一族の繁栄
俺の嫁ミルカの妊娠が判明したのは、太陽フレア騒動から半年を過ぎた頃だった。
しきりに俺を急かす、サナエ母様の要請にお応えして、そろそろ妊娠15週目となるミルカを診察台に寝かせる。毛皮に覆われた腹に置いた両手から、光の波動を下ろしていく。光属性の深層スキャンで、胎児を観察するのだ。
早くも胎盤は完成している。よし、これで安定期に入るな。
元気が取り柄のミルカも、初めての妊娠でつわりを経験した。日々の倦怠感に悩まされたのだが、その症状も治まってくれるだろう。
尻尾が見える、そして猫耳も分かる。
獣人族との混血では、産まれる子の外見は様々だ。そしてどちらかと言えば、母の形質を受け継ぐ傾向にある。初めての我が子は、獣人族の外見をしているようだ。
そして、胎児に外性器は確認できなかった。つまり、女の子らしいのだ。
どちらでも構わない。元気に産まれてくれれば、俺はそれでいい。だがサナエ母様の思惑を、知ってもいる俺だ。残念がる表情が目に浮かぶなと、俺は苦笑いをした。
昼を過ぎて、ボットでサホロの治療院を呼んだ。向こうでも午前中の診療を終わらせて、皆でガヤガヤと昼食を終えた頃だろう。
「そう、女の子かぁ。」案の定、サナエ母様は落胆してみせた。
「悪かったね。」とりあえず、詫びておく俺だ。
「あら、カズラ。初孫は嬉しいのよ。先生の沢山いる子供達の中で最初の孫だもの、よくやったわ。カズラもミルカも褒めてあげる。」と言いながらも、お袋は残念そうだ。三人の母様の中で、一番「解り易い」のは何と言ってもこの人だからな。
オヤジの最初の男の孫に、ジローの名を継がせる。いつ決めたのかは知らないが、この命名権を巡って、三人の母様は密かに情熱を燃やしているのだ。俺に言わせれば、自分の子がオヤジと同じ名前では、紛らわしいだけだろうと思うのだが、、、
ふと閃いた顔つきで、お袋が言う。「カズラ、貴方にはもう一人の嫁がいるじゃないの。次は早く、ライラと子作りに励みなさい!」
「おいおい、お袋、無茶言うなよ。ミルカの初めての子育てには、ライラにも手伝ってもらうんだ。ふたりの嫁が揃って赤子を産んだら、大変なことになる。」俺は慌てて断った。
ミルカが身籠ってからは、ライラを抱くようになった俺だが、ちゃんと避妊はしているぞ。二人の嫁は、この治療院の大事な戦力なのだ。できればライラには、ミルカの子が乳離れしてから子を産んで欲しい。子作りは計画的に、俺はそう考えているのだ。
待合室では、午後からの順番を待つ患者が増え始めた。今日も忙しくなりそうだ。
ミルカに合図して、少し早いが患者を俺の診察室に招き入れる。もう一つの診察室では、ライラが準備している。さあて、午後の診療に取り掛かるとしようか。
◇ ◇ ◇
もうすぐ十六になるマイカが、膝の上で赤子をあやしている。
年の離れた弟と言うことになる。マーコット姉さんが産んだ、二人目の子だ。
その父親は、長年従ってきた右腕のゾットだそうな。姉さんは夜も、配下の男たちを侍らす逆ハーレムの女王様なんだ。
いや、配下ばかりではなかったな。仕事で知り合った「出来る漢」ウスケシのヤゴチェ市長を篭絡したかと思ったら、実はその時にはゾットの子を身籠っていたことを、俺は後で知らされた。
しかも、この赤ん坊にまだ乳を飲ませながら、マーコット姉さんには次の恋人ができた。それが何と、同い年の俺の兄弟、サホロ騎士団の竜騎士長カークなのだった。
モテ男の好男子獣人カークとは、一年前の缶詰工場の会議で知り合っている。あの時、見事に呪術師ゲラントを退けた武勇に惚れて、俺に取り持てと言ってきた。
「ワタル先生、あの美丈夫は異母兄弟だと言ったね。先生を誘惑したらマイカが黙っていないけど、あの男はクレアの子じゃあない。私が食べてもいいはずさね。」
商隊護衛で回る各地に、現地妻を置くカークのことだ。慕ってくる女を無下にはしない。そして、奴の決まり文句「お前だけの夫にはならぬ」は、マーコット姉さんには初めから言う必要もなかったしね。俺が引き合わせると、カークはこの十歳ほど年上の美魔女に簡単に落とされてしまった。
カークは、すぐにマーコット姉さんをウスケシの街の現地妻とした。
「ワタルよ、乳の匂いのする女もいいものだぞ。」ぬけぬけと言いやがった。英雄色を好む、これを地で行く奴なのだ。
せっかく子を産んでもらったのに、すぐに飽きられた態のゾット。俺は気の毒に思ったのだが、本人はさほど傷ついた様子もない。
「姫様は、いえ姉御はそうした人なのです。俺には、息子ができたことが嬉しくて堪りませんよ。」と、殊勝な発言だ。ゾットよ、お前いい漢だな。
そのマーコット姉さんを、昨日サホが診察したんだ。
まだ産んだ子に乳を与えているのに、姉さんの子宮には胎嚢が確認できたと言う。心拍もはっきりしていて、次の子を妊娠しているのは間違いない。これは、カークの子だよな。
もし男の子だったら、この子がジローの名前を受け継ぐことになる。俺は三人の母様に、これを伝えねばならない。このあいだは、カズラ兄貴の初めての子が女の子と判明したのを聞いたばかりだ。
俺の生みの親 クレア母様の焦る顔が、カレン母様のにんまり顔が、そしてサナエ母様の悔しがる顔が、目に浮かぶ。
顔の傷が癒えた美魔女マーコット姉さんの快進撃に、これからも周囲は翻弄されそうだ、と俺は考えているのさ。
(続く)




