その2 太陽葬
「停止!」
多次元に展開していたリムゾーンは、その展開を断たれてこの時空に切り取られた。周囲の時間が停止したからだ。依然として霞のように見えるリムゾーンだが、先程のように揺れ動いてはいない。
ついでマイカの人型からは銀色に輝く波動が放たれて、リムゾーンを包み込む。今やその場所には、銀色の球体が浮かぶのみである。
マイカの人型が振り返った。後方に見えるカズラたちが乗る船は、何事もなかったように存在していた。マイカが張った時空魔法の泡が、吹き上がった紅炎から船を守ったのだ。
マイカの人型が、フワフワと船に戻り始める。銀色の泡を突き抜け、船の壁をも突き抜けて、幽体マイカは帰還した。
「お帰り、マイカ!」ベッドから身を起こした少女を、カミラが抱き締めた。
「あなた、強かったわ。かっこいい啖呵も切ったし、胸のすく思いってこの事よ!
「へへ、だってあんまり聞き分けがないんだもの。」
「奴をどうした?」
「この次元に切り取って、時空の泡に閉じ込めたわ。」
「このままだと、どうなる?」
「ここは風が強いから、一日は持たないかも。泡が弾ければ、あいつはまた動き出す。」
「俺達は攻撃されたよな、紅炎を浴びるなんて体験は、そうないぜ。」ワタルの軽口を聞くカズラは、憮然とした表情だ。彼にしては珍しく、怒っているようだ。「俺たちは反撃していいんだよな。」
「攻撃してくるものを敵と判断し、排除することは、正当な自衛権の行使だと、カドマツさんも言ってたわ。」カミラは、戦いの血が騒いでいる。
「よかろう。ゾラック、あの銀色の球を重力子砲で打て。太陽に落とす。」カズラが決断した。
「了解。」
音もなく、光もなく、ただ銀色の球体が重力子に打たれて、太陽光球への落下を始めた。徐々に遠ざかり、そのうちに見えなくなる。
「太陽に落ちれば、どうなる?」ワタルが、カミラに聞いた。
「あそこは超強力な恒星磁場が支配する超高温の世界、いくらマイカの時空魔法の泡が耐えられると言っても限度があるわ。泡が弾ければ、中にいる者はひとたまりもない。直ちにエネルギーに還元されるでしょうね。」
「あいつは純粋知性体なんだろ、環境には影響されないんじゃないか?」
「それは多分ないわね。この軌道に留まっていたのが、その証拠よ。あいつにも、きっとこれ以上近くには降りていけなかった。あいつにとっても、太陽表面は危険って事よ。」
「俺が、超種族の一人を葬ったってことか。」
「カズラ兄さんの判断を支持するわ、これは正当防衛だもの。現にこの船を紅炎で攻撃したのだし、地球も脅かされ続けたのだから。」
「最初に手を出したのは、あいつよ。自業自得ね。」マイカが冷酷に言い捨てた。
「よし、済んだことだと切り替えよう。タローが今回の太陽嵐は甚大な影響をもたらすと言っていた。我々も急いで地球に戻り、作業を手伝わねば。ゾラック、地球に戻るぞ。」カズラがAIに指示したが、
「残念ながら、地球に戻るのには時間がかかります。」ゾラックが冷静に告げてきた。
「太陽の自転とともに噴出した太陽風が、回り込んできています。今この場所から地球を目指す最短路を選べば、私たちはその濃厚な荷電粒子の雲に飛び込むことになります。先ほど作成した、三次元画像をご覧ください。」
その言葉と同時に、操縦室のスクリーンには地球に迫る雲の三次元画像が表示された。なるほど、時間と共にその雲の濃厚な部分が、まさに地球に迫っている。
「私の時空魔法の泡で、船を包んで飛んだらどうかしら?」
「泡をまとって亜光速で飛んだことはありません。情報がないので、何ともお答えできませんが、危険を犯すべきではないと判断します。」
「雲を大きく迂回しても、所要時間にたいして違いはない。我々が地球に辿り着く頃には、地球は太陽嵐の只中にいる、か。」カズラがため息をつけば、
「無事を祈るしかない、ってことかよ。」ワタルが肩をすくめた。
◇ ◇ ◇
その時だ、突然 悲鳴のような声。皆の頭の中に、絶叫が響いたのだ。
皆が互いの顔を見渡す。
マイカが言った。「死んだわね、あいつ。」
「燃える太陽大気に落ちて、泡が弾けて、存在そのものを失ったみたいね。」カミラも同意する。
船内にキュベレが実体化した。
(続く)




