その4 根本治療
その夜、俺は魔動機の中で仮眠をとった。
日が昇り、朝が来て、俺は姉御の家のドアを叩いた。姉御は、朝の支度をしているところだった。
「マイカは目が覚めたわ。今、朝食を用意しているの。食べていくでしょ。」姉御も徹夜した様子はない。少しは眠れたようだった。
「後でまた、看てやってちょうだいね。」
居間に俺の分の朝食を用意すると、姉御はいそいそと子供部屋に食事を運んでいく。親子仲良く、一緒に食べるらしい。
しばらくして、姉御は戻ってきて、テーブル越しに俺の真向かいの椅子に腰かけた。
「名乗っていなかったわね、私はマーコットと言う名前があるの。まあ、姉御でいいわ。」
そうですね。何と呼ぼうか悩んでいましたよ。オバサンとか言ったら、張り倒されそうですしね。
「私はね、クレアの母、つまり今の皇太后さまの一番下の妹なの。うちの家系は多産でね。私にとってクレアは姪で、私はあなたの大叔母に当たるけど、私の方がクレアより数歳は若いはずよね。」
えーと、クレア母さんは、今確か37歳だっけな。
「魔王国の貴族の端くれだったけど、魔族の平民の男と駆け落ちして国を出たわ。流れ流れて、このウスケシの街に辿り着いたわけ。配下の男たちは、私を慕って付いてきてくれた元の使用人たちなの。」
「元貴族が、盗賊まがいの事をやっているのか。」
「失礼しちゃうわね、私たちは魔獣狩りをして生計を立てているの。たまには商人の護衛を引き受けることもあるわ。」
「じゃあ、昨日のあれは何なのさ。」
「ご免なさいね、あいつはちょっとワルなのよ。だって、目の前に処理済みのお宝がぶら下がっているんだもの。弱っちい人族を脅して、かすめ取ろうと魔が差したわけ。」
何が、魔が差した、だ。それって、立派な犯罪行為だってーの。
◇ ◇ ◇
俺はマイカを改めて診察することにした。
彼女は目が覚めて、ベッドの中だ。どこかに病気があるのだろう。華奢な体つきに、綺麗な顔立ちだが儚げで、まるで天使か妖精のようだ。14歳だと姉御から聞いた。
「賢者のお兄様、助けていただいて有難う。」あれっ、やっぱり俺が賢者だって、知っているンだな。
「私、あのままお兄様の魔素で良かったのに。お兄様の魔素で満たしてもらえれば、私 お兄様のお嫁さんになってあげたのにな。」
うん? 俺と6歳違いか。なら、夫婦になってもそんなに不自然じゃあないか。って、なに考えてるの? 俺。
「マイカちゃん、大人のお兄さんをからかうのは止めようね。」この調子なら、魔素の問題はなさそうだな。
マイカは、薄っすらと笑顔をみせた。それがとっても大人に見えた。
「いつも、ベッドから起きられないの?」
「うん、胸がドキドキして、すぐに疲れちゃうんだ。」
「看てもらっている医者によれば、心臓が悪いそうだよ。生まれつきのものだろう、って。」姉御が言う。
ふうん、先天的な心臓疾患か。そう言えば、ウィル族長も子供の頃は心臓に異常があって、オヤジとゼーレさんで治してあげたって聞いたっけ。
「どれ、お兄さんに見せてくれるかな。お兄さんは医者だから、恥ずかしがらなくっていいんだよ。」俺は、寝間着の上から膨らみの小さな少女の胸の中央に右手を置いた。
徐々に深くスキャンしていく。心臓を捉える。懸命に脈動している。心房と心室には異常がないようだ。うん? 動脈が細い気がするな。これは肺動脈か。心奇形で確か二番目に多い症状、これは肺動脈狭窄で間違いなさそうだ。
「心臓から肺へ血液を送り出す血管が、生まれつき狭まっているようだ。」俺は、姉貴とマイカに説明を始めた。
ところが、マイカはパッと顔を輝かせる。「私、治るんだね。お兄ちゃん。」
えっ、俺 まだ何も言ってないんですけど、どうしてその先が判ったの?
「ご免ね、お兄ちゃん。私、他の人が考えている事が判るんだ。」
そうだったのか、俺が賢者だと言うことも、俺の魔法が強力だと言うことも、この子は会った時から知っていたのだ。これは魔法じゃないな、多分。特殊能力ってやつだ。
「先生、マイカを治せるのかい?」
「ええ、診断がつけば、治療は比較的簡単です。狭まった血管を広げてやれば、血流は正常化するはずです。そうなれば、ちゃんと運動できる体になりますよ。」
「本当かい!」姉御は、感極まって俺に抱きついてきた。元貴族の姫様のくせして、物凄い力だ。
しばらくして、姉御は俺を解放してくれた。
「ところで、先生の名前を聞いていなかったねぇ。」
「ああ、そうでしたね。大叔母様。改めまして、俺はクレアの長男で、ジローのオヤジの三番目の息子ワタルと言います。今後とも宜しく。」
マイカが目を輝かせて言った。「初めまして、私の未来の旦那様。」