命名権の行方
「あれっ? 反応がないな?」
俺は、マーコット姉さんの妊娠を、つまりオヤジの二人目の孫の話を、ボット経由で三人の母様に報告したところだ。
もっと驚かれるかと思っていたが、三人の母様は互いに顔を見合わせるばかりだ。カークの生みの親カレン母様も、なんだかモジモジしているな。
「どうかした?」思わず聞いてみた。
サナエ母様が、無理やり作った笑顔で答えてくれた。「ワタル、実はねぇ、カミラが男の子を身籠っているのが判ったの、昨日の事よ。」
「えっ、そうなの!」そうだったのか、相手はあのヌラーラが率いていた集団の若頭とか聞いたっけ。初対面で、あやうくマイカが殺してしまうところだった奴だ。カークは、双子の姉に先を越されたのか。
「性別が判ったということは、週齢も進んでるね?」
「そうね、私の診断では妊娠15週を過ぎたところかしらね。」答えてくれたのは、クレア母様だった。じゃあカズラ兄貴のところと、ほぼ同時に生まれるな。
驚く俺に、サナエ母様が追い打ちをかける。「まだ続きがあるのよ。」
「今日の朝、ミヒカが妊娠していることが分かったの。本人は黙っていたけれど、もうお腹が大きくなってきて隠しきれなくなったの。」
「ええ~っ!」これは本当に驚いた。ミヒカは俺の二つ下の妹サホの、そのまた二つ下。今十七だよな。婚約者がいて、来年に高等部を卒業したら結婚したいとは聞いていたけど、
「もう、お腹の中で動いているわ。妊娠20週といったところかしら。性別もはっきり分かる、男の子よ。」クレア母様がため息をついた。
ミヒカはクレア母様によく似て、美人で頭もいいが、ちょっと突っ走るところがある。きっと愛し合う若い二人の情熱が、一線を越えちゃったのね。
なるほど、それで三人の母様方の態度も腑に落ちる。
オヤジの名前を継ぐ「ジロー命名権」は、昨日はカミラの子が獲得したと思いきや、今日の朝になってミヒカの子に奪われた。
カレン母様は、一時は喜び、次いで落胆させられた。クレア母様だって、ミヒカの早すぎる妊娠を素直に喜べないわけだ。
「じゃあ、今報告したカークの子も、二人目の孫ではなくって、、、」
「そうね、四人目と言うことになるわねぇ。」サナエ母様もため息をついた。
何とも急展開だな。来年はオヤジと三人の母様方にとって、お孫ちゃんラッシュの年になるのだ。
◇ ◇ ◇
サホロとのボット通話を閉じて、俺は後ろで聞いていたサホとマイカに向き直った。二人とも、俺と同様に驚いた様子だ。
「ミヒカめ、やるわね。」サホが苦笑する。「妹に先を越されたか、私もいい男を早く見つけなくっちゃ!」
「思わぬところに伏兵がいた、か。」俺も、改めて感慨深いものがある。まだ子供だと思っていたミヒカが、来年には母になるのか。
カズラ兄貴も、カミラもカークも子を成す。何だか、俺だけ取り残されたな。
「アカネは、しばらく製鉄の仕事から手が離せない。俺と一緒に暮らして、子供ができるのは、いつになるのやら。」誰に言うともなく、俺は呟いた。
そうしたら、マイカが俺の手をぎゅっと握ってきた。「私もあと一年と少しで十七よ、ワタルお兄様の二番目のお嫁さんになって、私がお兄様の子を産んであげる。」可愛い顔で、決意を述べてきた。
「きっと、そうなるんだろうな。」俺は思う。
この魔人の子は、俺の嫁になると周囲に公言してきた。そして俺も、いつの間にかこの美少女に魅了される日常だ。幸いにしてこの子は、皆に可愛がられている。サホにもアカネにもカミラにも、そして三人の母様方にも、あのスルビウト様にもだ。その愛くるしい波動には、誰も逆らえない。
マイカが、ふんわりと俺に抱きついてきた。
あの華奢だった子も、大きくなった。体を押し付けてくるマイカの暖かく柔らかな肉感が、その乙女の香りが、もう一人前の女を俺に感じさせた。
◇ ◇ ◇
翌年の春、高等部を卒業して間もなく、ミヒカは男の子を生んだ。
ミヒカは俺と同じ、オヤジとクレア母様の子だから、人族と魔族の混血だ。俺は生まれた時にあった角が、成長と共に消えてしまった。けれど、ミヒカには今も控え目な角が残っている。
ミヒカが産んだ子には、角がなかった。この子の父は純粋な人族だ。魔族の血は四分の一だから、この子の見た目は人族と変わらない。
だが魔素の汲み上げ量が、とても大きいのが判る。父親も人族には珍しく多少の魔法はこなすと聞いたし、何と言ってもクレア母様からの母系遺伝の賜物だろう。訓練次第では、この子も賢者になれる素質があると、俺は見ているのさ。
見た目は人族、でも賢者に迫る魔法の素質がある。ジローの名前を継ぐ孫としては、良かったんじゃないかな、と俺は考えているのさ。結果オーライだけどね。
そうそう、これは後で聞いた話だけれど、
父親はサホロ騎士団の竜騎士で、つまりカークの部下だったそうだ。何でも竜騎士を続けるか、それともミヒカに乞われて教師になるかで悩んでいたが、ミヒカの妊娠が判った時に、カークから一発殴られてめでたく除隊したそうな。
今ではサホロの学校で、ミヒカと我が子を見守りながら、共に教師を務めていると聞く。そして、竜騎士時代に彼を背に乗せていた飛竜のウォーゼルも、一緒に騎士団を退役して今は学校で教師をしている。飛竜の子供達も増えてきたからね。
缶詰工場の建設は着々と進んでいる。電力網も、とりあえずサホロまで伸びた。オヤジの母星から中古のボットや面発光体の灯りが届けば、この星は変わるだろう。ジロー・ジュニアが育つ未来、この星はどんなふうになっているのかな。
俺は俺のできることをしよう。
このウスケシの街で、治療院を根付かせよう。そして近い将来には、サホロのような学校も建てたい。今や俺の後見役を買って出てくれている、実力者のヤゴチェ市長の力も借りる必要があるな。
俺は今、そんな事を考えているのさ。
(おしまい)
年末に終わらせるはずが、年が明けてしまった。
いろいろトラブルがあったからねぇ。
ともあれ、終わらせました。
今迄お付き合いをいただいた方々、有難うございました。
第四作に続きます。そしてこのシリーズは第四作でお終いです。
皆様に、長寿と繁栄を!




