その6 再構築療法
俺のオヤジは、この星の生まれではない。
この星に落ちてきて、そこで待っていたオヤジの元へ、ようやく仲間たちが戻ってきたのは、俺がまだ小さかった頃のことだ。
その後、仲間たちは自分たちの星に帰って行ったけれど、オヤジはこの星に残った。だって、お袋も含めて三人の奥さんがいて、俺たち子供も沢山いたからさ。
俺には、クレア母さんのほかにも、二人の母親がいる。イケメンでもなく、パッとしない温和なオヤジだけど、何故か昔はモテたらしい。そうそうオヤジは、生き物係と言う特殊技能の持ち主だ。
そして、魔素量は魔族のクレア母さんに及ばない人族のくせして、信じられないことだが賢者としてはお袋より先に開眼していたらしい。両親が賢者の域にいたもので、俺も学校を終える頃には賢者として覚醒していたさ。
そのオヤジの仲間が、母船から予備の搭載艇を一隻置いて行ってくれた。それを今、俺が使わせてもらっている。 この船には、AIと呼ばれる意思が宿っている。オヤジの兄貴分で、名はタローだ。
タローは、サホロにある船にも俺が借り受けた船にも、そして全てのボットにも宿っている頼もしい存在だ。俺は生き物係としてオヤジからの指導を受け、タローの膨大な知識を借りながら、この里で治療院を開いたわけなのだ。
魔法の師匠は、俺の生みの親クレア母さん。薬学の先生はサナエ母さんで、剣術はカレン母さんから叩き込まれた。オヤジも含めてこの四人は共に厳しかったけれど、まあ俺は恵まれた環境だったと思っているんだ。
◇ ◇ ◇
魔力の源となる「魔素」の量は、母系遺伝する。
周囲から魔素を汲み上げる細胞小器官は、卵子の細胞質を起源とするからだ。だから、母さんと俺、そしてクレア母さんが産んだ兄弟姉妹は、皆して魔力が大きい。人族との混血の俺だけど、そんじょそこらの魔族に、魔力で負けたことはない。
クレア母さんと母系で繋がっているマーコット姉さんも、そしてマイカも、だから魔素量が大きいのは俺には想像できたし、すぐに感知できた。だけど、魔力は別さ。魔力は訓練で伸ばすしかないからだ。
マーコット姉さんは、あの性分だ。多分、末の娘で我儘で、勉強嫌いだったんだろうな。せっかくの魔素量を生かせていない、そして制御されていない魔力を自分では知らぬままに周囲にまき散らしている。
配下の男たちが姉御と慕うのは、姉さんが無意識に振り撒いている「魅了の魔力」の仕業なのだ。賢者の域にある俺には、通用しないけどね。姉さんとすれば、あの逆ハー状態を楽しんでいる様子だけど。多夫多妻の魔族には、珍しくはないことなんだけど。
マイカもそうだ。無意識のうちに魔力を使って、未来予知だとか読心術をやっている。幽体離脱なんて、あの異能は魔人スルビウトから聞いた超感覚者ってやつだよな。
マーコット姉さんは大人だから兎も角として、マイカには魔力の使い方を教えてやらなければいけない。そして魂をちゃんと肉体に宿らせて、自分の肉体を駆使する感覚を身につけさせなければならないと、俺は考えていた。
そこで、俺の妹サホの出番だ。年頃の女の子マイカの再教育は、女性がいい。サホは十八歳だから、お姉さんとして適任だ。その夜は、サホロの両親とのボット会議にサホも入れて、今後の相談をした。
そして、翌日の精密検査の結果が出た。
俺が予想した通り、マイカの現状は厳しかったのだ。体が年齢に応じて育っておらず、これでは心臓動脈を治療したところで健康体には程遠い事が判明した。
「搭載艇の治療ポッドを使おう。」最終的にオヤジは、そう判断した。マイカ自身の遺伝子を使って、体の増幅再構築療法を行おうと言うのだ。骨格も筋肉も、そして臓器も、彼女自身の遺伝情報による年相応の理想的な状態に持っていく。これには、ポッドの中で一ヶ月を過ごす必要があった。
◇ ◇ ◇
ポッドの中で、マイカが全身を緩衝液に浸されていた。この中で、眼には見えないナノマシンが、一ヶ月かけて彼女の体を作り替えてきたのだ。今日はいよいよ、マイカがポッドから出てくる日だ。
「お兄様は、外してちょうだい。彼女は裸なんだから、私が服を着せてから船から出すわ。」サホにそう言われて、俺は搭載艇の外で待っている。
やがて、マーコット姉さんとサホに両側から支えられて、少女がエアロックから出てきた。
これはマイカなのか? もともと母親似の綺麗な顔立ちだったが、背も大きくなって若い乙女の溌溂とした体躯となり、整った表情には仄かな色香も漂って、これは正真正銘の美少女だった。
銀色の長い髪が、風になびく。一ヶ月の間に、髪の毛も伸びたのだ。
「賢者のお兄様、私とっても元気になったみたい。これで私、お兄様のお嫁さんになれるかな?」
そう言われた俺は、こんな美少女ならそれも悪くないな。」と考えてしまっていた。そして、次の瞬間に臍を噛む。マイカは、人の心が読めたのだ。
そんな俺を見て、彼女はニッコリと微笑んだ。
やられた! こいつの魅了の魔力は母親譲りだ。