その1 超種族と少女
マイカの幽体は、船を離れその先にフワフワと漂っていく。船のカメラが、ズームでそれを追いかけて、操縦室の大画面に映し出していた。
やがて幽体マイカの進むその先に、やはり霞のように揺れ動く何かが見えてきた。
「こんにちは、ご機嫌いかが?」マイカが語りかけた。その声は、船のベッドに横たわるマイカの口からも発せられた。
「おい、マイカが接触したぞ。」カズラが食い入るように画面を見ている。
「あそこで話しているのに、ここでこの子の口から声が聞こえるって、なかなか奇妙ね。」カミラも、大いに興味を惹かれた様子だ。
すると全員の頭の中に、相手の声が響く。「ほう、私を見つけたか。思念体で動けるものが、あの星にもいたとはな。」
リムゾーンは、マイカに対して思考を投げたのだ。その思考波は超種族ならではの強さであり、また船も十分に近くにいたため、船に乗る誰もがそれを受信することができたのだ。
「うわっ、今度は相手の声が頭の中に響いたぞ。」
「ますます奇妙ね。」カミラは、この事態を面白がっている。理系女子の彼女としては、好奇心を掻き立てられる場面なのだろう。
そこに、AIゾラックの人工音声が割って入る。「皆さんには、相手の声が聞こえるのですね。残念ながら、私には受信できません。」
「そうなんだ、じゃあこの声は私たちの脳が直接受け取っているのね。何だろう? 私たちのまだ知らない波動とか?」
三次元の生き物であるカミラには知る由もない、思考波は距離によって減衰するものの、伝搬速度が無限大の、六次元にある波動なのだ。
「この船を操る責任上、AIの私も状況を把握しておく必要があります。どなたか、相手の話を声に出して、伝えてくれませんか。」
「分かったよ、じゃあ俺があいつの声を聴いて、お前に伝えてやろう。」操縦席のカズラが、その仕事を請け負った。
結局、船の中ではベッドに横たわるマイカが話し、相手の声がカズラとカミラとワタルの頭の中に響いて、これをカズラが声に出してAIゾラックに聞かせることになった。
何とも奇妙な状況で、この宇宙開闢以来初めてとなる、純粋知性体たる超種族と少女との対話が始まったのだった。
◇ ◇ ◇
「どうして私たちの星を脅かすの?」
「お前たちが、未来を見えなくするからだ。」
「えっ! 未来って、そもそも判らないものじゃない?」
「進化の黎明にあるお前たちには、判らぬだろう。しかし進化を極めた我々には、未来は自明であるのだ。」
「ふうん、じゃあ質問を変えるわね。未来って、見えなければいけないの?」
「当然である。宇宙の真理は、一つの未来に向けて整然と流れる時間軸と共にある。」
「未来は、既に決まっていると言いたいのかしら?」
「そうだ、その時間の流れの中で自らの役割を悟り、神に許される範囲で生きて宇宙全体の進化に奉仕するのが、生き物としての使命である。」
「そんな事、誰が決めたの?」
「決めたのではない、決まっているのだ。これは神の意思である。」
「神様が、あなたにそう言ったの?」
「ばかな! 神がそのような子細な指示をするわけがない。」
「じゃあさ、どうして神の意思だと思うわけ?」
「ふん、進化した我らにはそれが判るのだ。未来は見通せねばならぬ。」
「それってあなたの感想ですよね?」
「なに?」
「だからぁ、それってあなたが勝手にそう思ってるだけでしょって、言ってるの!」
「ばかな! それは自明のことなのだ。」
「もう一度、聞くわね。私たちが気に入らないから、私たちの星を攻撃するのね。」
「そうだ、お前たちの行為が、未来を見えなくするからだ。」
「だからといって、私たちを脅かす権利があなたにはあるのかしら?」
「若いお前たちは、我ら古き種族の言葉を聞き、従うべきなのだ。」
マイカは、はあ~とため息をついてみせた。
「出た、出た。いるのよねぇ、そーゆーお年寄りが。長生きしてるだけで自分が偉いと思ってる、勘違い老人がさ。」
「娘よ、そのくらいにしておくがいい。私を怒らせれば、お前の星など瞬時に消してしまえるのだぞ。」
「へえ、そうなんだ。でも、そうしないのは、きっとあなたの仕業だと誰かに知れるのが怖いのね。だからこうして、自然現象に見せかけてるんだわ。」
「うっ!」
「あなた、何年生きてるわけ?」
「ふふん、聞いて驚くな。私は五百三十八万年を生きている。」
「私さぁ、十五歳だけど、あなたみたいな頑固な年寄りには絶対になりたくないわ。たまには、若い者の意見も聞いてみたらどうかしら。」
太陽黒点から小さな紅炎がジワジワと立ち上がり、マイカの後方にある船を巻き込んだ。
「何するの! 宣戦布告ってわけ?」
「ふん、お前のような下等な生き物とは、これ以上話したくもないわ。ここから生きては返さんぞ!」
「上等だわ! 私の力も見せてあげる。」
宇宙空間で具象化しているマイカの人型が、その手をリムゾーンに突き付けた。
「停止!」
(続く)




