その2 太陽フレア
外気圏まで上がった次の日、その時が来た。
「巨大な太陽フレアを観測した。」操縦室に、タローの声が響いた。同時に画面には、短波長の紫外線で撮影された太陽表面画像が大写しになる。
「たった今だから、発生は8分前になる。やがて今回放出された太陽風が、かなり大きな規模で、また地球に到達する。そして、その前に、高エネルギー粒子がこの船にも降り注ぐだろう。」
「オヤジが言ってたけど、大気圏に降りて避難しなくていいのか?」ベッドに腰かけたワタルが、心配そうに言う。
「いや、その必要はない。これまでの観測で得られた知見もある。船の周囲に重力波をバリアとして展開すれば、安全は確保できる。」すかさずタローが、安心させてくれた。
「だが、この船とタロー本体とは、途絶しないのか?」一つしかない操縦席に座ったカズラ兄が、問いかける。
「その恐れは大いにある。その時は、この船は単独動作に移行するだけだ。地上の私からは切り離されるが、運用に支障はない。」タローがそう言うのだ、大丈夫なんだわ。とりあえず、私は安心しておこう。
そもそもこの船は、恒星系内を飛び回るために設計された宇宙船、恒星間学術調査船の舟艇なのだ。だから、独立したAIを載せている。大昔に父様たちが乗っていた調査母船ゾラック16のAIが、そのままコピーされていると聞いた。
そして、タローが張り巡らせた地球の中継網の電波が届く範囲にいる限り、この船のAIはタローの子機として機能している。
タローが続ける。「そして太陽フレアの回析は、船のAIで対応可能だ。私と切り離されても、また接続すればデータ共有は瞬時に行える。」
「また地上で、通信障害や送電網の異常が起きるよな?」操縦席のカズラ兄が言う。
「ああ、おそらく前回を上回る障害の規模になる。数時間では済まない可能性が高い。」
「何としてでも、太陽フレアが多発する理由を突き止めなくっちゃ。」私がそう言うと、正面の太陽像を見ていたカズラ兄は、操縦席の椅子をくるりと回して、私たち三人に向き合って頷く。私たち四人の心は一緒だった。
ワタルの隣に座るマイカが、ポツリと呟いた。「やっぱり、自然現象ではない気がする。」その目はスクリーンに映し出された太陽画像を、しっかりと見据えていた。
「誰かの意志を感じるの。」そう言って、マイカは画面に映る太陽の黒点を指差しした。「ここからよ。」
◇ ◇ ◇
操縦室に黄色のライトが点灯した。同時に柔らかなアラーム音も鳴りだした。
「高エネルギー粒子が届き始めた。」タローの声が言う。「バリアを張っているから心配はいらないが、しばらくは騒がしいぞ。」そのうちに、船体が細かく振動を始めた。
「ずいぶん早く届くんだな。」ワタルが驚いている。
「フレアの陽子や重イオンの噴出速度は、光速の30%ほどに達する場合があるの。観測してそろそろ30分だからね。」私は説明してあげたけど、理系じゃないワタルには少し難しかったかな。
しばらくすると「地上との通信が途絶しました。」AIの声が告げてきた。船の振動は鳴りやまない。
「どれくらい続くんだ、これ?」思わず口に出したのはワタル。こんな状態では、安全だとは聞かされていても落ち着かないわよね。
「フレアの規模にもよりますが、数時間から長くても一日と思われます。」クールに返ってきた声に気付いて、私はげんなりした。この船が地上のタロー本体から切り離されて、無機質な人工音声に変わっていた。この声が、この船本来のAIゾラックなのね。
マイカがベッドの端から立ち上がる。「地上と切り離されたのね。だったら、試したいことがあるの。」そう言うと、両手を広げる。そして、ゆったりとした動作でその両手から波動を放った。
鈍く銀色に輝くその波は、ゆっくりと操縦室内に広がって、船の壁をすり抜けていった。そして突然、船の振動と騒音がピタリと止んだ。
「バリアの負荷がなくなりました。マイカ、何をしたのですか?」タロー、いやAIゾラックの声が問いかけてきた。
「時空魔法の泡だ、とか言ったよな。」ワタルが代わりに答えている。
「あの泡の前と後ろで、時間の流れが違っているの。ほんの少しだけど。」マイカは、可愛い顔に得意げな笑みを浮かべた。「だから、外界から遮断されたはずよ。」
「そんなことができるのか! マイカの魔法は凄いんだな。」カズラ兄が驚いている。そう、私だって驚いたわよ。ワタルは賢者の域に達しているけど、マイカの潜在能力はそれを遥かに越えているんだわ。
(続く)




