 コイツはさっきから何なんだよ。一人で盛り上がってんじゃねぇよッ!

 暁識は創可と呼ばれた人物を見て酷く驚いている。知り合いなのか?


「えっと、何か?」


 コイツはアーカイブで何か見たのかも知れないな。

 そこで、助けられた四人組がそれぞれ礼を言い出した。

 本当に感謝していると、あのままでは死んでいたと涙ながらに礼を言う。

 言われた方もここまで真撃に礼を言われて戸惑っているようだ。


「もうその位にしておけ、話が進みゃしねぇ」


 俺の一言で黙る四人。


「いえ、確かに礼は受け取りました。助けれなかった命もありますので、彼等の冥福をお祈りします」

「いえ、あの時は既に手遅れでしたので、お気になさらず」


 社交辞令みたいな事を言い合っている。

 はぁ、このままじゃ拉致があかねぇな。


「なぁ、紡と糾さんや、俺のことを覚えているか?」

「ん? 里山優斗君でしょ?」


 今の話し方は妹の糾か?


「そうだ。俺は英雄の役割(ロール)で勇者の(ジョブ)に就いている。あんた等は何だ?」

「随分と不躾な質問ですね。それらは安易に教えない方が良いですよ。役割が分れば対処法もバレてしまいますから」


 今度は姉の紡だな。


「そうだね。ちょっと無防備すぎるかな。それと、私達の役割と職だっけ? 無いよそんなの」

「はぁ、そんな訳ねぇだろうがッ! 言いたくねぇからって見え透いた嘘を言うんじゃねぇよ」

「キミ、少し印象が変わったね。昔はもっと優しい気配がしてたのに、今はとても攻撃的だ」

「ほっとけ、デッカイお世話だ」


 言いたくないからって教えないつもりか! 卑怯な奴等だ、俺は事前に教えてやったってのによ。


「う、嘘だ! 君達二人は分からないが、き、君達は――ッ!」


 また暁識が喚き出したぞ。普段は冷静なくせに、肝心な時に喧しいなコイツはッ!


「うるせぇぞ暁識。俺が話してるんだ、黙ってろよ!」


 もうコイツは無視しても良いだろう。


「俺達は今、時勇館を要塞化して人々を護っている。そこで、あんた等にも手伝って貰おうと思っている。どうだ、来るか?」


 コイツ等は良くも悪くも有名だ、時勇館でコイツ等に勝てば俺の評価は更に上がる。


「へぇ、ウチと同じ事やってるんだね? 今は集団で生活することは珍しくないけど、学校をそのまま使ってるんだったら随分と大規模なんだね」

「ですが、私達にも護るべき人達が居ます。誘って下さるのは嬉しく思いますが、お断りします」


 けっ、そうくると思ったぜ。


「ふ~ん、じゃあさ、俺と一手手合わせ願えねぇかな? 実はよぉ、時勇館には俺より強い奴いなくてよぉ、強い奴とやってみたいんだよ。今の実力を知る為に、鬼人すら倒すあんた等なら丁度良いだろ?」

「今の自分の力を知りたいと言うのですね?」

「ああ、そうだよ。ダンジョンに潜るのが一番なんだが、俺の周りの奴等は心配性が多くてな」

「うん、良いよ私が相手をしてあげるよ」

「俺としては二人同時でも構わんぜ」

「あはははっ、随分と思い上がってるね。紡が出るまでも無いよ。早速、場所を移して始めようか」


 くくくっ、思い通りにいってるじゃねぇか。

 このままコイツを倒せば姉の紡も出てくるだろう。

 思い上がってんのはどっちか、キッチリと教えてやる。俺が勝ったら持ち帰っても良いよなぁ。


「おいおい糾、引き受けるのか? 俺が代わろうか?」


 創可と言う男が糾に言う。お前が相手じゃ話にならねぇんだよ、そんな事も分からん奴など相手取る必要すらないね。


「大丈夫だよお兄ちゃん。この思い上がりをちょっとだけ懲らしめるだけだから」


 こうして場所を移すことになった俺達だが、道場へ行くとばかり思っていたんだが庭へと案内された。

 他の皆も見学するようで、ぞろぞろと着いて来た。

 美織だけでも構わんが、ギャラリーは多いに越した事はない。確りと俺の雄姿をその目に焼き付けるがいいさ。

 

 案内された庭は広く戦うには十分なスペースがある。

 ちぃーと隅っこの畑が気になるが、他所の畑など荒らしたところで痛くもない。


「ルールはどうするの? 無用? それともハンデが欲しいならあげるよ?」


 どこまでも人を舐めてやがる!


「ルールは無用、ハンデはいらん。寧ろこっちが言いたいくらいだ!」


 俺はアスカロンを抜き放ち構えを取る。


「お、おい優斗、何もアスカロンを抜かなくても良いんじゃないのか!?」

「外野は黙って見ていろ。力を試すのに全力を出さないでどうするってんだよ!」


 糾は棒立ちだ。俺の気迫にビビッてるに違いない。ははっ、気分が良いぜ。

 俺達は向かい合う。その中間に暁識(さとる)が入って来た。

 何しに出てきやがった。邪魔をするなら先ずはお前から斬り捨てるぞッ!

 と、思っていたら、


「審判は俺がしよう。互いに相手の息の根は止めないように、留意してくれ」


 はっ、甘っちょろいことを言う奴だ。真剣勝負である以上、命の取り合いだと分かっていない。

 尤も、俺は殺す気などないがな。奴に実力の差を見せつけて這いつくばらせ、持ち帰るんだからよ。


「大丈夫だよ。勝負にすらならないからね」


 言ってろ。


「……分かった。優斗君も良いね」

「ああ、分かってるって」

「では、はじめッ!」


 ヒャッハッ、行く……ぜぇ…………。

 ……な、何だ? 開始の合図と同時に糾の気配が替わった。


 …………馬鹿な、か、身体がいう事を利かないッ!


 そんな……、う、嘘だッ! 俺の、俺の本能が拒絶しているってぇのかッ!

 

 恐怖しているのか? この俺がっ、この勇者の俺がッ!


 ――だ、ダメだ、何処に打ち込んでも殺されるイメージしかわかない……。


 ダメだ、ダメだ、ダメだ。何をやっても勝てない。

 勝てない、勝てない、勝てない、勝てない、勝てないぃ――ッ!


「あれ? どうしたの優斗? あの娘は棒立ちだよ?」

「美織さん、優斗君は動きたくても動けないのよ」

「み、美咲さん、どういうことですか?」

「どうやら、格が違ったみたいね。彼女の発する殺気に呑み込まれて身体が竦んじゃってるの」

「そんな、で、でも、優斗は勇者で英雄なんでしょ? 動けなくなるなんて事あるの?」

「現になってるわね。この勝負彼女の勝ちよ」

「そんな……」


 ………………………………………………ッ!


「そこまでッ! 勝者、女神糾(おみながみあざな)!」


 敗北宣言を受け、膝をついた俺だった。


 ハァハァハァ、何なんだよッ! 何なんだよあの化け物はよッ!

 俺は強くなった、強くなった筈だッ!

 昔とは比べ物にならなくらい強くなっているのは間違いない筈だ。その俺が一合打ち合うどころか、一歩も動けなかっただとッ!


 ――そ、そうだ、アイツは人間じゃないんじゃね? そうだよ、アイツは化け物で俺が負けても可笑しくないんだよッ!


「やれやれだね。キミ、昔より弱くなったんじゃないの?」

「な、何だとッ」

「昔の君なら、動けなくても気持ちの上では戦ってたでしょ? 自分に言い訳してたら強くなんて成れないんだよ?」


 ……確かにさっきはカウンター怖さに考える事すら放棄してしまった。

 え? 俺は弱くなってるのか……?


「はぁ~、ホントやれやれだよ。昔のハングリー精神を思い出してからまた来なさい」

「……」

「すまないね。くだらないことに付き合わせてしまったようで」

「ううん、これは彼が勇者として避けては通れない試練なんだよ。狂怖を乗り越えれないようじゃ、魔王なんて倒せないからね」

「ああ、これで優斗君も少しは身の程をわきまえてくれるだろう。感謝します」

「いえいえ」


 こうして、俺の記憶に一生消えない恐怖と、この先必要になるであろう経験を積んだのだった。

 この日この時、俺の目標が魔王討伐から双子の姉妹から一本取ることへと入れ替わったのだった。


 え? 目標がちっさくなったって?

 あほかっ、コイツは、この女は――、魔王なんかよりも絶対に強いに決まってるだろうが――ッ!


 そして俺達が時勇館に帰った後に、暁識から衝撃の事実を知らされる事になるのは何の因果なのやら……。





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